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蒼天の真竜  作者: 逢河 奏
第二章
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016■進むべき道を探して【紫蘭】

今回は本当にタイトルのまんま、真面目にそういう話です。おせっかいと言うか心配性なキャラばっかですね。理由は一応あるんですが。

まあそんな感じで十六話、シラン視点でお送りします。

「ああ、あの話な」


 ようやく落ち着いたところで昼に起こった出来事を簡潔に伝えると、そんな反応が返ってきた。


「では本当、なんですね?」

「人聞きの悪い話だがな、本当だ。すまんな、話していなくて」

「……」

「紫蘭が移籍した場合の扱いの確認、こちらが何を代わりに得るか、お前に対する交渉に関しての制限、が取り決めの主な内容だ。お前やこの特区が不利にならんようにと、あちらの話し合いに応じた」

「……はい」

「お前抜きに話を進めたことは本当にすまなかった。だがお前は馬鹿に真面目だ。下手に話しておくと変に悩むと思って伏せていたんだ。悪かったな」

「いや……案の定、といった感じなので、反論は出来ない」

「そうか」


 しかし少しほっとしている自分がいた。見捨てられたわけではなかった、なんて見当違いな安堵。矮小な自分が露見するようで、非常に嫌だった。でも安心してしまうのは仕方ない。


「そういうことだ。だから決定権は間違いなくお前だけのものだし、その辺りの取り決めもしっかりやった。それを破って来たらそれなりの対処をすることも伝えた。もちろん、具体的にな」


 悪戯をした子供のような顔をしてみせる稲城さん。この特区はかなり強い。力での意味ではない。それも確かにあるが、何より信用がある。発言力も強い。だから報復の内容も大体予想がつく。そしてそれなら流石に相手も無茶はして来ないだろうと安心出来た。


「……ありがとう」

「なに、お前らを守るのが俺の役目だ。当たり前だろう」


 そういう人だ、稲城さんは。

 手の届く範囲全てを気に掛け、全てを守るのだ。それは嘘ではないし、それがこの人の矜恃。そしてそれを貫き通した結果が今、第八特区全てを守ると言っても全く過言ではない役職、守衛区長だ。今や、稲城さんの手は特区全体にまで伸びている。

 こんな凄い人、俺は他に知らない。だから稲城さんは誰からも信頼され、尊敬されている。それもまた、当たり前のこと。


「しかしな、紫蘭」

「何ですか?」


 妙に真面目な声に、改まる。稲城さんは真っ直ぐに俺を見て言った。


「お前はあまりに外を知らない」

「……」

「鐵ほど極端なことをやれとは言わないし、まあ、やられても困るんだがな」


 と、急に少し締まらない顔になった。この差がなかなかに脱力させられる。ついさっきまでの神妙な雰囲気は、あっという間に霧散してしまった。稲城さんは気にせずそのまま続けてしまう。


「だから、なんだ……見に来て話を聞いてくれないかって話なんだろう?」


 言わんとしていることはわかった。しかし答えが出せないので沈黙のまま続く言葉を聞く。


「だったらせっかくだ、行ってみたらどうだ? 見学に」

「……偵察してこい、と?」


 意地の悪い返しだった。我ながら嫌な性格してると思う。しかも答えから逃げるために絞り出した台詞だというのが何とも嫌になる。

 しかしそんな自己嫌悪の渦にも稲城さんはひょいと入ってしまうのだ。


「そう取った方が気が楽ならそれでも良いけどな。まあ謎の組織だ。それも助かるな」

「……すいません」

「謝るな。確かにそういう意見が出たのは嘘ではないんだから。ただ俺としてはだな……」


 そこで区切ると稲城さんは俺を見た。何かを読み取ろうとするかのように。そして照れ臭そうに笑って言った。


「余計なお世話かもしれん。けど俺は結構心配してるんだ、お前をな。少しは周りを見るようになったが外はまだだろう。だから俺はお前にいろいろ見てきて欲しい。このまま閉じ籠って押し潰されないように、な」


 考え過ぎだと我ながら思うんだがな、と付け足すが、本当にそう思ってくれてることはわかった。心配されている。本当に、本当に……俺は周りに迷惑をかけてばかりだ。


「ただでさえ狭くなった世界なんだ。全てを見るのは容易くて難しくなった。あとは踏み出すか否かなんだ」

「……外には、森の向こうには、何があるんですか?」


 稲城さんは怖く見える顔を精一杯緩ませて言った。


「その答えをお前が見つけるんだよ」


 踏み出せるのか?

 俺は見付けられるのか?

 そして。



 あいつのことも、答えを見付けてやれるのか?



 でも、きっと足踏みしているだけじゃ何も変わらない。きっと前に出さなきゃどこにも行けない。

 答えは見つからない。

 なら、今俺が持つ答えは一つ。


「行きます」


 間違っているかもしれない。けど、ここに座っているだけじゃそれすらわからないのだから。


「気を付けて行ってこいよ」


 稲城さんは和やかな笑みを浮かべたかったんだと思う。声はとても優しい温かな低音だった。


■ ■ ■


「いつでもおいで。何もないとこだけど、相談に乗ったりくらいは出来るから。ちょっと俺達似てるみたいだし」


 半田さん程頼りがいがないかもしれないですけど、と苦笑しながら言ってくれた上野さんに礼を言うと、俺達は直ぐに立ち去った。長居するつもりは元からなかったから。しかし。


「……そういう約束ではあったが、どうかしたか、シン?」


 上野さんの家を出てからも延々と黙りを続けるシンに心配になってきた。何だか様子がおかしい気がする。何というか……寂しそうな雰囲気。シンはゆっくりと顔を向けた。

 泣きそうな顔に見えた。


「なあシラン」


 心なしか涙声のシンは、小さな小さな声で言った。


「父ちゃん、って何だろな」

「…………」

「母ちゃんってスズさんみたいで、兄弟ってシランとかロウで、そんで、そんで──」

「……シン」

「父ちゃんってなんだろ、そもそも家族ってなに? オレは知らない、知らない、知らない!」


 ああ、あの時だ。

 初めて出逢った時の心の悲鳴みたいな叫び。胸を刺すような痛々しい表情。わからなくて戸惑って、何だかわからない感情に押し潰されそうで。

 俺はどうすれば良いのだろう。

 なんでシンの父はここに居ないのだろう。


「……シン」

「教えてよ、オレは知らないから、教えて、誰か教えてよぉ……」


 泣いてないけど泣いていた。


「わかんない、わかんないんだ。父ちゃんも母ちゃんも本当は知らない。家族だけじゃない、本当はオレ──」

「もう良い」


 ピタッとシンは止まった。視線を感じるのに俺は顔を伏せたままだった。怖いのだ、その真っ直ぐ過ぎる目が。自分を信じるその暁色が。


「俺にだってわからない。わからないから、だから」


 それでも口は勝手に動いて、勝手に願って、勝手に──。

 勝手に祈っていた。


「探しに行く。俺は探す。答えを持つものを、見付けに行く。見付かるかなんて知らない。けど、俺はちゃんと──」


 答えを出したいんだ。きっといつか、胸を張って答えられる何かが欲しいんだ。シンやロウを背負えるような、守れるような、何かを。

 傷だらけな彼らを溢したくないから。また一人ぼっちにはしたくないから。

 だから。


「いろいろなものを見て、聞いて、知って──見付けたい、答えを。その意味を」

「……なら、オレは」


 気が付けば顔を上げていた。見えるのは泣きたそうで泣けなかった、中途半端な苦しそうな顔。潤んだ朝焼け色の瞳は、それでも迷うことなく真っ直ぐで。

 哀しくなる程真っ直ぐで。

 曲げることを知らなくて。


「シラン、守る」


 だから張り合ってしまう。この瞳を裏切りたくない。だから俺も愚直に進む。間違いは正しながら、迷いは向き合いながら。

 俺達は前に進めると信じてる。

 そう、信じてる。


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