009☆シラン先生と勉強会【紫蘭】
タイトルがふざけてるって? 今更です。気にしてはいけません。話はサブタイ通り。まんまです。
では久々にシラン視点の第九話をどうぞ。
「勉強面白いな、シランっ」
「…………」
「シラン。なんでロウを撫でながらオレをそんな目で見る?」
「爪の垢をもらう相手が出来たな、シン、という意味だ」
「……丁重に断らせてもらう」
「なら俺はロウに頼み込もう」
「どうやって?」
「……ロウ、お菓子食べたくないか?」
「食べるー。頼み引き受けるぞ」
「うわ、きたねっ! 食べ物で釣りやがった!?」
「さあ、ロウの爪の垢を煎じて飲まされるか、自分から読み書きを学ぶか、どうする?」
「ぎゃー」
そんな平和な時間。
俺は今、ロウの先生だ。……大袈裟か。
この間読み書きを覚えたい、と気合い十分な希望を受けたので今日から早速授業だ。図書館から目星をつけていた資料を借りてきたので朝食を終えると直ぐ様始めたのだ。
まあ適度な休憩も必要だろう、としばらくそんな調子でシンに軽く逆恨みな仕返しのような会話をすると、気が済んだのでロウの家庭教師を再開する。しかしシンはどうしてこう頑なに拒むのだろうか……。
そしてまた家の中は静寂に包まれた。シンは「洗濯だ~」と鼻唄混じりに出て行ったので本当に静かだった。
「シラン、合ってるか?」
「……ああ、正解だ。平仮名はもう大丈夫そうだな」
「カタカナも大丈夫だぞ?」
「そうか……じゃあ簡単な漢字に行くか」
「うん!」
しかし……本当に速いな。ロウの覚える速度。平仮名の表を見せただけで覚えたと言うのでテストをしてみたが、慣れないため多少歪なこと以外、特につっかえるでもなくすらすら書いてしまった。
昔の十歳くらいなら当たり前かもしれないが、今の時代では俺の倍生きた人でも読み書きが出来ない人はざらにいるだろう。逆にこの街の識字率が異様に高いと言っていい。紙の生産も盛んであるし、かなり以前の生活に近いのではないかと思う。特に中央区辺り、行政を取り仕切る役所仕事に従事する人々はほとんど出来るのだとか。
斯く言う俺は父の趣味だった読書に興味を持った時期があったため、父に教えてもらったのだ。父は人と話す代わりに鉄や文字と話しているみたいな人だったから。
そして今俺は父から習ったことをロウに教えていた。こうやって先人の文化や知識は伝わっていくのだな、と柄にもなく浸り気味。
「シラン、漢字のは何使う?」
「あ、ああ……確か一応借りてきものがここにあるはず」
ロウの声に我に返った俺は思わず上擦った声で答えた。……今は先生なんだ。今くらいしっかりしろシラン。自分に言い聞かせると腰を浮かし本棚を漁る。前回返し忘れた本と調子に乗って借りすぎた本で本棚は許容量一杯だった。馬鹿だった昨日の自分を恨みながら落とさないよう気をつけて本棚を探す。
「これ、だな」
昔の子供向けの漢字の本。由来も一緒に学べて丁度良いだろう、とかなり前から目をつけていたにも関わらず、今まで出番を延々先延ばしにされていた可哀想な本である。……本自体には何の感慨もないと思うが。
「読んでいいか?」
「ん、ああ」
本を机に置くと直ぐにロウが手に取り、早速表紙を捲り始めた。そして普通に読み始める。確かに基本平仮名で、簡単な漢字の書き順や由来が書かれた絵本みたいなものなのだが……。
「読めるのか?」
「読めるぞ。シランの選んでくれた本、ロウでも読めるなっ」
「そ、そうか」
……シンに見習わせたい。
そんな無謀な考えが浮かぶ程、ロウは真剣で真面目だった。しかも吸収力が半端ない。これは直ぐに一人で本読み出すな。もはや予言でもなく決定事項だ。一人空いた時間、読書をする勤勉なロウが容易く脳裡に浮かぶ。
「仕事行ってくるなー」
「シン行ってらっしゃいっ」
「……気を抜かず、気を付けて行くんだぞ」
「わかってるってー。んじゃ勉強頑張れよー」
そんな会話を交わすと着替えを終えたシンが上着を羽織ると表から出て行った。洗濯は終わったのだろう。家事に関しては実にそつなくこなすやつだから。
ロウは今日仕事がない日だし、俺は……言わずもがな。
たまに来るロウからの質問に答えながらゆったりと時間は流れ。
「昼、だな」
「そう言えばシンいない時、どうしてる?」
「俺が作ってるに決まってるだろう?」
「シラン料理できるのかっ」
「……」
出来ないと思われていたらしい。まあ、そうだな。普段はシンに丸投げしている身だ。無職で何も出来ない人間だと思われて、どう反論出来ようか。……地味に痛い事実だな。
「ロウは座って読んで待っていてくれればいい」
「手伝うぞ!」
「いや、俺はあいつほど手際が良くないから上手く指示が出せない」
「そうかぁ。わかったぞ」
ロウは素直に引き下がってくれた。俺は本棚から厚めのノートを引き抜くと、台所に向かった。ノートをパラパラと捲り、適当な頁を探す。
「それなんだ?」
「これか? 母さんお手製の料理本だ。あまり料理をやらない俺や父さん、物忘れがたまに酷い母さん自身のために書き貯めたやつだよ」
「ふえー」
感心の声が上がる。それから思い出したように本に視線を戻した。そんなロウに習い、俺もノートに視線を落とす。メニューを決めると材料と器材を出して早速調理開始だ。シン程ではないが手慣れた調子で進めていく。
料理をしているといつも疑問に思うことがある。それはシンの料理のことだ。
同じメニューでも毎度味付けも具も全く違って謎だが……何故か美味いのだ。かなり不思議だ。そしてシンの料理の師が俺の母親にも関わらずちゃんと美味く出来ていることは奇跡だと思う。
本当のことを言うと母さんは何故か非常に料理が下手だ。そんな母さんがシンに教えたのはほぼこの一言のみ。
「料理は感性!」
詰まるところ勢いとか思い付き。シンはまさにこれを実践して気分のままに料理をする。流石に慣れてきてからはある程度法則のようなものがあるようだが……凡人にはわからない何かがあるらしい。未だに俺には理解出来ない。
そんなことを考えながらも順調に料理は出来上がり、昼食の時間となる。基本、俺は黙々と食べ、時折休憩のように話すロウに相槌を打ちながら滞りなく食事を終えると、片付けもそこそこに勉強会を再開だ。
そんな調子で夕方、帰宅したシンの一言。
「お前らは金太郎か!」
それを言うなら二宮金次郎だと思う。
そして早速だが後日談。
半田さんに泣き付かれた。
因みに嬉し泣きの方だ。なんでも上に誉められる程正確でわかりやすくまとめられた、見事な報告書が上がったらしい。言わずともわかると思うがロウのものだ。
嬉し泣きの場合、泣き付かれたという表現は不適当かもしれないが、まさにそんな感じだったので、まあ、良いんじゃないだろうか。
シンにも教えてやってくれないか、と頼まれたが丁重に断った。
「不可能です」
最早シンが何かを書いている場面など、全く想像がつかないのだから。