038○泣虫力【真】
あつい。
なんかもう死んじゃいそうなくらい、あつい。
「っぁ――」
喉が焼けて、内臓が焼けて、めっちゃくちゃになって、いつの間にか床に倒れていた。微かに誰かが息を飲んだ音がした気がした。
暫く世界はぐっちゃぐちゃで良くわからなかったが、体の中で暴れる痛みに慣れてくるとやっと周りの音がまともに入ってきた。
「――しました。もう大丈夫でしょう」
「ありがとうございます。“獣混じり”のようなので何が起こるかわかりません。常に一人はいつでも対応出来るようにしてください」
「わかりました。こちらの子は?」
「多分大丈夫でしょう。下手なことをすると直ぐに動けるようになってしまいそうです、もう恐慌状態から復帰しかけていますからね……いえ、一応麻酔を打ちましょう」
安全に無力化出来ますし、痛みも薄らぎますから一挙両得です、とシズカは至極冷静に言った。
オレは床に張り付いた視線を、体を無理矢理転がすことで起こし、声の方へやるとシズカと目が合った。
「ロウは?」
と訊きたかった。
でも口も喉もまともに動かず、「ぉ……ぁ……」という音が微かに漏れただけだった。でもシズカはそれとアイコンタクトでわかったらしかった。
「もう大丈夫です。容体は安定しましたし、顔色も大分良くなりました。具体的に言えば頬に少し赤みが射した感じですね」
親切な説明に、笑いそうになった。麻痺してなければ笑っただろう。嬉しかった。シズカは平気で酷い選択をするけど、でもシズカはやっぱりスバルの仲間で、スバルが大好きだから、似てる。どうしても曲げたくない何かがあって、それはシランにも似ていた。
本当はこの状況を助けて欲しかったけど、仕方ない。多分シズカにも理由があるから。
灰色の天井を見詰めた。
誰かが近づいてくるのを感じる。さっきシズカが言ってた「麻酔」ってのをやるためだろう。確か病院で使うやつで、痛いのがわからないようにするすごい薬、だったはずだ。ならこのびりびりしたやな感覚もわからなくなるに違いない。
でもそうすると多分完全に動けなくなる。
もう休んでもいいよね、頑張ったもの、と弱虫が言う。
……良くない、シランだって助けなきゃいけないから、辛いけど……怖いけど……でも、って泣き虫が言う。
心が問う。
もうちょっと頑張れる?
体が答える。
多分、もうちょっとだけなら。
なら決まってるよな、答えは。
目を閉じる。
瞼の裏の闇じゃない、もっともっと奥深く、自分の、巽真太郎の真ん中にある闇を見る。
そこには赤錆色の鱗を纏い、闇に埋もれるように長大な身体を横たえているヤツがいる。よくある表現を使うならば翼の生えた巨大なトカゲ。
背中など見えない小山のような巨体を持ち、延々と眠り続ける、オレがドラゴンであることの象徴を見上げた。
「なあドラゴン、力を貸してくれ」
オレは真ん中で眠るドラゴンに話しかけた。
「人間でいたいけど、やっぱりドラゴンじゃなきゃできないことがあるんだ」
やりたいことがあるんだ。
人間は体が柔くて心が強い生き物だから、戦うには、無茶するには向いてない。ドラゴンは強くて空虚だけど、大嫌いだけど、それでも。
その強さは必要なんだ。
だから。
「力を貸してくれ、ドラゴン!」
しかしドラゴンは何も言わなかったし、何も見ようとしなかったし、動き出す気配もなかった。
ただ尾をピシリと鳴らしただけ。
それで十分だ。
目を開く。
ぶわっ、と赤銅色の無骨な鱗が皮膚に沸き上がった。
オレは腹筋で体を起こすと同時に床を蹴り、白い服の人の脇をすり抜けてロウの方へ、ほとんど飛ぶように向かった。
勢いがつきすぎて通り過ぎそうになりながら、なんとかロウを拾い上げると。踏み込み過ぎた左足で殺せなかった勢い分を、右足で思い切り床を蹴ることで無理矢理殺した。
そしてその蹴った勢いのまま飛び上がると、オレは空中で一転しつつ、右足を突き出し、天井を蹴った。
バゴン、という変な音を立てて天井に大穴を開けると、落下の途中で右爪先を穴の縁に引っかけ、その爪先だけで体を引き上げた勢いのまま、上の階の床までぶち抜いて転がった。
「ケホッ、カホッ」
全然力をうまく調節できなくてもう無茶苦茶だ。思ったように力加減ができない。なんだかいつもよりドラゴンが寄越す力の量が多い気がするし。
しかもいきなり無理な運動をしたせいで息が足りないのに、天井を壊した時に埃が舞いまくったせいで呼吸が辛いし、そもそも体中がいろいろな悲鳴が上げているせいでもう死にそう。視界が涙で滲む。
でもだめ、立ち止まってはいけない。すぐにシズカが追ってくるはずだから。
シズカは多分すごい強いけど、あくまで人間の強いだ。今のオレが相手をしたら簡単に殺してしまう。それも絶対にいやだからオレは……逃げる。
オレはよろよろとふらつきながらもロウを抱えて立ち上がると、すぐに走り出した。
シラン。
オレはどうしようもなく弱虫で泣き虫だけど、だからこそ誰かがいなくなっちゃうなんて、堪えられないんだ。
だから絶対助けるよ。
助けに行くよ。
だから待ってて、シラン――。