ガーディナル家のティータイム3
貴族の子女は王立学園に入学する。それは貴族には魔力があるからである。基本的に貴族は魔力持ちである、それがこの国の常識であった。
そしてこの国の常識であるがために、貴族に魔力のない子供は生まれてはならないのであった。そのために貴族の家で行われる事がある、それが「間引き」である。生まれた子に魔力がない場合、捨てるか殺すか2つに1つ、それが貴族の暗黙の常識であった。そのまま使用人の子として育てられればまだいいほうであった。孤児院などに捨て置かれる子もいれば、人知れず葬られる子もいた。魔力のない子が生まれることは不名誉な事であり、公にされない事が多かった。そのため男爵以上の貴族家では子供が魔力が安定すると言われている10歳になるまでは外に出さない。基本的には生まれて2〜3年のうちには何かしらの魔力は感じられるものであるとされているが、中には遅くまでその魔力を開花させないものもいた。そのボーダーラインが10歳と言われているため、10歳になる歳に王城で顔見せが行われ、そこで初めて貴族の子供としてお披露目されるのである。
ジェイディアスには10歳になっても魔力が感じられなかった。妹のように泣き喚いて雷を落とす力も弟のように風を切る力も。ガーディナル家ではそれが普通であり、魔力がなくても父も母も抱きしめてくれていたし妹も弟もジェイディアスに懐いていた。使用人もみな優しかった。他の貴族と交流もない10歳の子供にとって世界の全ては屋敷の中で、城で行われる顔見せもただのお披露目だと思っていたのである。しかし、父の言葉でそれは違うのだと知った。
「いいかい、ジェイディ。貴族の子供達は10歳になったらお城での顔見せに出席しなくてはいけない。でも魔力が発現しなかったお前にとってはきっといい思い出にはならないだろう。それでも貴族として生きていくにはこの顔見せへの出席は必要なんだ。分かってくれるかい?」
かがんで同じ目線になって説明してくれた父を覚えている。後ろで心配そうに見ていた母も。
「みんなにいじわるされるの?僕に友達は出来ない?」
優しい世界にいたジェイディアスには城内は冷たすぎた。国王一家への挨拶も終わり、父と母と一緒にホールにいる時は何も無かった。蔑んだ目線は感じたけれど、父を前に直接何かを言われることはなかったから。
「父上、ぼくお手洗いに行ってくる」
「一緒に行こうか」
「いいよ、大丈夫だから」
そう言って1人で歩いていた向かったジェイディアスに声をかけるものがいた。
「ガーディナル家の魔力なし。よく平然と城を歩けるな」
「父上達が言ってた、恥さらしだって」
「ガーディナル家の恥さらしだな」
振り返ると、同じ年頃に見える貴族子息が3人ニヤニヤ笑いながら立っていた。
ジェイディアスのその後の記憶は曖昧だ。しばらく呆然としていたところを心配して探しに来た父に連れられて家に帰った覚えがある。そしてしばらく部屋に引きこもった。優しかった世界が幻だと知ったから。父に守られた世界は薄氷の上の世界だった。
(どうして僕には魔力がないの?それはそんなにも恥ずかしいことなの?)
恥さらしと言われたことが心に重くのしかかる。扉の前で声をかける父と母の声が聞こえたけれど合わせる顔がなかった。優しい父と母もいつか自分のことをあんな風に思ったりもするんだろうか、妹と弟も?考えだすと自分の部屋から出る事が出来なくなった。部屋の隅で膝を抱えていると、にわかに扉の前が騒がしくなってベルティエスとティスエイスの泣き声が聞こえてきた。
「にいさまぁ〜、どこ〜?べってぃをおいてっちゃいや〜!!」
「ひっく、ひっく…にいさま…」
「2人とも、部屋にもどりなさい。ベッティ、ティス、さぁ母様とお部屋に…」
「いぃぃやぁ〜っ」
「おわっ?!」
父の声とともにドンっと窓の外から振動を感じて、ジェイディアスは振り向く。ちょうど避雷針に雷が落ちたところだった。
「にいさまぁ〜っ」
「ベッティ、力を使ってはいけないわ。ジェイディだってびっくりしてしまうわよ」
「でもっ、にいさまでてこないものっ、…ふぇっ」
「あらまぁ、大丈夫よベッティ。ジェイディ聞こえてるでしょう?ベッティとティスが心配しているわ」
母の優しげな言葉が扉の向こうから聞こえてくる。
その声に答えるようにジェイディアスはそっと扉を開けた。
「ベッティ…?ティス?」
「にいさま!」
「にいさまっ」
「うわっ?!」
妹と弟に飛びつかれた勢いのまま、ジェイディアスは尻餅をついた。
「にいさまといっしょにいるっ!」
ベルティエスが幼いながらも力いっぱいジェイディアスに抱きついてはなさない。
「ぼくもっ」
ティスエイスも同じようにぎゅっと抱きついてくる。2人の体温の高さがジェイディアスに伝わって心が暖かくなった。
(あったかいな…。2人ともこんな僕でも兄だと思ってくれてる…だったらせめて魔力以外は他の人に負けないように頑張ろう。父上や母上、そして2人が傷つかないように)
ジェイディアスの父も母も弟妹も傷ついたジェイディアスよりも傷ついた顔をしていた。ジェイディアスが部屋から出てくるまで。
「2人とも心配かけてごめんね。それから、ありがとう」
ジェィディアスもぎゅっと抱きしめ返すと2人は安心したのか泣きながらウトウトしだす。
(僕の弟妹はとても可愛い。そして父も母もとても優しい。だから僕は頑張って頑張って、生きていこう。大好きな人たちのために。会ったこともなかった貴族子息の言葉になんて傷つけられない強さを持とう)
「父上と母上も心配かけてごめんなさい」
母が泣きそうになって、父も泣く一歩手前だった。外ではとても恐れられている公爵様なのに、家の中では騒がしくていつも母になだめられている優しい父がジェイディアスは大好きだった。とてもキレイでいつもニコニコしていて、怒ると父よりも怖い母も。
「もう大丈夫だから心配しないで」
そう言って笑いかけると2人とも笑ってくれた。
その後に父が
「うちの子たち、尊い…」
と膝をついてうめいていたけれど。
あの日からジェイディアスは家族に恥じない人間であろうと心に決めている。