56「ぬめりを取るには重曹とクエン酸じゃね?」③
結局、母春子が風呂から出てきたことで、話は中断となった。
もう慣れたもので、湯上がりの春子に鼻の下を伸ばしたサタンが麦茶を出し、小梅がビールを冷蔵庫から出しグラスを並べた。
星子と菜々子がゲームをやめて、おつまみを準備し始める。
夏樹は母に心配をかけてしまったことを土下座して謝罪し、お許しをいただけた。
そうなったら、もういつもの由良家の夜が始まった。
「……じゃあ、なっちゃんお先に。おやすみなさい」
星子と菜々子を小脇に抱え、階段を上がった夏樹はふたりを部屋に運んで布団に並べると、自室へ戻る。
夏樹も楽しい時間は好きなのだが、今日もイベントが多かったので心身ともに疲れ果てていた。
「とはいえ、寝るのは怖い」
いくら勇気ある者と書いて勇者とはいえ、ホラーすぎる夢に魘されるのは怖い。
同時に、次はどんなホラー展開なのかとドキドキもしてしまう。
怖いのに、次が見たい。
怖がりな癖にホラー映画を見たかがる感覚なのかもしれない。
「な、なんだろう、ドキがむねむねする」
「……新しい扉を開いてないでさっさと寝ろよ」
「あ、サタンさん」
恐怖のせいなのか、それともまだ見ぬホラー展開に胸を高鳴らせていると、呆れた顔をしたサタンが部屋に入ってきた。
「これから寝るって顔をしていねえな。目がキマってるじゃねえか」
「ついテンション高くなっちゃって」
「……一応聞いておくけど、そのしっとりしたウィジャボードは抱きしめて寝るのか?」
「あれ? やっぱり枕の下の方がよかったかな?」
「そんな良い夢見るみたいな感覚じゃないんだからさ」
どこか呆れた顔をするサタンだったが、夏樹としては、なんとしてもウィジャボードを夢の中に持っていきたかったのだ。
問題は、有無を言わさずホラー展開になってばかりいるので、ウィジャボードを使ってコンタクトを取る以前の問題な気がするが、そこは前向きにいきたい。
もしかしたら、弟分の海の神たちが夏樹の中に遊びにきたことで変化があるかもしれないし、ウィジャボードから大地の神の気配を感じ取って何かしらのきっかけになる可能性だってある。
勇者は諦めないのだ。
「ねえねえサタンさん」
「なんだよ?」
シルクのパジャマに着替えているサタンに夏樹は問うた。
「海の神たちが俺の中に常夏のビーチを作ってくれやがったんだけどさ、夢の中でまだビーチが残っていたらどうしたらいいと思う?」
「いくらサタンさんがイケメン魔王でもわかんない。ホラーさんだっけ、その人とビーチバレーでもすればいいんじゃね?」
「――なるほど。さすがサタンさんだっ」
「おい、待て。冗談だからな。マジでそんなことを……って寝てるし! 寝るの早いし! 寝る子は育つよね!」
サタンの返事を待たずに、夏樹は夢の中に旅立った。
■
そして、夏樹は再び常夏のビーチにいた。
ざざーん、ざざーん、と波の心地の良い音と、暑い日差しが心地いい。
海の神たちが放置していった常夏のビーチはそのままで、ビーチチェアも残されていた。
そんなビーチチェアには、サングラスと黒いビキニを装備したホラーさんが寝そべってトロピカルフルーツが盛られたオシャレな青いカクテルを飲んでいた。
「…………さすがにこの展開は予想していなかった。海の神のせいでホラーさんが陽キャになっちゃった」
サングラスをくいっと上げたホラーさんの目が合った。
ホラーさんは夏樹に気付き、硬直した。
夏樹もどうすればいいのかわからず、硬直した。




