ガーディナル家のティータイム5
アトラス・テヘルーザは疲れていた。
6日前、彼は領地での小競り合いに対する仲介役に父親から任命され、領地の中でも山間にある村同士の話し合いの場に駆り出されていたからである。
アトラスはテヘルーザ辺境伯の第一子であり、嫡男であった。テヘルーザ辺境伯には他に、次男メイルード、三男ユージーン、長女シエナの3人の子供がおり、アトラスを含めた4人全員が正妻シャリーナの子供である。アトラスは嫡男としてお披露目も終わった10歳の時から辺境伯より後継教育を受けながら領地で暮らしていた。
テヘルーザ辺境伯領は隣国と接した領地を持ち、鬱蒼とした森とも接した土地である為、領内に私兵団を擁する事を許されたクエンティン王国の2大辺境伯家の一角であり、この国の軍事の要でもあった。現テヘルーザ辺境伯は大柄で常に厳しい表情の武骨な男性である。小柄とまではいかないものの華奢な妻シャリーナと並ぶとまさに美女と野獣ならぬ美少女と野獣という言葉がピッタリだと領内では言われている。そんなテヘルーザ辺境伯は見た目の通り武に長けており、辺境伯として手続きや書類仕事を行うものの苦手意識が働くため時間を擁す事が多かった。そこで辺境伯は溜まった書類仕事を片付けるために自分の代わりにアトラスを仲介役に任命したのであった。これに異を唱えたのが当のアトラスである。
「おい、おかしいだろ?俺もう何日かしたら入学式なんだけど?」
「おかしくはない。お前は次期辺境伯なんだから辺境領に尽くすのが使命だろう」
威厳のある顔でのたまっているが、その後ろの机にはたくさんの書類が積まれていた。
「だいたい、ルードに行かせたらいいだろ?あいつだって親父の仕事手伝ってんだから」
「儂だって考えたわ。だが流石にルードにこの案件はまだ任せられない。ちゃっと行ってちゃっと片付けてこい。そうすれば入学式に間に合うだろう」
うんうん、と頷きながら言う父親にアトラスはイラッとした顔をむける。
「あの集落に行くの1日かかんだけど。間に合わなかったらどうすんだよ」
「大丈夫だ。あの小競り合いは両者引っ込みがつかなくなってるだけだ。こちらから双方に配慮した仲裁案を出してやればお互いに良い落とし所だと思うだろうさ」
「だったらやっぱり親父でいいだろーが。それこそちゃっと行ってちゃっと片付けて書類裁きに取り掛かればいいだろう?」
「家宰と副団長が書類を待っている。儂が抜けるわけにはいかん。頼んだぞ、アトラス。これも入学するお前への餞別だ。次期領主たるもの何事も経験だからな」
じゃあ、頼んだわ。と荷物を渡してアトラスを執務室から放り出した。
「はぁ〜?ふっざけんなよ。ってちょっと親父!」
パタンとしまったドアを叩いたものの開く気配もなく、心配そうに立つ家宰とやっぱり書類はまだかという顔をした副団長が外にいた。
「アトラス様、ご立派でございます」
いや、違う。だから親父が行けばいいんだってば。
「アトラス様、もういっそ書類もアトラス様かメイルード様に任せてもいいのでは?」
心底疲れた顔してんなぁ…ごめん副団長。
そんな2人にこれ以上文句を言うことも出来ず、アトラスはため息を1つ着いて集落へと向かう準備を始めようときびすを返した。
その後父親以外の家族に見送られ、辺境の端の村へ向かいそこからまた1日かけて実家を素通りし、王都の騎士学校に着くまで更に4日。ひたすら単騎で飛ばして入学式に間に合わせ、現在机の上に突っ伏している状態だった。
(今日はこのまま帰ったらすぐ寝よう。さすがに強行軍過ぎて眠いわ…)
うんうんと考えながら寝ていると、教室の中のざわめきが大きくなった事に気づく。
「おい、あれって…」
「あぁ、さっき入学の挨拶の時にガーディナルって言ってたもんな…」
「魔力なしって聞いてたけど、座学はやっぱりお貴族様は強いのか…」
「ていうか、将来は騎士か…?」
そこかしこからガーディナルと言う名前が聞こえた。
(ガーディナルって筆頭公爵家じゃなかったっけ?)
目線を上げてざわめきが大きい方を見る。そこで2人はバッチリと目を合わせてしまった。