17「友達ヅラされるとイラッとしね?」②
「つーか、杏って誰だよ?」
「おま、ふざ」
床に顔をつけ、股間を押さえて痙攣している優斗を見下ろし、夏樹は心底わからない顔をした。
つい反射で股間を蹴り上げてしまったが、直前で手加減できてよかった。
(あやうく潰すところだった。まさかこいつに殴られる日が来るなんて……こんなに不愉快になったのは、よくわからない貴族のおっさんが挨拶がわりにご奉仕しろなんてふざけたことを言ってきたとき以来だ。あの時もこうやって股間を蹴り上げてやったなぁ……懐かしく、ねえ!)
「あのさ、俺がなにか殴られるようなことをした?」
その場にしゃがみ込み優斗の顔を覗き込む。
「杏を泣かしただろ! 妹を、泣かすなんて!」
「……まーた忘れてたわ。あと、元ね、元義妹。というか、あの子、優斗に泣きついたの?」
「杏の様子が変だったからずっと探していたんだ。見つけて事情を聞けば、夏樹がひどいことを言ったらしいじゃないか! 妹を、女の子を泣かすなんて、最低だぞ!」
「うーん。どこから反論すればいいのかわからないし、する必要があるのかもわからない。その前にさ、その杏さんとやらが泣いていたのは俺のせいじゃなくて、お前のせいなんだよ。そこだけははっきりさせとこ?」
夏樹は大きく嘆息する。よりによって、杏を泣かせたことを責められ殴られるとは夢にも思わなかった。
先ほど「あいつ」と言っていた優斗に泣きつくとは、杏もなかなか図太いというか、嫌な性格というか。呆れを通り越して感心しそうだ。
優斗に騙されていたとか言いながらどう説明したのか気に――なりはしない。それよりも、先ほどの彼女に対する対応が正しかったと確信した。
「……それで、お前は俺を一発ぶん殴ろうと授業が始まってもずっと探し回ってたんだ?」
生まれたての子鹿のように足を震わせて、壁の支えを受けて立ち上がった優斗は、夏樹が悪いとばかりに睨みつける。
「僕のせいだって言うのか?」
「あのさ。こういうことは面倒だから言いたくないんだけど、いい機会だから言っておくよ。お前が思わせぶりな態度をずーっと取っていたのに、急に彼女を作ったりするから杏さんはショックを受けちゃったんだよ」
「そうなの?」
「そうなの。かわいそうに。お前の気を惹きたくて、俺に泣かされたなんて嘘までついて……よほどショックだったんだろうね」
心にもないことを言ってみる。すると、優斗は合点がいったとばかりに内股のまま神妙な顔をして頷いた。
「……もしかしてとは思っていたけど。そうだったんだ。杏も素直に言ってくれればいいのに」
(――信じちゃったよ!?)
自分で適当なことを言っておきながら、びっくりする。同時に、相変わらずだ、とも思う。
三原優斗は、思い込みが激しい性格をしている。一度、「こうだ」と思うと、まず人の意見は聞かない。特に男の意見なんて耳も貸さない。女子が「優斗くんったら、そうじゃないよー」みたいに宥めると、聞く耳はもつが、基本的に自分が不満に思うことは耳に入らないし、入っても片方からもう片方へこぼれていく。
ただし、自分にとって都合のいいことや、自分の優越感が満たされる場合だと、男の話でも聞くし、ころりと意見を翻す。
(ま、俺に杏が泣かされたのなら許せないのかもしれないけど、優斗が彼女を作ったせいでショックを受けて泣いたのなら、かわいそうだけど、これもモテる自分が悪い……と脳内でストーリーを組み立ててくれるからすごいよなぁ)
そもそも話をする前に殴りかかって来んなよ、と思う。
「だからって、股間を蹴るなんて!」
杏に関しては納得ができたようだが、股間を蹴られたことに関しては不満のようだ。
中学三年生にして大活躍の噂があるので、さぞ股間は大事にしたいのだろう。
「お前が顔を殴ってこなければ俺だって蹴らなかったよ」
「だからって!」
「あのさ、勘弁してよ。ただのクラスメイトにいきなり乱暴されたら、俺だって殴り返すよ。それとも、先生に三原くんに殴られましたーとか言っていいの?」
心底迷惑そうに夏樹が言うと、なぜか優斗は驚いた顔をした。
「そんな馬鹿な」とか「ありえない」と呟き始める。少し怖かった。
しばらくブツブツ言っていたが、引き攣った顔をして夏樹に問いかけてくる。
「何言っているんだよ? 僕たち親友だろう?」
「……え?」
今度は夏樹が困惑した。
散々、嫌がらせのようなことをしてきて、誤解とはいえ「気になる」と言った少女をすぐに彼女にし、勝手に夏樹に非があると思い込んで殴ってくるような優斗が、まさか親友気取りとは思わなかった。
「あのね、三原優斗くん」
「あ、うん」
「俺とお前は、幼稚園でたまたま席が隣になって、母親同士が仲良くなって、交流こそあるけど、友達じゃねーよ!」
ずっと言いたかったことを言えて夏樹はすっきりした。
今までは女子の目があったし、余計なことを言って周囲にとやかく言われるのが嫌で黙っていたが、今は気になどしない。
友人でもなんでもない誰かが、自分のことをどう言おうと知ったことではないし、痛くも痒くもない。
むしろ、今までのように面倒な幼馴染みに気を遣って生きていく方が苦痛だ。
「三原くんもさ、女の子とばかり遊ぶのはいいけど、たまには男同士で遊んだりしたら。あ、ごめーん。女の子と遊ぶ方がいいんだよね? 大きなお世話でごめーん!」
ずっと言ってやりたかった嫌味を言い放ち、優斗の肩を、ぽん、と叩き立ち去ろうとして夏樹は固まった。
(――え? 嘘? あれ? 触るまで気づかなかったけど、こいつ魅了持ってるぅうううううううううううううううううううううう!?)
触れることで、初めて優斗の『魅了』に気づくことができた。
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