024□心の涙【真】
結局シン視点になった第二十四話です。
後半は勢いで書きました。予定外の方向へ暴走しだしたので次回が作者にもわからないというダメな状況ですが勢いで更新しました。なんかすいません!でも楽しく書けたのので楽しく読んでもらえたら幸いです!
「たのもー」
「……」
「なんか文句あんなら言えよ」
ちょっと拗ねた風に言うと、シランは相変わらずのローテンションで弁解しているのか微妙な口調で答える。
「いや、意味をわかって使っているのか、と疑問に思っただけだ」
「なんとなくは知ってるに決まってんだろ。エノキが使ってたし間違ってはないだろ?」
「……まあ、そうだな」
なんだよその引っ掛かる言い方は、とちょっと膨れた。しかも扉の向こうからもシランと似たような空気を感じる。オレそんなに変なこと言ったかな、と首を捻りつつも、扉が開かれるのを見ていた。
「お早いですね」
扉を押して出てきたヨミは柔らかく微笑んでそう挨拶したので、オレもおはよーと笑顔で応えた。ヨミの周りの空気は温かくて好きだ。真っ白な髪に朝日が溶け込み、キラキラと辺りに光が散らばる。なんだか朝日なんてなくても光っていられるんじゃないかとまで思った。
「今日はちょっとすっきりした曇り空だなっ」
「そうですね、今日は良い曇りですね」
ロウもヨミとほんわかした挨拶を交わす。この二人は端から見ているととても和む癒しオーラが出ているように思える。
それからヨミが何だか急に顔を強張らせるとシランを見た。シランもヨミをちょうど見ていたのでばっちり目が合い、二人揃ってしばらく固まると慌てて顔を反らした。しかし横目で互いに相手を確認すると気まずそうな、恥ずかしそうな顔になる。
なんだこれ、とオレは首を傾げた。
でも本題に入らなきゃと思い、シランの代わりに口火を切った。
「あのさ、なぜか理由は教えてくんないけどシランがヨミに謝りたいんだって。何したか知んないけど、シランかなり気にしてて、何でも言えば出来る範囲の、えーとつぐない、をする、しょ、しょ──」
なんだっけ、と言葉に詰まっているとロウの助け船がやってくる。
「償いをする所存だから、多目に見て欲しいな、っていうお願いなんだよ」
「……おい」
不機嫌そうにオレらを見るシラン。ロウはちょっと苦笑いして、オレはやっと言いたかったことが伝わった清々しい顔で、そういうことだ、とウンウン頷いていた。ヨミはそんな三人をしげしげと見ていた。なぜかわかんないけど。
シランはそんな三々五々な反応に深々と息を吐くと、ヨミに向き直った。しかしまだ決まりが悪そうで、何だか眉尻が下がり、凛々しさが薄まってちょっと情けない顔だ。クスクスという声まで上がり、シランの不機嫌ゲージは大分上がった、ように見えるが、実際はただ困っているだけだ。
「……笑うなよ」
「すみません、つい。シランさんって意外と顔に出やすいタイプなんですね」
「そーなんだよ。嬉しかったり楽しい時の表情がわかりにくいだけで、すごいわかりやすいんだよ。特に不機嫌とか」
「負の表情がデフォルトだからね」
「おい、いい加減にしてくれ」
うんざりしたシランの苦情に、それでも笑顔なオレ。ロウも同じような雰囲気。和気藹々としたいつもの会話。そこにそっと漏れた言葉はやたら寂しげに響いた。
「……羨ましい」
「『うらやましい』、って何のことだよ?」
そう思わず聞き返すと、ヨミは慌てて口元を押さえた。どうも無意識からの呟きだったようだ。恥ずかしいらしく顔が熟れたリンゴみたいにみるみる赤く染まっていく。しかし不意に落ち着きなくキョロキョロしていた赤い目が一点に留まった。黒曜石と紅玉がぶつかる。一方は気に入らないという不満顔。一方はきょとんとしたような、何か意外なものを見つけて呆けた顔だった。
「羨ましい、とはどういう意味だ?」
「いえ、その──」
ヨミはまるで真っ黒な瞳に囚われてしまったみたいにシランを真っ直ぐに見たまま固まってしまったヨミは困っているように見えた。でも一瞬くしゃっと困り顔が歪み、俯いて見えなくなってしまった。そうして絞り出された声は震えている。
「──なんでも、ありません」
納得行かない答えに、文句を言おうと一歩前に出ようとする前に、シランが躊躇なく言葉を突き出していた。
「嘘つきだな」
その言葉に貫かれたヨミの声にならない悲鳴が、大きく足りないものを補うように吸った呼気が、やたらと耳に刺さった。そして衝撃に襲われたヨミが思わずといった風な驚きの表情で顔を上げた。
「逃げるのか。お前は結局逃げるのか? 事実から、自分から」
「わ、わた、私、は──」
「独りじゃ立ち向かえないと言い訳してこれからも目を反らしていくのか? お前はいつまで勝手な言い訳をして勝手に孤独を気取っているつもりだ」
「か、勝手なことを言っているのは!」
「そうだ、俺だ。でも俺は目を反らさないし逃げないし自分勝手な言い分も平気で口にしてやる。何故なら気付かせてしまったのは俺のせいで、指摘したからには最後まで付き合うべきだと俺は考えるからだ。だからお節介なのは承知で言うぞ。お前は向き合うべきだ。お前は独りじゃない」
シランが冷たくよく切れる刃物のような漆黒の瞳でヨミを貫く。ヨミは怯えた顔で、まるで大きな動物に見つかってしまった小さな生き物みたいに縮こまって、宵闇を閉じ込めた瞳を見上げた。
そして絞り出すように。存在を必死に主張するように、肯定するように答えた。
「独り、ですよ。私はあの人がいなくなった日からどうしようもなく独りなんですよ。そしてもう、それでいいんです。喪うのは辛すぎます……人間なんて脆くて、温かくて、恐くて、騙して、優しくて──」
「好きなんだろう?」
「好きです、好きでも恐いんです、好きだから恐いんです、嫌いだから恐いんです……愛してるから、喪いたくなかったんですよ……」
赤い目にキラキラと光るものが浮かんでくるのが見えた。胸が苦しくなってくる。それを見て、言葉を聞いて、胸がきゅうと鳴きそうになる。なんでこんな辛いことを続けるのかわからない。でもシランがしなくちゃいけないと言うから、ロウと……口を出さないって約束したから。
だから胸を、心を抑えてオレは見守る。だってシランにあるのは痛いほど真っ直ぐで迷いながらも確かに自分の中の正解を掴み、伝えたいという気持ちだけだから。救いたいという甘過ぎるほど優しい思いだから。
「悲しかったら全てを諦めるのか?」
「もうやなんです」
「大切だったものを見失ってもいいのか?」
「大切にしていたものを私が守るんです、忘れません、ここに居る限り、ここがある限り」
「甘えるな」
「甘えてなんかいません」
「俺は人間だ、ただの弱く脆い人間だ」
「知ってます」
「恐いか?」
「恐いですよ、恐いに決まってます。あなたは怪しいじゃないですか、私を陥れようとしている可能性があります。信じ、たいのに……信じてみたいのに!」
血でも吐くみたいに吐き出されるのは言葉。ホントの気持ち。だからシランは目を反らさない。真正面から受け止める。正々堂々立ち向かう。愚直なまでに、直球でだ。
「信じていい」
「何を根拠にですか」
「そんなものない」
シランらしすぎる答えにヨミが一瞬ポカーンとなる。でも直ぐに小さく吹き出した。それを不機嫌な顔で、でも揺らぐことなく見詰め続けるシランがいた。
「言い訳はいらない。もういらないんだ。いつまで死人にしがみついているつもりだ」
冷たい台詞に、ちょっと前まで笑っていたヨミが今度は怒った顔で応じた。
「あ、なたに、何がわかるんですか! 知りもしないのに」
「知らないが想像はできる。死者を言い訳に生者が怠けたら、死者も嘆くだろう。言い訳にされるなんて迷惑だ」
……あー。
ここまで来るともうわかる。迷ってない。シランはもう迷ってない。そして。
怒ってる。
ちょっぴり怒ってるなこれ、と思った。出来るだけ優しく話そうとしているが、限界が近いなと思う。シランがキレると何するかわかんないんだよな。ロウと約束してるけど、程々で止めた方が良いかもと思い出したが。
ヨミにふと目を向けると、今までで一番驚いた顔をしていた。呼吸を忘れたような、心臓まで動くのを忘れて彫像になってしまったみたいな。
そしてゆっくりと思い出すようにつむがれた声は、震えて、泣きそうだった。
「泉さんの、生まれ変わりか何かですか、あなたは」
「俺は俺だ。それ以外の何者でもない」
「あなたは、喪う痛みを知らないでしょう? 私の気持ちは、あなたにはわからない」
「そうだ。俺は知らない。だが痛みを知ってそれから逃げているやつに言われたくない」
完全にケンカを売ってる台詞だ。流石に止めよう、と思った時、空気が変わった。
あれ、とヨミを見る。目は怖いくらい真っ直ぐにシランを見ていて。なんだか幽霊みたいな雰囲気を纏い。
ヨミの華奢な身体から殺気が吹き出した。
「────ぁぁ!」
考えてなかった。だってすごい静かで優しい空気を持っていたから。でも忘れてた。あの重たい扉を軽々と開ける腕力を。さっきから揺れ動く不安定な感情を。
ヨミだって激情はあるんだ。
「ヨミッ!」
怒りに囚われてもヨミは静かだった。無音のまま床を踏み切り、迫る。右手には怒気の拳。目指す場所は──シランの顔面。
声にならない悲鳴は今度はオレの中にあった。オレは必死にシランを右肩を掴んで引き摺り倒した。でも、間に合わない。ヨミが速すぎる。だからすぐさま切り替える。シランを全力で抱き込むと庇うために頭を代わりに突き出す。一瞬過ったのはどこか遠く他人の思考のようだった。
オレ、死ぬかな? あの拳はかなりやばそう。でもドラゴンだしなんとかなるかな? あとは運次第――。
「ダメだよー」
不意に場違いな声がした。そんで気が付いたら目の前に小さな影がいて、ヨミがいなくなっていた。
「あ、れ?」
間抜けな声が口から漏れる。視界から消えたヨミは直ぐに見付かった。左脇の床。そこに仰向けに転がされていた。ヨミもオレに似た間抜け顔、呆けた顔だ。
「だめだぞヨミ。シランはロウとシンの大事な人だからね。そうじゃなくても勿論とめるけど」
オレの前に瞬時に躍り出た小さな影──ロウは、やっぱり場違いに和やかな笑みを浮かべて言った。肺に詰まっていた空気が、気が抜けると同時に吐き出される。
「でもヨミ、そうじゃないでしょ。ヨミは決めたんでしょう? だからこんな使い方しちゃだめだぞ。間違っちゃ、だめなんだよ」
ヨミは何も答えられずにいた。そして先に立ち直った人がいた。シランだ。
「……痛みを知らない。でもそれを避けるための努力を続けていく。そうでなければここには来なかった。俺は臆病だ。痛みを知らないからこそそれは最大で最悪の恐怖の未来だ。だから意地でも失わないと決めた。その覚悟はある。否定させは、しない」
伝わっただろうか。わからない。そもそも頭がさっきの衝撃でぼんやりする。オレもシランの台詞をいまいち理解できてないかもしれない。殴られた訳でもないのに、何だか変だ。視界がぼやっとするし、熱い。
オレはゆるゆると引き摺り倒したシランを離すと足に力を入れた。上手く力が入らないけど立つことは出来たから、ゆらゆらと歩き出した。
目的地に着くともう完全に気が抜けてしまった。立ってるのがやっと。でも手を伸ばした。
「よみぃぃ」
赤い目がオレを映す。情けない顔をしたオレを映す。ヨミは恐々とオレの差し出した手を見て、オレの目を見て、それからそろそろと自分の手を伸ばして……握った。ほとんど反射的に握り返して引っ張ろうとするのだけど、気が抜け切っているオレに引き上げる力なんてあるわけがなくて。
「きゃっ」
ヨミは上半身が持ち上がるまでしか行かなくて。オレは途中で膝が砕けてしまい、ヨミと同じ位置に降りてしまった。もういいやと思い、そのまま抱き着く形になる。
小さかった。ロウよりはずっと大きなはずの背中は、ロウよりもずっと小さくて細く、脆く感じた。壊してしまいそうで恐くなって、今にも消えてなくなってしまうんじゃないかと思ってキュッと抱き締めた。
「もう、やだよ」
不安が溢れ出す。痛みが溢れ出す。ただそれだけのことだった。
「二人がケンカすんの、やだよ。つらいよ。いたいよ」
「痛い? どこが?」
「ココロに決まってる。みんなみんな、あんな傷つけ合いみたいな言葉、いたくてつらいに決まってる。もうやだよ、がまんしてるの」
「どうして?」
「だってオレ、二人共好きだもん。シランがいたいのも、ヨミがいたいのも、や。血が流れるみたいな言葉、聞きたくない」
これはわがままだ。でももう我慢しない。ヨミも我慢しないで欲しい。シランに意地悪言わないで欲しい。仲良く楽しくしていたい。
ヨミの顔はオレの背中に回ってしまって見えないけど、代わりに心臓が近くなって教えてくれている気がする。だからわかる。ヨミが驚いてること。息を吸う音がいやに大きく聞こえた。
「……何の話していたか、わかりましたか?」
「わかんない。ぐちゃぐちゃしててよくわかんなかった。だから教えてよ」
素直に訊いた。ヨミのドクドクというリズムが少し早くなった。ヨミは決心するようにゆっくりと深呼吸をすると、ほんのちょっと脅えの混じった声で言った。
「私、人間が怖いんです」
嬉しかった。ようやくわかりやすい話になったからと、やっとヨミを助けられる糸口が見つかったからかもしれない。いや、小難しいことはわからない。ただ、教えてもらえたことが嬉しいんだ。
「オレは人間大好きだ。ヨミはシランもこわい?」
「ちょっと、怖いです」
「まあ顔はこわいけどな、でも全然こわくないんだよ。優しいんだ、めちゃくちゃ甘いの」
「わかります」
笑った。自然とオレも、あは、って笑う。じゃあなんで人間こわいの、と訊くと、酷い人がいたからです、とヨミが答える。
「シランとか、村の人はひどい人?」
「いいえ、優しい人間です、私の好きな」
「なんだ、人間好きなんじゃん。オレと一緒っ」
「そうですね」
「でもこわいんだな。それはそのひどい人間のせい?」
またそうですね、と繰り返したが、今度のは少し震えていた。それが嫌だったから、回した腕に力を込めた。
「こわいなら誰かと一緒にいればいい。一人はこわいよ。二人ならこわくない」
「なら、ずっと一緒に居てくれるとでも、言ってくれるんですか?」
シランが何か言いたげな気配があったけど無視して、シランが口を開く前にオレは答えた。
「お願いしてみればいいじゃん。良いって言ってくれるかもしんないだろ」
また息を呑む音、いや、動きがあった。震える身体が感情を伝える。
「……我が儘すぎる、願いです」
「オレはいっつもわがまま言ってるよ。返そうって気持ちがあれば大丈夫」
「返す、気持ち?」
「そうそう。オレはシランとロウからいっぱいもらってるから、返したいって思ってる。家事くらいしか出来ないし、わがままばっかだけど……きっといつか返せるよ。全部じゃなくていい。義務でもない。そういうもん」
後ろでシランが小さく呟いたが、それはとても微かで、途中で消えてオレの耳には届かなかった。ただヨミが苦笑したことだけはわかった。
「シン君は優しいですね」
「シランがいてくれるからだ。ロウが教えてくれるからなんだ、きっと。優しいって思えんのは」
「私に、出来るかな」
「誰だってやろうと思えば出来るよ。でもオレのはほとんどわがままなんだ」
「でも、温かい我が儘です」
「なんだそれ?」
わからなかった。でもヨミが笑って、納得したならそれで良いかとも思った。
「一緒に、居てくれますか? 怖いものが来ても、一緒に──」
ヨミは迷うように言葉を切った。でも多分迷ってない。決まっているけど怖くて言えない言葉。だから背を押すように、ぎゅっと抱き締めるんだ。包むように。
そしてヨミは小さく、でも力強く言った。
「一緒に、立ち向かってくれますか? 手を握らなくてもいい、戦わなくていい。ただ、ただ」
見守ってくれますか? 一緒にその場に居てくれますか? 一人を二人にしてくれますか?
なんて。なんて我が儘が下手くそな人なんだろうかと思った。迷うことはなかった。決まっていたことだから。だからオレは答えた。
「いいよ」
「あり、がとう――」
ぽたぽたと。温かい滴が背中を濡らしていた。やっと淋しくて冷たく重いなにかが減ったように感じた。まだヨミのあの小さな背中にそれは残っている気がしたけど、もう押し潰されはしないだろう。
「もう、ケンカしない? ヨミはシラン殴らないし、シランはヨミに意地悪言ったりしない?」
「大丈夫ですよ。もうしません」
「そか。よかったぁ」
「どうして――」
「ん?」
「どうして私にそんなに優しくしてくれるのですか?」
なんでそんなことを訊かれるのかわからなかった。だからただただ正直に答えを返した。
「ヨミが優しくて、好きだから。でもそんなのなくても、そういうもんだろ?」
「誰かに優しくすることに理由はいらない、ということですか?」
「うん。そういうもんだと思ってるぞ」
素敵なことですね、と霞の向こうの声のように微かに呟くとヨミは離れた。それからロウに向き直った。しっかりと白く細い二本の足で立って。
「あなたが言った通りです。昔決めたんです。この力は誰かのために使おうと。出来るのなら……誰かを救う力にしたいと」
自分の拳に視線を落としたヨミはどこか懐かしむような表情でそう言うと、深々と頭を下げた。
「止めてくれて、本当にありがとうございました」
「ううん。ロウはただシランを失いたくなかっただけ。本当にヨミを救おうとしてたのは、シランとシンだよ」
「ふぇ? なんでオレが出てくんの? さっきまで理由も知らなかったし、それにオレはただ二人がケンカしてるのがやだっただけだし……」
「そもそも喧嘩じゃないしな」
疲れた感じの声でシランが言った。いつの間にか立ちあがってヨミの前に来ていた。ヨミは恐々とシランを下から窺うように見ていた。
「本当に、すみませんでした……」
「ケガないよな!」
「お前はいっつもそればかりだなまったく。ロウのおかげで無傷だ。ヨミも気負う必要はないが、ロウにはよくよく感謝すること。ロウ、ありがとうな」
「どうしてそこでロウを持ち上げるの!」
「シランもロウも元気そうだからいいや。つかそもそもシランの言い過ぎだったんだよ、シランの意地悪!」
「話の内容がろくに把握できてなかったやつが何を言うか。まあ……言い過ぎたことは認める。すまなかったなヨミ」
「ほんとごめんなヨミ。意地悪口悪大魔人が変なこと言って」
「それは俺のことか? 大魔人って、なんだそれは……」
「まあまあ良いじゃない。みんな怪我もなく一見落着な雰囲気なんだからな。なっ、ヨミ」
「ぷふっ」
「「「え?」」」
「ふふふ、ぷふ、あは、あはははははっ」
「ヨ、ヨミ?」
何故かヨミが大爆笑をはじめてしまった。なんでだー。
でも。
「まあ、いっか」
なんか丸くおさまった模様。よかったよかった。……ってあれ? 何か忘れている気がする。と思った時だ。ぴたりと笑い声がやんだ。ヨミ? と訝しげにロウが声をかけるがそれには答えず、急にそわそわし出した。
「どうかしたのか?」
「……敵です」
掠れた言葉は完結な答えだった。走り出すヨミをすんでのところでシランが腕を掴むことで制止する。
「何が来たのか言え」
「は、離してください! 行かなきゃ、今すぐに、急いで!」
「少しは落ち着け。俺たちだって戦える」
「だめっ!!!」
いきなりの大声に驚いたシランが思わず一歩後ずさる。でも手は離しはしない。シランはぐっと気合いを入れると今度は前に二歩ずんずんと進んだ。ヨミが怯むが構いやしない。夜の色をした瞳をヨミの顔に近づけ、反らせないようにする。逃がさないようにする。
「なにが『だめ』なのか説明して、敵の場所を吐いてから行け。お前はいつまで独りで戦っているつもりだ? いい加減キレるぞ」
「だ、って……私が異常でなければ皆死ななかった。もっと生きられた。でも私が生まれてしまったから、そうなってしまった。異常でなければ赦されなくなった。私が出来なければ良かったのに。でももう取り返しがつかないなら、戦うしかないじゃないですか。それが私の生まれた意味で、存在し続ける意義、なんですよ?」
「わかるように言え」
「だから! 力を持った異常な兎は生まれちゃいけなかったんですよ! 私は成功作で失敗作だったんですよ! 私を見本に作られた兄弟は皆普通だから殺されてしまったんですよ! じゃあ生き残らされてしまった強い兎はどう償えばいいと思いますか? 戦うしかないんです。生きることを肯定するにはそれしかなかったんですよ! わかったなら離してください、っよ!」
「……わかった。よっくわかった」
あ、怒った。とだけはわかったのでオレだけは身構えた。そして雷は落ちた。
「お前が賢そうな兎の皮被ったただの馬鹿力兎だってことがなぁああああ!!!」
「ひぃいっ」
ヨミが怒声に脅えたように首を縮めた。しかしシランは離さない。ロウですら唖然として何も言えなかった。
「事情があるのはわかっている。だがそんなもん余裕があるおやつの時間にでも回せ! いいか? さっきから言ってるだろ? 俺が訊きたいのはな、昔話ではなくな、今の話なんだよ、今近くにいるっていう敵の話だって言ってるだろうがあ!」
「み、南の境界線付近ですっ! 小型の変異種らしき足音や鳴き声が五十ほどですぅ!」
「よしシン行くぞ」
「ほいほい。あ、ロウは留守番頼むぞ? こっちにも来るかもしんないから」
「う、うんロウわかった……」
「おい、来るのか待つかはっきりしろ」
「は、はいぃ、行きます! 行かせていただきます!」
結局シランが暴走モード入っちゃったな、と思いながらオレはシランを背負い、なんだかグラついているヨミを適当に持ち上げると、朝霧の中走りだしたのだった。