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蒼天の真竜  作者: 逢河 奏
第二章
19/43

018■ひだまりの待つ家【真】

タイトルだけが決まらず一週間経過……馬鹿ですね。結局雰囲気で決めました。

それぞれの思いが上手く伝えられなかったり、そもそも自分でも整理出来てなかったり。そんな中での旅立ちの日。思いは一つになるのでしょうか。

第十八話の語り手はシンです。

 真っ暗闇。

 そこにぽつんとあるのは赤く褐色がかった、ぼんやりした光を放つ大きなもの。

 それだけがその世界の全てだ。

 大きなものは微かに赤銅色に発光していて、輪郭がほんのりと浮かび上がっている。それは山のようでもあった。でこぼことしたその輪郭は、しかしどこか整然と並んだ突起により、嫌な感じとか怖いとかいう感じはない。どちらかと言えば綺麗。

 鋭い表皮、否、鋭く立ち並ぶ鱗は後ろに撫で付けたように揃い、同じ方向性を持ち。斜めに倒れた針山のような巨体は微塵も揺らぐことなく、当たり前のようにそこに在った。

 大きな眼があるであろう場所には重たい瞼が落ちたまま。ただただ静かな巨像のように、それは在った。

 ドラゴンは在った。


 夢だな、とは思った。来ようと思った覚えはないし、何だかいつもよりぼやけて見える気がするから、多分そう。そんな風に一人納得する。

 オレの中。奥の奥。そこに居座る赤銅色のドラゴンは常に静寂を体現するようだった。

 かつて一度。初めて目を開けた時に一方的に言われたきり。その後一度でも口を利いたことは記憶にない。

 でもオレが力を貸せと言えば面倒臭そうに尾を振り、火を出せと叩けば鼻を鳴らし、守りたいんだと言えば小さく息を吐いた。

 願えば応える。しかし言葉ではなく、力を貸すという形で。貸してくれるのは鱗、火、腕力などの身体的能力。

 この目の前に鎮座してるこいつが、オレがドラゴンである理由。それだけじゃないけど最たる理由。

 でも、と思う。

 もしかしたらこのドラゴンがオレの中に居るから、オレは人間じゃないんじゃないかって。もしかしたらオレだけなら人間になれるんじゃないかって。そんなことを考えてしまう。


「なあ、オレは何なんだ? お前は何でここにいんだよ?」


 しかし答えは静寂のみ。死んだように動かない、くすんだ赤の竜が在るだけ。

 オレはムスッとなった。だからオレはやなんだ。


「お前なんか大嫌いだ!」


 それでも何一つとして答えは返って来ない。

 オレは顔を歪めて願った。

 早く目が覚めますように。

 シランに、ロウに、会えますように。


 そして世界は暗闇に沈んだ。



■ ■ ■



「シン大丈夫?」

「……ロウ」


 まず最初に見えたのはロウの顔だった。それで何だか安心した。溜まっていた息を吐き出すと、改めてロウの顔を見て、言った。


「ロウ、近いよ」

「あ、ごめん」


 まじまじと覗き込むように、ロウの顔は握りこぶし一個程も離れていなかった。寧ろ指二本が間に入るかすら怪しい。


「なんで近いの?」

「んー。なんかシン、苦しそうだったから。心配だけど、起こすの悪いから」

「だから見てたの?」

「うん」


 出来れば起こして欲しかったけどな、と思ったけど、でも結局はそのプレッシャーみたいなもので起きた気もするからまあ良いか、と一人納得することで落ち着いた。


「シン元気?」

「ああ、ロウのおかげで元気だ」

「良かったあ」


 破顔するロウに釣られてオレの顔も綻ぶ。大分癒された。


「ありがとな」

「ん? どう致しまして?」

「うん、それで合ってる」


 そう言いながら体を起こす。珍しく寝坊したようで、窓の外には既に朝の支度を終え、出回る人の気配があった。多分八時くらいだろう。


「悪い、直ぐに朝飯用意するから」


 と手早く着替えながら言うと、ロウが首を傾げた。


「シランがもう下降りてるぞ?」

「へ?」


 いつの間に家に入ったんだ? じゃなくて、オレが居るなら朝飯はいつも任せてくれるし、じゃあなんで──。

 と考えていたらピンと来た。

 着替えもそこそこに、慌てたオレはロウを飛び越え、床に開いた四角い黒い穴、出入口に飛び込んだ。

 この家が例外と言うわけではないが、守衛区の小さな家に住む人は大抵床下、つまり地面の下も利用している。貯蔵庫として食べ物なんかを収納しているのだ。地面の下なら外が真夏日になろうが、氷点下になろうが、そこまで温度が変わらない。冷蔵庫なんて便利な道具はそうそう使えないし、そもそも守衛区は機械を動かすための電気というのがないから当たり前だ。

 だからうちにも床下はある。ただ例外と言えるのは、最早地下室としか言い表せないような空間になっているからだ。因みに他は精々掘って腰くらいの高さまで。結局梯子まで作る羽目になった。まあ、自業自得なんだけどな。

 そうして地下室に飛び込んだオレは普通に着地した。シランの目の前だった。非常に驚いた顔。


「あ、ごめん」

「……埃が立つから梯子を使えと言っているだろう」


 眉間に皺寄せて注意するシラン。でもそうじゃなくて。


「シラン!」

「……なんだ?」


 落ち着いた調子でシランは先を促した。オレは焦っていた。自分でも理由がはっきりしていても戸惑うくらいの焦燥感があった。


「行くのか、一人で行くって言い張るのか!」

「……そうだ」


 結局。

 結局昨日は決着がつかなかった。どちらも譲らず、引き分けたままだった。シランが貯蔵庫、いや、地下室にいる理由は朝食の材料を取りに来たわけではない。旅支度を整えるためだ。ここには頻繁には使わないようなものも収納されている。シランの用はそれなのだ。

 オレを、置いていくんだ。


「一人じゃなきゃダメなのか? オレは居ちゃダメなのかよぉ」

シラン──。


 また泣きそうな気分になりながら、必死に訴える。シランはさっきよりもきつく皺を刻む。そして言うのだ。


「……お前はここに居るべきだ。オレと居てどうする。半田さんや美崎、稲城さんのいるここの方がお前にとって良いはずだ」


 その言葉に、目の前が真っ暗になったような錯覚に襲われた。

 シランは、何を勘違いしているんだろう? だって、シランじゃなきゃダメなんだ。確かに大切な人達だ。でも違う。シランはシランで、一番大切な人で、離れたら。

 また一人だ。

 そんなのイヤだ。

 だからだからだから、だから!


 オレは振り絞るように叫ぶ。


「オレはシランと一緒がいい、シランを守りたいんだ……どうしても曲げないって、ならいい、勝手についてく。んで守る。悪いか!」


 それだけ宣言すると、ぷいっ、と顔を反らし、朝食の材料をてきぱきと揃えだす。

 今の言葉は実は考えなしだった。つまり勢い、出任せ。でも自分の言葉に後から納得する。そうだよな、シランがダメって言うなら勝手について行けば良い。それだけだ。うん、そうしよう。

 そう思うと急に楽になった。開き直ったと言うべきか。始めからそうすれば良かったんだ。


「……はは」


 そして唐突に上がった力ない笑い声に驚いたオレは手を止め、振り返った。そこにいるのは勿論シラン。途方に暮れたような顔をして突っ立っていた。


「そうだよな、お前なら簡単だ。俺は間抜けだな、本当に……本当に」


 言葉や表情だけでは読めない意味も含まれている台詞のように感じた。でもオレにはわからなかった。でも次の言葉でそんな些細なことはどうでも良くなってしまった。


「一緒に行くか……いや、一緒に来てくれるか、だな」

「……ほ、ほんとか、いいのか?」

「俺が馬鹿だったんだ。本当はお前や半田さんが正しかったんだろう」


 疲れた顔でぼやくシラン。最早違えようのない答えをもらったオレは跳び跳ねた。


「やった、やったぞロウ! 良いって、一緒に行って良いってさ!」

「良かったなシンっ」


 上の、家の中からロウの嬉しそうな声が返って来た。オレは大きなリュックを引っ張り出すと必要なものをとりあえず放り込み始めた。シランが荷造り途中だったカバンからも勝手にいろいろ取り出しリュックに詰め込む。着替えと保存の利く食料、寝袋、タオル、水筒などなど。


「ロウー」

「はーい」


 と阿吽の呼吸。説明なくオレが投げたリュックを入り口に顔を出したロウが受け取る。

それから朝食準備の続き。今度は昼御飯分の材料も手に取る。


「……はぁ」


 シランは何故か疲れた息を吐き出すと、朝食分だけ受け取って先に上に戻った。昼食の材料を揃えたオレがそれに続く。


「張り切って行くぜ!」

「おー!」

「…………」


 シランはもう一度だけひっそりとため息を吐いたのだった。


■ ■ ■


「ロウも行くよな?」

「シランが良いって言ってくれるならっ」

「……良い」

「やったなロウ!」

「やったぞシン!」


 無駄にテンションの高い二人だった。でも昨日からの落ち込みようが結構酷かったのでその反動みたいなものだ。実際すごく嬉しいし。

 一先ず朝食の準備。ロウはリュックの中身を一度出して仕舞い直してくれている。適当に突っ込んだだけだったので助かるな。シランは何かがショックだったらしく、気持ちの整理をしている最中のよう。そっとしておくことにする。

 コンコン。

 というノックに反応して俯いていたシランが顔を上げた。オレが出ようとしたが、シランがそれを手で制し、俺が出る、とぼそぼそと言った。

 来たのは案の定と言うか、あの三人組だった。


「返事を聞きに来た」

「行く」

「……え、それだけ?」

「……他に何かあるか?」

「いや確かにそれで良いんだが、あまりに簡潔と言うか、なあ」

「リーダー、素直に感謝の言葉で良いんじゃないですか?」

「そうですぜリーダー。素直に行きましょうぜ」

「なんで俺が素直になれないキャラみたいな方向にフォローするんだよお前ら」


 あの三人、おもしれーなやっぱり、と思いながら聞き耳を立てる。


「だがそうだな、ありがとう。我らの身勝手な願いを聞き入れてくれたこと、感謝する」

「……そうか」


 非常にどうでも良さそうな返事だった。心こもってないぞシラン。つか何だか気まずそうな雰囲気がここまで漂ってくるな。これは……助けねば。

 一時火を消すと手を拭き、台所を離れるとシランの後ろに立った。ギョッとしたリーダーと目が合う。……あれは悪気があったわけじゃないんだ、そんな目で見ないでくれ。


「あー……朝飯食べてく?」

「お誘いありがとうございます。でも済ませて来たので」

「じゃあ茶でも飲んで待っててくれよ。それとも何かやることある?」

「あ、いや、特にないが」

「なら上がってろよ。狭いけどさ。……ロウー」


 以心伝心という言葉を知っている。知っているがロウは本当に察しが良い。どちらかと言うと未来予知みたいな感じだ。


「椅子二つでいいか?」

「ばっちりだ。ありがとロウ」


 ロウは既に地下室から予備の椅子を出して並べていた。机の両側に一つずつ追加だ。これで六人全員座れるようになった。


「シラン良いよな?」

「……そうだな」


 特に不満もないようで静かに頷いた。三人組を招き入れると入口側の三席を勧め、シランとロウは裏口側の二席につく。オレは手早く再び火をつけるとやかんを置いた。


「……お前が料理作るのか」

「そうだよ。オレの得意分野だ」


 リーダーに答えながら鍋をかき混ぜる。昨日の残りのスープ。ちゃんと今朝で食べきれる量だ。それからパンも焼く。あと野菜切ってサラダっと。


「ちゃんと料理するんですね。流石第八特区です。交流都市と呼ばれるだけありますね」

「しかもモットーは時給自足。難攻不落の城塞みたいなもんだな、本当に」


 何故か感心する部下Bとリーダー。ってそう言えば。


「名前聞いてなかったよな。オレはシンっていうんだ」


 料理の手は止めず、振り返らず問い掛ける。答えたのはリーダーだ。


「それもそうだな。俺は秋峰(あきみね)だ」

「名前は?」

「お、お前こそ『シン』だけしか名乗ってないだろう?」

「あそっか。オレは巽真太郎だ。シンで良いよ。で?」

「ぐぅ……」


 何故だか口ごもるアキミネ。すると部下二人が代わりに口を開いた。


「私は新見閑歌(にいみしずか)と申します」

「俺ァ、戸狩丸太(とがりまるた)って名前さ」

「「で、リーダーは」」

「待て、待て! 自分で言える! お前ら早まんなっ」


 こいつら面白いよなぁ、ほんと。苦笑を浮かべるオレの顔は多分見えていない。ついでに言うと後ろでわいわいやってる奴らの顔も見えないんだけどな。でも非常にわかりやすい声が割り込んだ。


「結局なんて名前だ? あ、ロウはロウっていうんだぞっ」

「……既知だろうが、観月紫蘭だ」


 ロウの笑顔とシランの困り顔が目に浮かぶ。そして無言で促すように見ているんだろう、リーダーを。無言の視線に耐えきれなくなったリーダーがとうとう口を割った。


「……──だよ」

「聞こえませんよ、そんなぼそぼそじゃ」

「ええい!」


 開き直ったらしく何だかやけくそな声が響いた。


「スバルだよ昴! 秋峰昴が俺のフルネームだよ悪いかコンチクショー!」

「……悪くないが」

「かっこいいなっ」


 素直な答えが返ってきた。と言うか、なんでそんなに名乗りたがらなかったのかがわからないような名前だ。別に悪くないよな、スバル。ロウの言う通りかっこいいくらいだ。しかし何か以前あったのか、やけくそな声が続く。


「似合わないことは知ってるさ、誰一人として名前で呼んじゃくれねぇんだからな! ああそうさ、昴って顔じゃあねぇんだ、それでもそう名付けられたからには名乗るしかねぇじゃねえか!」

「……誰も否定していない、昴さん」


 ピタッとリーダーの動きが止まった。いや振り向いて確認したわけじゃないが、でも空気で何となくわかった。


「呼んで、くれるのか?」

「……そこまで言われたら、な」

「じゃあロウもスバルさんって呼ぶぞっ。良いか?」

「あ、ああ、ああ!」


 感極まった声が上がる。シランは優しいよなやっぱり。しっかしなんで他の奴は呼んでやらないのやら。


「んじゃあ面倒だしスバルとシズカとマルタだっけ? それで良いよな?」


 結局皆まとめて下の名前で呼ぶことにする。特に反論はないようだ。しかしふと疑問に思ったのかスバルが口を開いた。


「そういやその二人、シンとロウだったか……連れて行くのかい、紫蘭殿」

「そうだ……それを拒否するのなら──」

「あいやいや、そういうつもりで言ったわけじゃないんだ。護衛として三人程度なら付き人の許可はもらってるから大丈夫だ」

「……そうか」


 安心したようなシランの声。もうオレ達がついて行くことに関しては決定事項らしい。良かった良かった。


「んじゃ話もついたことだし」

「ご飯だー!」


 ロウの歓声が上がった。

 そして暫し朝食タイム。各々ある程度満足すると自然に打ち合わせが始まる。数日家を空けるとなると、いろいろ片付けやらがあるからだ。

 そして話し合いの結果。


「んじゃ二手に分かれるか。ロウは板もらって来て。二人は終わったら地下室の整理頼む。昼飯とか準備終わったら手伝うから」

「……ああ」

「わかったぞっ。ロウ行ってくる!」


 そんな会話の後、勢い良くロウは飛び出して行ったのだった。既に自分の皿は綺麗に平らげていた。

 そして残ったオレ達は中途半端な朝食を片付けることにする。


「あ、聞くの忘れた」

「……なんだ?」

「サンドイッチの具、何が良いかって」

「肉だろう」

「やっぱし? まあいっか。肉入れよ。どうせ今あるのは使い切んないといけないしな。まあ残ってたら残ってたで代わりにハンダが喜ぶな」


 地下室は何だかんだ言ってもやっぱり貯蔵庫。天然の冷蔵庫みたいなものだ。だから食料満載。保存食も多くあるが、そう長くはもたないものも多いから、ハンダに渡して適当に地区内で分けて消費してもらうことにした。

 多少もちそうなものは持って行くけどな。そして昼食はそうして残った余り物でサンドイッチを作ることにした。


「さてと、やりますか」

「……そろそろ帰ってくるだろうしな」

「え、さっき出てったばかりだけど、ロウとやら」

「ただいま!」

「……はやっ」


 ロウの足とスタミナを嘗めちゃいけない。スバルの驚きの声をそんなことを思いながら聞いた。それにロウのお使いはハンダのところで済むから直ぐ近くだ。数分あれば十分。


「ありがとう、行くか」

「うんっ」


 シランとロウが出て行く。オレは昼食の準備だ。そうだ、もう一つ訊き忘れてた。オレは振り向くと机の方を見て言った。


「お前らも昼飯いるか?」


 多分満面の笑顔だった。


■ ■ ■


 結局シズカ達が手伝ってくれたので昼食の支度は思っていたより早く終わった。別に昼食に誘ったのはそんなつもりでもなかったんだけどな、と思ったが、皆で作るのは結構楽しかったのでまあ良いか、と納得し、地下室の片付けを始めた。そうして暫くするとシランが戻ってきた。

 そうして皆で片付け始めるとあっという間に地下室はがらんとした寂しい雰囲気になり、トントントンという軽快な音で封印された。

 それから三人揃ってハンダの家に、改めて行くことを伝えに行った。


「ま、シンもロウもいりゃ俺も安心だな。シランを頼んだぞ、お前ら」


 そう言ってハンダは思っていたよりもすんなりと笑って頷いた。


「任せとけ!」

「ロウ頼まれたぞっ」


 でも家に戻る時、ハンダがシランに耳打ちするのが見えた。何を言ったから風向きが悪いこともあって聞こえなかったけど、気になった。シランの顔がほんの少しだけ曇ったように見えたから。

 それから家に帰ると何故かイナギさんとミヨシ……さんが居た。……きっと「さん」を付けておいた方が安心だ。


「……どうしたんですか、守衛区長に、第四地区長まで」

「いやね、正哉くんが見送りに行くから来いって聞かなくてね。ちょっと拐われて来たんだ」


 それは笑顔で言うことなのか? ミヨシさんはやっぱりニコニコ笑顔で答えた。


「拐ってないぞ。少し持ち上げて来ただけだろう?」

「本人の意思尊重してよー」

「……嫌だったか?」

「別に良いけどね。君の我が儘なんて今に始まったことじゃないし」

「ん、ココは心が広いな」

「あはは、分かりづらい言い方だね。それに小さい小さい路って書くから、あんまり僕の名前は心広そうじゃないよね」

「そう言えばそうだな」


 ……何なんだこの二人。やたら仲良しだぞ! とびっくりしていると。


「……ココ、って」


 シランがツッコンだ。いや、ツッコミと呼べる程の勢いはない、最早呟きのようなものだったけど。でもミヨシさんはしっかり拾ってくれたようで。


「ああ、僕のあだ名だよ、一応。名前が小々路(こころ)だからココ。因みに恥ずかしいからあんまり呼ばないけど、正哉くんはまーくんだよ」

「友達なら何時でも何処でも愛称で呼ぶべきだろう?」

「ちょっとは体面も気にしようよ君」

「そうか?」


 イナギさんって確かに普段からフレンドリーだけど、何かその上を行くフレンドリーさだな。そう言えば幼馴染みなんだっけ? 名前はあんまり覚えてないけど聞いたことあるな。

 だからなのか?


「えーと、まあそう言うわけでお見送りに来たんだよ。何か手伝うことあるかな?」

「いや、そんな……」

「あとは家のドア閉じれば終わりだぞっ」


 狼狽えるシランの脇からロウが口を挟む。


「おや君が噂のロウくんかな」

「噂は知らないけどロウだぞ?」

「そうか、僕は三好小々路だよ。よろしくね」

「うん、よろしくだぞ!」


 というやり取りも挟みつつ、出発の最終準備に掛かる。

 オレはいつも仕事の時に使う服に着替えた。一番動きやすいし、元々外に出るための服だから何かと都合が良いからだ。そして腰に刀、上に深い蒼のジャケットを羽織れば準備完了。用意したでかいリュックを手にする。

 シランは藍色のマントを羽織った。腰には勿論自ら鍛えた刀が一振り。マントの下には小さなリュックが隠れている。中身は多分手放せない鍛冶師としての道具だ。刀は得物でもあるし、やっぱり必要なんだろう。基本的に三人の荷物はオレのリュックの中だ。

 そしてロウはオレと同じで仕事用の服だ。最初に着ていた立派な狼の毛皮は置いていき、シラン同様灰色のマントを纏っていた。その身一つあれば十分なロウは軽装も軽装。動き易さ重視なその格好は寒そうだけど、寒さに強いと豪語するだけはあるので、ロウに関しては平気だろう。

 準備は出来た。

 あとは旅立つだけ。


「なあ、どのくらいで帰れるんだ?」

「片道は普通に歩いて五日程だな」

「そっかぁ」


 最低でも十日くらいは帰れないらしい。正しくはシランの家だからちょっと間違っているかもしれないけど、でもオレの帰る場所は間違いなくここで。

 どうしても名残惜しく感じてしまう。

 離れるのが何だか辛い。自分で言い出した癖にだ。だからシランはあそこまで頑なに一人で行くと言ったのかな、なんて今更思う。


「……お前は、行かなくても良いんだからな」


 だからそのタイミングでシランにそう言われて、酷く動揺した。


「べ、別に、オレは、行きたくて着いてくんだ」

「……無理をする必要はない。半田さんなら面倒見てくれる」

「う、うるさい! シランだけ行かせられるかよ、行くよ、行くに決まってんだろ!」


 シランは静かにぐらぐら揺れてるオレを見ていたが、それ以上は言わず。


「……そうか」


 とだけ頷いた。

 まだテンパっていたオレは、いつの間にか強引に話題を変えていた。口を衝いたのは無意識の内に今一番気になっていたこと。


「そ、それより、シランは何言われてたんだよ、ハンダに」

「……ああ」


 少し意外そうな顔をしたシランは、ちょっとだけ迷うような間を置くと答える。どこか翳りのある顔で。


「シンは子供だからお前は引き摺られないようにしっかりしろよ、と」

「ハンダぁ!」


 ほとんど条件反射で叫んでいた。それと同時に気になるシランの表情も軽く吹っ飛んでしまっていた。怒りの対象が目の前にいないためその怒りは燻ったまま出発する段となってかなり不満だったが仕方ない。


「体に気を付けてな。無理はするな」

「見付かると良いね探し物。遠くから君たちの幸いを祈ってるよ」


 そんな二人に見送られてオレ達は住み慣れた家を離れ、暫しの旅路へと着いた。

 シランは見付けるために。

 オレは守るために。

 ロウは共にいるために。


 わからない答えを知るために。


「行ってきます!」


 オレ達は今日大きな一歩を踏み出した。

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