28「イベントは終わらないんじゃね?」①
「杏!」
「……お父さん」
綾川誠司は娘の姿を見つけると、涙を浮かべて駆け寄り強く抱きしめた。
「心配したんだぞ! どこに行っていたんだ!」
「……ごめんなさい」
父の心からの心配と、愛情を感じた杏も涙ぐむ。
一登たちは杏を連れて帰れたことを心から喜んでいた。
付き合いの浅い、虎童子でさえもらい泣きしている。
ガープに至っては号泣だ。
夏樹も誠司が無事に杏と再会できたことを喜んではいた。
「夏樹くん、一登くん、そしてみなさん……杏のためにどうもありがとうございました」
警察官の銀子が代表して杏はファミレスにいたこと、問題を起こしていないので連れて帰って行っても構わないことを告げると、誠司は夏樹たちに深く頭を下げた。
杏も隣で頭を下げている。
娘の変化に誠司は気付いたようだが、今は何も言わなかった。
その後、誠司は杏を連れて家に帰った。
しっかり手を繋いだ姿は、ぎこちなさはあるが親子だった。
(――殺さなくてよかった、かな)
誠司と杏の背中を見送りながら、夏樹はそんなことを思う。
夏樹は、最初こそ杏を殺すつもりだった。
彼女の言動は鬱陶しい程度であり、害はなかったが、敵になったのだ。殺してしまっても問題ないと判断していた。
しかし、一登も想い、ガープたちとの関係から杏は立ち直れたと聞き、殺さなかった。
違う。彼女のことを丸投げしただけだ。
結論として、それでよかった。
(うん。やっぱり殺さなくてよかった)
杏に対して、今更兄だ妹だとかいう感情は湧いてこない。
さほど興味もないのも変わらない。
それでも、人生は長くこれからなのだ。
楽しく、幸せな日々を送ってほしい。
――そのくらいのことを思えるくらいには、夏樹の中で彼女に対して割り切りができるようになっていた。
「んじゃ、俺たちも帰りますか!」
母にも杏の無事を知らせてあげたい。
優しい母は彼女のことを気にかけていた。
すべてを話すことができないのは心苦しいが、杏が無事であり誠司と共に家に帰ったことを伝えたい。
(――ていうか、その前に……さっきから誰かにずっと見られているんだよなぁ。まじかぁ、またイベントかぁ? さすがに今日はもうお腹いっぱいだぞぉ!?)
夏樹にだけ注がれる視線を感じ取っていた。
小梅たちは気付いていない。
視線の主は、夏樹だけがギリギリ気づけるか気づけないかの塩梅で様子を窺っていた。
この探るような視線を、夏樹は挑発と受け取った。
「ちょっと先に帰っててくれない? あ、お母さんには綾川さん家の杏さんが無事だったこと伝えておいてね」
「夏樹、どこいくんじゃ?」
「コンビニっすか?」
「ううん。美脚を探す旅に、ねっ!」
しんっ、と小梅たちが沈黙した。
何を言っているんだこいつ、という視線が痛い。
小梅と銀子だけではなく、一登、千手、虎童子、ガープも信じられないものを見たような目をしている。
「な、夏樹、ちょっと待つんじゃ」
「未知なる美脚が俺を待っているんだ! 止めないで!」
「夏樹ぃいいいいいいいいいい! どうしたんじゃ、おどれはぁああああああああああ?」
小梅が手を伸ばし絶叫する中、夏樹は走った。
振り返りはしない。
涙が溢れてしまうから。
しばらく走った夏樹は河川敷にいた。
ここなら何かあっても広いし、人もいないので戦えると判断した。
「――私に気付いていたようですね」
「……あんたは」
夏樹の目の前に、いつの間にか少女がいた。
黒髪をショートカットにした、つり目のボーイッシュな少女だ。
不思議と、どこか懐かしさを覚える。
年齢は夏樹よりも少し上だろう。
少女は夏樹を品定めするような視線を向けると、ハスキーボイスで問いかけた。
「――由良夏樹とお見受けしました」
「人違いでごわす。拙者、ビキャー・ク・スッキー・カッパー男爵でごわす!」
「え?」
「人違いでごわす!」
誘いに乗ってみたものの、面倒くさくなった夏樹は人違いで通すことを決めた。




