ガーディナル家のティータイム6
「それだけか?」
リガルドが身を乗り出しながら聞く。
「それだけですよ?」
そう言いながらコクリとお茶を飲んで答えるアトラスを横目にジェイディアスは堪えきれずに少し笑い出した。
「入学式の日はそれだけだったんですよ、殿下」
「あ、ジェイ、裏切ったな」
「そんなに黒歴史かなぁ?僕はそう思ってないけど」
ん〜?と考えるジェイディアスに対してアトラスははぁとため息をつきながら答える。
「俺にとっては黒歴史なの!」
その言葉を聞いたリガルドは瞳をかがやかせた。
「では、その話を聞こうじゃないか」
「…全く」
そうしてアトラスは渋々話す事になった。
入学式で目が合ったからといって特に仲が良くなるという訳でもなく、気がつけば入学式から2ヶ月ほどが経とうとしていた。
入学して1ヶ月も経てば授業にも慣れが出てくる。そしてこの頃から行われ出すのがより実戦を意識した授業であり、王都近郊にある森や自警団などでの実地授業をクラス単位で行っていくようになった。ただクラスといっても元々騎士学校に入る事自体が普通の平民にとっては狭き門でもあり、1学年1クラスなので同期25人ほどが一緒に送り込まれるだけである。
その日は討伐を含む演習が行われる日だった。1日かけて王都近郊の森から小高い山に登り、また1日かけて下りてくるというものだった。1ヶ月もするとクラスの中でも座学が得意な生徒や実戦での攻撃を得意とする生徒、後衛に向いている生徒などそれぞれの得意不得意が分かってきて、自然にクラスを引っ張っていく存在も決まってきていた。元々領地でもすでに討伐に出ているアトラスは実習形式の時には必然的にクラスの生徒を引っ張っていく役割をこなすようになっていた。対して魔力のないジェイディアスは必然的に引率される側になっていた。だからといって何もせず着いていく訳ではなく、自分なりに全体の状況を見ながら演習をこなしていた。
問題が起きたのは森を抜け山を登り始めて少しした頃だった。雨が降ってきたのだ。
最初は小雨だったが、段々と強くなっていき数メートル先の視界も遮られるようになった。
そうなると訓練に慣れていない者の体力が削られて遅れて歩く者もおり、隊列も乱れてくる。後ろの方を歩いていたジェイディアスはそれに気づき、前を引っ張るアトラスに伝えようとした。
「テヘルーザ!遅れている者も出だしている!どこかで一度休むか、隊列を組み直せ!」
後ろから前方に向かって叫ぶが、雨音で前まで届かなかった。
「トウェイン、僕は前に伝えに行ってくる。最後を頼めるかい?疲れている者はいっそのこと道沿いで固まって休んだ方がいい。このままそれぞれで歩くと行方不明者が出そうだ」
ジェイディアスは共に歩いていた少年に声をかけて前の方へ駆け出した。
そのころ、前方にいたアトラスも本降りになってきた雨と周りの者の顔を見て、一度休んだ方がいいと思ったところだった。
「みんな、もうしばらく行けるか?いったんどこかひらけたところで休むか、全員の状態を一度確認して隊列を組み直すべきかもしれない。後ろの方は大丈夫か?」
最後は後ろの方へ大きめの声で問いかけるが、雨音で届いているかも判断出来なかった。
「俺は少し後ろの様子を見てくる。リーノ、しばらくゆっくり進んでひらけたところが出て来たらそこで待っててくれ」
アトラスも真後ろにいた者に声をかけて、後ろへと駆け出す。
偶然にも同じような行動を2人とも取っていた。
後ろに向かっていたアトラスに、ジェイディアスの声が聞こえた。
「テヘルーザ!聞こえるか?!遅れている者がいる!一度止まれ!」
「ガーディナル!こっちだ!」
ジェイディアスの声が聞こえたアトラスは他の生徒をよけて後ろへ向かうが、下を向いて歩いていた生徒と少しぶつかりバランスを崩す。雨で道がぬかるんでいたこともあり足を取られ、運の悪いことに崖の方に体が傾いてしまった。
「あ」
まずいと思っても、どうする事もできなかった。
「テヘルーザ!」
ちょうど下からきたジェイディアスがアトラスの服を掴むが間に合わず、つられてジェイディアスも足を踏み外す。
そして2人は共に崖を転がり落ちてしまった。