エピローグ「七森千手ととらぴーじゃね?」
七森千手は、向島市に拠点として借りているマンションの部屋に戻っていた。
シャワーを浴び終えてスウェットに着替えると、冷蔵庫から買い溜めてあるミネラルウォーターを取り出し、キャップを開けて半分ほど飲み干した。
「……はぁ。疲れた」
ベッドの上で大の字となる。
気を抜けば眠ってしまいそうだ。
「……とはいえ、綾川杏を父親に届けるまでは見届けないとな」
千手は大人だ。
夏樹と一登が強くても、まだ中学生だ。
何かあっても対処できる強さがあるとしても、彼らを支えたいと思うのが千手の想いだ。
「……晩飯どうするかな。アルフォンスさんのところへ行くか」
異世界で飲み食いはしていたが、地球に帰ってきたと同時にリセットされたようだ。
時差ボケならぬ、異世界ボケのような感覚はまるでない。
「ふゎ」
あくびをしてしまい、せめてコーヒーでも飲もうとキッチンに移動する。
すると、
「――ダーリンお待たせー!」
バスタオルを身体に巻いた虎童子がバスルームから出てきた。
「……なんで裸なんだよ」
「着替え持ってくるの忘れちゃった!」
「セーラー服着てろよ」
「汚れちゃったから洗濯物に入れちゃった!」
「……いや、持って帰れよ」
「なんで? ダーリンとあたいの愛の巣はここじゃんよ!」
「やめて! お願いだから帰って! 茨木童子が生きてたんだから、姉妹仲良く暮らしてよぉ!」
「ダーリンったら照れちゃって!」
「照れてねぇよ!」
押しかけてきた虎童子を追い出そうとも、単純に力比べでは千手は相手にならないだろう。
彼女と戦って勝てるか、と問われれば、否。勝てない。
生物としての基本スペックが違いすぎる。
「まあ、いいさ。あとで東雲に迎えにきてもらうから」
「そんなことよりも、ご飯食べよう? あたい、料理してあげるから……って、ダーリン、食材が何にもないんだけど」
「お、おう。普段から外食癖がついているもんでな」
「鬼のあたいたちでも、ちゃんと健康に気をつけて食事しているのに……」
「いいんじぇねか。コンビニはもちろん、スーパーの弁当は美味いんだよ! 割引シールが貼られるとわくわくするんだよ!」
「ダーリン……名家の生まれだって聞いていたんだけど?」
「誰から聞いたんだよ……東雲か? まあ、名家っていうか、旧家だな。大した家じゃねえよ」
虎童子に多くを語るつもりはない。
語ることもない。
「……そういえば」
リビングのテーブルに置いてある仕事用の携帯を見る。
異世界に持って行っても使えないとわかっていたので置いて行ったのだ。
現在、依頼を受けることはしていないが、昔仕事をした依頼主や、同業者からのヘルプがくるのでそれなりに連絡はある。
何よりも、七森家の人間が当主の停止を解け、長男の停止を解けと文句の電話をかけてもくる。
基本的に相手にしていないが、留守電もよく残っている。
しかし、一日とはいえ何も連絡がなかった。
嫌がらせのように毎日文句の電話がかかってきていたというのに。
「珍しいこともあることだ。もしかして、俺の停止が解けていたりしてな。ははは、ありえねえか」
「ダーリン、どうしたの?」
「いや、なんでもねえさ。それよりも、晩飯を食べに行こうぜ。少し気分がいいから奢ってやるよ」
「さすがダーリン! あたい、ステーキ食べたい!」
「……やっぱり肉食だな。その前に、なんか服着て!?」
バスタオル一枚の虎童子が抱きついてくるので、千手はハーフパンツとTシャツを投げて渡した。
――後に、七森千手は語る。「まさか本当に停止が解除されているとか思わねえだろ!」




