伝説の婚約破棄
例に漏れずゆるふわ設定です。
12月26日に、日間短編ランキング128位、27日には96位になりました!!◝(⁰▿⁰)◜初めてランク入りしたのでとても嬉しいです!
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「ディドリアン・ルートルド伯爵。貴方にはフィルエジタ・レイディール伯爵令嬢との婚約を破棄していただきます!」
夕方の温室で行われたパーティの最中に、その事件は起こった。長年社交界で語られ続ける伝説の幕開けである。
大切なことなので2回言おう。「伝説」の幕開けである。
「「…………。」」
ディドリアン伯爵もフィルエジタ伯爵令嬢も、一言も話さない。
「何か言ったらどうですか?今まで……フィルエジタ令嬢を今まで放置してきたでしょう!?婚約者に対してのあなたの行いは、伯爵位序列1位の家門としてあり得ません!」
ディドリアン伯爵を断罪しているのは、フィランドル伯爵令息。フィルエジタの弟で、今年8歳になる。
正義感の強いフィランドルがディドリアン伯爵を指さすその手は、あり得ないほどに震えている。足も、生まれたての小鹿よりひどい震え方をしている。
「お似合いだと思っていたのに……あなたのことを本当の兄のように思っていたのに!こんな人だなんて知りませんでした!!」
そう叫ぶフィランドルの顔から、涙や鼻水が滝もかくやという勢いで流れ落ちる。全身の水分がなくなるのは時間の問題とみえた。彼のことを生命の危機に瀕するほどに慕っていたのだろう。
すすり泣くフィランドルの声以外何も聞こえない庭園。
沈黙は、ほどなくして破られた。
「フィランドル!落ち着きなさい!ほら、まず水分を取りなさい。ゆっくり飲んで、そして深呼吸しましょう。まず吸って………」
「うちの愚息が申し訳ない。婚約者に対しての扱いがなっていなかった」
「いや、こちらこそうちの愚息が申し訳ないことをしました」
「いやいや、その原因となったこちらが悪い。本当に申し訳ない」
「いやいやいや………」
状況を把握し始めたルートルド伯爵夫妻とレイディール伯爵夫妻はあわただしく動き始める。
それとは対照的に、いまだに動かないディドリアンとフィルエジタ。
あまりにもシュールな光景に、パーティーの参加者は笑うことも怒ることもできない。
ただ、有能なメイド達からトレイごと渡された菓子と紅茶又はコーヒーを手に立っていることしかできなかった。
まるで「このまま静観していろ」とでもいうように配られたそれに、状況を飲み込んだものから手を付けていった。
参加者の中の1人である私は、誰よりも早く手を付けた。こんな面白い状況は、楽しまないと損だからね。観劇している気分でいよう。
温室の外で降る雪を見ながら、温かい紅茶を飲む。トレイには、クリスマスだからか一口大のミンスパイとジンジャークッキーが添えられている。焼きたての誘惑に抗えず口にする者も多いだろう。魅力的な香りが鼻腔をくすぐる。
「勘違いをさせてしまってすまない、フィランドル。私は……」
「兄様からは何も聞きたくないです!嘘つき!」
そう言ってからはっとしたように、
「ディドリアン伯爵からは何も聞きたくないです!嘘つき!」
そう言い直した。
この時点でパーティの雰囲気は、和やかなものになっていた。まだ本格的な所作や敬語を習っていない子どもだからこそ、婚約破棄騒動を起こしても許される。
姉や未来の兄が好きすぎるあまり起こした騒動であることも相まって、今までにないほどの和やかさがあるパーティーへと一変した。こうなった理由は言わずもがな。十中八九すれ違いがあったとみて間違いないだろう。
「ごめんね、フィランドル。私はひどい扱いなんて受けていないの。ただ、私が……」
「姉様………」
「私が、服を作りたいだけなの!」
参加者が納得する中、フィランドルは納得のいかない顔をしている。
「だからって兄様が布を渡すために家へ来るのはおかしいじゃないですか!一緒に選ぶのがいいと聞きました……。それなら、寂しいけど僕は我慢するのに。」
「そうね………確かにお父様とお母様もそうだったと聞くわ。でもね、フィランドル。私はデザインをすることが好きなの。だから、布を選ぶより服を作っていたいのよ」
フィランドルとフィルエジタのレイディール家は、洋裁の家門として知られている。
服のデザインや服飾に関する能力が秀でたものが多く、社交界の流行を牽引する存在だ。
「そうですか…。確かに姉様はデザインが好きですもんね。いつもすごい顔で服を作ってますもん。」
フィランドルが納得したように頷く。
「凶悪犯みたいな顔でデザインしてるもんね、兄様には見られたくないよね……」と小声で呟いたのが聞こえ、思わず笑いそうになる。周りを見ると、同じように笑いを堪える者が何人もいた。
「すごい顔?…まあその話は置いておくわ。後でしっかり聞かせてもらうわよ。」
にっこりと笑いながら弟を見るフィルエジタ。その隣でディドリアンはうまく想像できないというような表情をしている。凶悪犯という言葉が2人にも聞こえていたのだろう。
「ディドリアンは布の目利きができるの。だから、お互いにできることを分担して、その分お互いやフィランドルのための時間を作っているのよ」
「僕のため?」
「そうよ、フィランドル。……ほら、ディドリアンからも何か言ったらどう?」
フィルエジタが隣で一言も話さないディドリアンの肩をたたく。
「ああ、そうだな。………………フィランドル。」
「ごめんなさい、兄様。僕、勘違いしてました。クリスマスプレゼントはいらないから、許してくれませんか?」
意を決したような真剣なディドリアンの表情が、怒っているように見えたのだろう。半泣きで謝るフィランドル。その手には、脱水症状にならないための飲み物がある。
「怒ってないから大丈夫だ。フィランドル、これを。」
フィランドルの頭を優しくなでた後、ディドリアンは飲み物と引き換えにフィランドルへ何かを渡した。
大きめのぬいぐるみほどの大きさのそれを、フィランドルは不思議そうな顔で受け取って包みを開けていく。
「? 何ですか、これ………!!」
不思議そうな声が、包みの中身を知った途端に驚きへと変わる。
周囲が見守る中で姿を現したのは参列者が着るような服。そして、リングピローだ。どちらもシンプルで、装飾がつけられそうなところがいくつもある。
「来年の春に、結婚するんだ。」
そう言って、ディドリアンはフィルエジタの隣に立つ。お互いに見つめ合う幸せそうな二人に、パーティーの参加者から祝福の拍手が贈られる。その瞬間、見計らったように照明が煌めき出す。
花や木につけられたオーナメントが、夜が近い夕空に映えている。その光景に包まれて寄り添う2人。
まるで絵画や本の挿絵のように美しいその光景は、人々の記憶に深く刻まれた。
「本当ですか!?兄様と姉様、結婚するんですか!?」
興奮した様子で2人の周りで跳ねるフィランドル。
「そうよ。だからフィランドルには、結婚式のリングボーイを務めてほしいの。服もリングピローも、あなたの好きなように装飾していいわ!」
「!!!」
その言葉を聞いたフィランドルは喜びを爆発させ、2人に抱きついた。
その際にフィランドルの持つ包みが母によって回収されているのが見えた人は、どのくらいいるのだろう。プロのなせる業だ。
きっとこの幸せな事件は、伝説となるだろう。そのような場面に立ち会えて、嬉しく思う。
さて、そろそろ自分の責務を果たしに行こう。空になった皿ののるトレイをメイドに渡し、3人の元へ向かう。
その時にルードルト伯爵とレイディール伯爵の両家へ挨拶することを忘れない。
あ、3人とも気が付いたみたいだ。
「ルードルと伯爵子息にレイディール伯爵令嬢。少し早いが、結婚おめでとう」
「王太子殿下!このたびは我が家のパーティーに参加していただき、ありがとうございます。」
「ルードルト子息、そのようにかしこまらなくて良い。楽しませてもらったよ。伝説になりうる場面に立ち会えてこちらこそ光栄だ。」
「………確かに伝説となりそうですね。引き続きパーティーをお楽しみください。」
「幸せになれよ?」
「言われなくてもなりますよ、殿下。ありがとうございます。」
ディドリアンがとても照れている。彼は、いつも冷静沈着なイメージがあったから、今日は様々な表情が見られてとても楽しい。最高のクリスマスプレゼントだ。
フィランドルに笑顔を向け、「結婚式、楽しみにしているよ。」と残してその場を去る。
さて、この話を広めようか。劇にしても良いし、物語にしても良い。
照れたり焦ったりするディドリアンの顔を想像しながら、参加者の会話へ加わる。
後日無表情で照れるディドリアンを見て爆笑することも、2人の結婚式で感動して号泣してしまうことも。そしてディドリアンに鬱陶しがられることも、私はまだ知らない。
「2人の未来に幸あらんことを!乾杯!」
息抜きにクリスマス系のハッピーエンドを書いてみました。
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