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蒼天の真竜  作者: 逢河 奏
第二章
24/43

023□夢の理由【ヨミ】

急遽一つの章にする予定だったものを二つに分けました。なのでかなり短いです、すみません。

初めてのヨミ視点で二十三話はお送りします。

「何故この字を選んだ?」


 懐かしい声。

 いつも怒っているみたいな声だった。でも怒られたことは一度もない。そもそも怒るのが苦手な人だったから。だからいつもそっと諭すように言うのだ。この時のように。


「――他にもあっただろうに」


 私は自然と答えていた。いや、記憶の中の私が言ったのかもしれない。けどどちらでもいい。凛と張った糸のような、でもこの優しく染み渡る声に耳を傾けることに忙しいのだ。


「ありました、とても素敵な言葉が。でも、私には出来すぎています」

「またその笑みか……儂は好かんな。やめろ」

「……すみません」


 実はまだこの頃はあの人が怖かった。怒っているようにしか見えないのだ。今は違う。たくさん一緒に居たからもうわかる。意味が汲める。

 あの人は深々と嘆息をすると言った。


「……勝手にしろ。最後に決めるのは自分なんだ。自分が納得出来るのなら咎めない。これ以上は言わん。……ただ」


 あの人は躊躇うように一度言葉を止め、唇を湿らすと、ゆっくりと問い掛けた。


「どうしてそれを選んだ?」


 私は微笑んだ。きっとあの日の私も同じ顔をしていただろう。結局私の本質はあの日からちっとも変わっていないんだ。

 そんなことを思ったからちょっと寂しげな笑みになったと思う。あの人の顔がそれを見て微かに歪む。あの日の私が気付かなかったもの。

 あの人は優しかったから辛く思ったのだろう。自分に呪いをかけるような行為を。自傷のような命名を。

 それは自らを縛り付ける戒めであり鎖。そんな風に考えた私は、そして今もここにいる。消せないから。消えないから。

 嘗ての私が願ったのは酷く残酷な願い。それをあの日、心に刻み付けた。忘れないように、消えないようにと。

 自分の意志ナイフで。



□ □ □



 淡い光がカーテンの揺らめきに合わせて漏れる。その光は薄く張った闇を緩やかに奪い去るように、じんわりと館内に染み込み、そして闇に消えた。それはちっぽけで弱々しいものだったから。闇を照らすには足りなかったようだ。 自分まで闇に呑まれてしまいそうな錯覚に襲われ、私は小さく微笑んだ。自傷の笑みと認識しているのに未だに直らない癖。自虐的で自己を否定するようなものなのに、未だに私は自分の存在を肯定してやれない。罪深過ぎるから、と言い訳して。


「感傷、ですかね」


 ふっと笑んで独り呟いた。多分まだ夢の余韻が消えないからだ。とても懐かしい夢を見た。ここへ来たばかりの頃の夢だ。あの人が居た頃の夢。今にも酷く無愛想で怒ったような顔が、目の前に現れそうな空気を感じるが、そんなことあるはずもなかった。

 ふと。誰かが来る、と思った。図書館に向かう足音が一つ、聴こえてきたからだ。二組程候補が直ぐに浮かんだが、自分で打ち消す。

 これは馴染みの足音ですね。

 私は埃を立てないよう気を付けた早歩きで扉まで行くと、真鍮のノブを握った。


「おはようヨミ姉!」


 扉が開くタイミングにぴったり合わせた元気な挨拶が私を迎える。慣れたものだと私は思わず内心苦笑してしまった。彼はもう扉が勝手に内側から開くことには慣れているのだ。


「本当に早いですね、晴太せいた君」


 私は顔を綻ばすと、彼に微笑んだ。晴太君はこの図書館の常連の小さな男の子だ。ちょっと気が弱いところがあるが、ちゃんと勇気を持っている、本が好きで笑顔が素敵な男の子。

 しかしその笑顔が何だか曇っているように思えた。


「どうかしましたか?」

「……あのさ、昨日変な奴ら来てたよね」

「『変な奴ら』なんて失礼ですよ晴太君……でも、ええまあ」


 何とも答え難い問いに、濁すように答えてしまう。何せよくよく考えると一組目は名前すら知らないのだから。……いや。どこから来たかは知っているのだから、そんなことは些細なことかもしれない。


「でもどうして晴太君が知っているのですか?」


 すると晴太君は慌てた勢いで大きくなった声で、弁解するように言った。それで私は理解した。


「あ、あの、わざとじゃないんだけど!」

「ああ」


 聞いていたのか。全く気付かなかった。便利と言えなくもない異常に発達した聴覚も、これでは意味がない。きっとシランさん達が隠れているよりも遠くに上手く隠れていたのだろう。


「ご、ごめんなさい!」

「いいんですよ。私の不注意ですから。それで……何か伝えたいことがあるのですか?」

「……うん」


 神妙な顔で頷く晴太君。私は少しだけ怖くなる。馴染みの彼が、私の日常の一部までもが、その話題を口にする。何だか私の世界が侵食されているような気がして気持ち悪さと恐怖を感じた。


「……なんでしょうか」

「あいつらグルだよ」

「……え」


 私は何を言われたかわからず、呆けた顔をしてしまった。そして直ぐに思考が追い付き、驚いた。ショックを受けている自分に。思った以上にシランさんを信頼している自分、裏切られたのかと愕然とする自分に驚きが隠せなかった。


「な、何を根拠に、言っているのですか?」

「あいつら同じ宿屋に泊まったし、仲良さそうに一緒に行動してたし、絶っ対にグルだよ!」


 私は動揺して瞬きを意味なく繰り返していた。確かに帰り際に彼は言った。俺も同じ境遇で、そこへ向かっていると言った。そして恐らく私のせいで足止めを食らっているのだろうことも容易に想像がつく。でももし私を騙そうと思うのならそんなこと言わない方が良いはずだ。それに──。


「あの人が人を陥れるような器用なこと、出来るとは思えません。シン君も、ロウ君も同じです」

「……なんでヨミ姉はそんなにあいつらを信用してんだよ」


 その問いに私は困ったように目尻を落とした。確かにそうだろう。一時間程度話しただけの相手なのは確かだ。でも信頼しても良いと思わせる何かを彼らが、シランさんが持っていたのも確かなのだ。

 そして私はそれにすがりたいのだと思う。失った私の支えになって欲しいなんて傲慢な願いが心の奥底に間違いあるのは誤魔化せない。


「……なんだか似ているからかもしれませんね」

「館長さんと?」

「……ええ」

「だからってその人は館長さんじゃないから嘘つくかもしんないよ」


 わかってる。わかっているけれど。シランさんの言葉はあまりに真実に近すぎて、私は何も答えられなかった。ただただ意地を張った頭ごなしの否定しかできなかった。情けない。

 でも何かを伝えようとしていた。

 あの人はわかりやす過ぎる。少し話しただけでわかった。酷いお人好しで、子供のように意地を張り、自分を曲げない人。曲げられない人。眩しいと思う程澄んだ想いを持つ人だった。

 そしてそのお人好しを私にも向けていた。それを断ったのは、拒否し否定した私はどれほど酷い人間か。いや、人間でもない。ただの実験動物だ。

 それでもわかるよ。


「あの人は嘘つきじゃないよ。嘘なんて吐けない、不器用な人ですから」

「……ぶぅ」

「はい?」


 よく見たら晴太君がふくれていた。非常にわかりやすく不満な顔をしていた。しかし私には理由がわからず、小首を傾げ問う。


「何か機嫌を悪くすることを言いましたか?」

「……べつに。とにかく注意! あいつらのことも気を付けてよヨミ姉っ。ヨミ姉ってぽやぽやしてるから危なっかしいよ」

「そうですか?」

「そうだよ!」

「では気を付けますね」


 にっこりと微笑んで答えると、晴太君はちょっと照れたような笑顔を返してくれた。

 そして新しい足音を耳が捉えた。今度こそ昨日のお客さんだ。二組目の。私はそのことを晴太君に告げた。


「ならおれもいる! ヨミ姉が騙されないようにいるよ」

「頼もしい言葉ですが……晴太君、お母さんに怒られますよ? こんな早朝に抜け出してきたのが見付かったら」


 ぎくっ、という風に肩をすくめ、困ったように私を見上げてきた。


「……あとで説明するの手伝って」

「弁解するの間違いでしょう?」

「そ、そうとも言うかも、ね」


 視線を明後日の方へやる晴太君がおかしくて、ついクスクスと笑ってしまう。彼は尚食い下がろうとしたが私が止めの言葉を言う。


「今ならまだ間に合いますよ。忠告が貰えただけでとても助かりましたから、怒られないようにこっそり上手く、速くベッドに戻ってくださいね」

「うー」


 まだ不満そうな顔をしていたが、流石に観念したようでわかったよ、と小さく呟いた。さあさ、と背中を軽く押して勝手口に向かわせる。


「頑張ってくださいね」


 戸を開け、見送ろうとしたが、急に晴太君がくるりと回り顔を再び私の方へ向けた。まじまじと神妙な顔を近付けて言う。


「ヨミ姉、ほんとーに気を付けろよ? 騙されんなよ!」

「どうしてそんなに私なんかを心配するんですか?」


 ちょっとその必死さに疑問を持ち、つい問い掛けると、何故か晴太君にぽかんとした顔で見上げられた。間抜けな顔。でも多分その表情を向けられる私が間抜けなんだろうけど、と何となく意味を汲み取り思う。

 晴太君は何か言おうとして、それを掻き消すように一度頭を振ると、真っ赤になって叫ぶように言った。


「当たり前だろ! ヨミ姉がいなくなったら悲しいに決まってるよ! うぅ〜、ヨミ姉のバカ、鈍感!」

「は、はぁ?」


 突然の罵倒に付いて行けず呆けていると、その間に晴太君は猛スピードで走り去ってしまった。追い掛けることは容易いが、しかし来客もあるし、と迷っている間にもう背中は見えなくなっていた。しょうがない、今度あの台詞の意味を問い質そうと決め、私は正面扉へと向かったのだった。


「たのもー」


 そんな声に自然と微笑みながら。

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