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蒼天の真竜  作者: 逢河 奏
序章
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000◆森の中で【紫蘭】

興味を持って下さり、ありがとうございます。これは逢河奏という名前で初めて書いた話です。四話までで一区切りになるので折角ならそこまでは読んで欲しかったりします。拙い部分ばかりですが、良かったらお付き合い下さい。

タイトルは読み方はちゃんと決まっていませんが、出来たら『蒼天の真竜』の真竜はドラゴンと読んで欲しかったり……。ネーミングセンスなくてすいません。中身くらいはまともになるよう努力するのでよろしくお願いします。

では二人の出会いの場面を序章として、物語を始めましょうか。


 俺は不思議な気持ちだった。

 人のあまり踏み込まないような薄暗い、森の中。か細い木漏れ日がそこに踞る少年をぼんやりと、どこか幻想的に浮かび上がらせていた。

 本来こんな森の中に、人間が居るはずもないのに、不思議と彼には違和感がなかった。まるで森の一部のようだった。

 だからだろう。

 現実味や、人間らしさに欠けたその場面を見下ろしていた俺は、気が付けば問いを発していた。


「お前は人か?」


 その声で漸く気付いたように、少年は顔を上げ、俺を見た。

 赤い、褐色の光。

 薄暗くて髪色も黒っぽいとしか判別出来ないのに、その強い光を湛えた瞳の色ははっきりと見えた。


「……ひぃ、とか……?」


 驚いたことに返って来た声は下手くそだった。まるでしゃべり方を忘れたみたいな、妙に揺れたすっとんきょうな声だった。

 俺は戸惑い、半ば思い付きで言葉を選択する。


「では獣か? 森に暮らす者か?」


 紅玉の瞳は揺れながらも、真っ直ぐに俺に向いていた。


「……もり、に、いる」


 拙い発音。外見は同じくらいにしか見えないというのに、あまりに大きな差が間にあった。もしや会話をしたことがない……? そんな馬鹿な。しかし……森に棲んでいたと言うのなら、有り得る、のか?


「でも、人だろう? それとも本当に獣なのか? ……人間の変異種へんいしゅ、だとでも言うのか?」


 俺もどうして良いか、わからなかった。ただ、この不思議な少年が一体何者なのか。己が始め気紛れに投げ掛けた問いが、その答えが、今は無性に気になっていた。

 しかし少年は首を傾げた。


「おまえの、ゆう、ヒトか、ケモノって、なんだ?」


 そう言われてみて、改めて思う。人と獣の定義は何か。そう言えばあまり考えていなかった。その境目とは何だろう。何が両者を隔てるのだろうか。

 暫く黙考した結論。それを訥々と口にする。


「人とは……面倒な感情を持ち、面倒ことをする。気紛れで、難解なようで実は単純な生き物、かな」

「ケモノ、は?」

「獣は、正しい答えを本能が知り、感情を制し、正しいを実践する。賢く、誇り高き生き物だな」


 ──俺は俺の持つ知識から、そう考える。

 そう付け足すように言った。ただ、言い切ってから不安になった。果たして俺の選んだ言葉は正しかったのか。そして正しく伝えることが出来たのだろうか。

 正解なんてない問題に、そんな意味のない不安を覚えた。

 しかし少年は先程までの反応とは異なった、難しいことを考えるように眉間に皺を寄せるということをしているのが、何となくわかった。暗くてあまりよく見えないから気配で、という不確かなものだが……。

 伝わったようだ。とりあえず伝わってはいる。喋ることは上手く出来なくとも、言葉を理解することは出来るようだ。

 少年は考え込むように俯いていた顔を上げた。それは困ったような途方に暮れた顔。


「ぉ、まえは、なんだ?」

「……俺か? 俺は、人だろうな。お前はどうなんだ?」

「……オレ、は……オレはっ、し、らないっ」


 意地になったように歯を剥き出して彼は答えた。怒っているように見えるが、寂しそうにも見えた。

 そこで漸く気が付いた。

 今更過ぎることだが、でも自分でも驚く程唐突に理解した。何故だろう。薄暗かったのもあるが……動揺、だろう。こんなところで誰かと出会うなんてイレギュラー過ぎる。でもそれには理由があったのだ。

 彼は足を怪我していた。

 それはそうだ。足を抱えて踞っているのだ。普通に考えれば怪我を負っているから、だろう。なのに今の今まで気付かなかった自分の鈍感さに、観察力のなさに、呆れてしまう。

 暗さに慣れた目でよくよく見れば、その足が微かに奇妙な方向を向いていることがわかる。折れているのだろうか。しかしその割りに、目の前の少年は泰然としていた。

 ふと、思い出す。そう言えば簡易医療キットを持っていたなと。

 出掛けに母に押し付けられたものだ。せめてこれくらいは持って行きなさい、と。偶然の巡り合わせかね。

 少し面白く思い、一人小さく笑った。

 そして少年にまた視線を向けると、足を踏み出し、言葉を投げ掛ける。


「さっき人は気紛れだと言ったよな」

「……あぁ」

「だから俺も気紛れを起こすことにした」

「……?」


 足取りも軽く、直ぐに少年の元まで下りていく。近くで見れば流石にわかった。彼の額にうっすらと脂汗が滲んでいることが。


「怪我、看てやろう。簡単な処置なら俺にも出来る」

「……ぁ、んだ、それ?」

「要するに痛みを和らげてやるから大人しくしていろということだ」

「……横暴おーぼー、だな」

「勝手に言っていろ。俺も勝手にするから」


 そう言って俺は宣言通り無遠慮に手を伸ばした。反撃、反抗も覚悟の上だったが、意外にも彼はあっさりと足に触れさせてくれた。野生の獣は意地でも弱みを見せないと聞くが、やはり彼は人間だからか。

 本で得た知識を反芻しながら触診。ああやっぱり折れている。良くもまあ平気な顔をして話せるものだ。逆に感心してしまう。


「なに、してる?」

「包帯を巻いて骨を固定、保護している。まあしばらくしたら外して良いぞ」

「……じゃま、だな」


 不満気に口をへの字に曲げてみせるが、それでも包帯が巻き終わるまでじっと静かに見守っていた。


「よし。もう良いぞ」

「もおいい?」

「でも三日くらいは我慢しろよ。骨がくっつけば好きにしればいいが」

「……みっか、てなんだ?」

「……日が三度昇ったってことだ。わかったか?」

「……わ、かったっ」


 コクリと大真面目な顔して彼は頷いた。それに満足すると俺は立ち上がった。


「じゃあな」


 挨拶はそこそこに、俺は足早に歩き出す。あまり遅くなると母が心配する。

 しかし不意に、振り返りたい衝動に駆られた。そして俺はそれに素直に従った。

 見えたのは、何かもの言いたげな、けれどその言葉を知らない哀しい少年がいた。

 それにどうしても応えたくなって、気が付けばこう言っていた。


観月紫蘭みづきしらんだ。俺の名前はシラン。……お前は?」


 その瞳は、生き生きとした煌めきを取り戻したそれは、まるで暁のように、俺には思えた。


「たつみ、しん、たろうっ」


 懸命に己の名を告げる少年を見て、しんたろうってどんな字を書くのだろうと、惚けた考えが勝手に浮かんで来た。呼ぶなら、シン。


「シン、か」


 無意識の内に呟いていた。うん、悪くない。妙にしっくりくる名前だ。

 ふと少年を見る。彼は不思議そうに暁色の瞳を一杯に開いて俺を見ていた。口もぽかんと半開きの有り様だ。

 俺はまた可笑しくなって喉の奥で笑うと、珍しく自分の願望を混ぜた言葉を投げ掛けた。


「またな、シン」


 もしも再びがあるのなら、その時はあの答えを──。

 そんな栓のない考えを頭に過らせながら、俺は背を向け、歩き出した。


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