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忘れ物

作者: えだまめ



 忘れ物



 「おい、待ちなよ」


 小汚い老人が仕事に向かう私を急に後ろから呼び止めた。


「あんた、行かないほうがいいよ」


 小汚い老人は、歯のない口でそう言った。見るからに労働しているとは思えない風体をしている老人に、出勤する私の足を止めさせられたと思うと頭に少し来た。


「忠告ありがとよ、けど俺も仕事なんだ。あんたと違ってね」


 少し皮肉げに老人に言い放つ。胸が少しスッとし鞄をまた強く握り歩き出そうとすると


「忘れ物あるよ」


 と、気になることを言った。


 忘れ物?カバンもあるしスーツもちゃんと着てネクタイだってしているのに、一体この老人は何を言っているのだろう。


「忘れ物、あるよ」


 少しため息をついて鞄を漁る。ノートパソコン、携帯、財布。必要なものは全て揃っていた。


「おじいさんありがとう。けど忘れ物は見たところないんで行かせてもらうよ」


 わざとらしくカバンの中身を見せながら私は老人に言いまた歩こうとするも


「忘れ物、あるよ」


 ひつこくもう一度行ってきた為我慢できず。


「あぁん!さっきからなんだよジジイ。忘れ物なんてないって言ってるだろ!俺は大企業の山下商事で働いているんだよ!」


「あんたのヨボヨボの脳みそとは違って忘れ物はないんだ!」


「それにー『忘れ物あるよ』


 喋っている途中に関わらず話を遮るようにまた言ってきた。怒りにわなわなと震えてしまっていたが呼吸を整えて息を吐く。


「なんだよその忘れ物は」


 冷静さを取り戻し聞いてみると


「忘れ物はあんたの行く先にあるよ」


 と、意味のわからないことを言ってきた。


「はぁ?それならいいじゃねぇか、いく先に忘れ物があるなら拾っていくよ」


 至極当然なことを言うと


「忘れ物は忘れていたままの方がいよ」


 と、また意味のわからないことを言い始めた。


「なんだ?哲学か?もういいやいくわ」


 私は老人を無視して歩き出した。最後に老人が何か言ったような気がするが聞き直す気にはなれない。


 全く、私としたところがこんなところで大声を上げるなんてみっともない。会社から言われる営業のノルマなどでストレスが溜まっているのだろう。


 正直、会社には行きたくは無い上司に睨まれるためにあの満員田さに乗ると思うと嫌気がさす。


『あんた、行かない方がいいよ』


 あの老人の言っていた言葉を思い出す。確かにな、もしかしたら俺は会社になんか行かない方が良いのかもしれない。日に日に寝れなくなりノイローゼ気味の俺は会社には行かず何処か行った方がいいのか。


『忘れ物だよ』


「忘れ物…」


 老人の言葉を反復する。忘れ物か、そういえば今は秋だからずっと登ってみたかった紅葉が美しい山の登山シーズンじゃないか。


『忘れ物だよ』


 駅のホームに入る。


 俺は大学時代は登山部で仕事しながら100名山全て回ると決めていたじゃないか。


『忘れ物だよ』


 目的の駅に着き会社に向かう。


 そういえば、大学の時好きだった子が山の管理人として働いてるから、いつか必ず行こうと決めてたじゃないか。


『忘れ物だよ』


 会社の高いビルが見える。


 俺は山がとても好きで死ぬなら山で死にたいと思うほどの情熱を持っていたじゃないか。


『忘れ物は、忘れたままの方がいいよ』


 ふと足が止まる。会社の前で人混みが見える。


 老人はなぜ忘れたままの方がいいと老人は言ったのだろう。


 今自分は昔忘れていた気持ちや心がゆっくりと風呂に入るようにじわじわと熱を帯びていくように感じている。


 だからこそ、『ー忘れたままの方がいいよ』と言われたことが妙に気になった。


「忘れたくない」


 気づけば自分で口にしていた。会社の前の人混みを横切りながらある種の決意を固めていた。


『忘れ物だよ』


 人混みを横切る時ふと何か目に入った。人混みの真ん中には血だるまの人がいる。


『忘れ物だよ』


 おそらくビルから飛び降りたのだろう、頭がつぶれみるも無惨な姿だった。


『忘れ物だよ』


 虚な顔、クマのできた目をした


『忘れ物はあんたの行く先にあるよ』


 自分だった。


『あんた行かない方がいいよ』






 ー忘れ物








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