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蒼天の真竜  作者: 逢河 奏
第一章
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002◇狼と竜【真】

シン視点です。ようやく本編スタートな感じです。主要メンバーが何人かやっと出てきます。あんまり説明なしでキャラ達が暴走気味に好き勝手なことを言っていますが、おいおい説明されるはずなので……細かいところは気にせず、雰囲気を楽しんでもらえたら、と思います。では二話目をどうぞ。

 ようやく仕事も終わり、もうすぐ家だな、とか思いながら歩いていたんだけど……。


「なんか……臭い?」


 血の匂いに鹿の匂い、それと……犬、にしちゃあ獣臭い。一体何匹変異種が紛れ込んでんだぁ?

 一人首を傾げていると駆けてくる足音が聞こえてきた。多分子供のものだ。


「シンにぃ、シンにぃ! たいへんなんだよぉ!」


 振り向くと同時にぽすっ、と足にそいつはタックルしてきた。そしてそのまましがみ付き、気の弱そうな垂れ目をオレに向けた。


「なんか侵入したのか?」

「そうなの! こわいのがシカさん追っかけて入っちゃったの!」

「で今はどこにいるんだ?」

「みんなであっちに追いつめてるよ。けどこわいの強いみたいだからから、様子見、なんだって」

「様子見てりゃ出てってくれるのかねぇ……」


 とりあえず膠着状態らしい。ならオレが乱入してもいいだろ。


「どっち行った? その鹿追ってる怖いものってのは」

「あっち」


 そう言って垂れ目の男の子が指したのは……。


「おいおいおい……マジ?」

「うそつかないよ」


 それはそうだ。こいつは脅されてなきゃ素直なやつだから。と言うか嘘を吐けと脅される理由もそれな気がする。


「いつもの気の強いのは?」

「アンちゃんは危ないからおうちで待ってて、って言ってきたの」

「そっか。じゃあお前もアンのとこで大人しく待ってな、ユウリ」

「うん。がんばってね、シンにぃっ!」

「おうよっ」


 トコトコ駆けていく男の子、ユウリを見送ると、彼が指し示した方を向いた。それはオレらの家がある方向。あいつは多分、と言うか絶対家に居る。


「……マジかぁ……大丈夫かな」


 とにかく急がねばと思い、全速力でスタートダッシュを切った。


◇ ◇ ◇


 大慌てでやって来ると人だかりが家の手前に出来ていた。ほんと家の前じゃねえか、と思わず悪態を吐くが、それと同時に冷や汗も感じていた。


「シン、お前帰ってたのか?」

  

 悪態は焦りもあって思っていた以上に大きな声になっていたようで、オレの声を聞きつけた後ろの方にいた男が振り返った。オレは苛立ちやら焦りを隠せないまま荒っぽく答える。


「今帰ってきたんだよっ。何やってんだよ、包囲網てやつかぁ? そんなことやってる場合か!」


 ほとんど怒鳴るようにそれだけ言うとそいつを押し退け、人だかりに突っ込んで行く。焦って焦って上手く考えはまとまらないから、もう考えないことにする。だから人垣を乱暴に掻き分け、ドンと最前列に出た。

 鹿、だけじゃなかった。灰色のやたら毛むくじゃらな獣が、横倒しになった鹿の腹にかぶりついている。それが一番前に出て最初に飛び込んできた光景だった。


「……なんだ、あれ?」

「オオカミだ……」

「は?」


 近くにいた誰かが呆けた声で答えた言葉を訝しげに聞き返したその時、それは振り返り。

 目が合った、気がした。

 濁りきった沼のような灰色の目。長すぎる毛によって口元はよく見えないが、血が滴り落ちていた。あまりに人から掛け離れた姿に見える。しかし、よくよく見てみれば前足は地に着いているようには見えないし、頭の位置もおかしいような気がする。もしかして……?

 なんてことを考えさせてはくれないらしい。灰色の獣はふっと頭を下げ、もう二本の足も地に着け、地面に吸い付くかのような体勢をとった。

 あー、来るな。

 呆けたようにそう思う。本能がそう言っている。だから気づけば柄に手が掛かっていた。


 ガギィィィン――。


 金属と金属がぶつかったような音が響いた。けれどそうじゃない。一方は確かに刀だが、受けたのは全く違うもの。それは。


「つ、爪っ?」


 刃を止めていたのはまさかまさかの爪だった。煤けた色をしたその爪はやたら太く、鋭く、なにより信じられないくらい硬いようで……変異種だからって言ってもそんなのありか!

 そんな風に内心仰天していたが、どこか不思議と冷静な部分もあって……。


「ぅうううっ!」


 刀が力任せに跳ね上げられ、もう一方の凶悪なまでに研ぎ澄まされた爪が、オレの首目掛けて突き出された。

 にも関わらずスッと力を抜いて体を沈めることでそれをかわして見せたのは、戦い慣れているからなのか、本能のようなものなのか。

 ……でも本音で言えばめちゃくちゃ怖かった。あの爪コワッ! 


「うううー」


 灰色の獣は睨みながら唸っていた。警戒しているらしい。オレもこえぇよお前、と言いたい。言いたい、が。


「お前、一応人間だよな?」


 困ったような顔で問い掛ける。言った瞬間、辺りは怖いくらいに静まり返ってしまった。そして爆発する。


「は、はぁああああ!!!」

「ぅあっ、耳にいてえだろ! 合唱すんな!」

「お前こそ馬鹿言うな! あれが人間なわけあるか!」

「馬鹿はてめえだ、あーほ! どう見たって人間じゃねえか!」


 睨まれている。それがわかるくらいに今は顔があらわになっていた。

 灰色の長い毛の隙間から覗く、丸く大きな黄褐色の瞳は鋭いが静かで。微かにはみ出した前髪は毛皮に似た、しかし明るい灰色をしていた。

 そう、毛皮。彼は犬だかの頭蓋骨の付いた毛皮をすっぽり被っていたのだ。そして幼かった。十歳前後だと思う。


「うー」


 灰色の獣、改め、灰色の少年はなかなか警戒を解かず、未だに唸っている。どうしたものかと思うが、けどこちらも警戒は解けない。本当にこいつはシャレにならない強さだからだ。あと怪力だ。馬鹿力としょっちゅう言われるオレが簡単に刀を弾かれたんだから。


「はぁー」


 どうしたもんかな、とため息を吐いた、次の瞬間だ。


がちゃり。

「…………」

「……なんだ?」

「バカぁぁぁあ!!!」


 なんでこういう時に限って空気読まずに出て来ちゃうの!?

 オレの住む家の扉が開き、黒髪の青年が顔を出していた。状況がわからず固まっている。そして毛皮を被った少年もその音にびくりとすると、家の方を見た。

 どうするどうする? この狼少年めちゃくちゃ足速い。先にスタートダッシュ切られたら間に合わないかも。それはダメだ。それはヤバい。じゃあどうすんだよ! あー、もー……後で考える!

 それだけ決まればもう良かった。


「ごめん!」


 一言先に謝ると、オレは素早く行動に移した。

 少年に肉薄するや否や、腕を掴み、引っ張る。と同時に足払い。完全に体勢を崩し、浮いた少年を力任せに捩じ伏せる。

 どたーん、という音が響き、あっという間に少年は地面に転がされ、オレはマウントポジションを陣取る形となった。


「うー、ぅうう……ぐおお……」


 少年は唸り、身を捩るが、かなり本気になって抑え込まれた体は動かない。


「落ち着け、ってこんなことしといて何だけど……とにかく落ち着いてくれっ」

「グルルルゥ……」


 本当に狼みたいな声を出し始めてしまい、オレは慌てて言葉を繋げる。


「お、お前がこの辺にいる奴らを襲わないって約束してくれればもうオレらは攻撃しないから……頼む、頼むからそう約束してくれ!」


 そうじゃなきゃ力づくで追い出すなり殺すなりしなくちゃならない。でもそもそも言葉を理解してくれるのか……?

 そんな不安が過る中、ふと少年の抵抗が止んだ。


「……ロウ、襲わない。なら、襲わない?」

「襲わない襲わない! もう攻撃しないよ。だから約束してくれるか?」

「……なら、約束する。ロウ、ここの人、襲わない」


 ほっとその返事を聞くとオレは息を吐き、少年を押さえる力を抜いた。上から退くと、少年はゆっくりと体を起こした。


「お、おい、大丈夫なの──」


 疑り深い外野からの声は、鈍い音と共に途切れた。そして野太い、能天気にも聞こえる声がしてくる。


「馬鹿かてめえは。シンが大丈夫だと判断したから手を離したんだ。それに侵入者の方も落ち着いてんだ。野暮なこと聞くんじゃねえよ」


 声が近付いてくる。でもまあそれは良いか、と思い、とりあえず目の前の少年に手を差し出す。


「乱暴して悪いな。どうにも手加減苦手で。ほんとはもっと穏便に済ませたいんだけどな……」


 ぼやきながら差し出された手を、不思議そうに彼はしばし眺めると、黄色い瞳を輝かせて手を取った。


「強いな、強いな紅い目の人!」

「お、おお……なんだその呼び方?」

「変か? ロウ変?」

「変じゃ、ないけどよ……そんな風に呼ばれたの初めてだな。オレはシンって言うんだ」

「シンか? 強そうだなっ」

「そうかぁ? にしてもロウも強いな。怖いくらいだったぜ?」


 と、そこで何故か彼は首を傾げた。……なんだ?


「名前、ロウって言うんじゃないのか? さっきからロウロウ言ってるからてっきり……」

「ううん。ロウはロウだぞ。シンは間違ってない」

「そっか。なら良かった」


 名前がようやくはっきりわかって何だか安心した。にかっと笑うと、灰色の毛皮を被った少年、ロウも屈託のない笑みを浮かべた。


「おい、俺を無視するなよ」


 一段落ついたところで割り込んで来たのは、さっきも遠くから煩いくらい聞こえてきた、あの声だ。オレは思いっきりしかめっ面をすると、声の主にそれを向けて言い返した。


「おせーよハンダ! なんであんたが今更ノコノコやって来てんだよ!」

「すまんな。情報が錯綜しててなかなか来れなくてな」

「言い訳すんなよ」

「まあそう拗ねんなって。お前の活躍で場は治まったんだから」

「むー。大体地区長のあんたが──」


 ぽかっ。と台詞の途中にいきなり軽く後頭部を叩かれた。それに続き後ろから声がかかる。


半田はんださんに当たるな、シン」


 痛くないけどイラッと来た。そして頭を叩いた人物がその苛立ちに追い打ちをかけるような奴で……。ぷちん、とキレた。


「あの場面で空気も読まずに出てきちゃったお前が一番の問題だぁあああああ!!!」


 怒鳴りながら振り向く。

 そこにぼさっと突っ立っているのは黒髪の青年。成長期に伸び悩んだ背丈を未だに引き摺っている、みみっちい二十一歳だ。因みにオレの方が余裕で背が高い。

 そして無駄に不機嫌そうな顔付き。でもそれは凝り固まった性格によるもので、別に怒っているわけではない。ただそれがデフォルトなだけだ。

 黒い瞳をぼんやりと開いているこの男。オレの住む家の家主であり、腕のいい鍛冶屋だが、どこか妙なところで抜けている、この男の名前は──。


「シランっ!」

「……わかった、わかったから怒鳴るな。……耳が痛い」


 目を細めて耳を押さえたシランはあまり反省したようには見えなかった。が、確かに大きな音は痛いということはさっき身に染みていたので繰り返す気にはなれず、代わりに大きく息を吐いた。


「シランは本当にこういう時は絶っっっ対に頼りにならない。つか頼りにしないからなっ!」

「……前科もあるし、反論の言葉もないな」

「ふんだ」


 完全にふて腐れてそっぽを向いたオレに、苦笑する気配だけが何となく伝わってきた。なんだなんだ。シランなんて知らねー。……シャレじゃないからな?


「まあまあ。とりあえず何事もなく治まったんだし、良いじゃねえか、シン」

「良かねえよまったく……まったく」

「お前の過保護っぷりは相変わらずだなぁ」

「過保護じゃねえ! シランが悪い!」

「駄々をこねるな。それより……」


 不意に台詞を切ると、シランは辺りを見渡した。釣られてオレも一緒になって見渡す。

 落ち着いて見てみれば、何だかあっちこっち微妙に壊れている。元から掘っ立て小屋みたいな家が適当に並んでいただけだが、それの柱やら屋根が外れたり折れたりしていた。


「……ロウが暴れたから、か」

「ロウ気付かなかったぞ……」

「……」

「……まあ、アレだ……いつものことだな」


 そう言ってしまえばそうなのだけど……そうだよな。うん、そうだ。


「ハンダの言う通り、いつものことさ。ロウは気にしなくていいよ」

「そうかぁ? ロウ悪い。ロウのせいだ……」


 どうも真面目な性格なようで、ロウはしょんぼりしてしまった。どうしようかとあたふたしていると、シランがぽつりと言った。


「修繕の手伝いをしてくればいい」

「おお、それ良いな! な、ロウ?」

「うん。ロウ手伝う!」

「おいおい。これ以上は壊してくれるなよ? それに何手伝うんだ?」


 やる気に水を差すようなことを言い出すハンダにムッとなって言い返す。


「壊さねえよ! それにロウは凄いんだぞっ」

「ロウ凄いぞっ」

「何がだよ。つかお前ら早速仲良いな……さっきまで戦ってたのに」

「戦ったからこその友情だ! な?」

「そうだぞ、友情だっ」

「……シラン、相棒とられたな」

「……なんで俺に言いますか。勝手にすればいい。それに相棒と言うよりは同居人で主夫だ」

「そうだなー、シランはダメ人間だもんなー。オレが世話してやんなきゃなっ」


 さっきのお返しとばかりに追撃する。シランはにやにや笑うオレの顔を見て、ため息を吐くとハンダを見て言った。


「それ以前にただの馬鹿だけどな」

「違いねえ違いねえ。うははっ」

「笑うなハンダ! シランもひでえな! もう怒ったぞ、シランの昼飯なんて知ったことか! 行くぞ、ロウ」

「手伝い行くー」


 怒ったのでシラン放置でロウを引き連れ、修繕作業に乱入することにする。既に野次馬のようだった戦闘員は散り散りになり、各自片付けを始めていた。


「俺も行くかな」

「俺も行きます」

「シランは待った!」


 こいつも生真面目気質なので予想はついていたので、オレは速攻で振り返った。シランは予想していなかったようで目をぱちくりさせてオレを見返した。


「な、なんだ? まさか片付けも危険だから参加禁止、なんてことまで言う気か?」

「ちょっと言いたいけど流石にそこは良いとして……」


 言葉を一旦止め、オレが息を大きく吸うと、シランは身構えた。しかしそんなことお構い無しに怒鳴るように言った。


「シラン! また本読みながら寝てただろ、こんな昼間っから! 風邪ひくからやめろって何度も注意してるだろ! そんなことしてるから警報が聞こえなくて逃げ遅れて、挙げ句の果てに空気読まずに登場なんてことするんだろうが!」

「……すまん。って、なんでお前がそんなこと知っているんだ?」

「だって家から出てきた時明らかに反応が鈍かった! 半分くらい寝惚けてたろ!」

「ぐっ……だがだからと言って修繕などの仕事は助け合うのが当然──」

「そうだ! でも起き抜けでいつも以上に抜けてるシランにやらせたら危険過ぎるから!」

「……顔洗ってきます」

「うん、行ってこい! その間に頑張って終わらせちまうからなっ」


 ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らすとロウとハンダに目配せする。速く行こうぜ、と。ハンダはやれやれと肩をすくめるとシランの肩をぽんと叩いた。


「愛されてるな」

「……母さん以上に過保護だ」

「鈴蘭いなくても寂しくないな」

「あったりまえだろ! スズさんからシランのこと任されてんだからよっ」


 胸を張り、にかっ、と笑顔で言ってやると、シランは困ったような顔で小さくぼやいていた。


「俺がお前のことを頼まれていたはずなんだがな……」


 それに今度は口に出さずに答える。

 シランがいるからオレは笑ってられるんだ。お前はちゃんと役目を果たせてるよ。

 オレは隣に立つ、小さな狼のような少年の白い顔を覗き込むと彼の名前を呼び、今度こそ歩き出した。


「ロウ、行くぜ」

「うんっ」

ようやくロウとシランが出せたー! って言ってもシランはもう出てたんですけどね。まあそれは置いといて……なんかシラン、この回じゃただの駄目な人だ(-_-;) 作者的にはこの不機嫌面な青年好きなんですけどね……。ロウ、ちょっと置いてかれ気味ですが……きっと活躍する、はず。一人だけカタカナで呼ばれたり漢字だったりと忙しい人、半田さん。ちょいちょい出てくるはずなんで良かったら覚えといてやってください。

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