001◇灰幕【真】
まだ色々ちゃんと決めていないのに始めてしまいました。明らかな見切り発車ですが……一応大まかなストーリーは決まってるんでそれを突っ走ることとします。
というわけで、第一章の第一話が始まります。
「やーな天気」
オレは一人空を仰いで呟いた。
空はいつもの厚い厚い灰色雲。取り分け今日のは念入りに空を覆い、隙間一つない。いつものことだけど、オレの好きな青色は見れそうにない。やっぱり灰色なんて大嫌いだ。
そんなことを考えながら、オレは恨めしげな目を空に向けていた。
「おいおい、仕事してくれよ」
軽く呆れたような声が背に掛かり、オレは振り返る。
「おーよ」
「あんた、大丈夫なのか? 何事もなく向こうまで行けるよなぁ?」
「さあなっ」
依頼人の男の座る馬車の幌に、ひょいとひとっ飛びにオレは乗った。男は心配するような台詞の割りに飄々とした顔でオレの動きを追っていた。
「何が起こるか、何が出来るかなんて、オレに知りようないからな」
「そりゃそうだ」
「ま、でも全力尽くして守るから、任しとけおっちゃん!」
無駄に自信に満ちた笑みをにっ、と向けると依頼人の男もふっ、と余計に力の抜けた、柔らかな笑みを浮かべると言った。
「頼りにしてるぞ〜」
「おおよっ」
そうして荷馬車は走り出した。
ガタゴトと馬車を牽く馬は、異様な逞しさと小さな黒い角を額に持ち。
馬車の荷台には簡素な木箱に詰め込まれた野菜が山になり。
見える景色は、後ろには街、脇にはまっさらな草原、遠くに森、その奥には山があり、ぼんやりと臨むことが出来た。そして馬車は踏み固められた道を、唯一道と呼べる一本の線を迷うことなく突っ走っていた。
ここは日本と呼ばれた島。今は孤島と呼んだ方が正しいだろう。
異常気象に天変地異。それにより世界がバラバラになり、政府はバラバラになった。日本は西と東に真っ二つなんていう有り得ないようなことになっている。
生態系はわけのわからない方向に突っ走りだし、気象はもはや神のみぞ知るものとなった。
無秩序が秩序となった世界にある元日本というちっぽけな島。そこに生きる人々は逞しく、新しい秩序を積み上げることでこうして生きていた。
しかし、そんな話を人事のようには知っているけれど、正直言って今あるものがオレ達の現実で、昔がどうだってことはどうでも良かった。ただオレ達は変わった世界で強く生きていくだけ。それだけのことだ、とオレは思っている。
◇ ◇ ◇
分厚い灰色の雲の下、馬の牽く荷馬車は順調に街道を進んでいた。しかし、やはり役目を果たすことなく仕事を終えることは許してもらえないようだ。このままなら行けるかも、という考えが頭に過った頃、それはやって来た。
「おっちゃん、スピード上げれる?」
「何か、来たのか?」
出発前の声音とはがらりと変わった、緊張感に強張った声が聞き返してくる。
「おうよ。来ちゃってるなこりゃ……鹿臭い」
「兄ちゃん、大丈夫なのか?」
「まだ少ない。そんで遠いし……馬の脚次第、だなぁ」
「おっし、そんなら話は早い」
そう言うと男は脇に置いていたケースを手に取り、そこから目当てのものを取り出した。
「……ししゃも?」
「気にすん、なっ!」
と声と共に男は手にした小魚を放り投げた。それは綺麗な放物線を描き、上手い具合に馬の眼前に躍り出て。
パクっ。
と食べられた。
「いっちょ頼むぞ、ツオン」
「ヒヒンッ」
ツオンと呼ばれた小魚を食べる奇妙な馬は、一声鳴くと大袈裟な程の身震いをブルルとした。そして用意は出来たとばかりにダンッと地面を鳴らすと。
「ツオンッ!」
と奇妙な鳴き声を放ち、唐突に凄まじい勢いで走り出したのだ。
「う、うええぇ!?」
なんだなんだなんだ!? これ馬か!? あ、いや変異種なんだろうけど……でもやっぱりこれ本当に馬なのか!?
そんなことを思ってしまうほど強引に、ガッッータ、ガッッータ、という何だか半ば浮くようなスピードで馬車は引かれていく。
「な、な、なんだこの馬は!」
「ツオンだよ。『ツオン』って鳴くから」
「やっぱそこが由来なのか!」
この今にも振り落とされそうな振動の中、慣れているのかおっちゃんは涼しい顔。でもオレは当然慣れていないから意味もなくあたふたとする。気を抜くと舌噛みそー。
そんなことを考えていたらふと小さな疑問が沸き上がり、あまり考えずに口にする。
「おっちゃんさあ、ツオンさえいりゃ護衛なんていらねえんじゃねえの?」
「ああ? 馬鹿言ってんじゃねえ。敵がかなり近付いて来ないと俺らにはわかんねえんだよ。それにまともに戦う手段がないんだ。だからあんたらを呼ぶんぜ、万が一のために」
そんな会話が交わされる中、敵は近付いている。
「逃げ切れそうか?」
「……ビミョーだな。群れだったっぽい。最初のは振り切ったけど連鎖的に気付いた奴らが来てる」
「なんでそんな見てもいないことがわかんだ?」
不思議そうにおっちゃんが尋ねるのでオレはきっぱりと答えた。
「知らん。なんとなくだ。臭いとか音とか、気配とかだと思うけど」
「……お前さん、面白いなぁ」
「そうか?」
オレは不思議そうに首を傾げた。しかし直ぐに何かに気付き、遠くを見た。
「来るか?」
「……来る」
砂埃が遠くで巻き上がるのが見える。そしてよくよく目を凝らせば見えてくるものがある。
「……」
おっちゃんは絶句だ。オレは睨むようにそいつらを見ていた。
馬のような逞しい脚を持ち、シンプルな二本角をかかげ、赤く爛々と光る瞳をひたすら前に向けて怒涛の勢いで迫って来る、あれは――。
「鹿、だな」
草食ではまずない牙を見せて猛然と駆けるそれは、もはや鹿ではないのかもしれない。しかしそれは進化の結果だ。異様なこの世界で生き延びるために獲得した性質。
それが彼らの場合、肉食に、強者になることだっただけ。
そうした、今までの常識をぶち壊してでも種を残し、繁栄を勝ち取った彼らを、オレ達はこう呼んでいた。
変異種、と。
「……もうちょいスピードアップは?」
「……やばいか?」
「……」
どうしよっかなー、と思う。
まあ無理じゃあないけど、やだなあって思う。こんだけ数いるとやっぱり本気で行かないと無理だ。自分しか生き残れない。それは嫌だし駄目だ。でもあんまりやりたくない。
とかまあ駄々をこねてる場合でもない、か。
腹をくくる。
「おっし! んじゃあおっちゃん。オレ、今から本気になって来るから馬車止めて」
「……は、はあっ!? そんなことしてたら俺らが死んじまうだろ!」
「でも乗ったままじゃ戦いにくいって。かと言ってオレを置いてったらおっちゃんの安全が保障されなくなっちまうし。しょうがねえだろ?」
「しょうがねえ、って……」
絶句するおっちゃんは置いといて、とりあえず馬車を止めることにする。
「ツオン、スピード落としてくれ」
「……ッオン」
少し迷ったが、ツオンは大人しく言うことを聞き、減速を始めると直ぐに止まった。
「な、なんで言うこと聞くんだ……こいつは野生の馬で、俺以外の奴には慣れもしなかったのに」
「そっか。なら仲間だと思ってくれたのかなっ」
ちょっと嬉しくなりながら、またひょいと馬車を飛び降りた。そして腰の得物に手を伸ばす。
「ど、どういうことだ? それにお前、一体どうするつもりだ……?」
「さっきも言ったろ? 戦うんだよ。それしかねえだろ」
「でもあれは……二十近い数いるぞ。逃げるだろう、普通」
「なら普通だと思わないでくれ。とにかくおっちゃんは動くなよ?」
そう忠告すると得物をすっ、と抜き払った。刀だ。大切な人がオレの願いを叶えるためにくれた大事な相棒。
それを持つとオレは馬車の後ろ、猛り狂う鹿の群れの真正面に立った。
意識して大きく息を吸うと、ゆっくり吐き出す。スイッチを入れる感覚。覚悟を決めた。なら行こう、と自分に呼び掛ける。
オレは地面を思いっきり蹴ると、自分から群れの直中に突っ込んで行った。
すれ違い様に刀を振るう。容赦はなし。瞬殺で切り捨てる。次。一歩で距離を詰めると切り上げる。次。返す刀で薙ぐように囲む敵を切り払う。次。背後に立ったのを振り向き様に一閃。次。次。次──。
そうやって半数近くの鹿を切り伏せるとオレは立ち止まった。群れの真ん中にだ。でもきっと、傍目から見れば可笑しな状況だろう。なんせ鹿はオレに恐れを含んだ視線を向けているのに、オレはいつものように飄々と突っ立っているからだ。
オレは鹿達の視線を真正面から受け止めると、口を開いた。
「今更言っても信用ないと思うけどさ、オレはあんたらと殺し合いしたくない。だから、退いてくんないか?」
「……」
沈黙がオレに刺さる。でもそれに堪え、オレはひたすら待つ。すると先頭の奴が一歩後ろに下がった。それに習うように他の鹿も下がる。これは……。
「いい、ってことだよな?」
「……ゥォフ」
低い唸り声が返事だった。オレはホッと胸を撫で下ろした。良かった、これ以上はやらずに済んだか。
それだけ確認出来れば十分。オレは背を向けると鹿包囲網をひょいと飛び越えて御者台まで戻ってきた。
出迎えたのは依頼人のおっちゃんのあんぐりと口を開けて惚けた顔だった。
「おっちゃん、行かないとまたオレらがご馳走候補になるぜ?」
「……あ、ああ!」
遅れて言葉を理解したおっちゃんはようやく手綱を握るとツオンを走らせた。荷馬車が再び猛スピードで走り出す。
しばらくそんな調子で進むと、ようやく建物が見えて来た。無事任務完了だな〜、と安堵しているとおっちゃんがこっちを凝視していた。
「な、なんだよ、怖い顔して……」
「あんた、一体何者なんだよ? 人間、だよなぁ?」
ああ、そのことか、と苦笑する。この人の依頼は初めてだったが、本当に何も知らずにオレを選んだらしい。オレのことを面白いって言ったけど、このおっちゃんも十分面白いな。
そんなことを思いながらオレは答えた。
「オレは巽真太郎」
そんでもって人間じゃなくて──。
「ドラゴンだ」
また半開きになった口を閉じれずにいる間抜けなおっちゃんの顔を見て、オレはニッと笑った。
サブタイトルは多分統一感ないものになっていくと思います。とりあえずノリです。ノリで何とか行きます。
因みに今回のタイトルは開幕の「開」に灰色の空の「灰」を掛けてみたのですが……あんまり深い意味はないような微妙な感じなので気にしないでください。全てはノリで切り抜けると信じて、次、行きましょう。