81「七森家兄弟の事情じゃね?」①
――向島から離れ、七森家。
「父上はまた千手のところに行っているのか! 分家の奴らが、俺を見てお家追放のカウントダウンが始まりましたね、と笑うのが不気味すぎる!」
七森家次期当主にして、七森千手の兄である七森英智は家の中を苛立った様子で足音を立てて歩いていた。
腹違いの弟千手によって停止させられていた数年の間に、世界は一変していた。
たかが数年と思っていたが、あまりにも数年は大きかった。
「ありえないほど物価が高騰しているし! スマホもタブレットもパソコンも高性能になりすぎている! 新しい推しができた!」
「…………最後はよかったんじゃ」
しらけた顔をしながら指摘するのは、七森家の末の弟である七森淳也だ。
足音を立てて歩く兄の後ろを静かに歩き、気だるげな顔をしている。
七森家当主代行としてやりたい放題していた母久乃から次の当主として過剰なほど大切に育てられた淳也は、実力ならば英智を超えている。
「……いや、そうだな。ある意味、彼女との出会いは運命だと思っている。まるで寒い夜空の下で震えていた迷子の子供がたどり着いた暖かな我が家のような存在だ」
「どうして急にそんな痛々しい表現をはじめたの?」
「い、痛々しかったか?」
「とても」
「……そうか」
「あの、がっかりされても困るし、僕が出かけようとしたところを呼び止めたのは兄上なんだから用事があるなら早く要件を言ってくれないかな」
「……数年でドライになったな。昔は兄上兄上と慕ってくれたのに」
「記憶捏造しないでね。兄上と呼んではいたけど、慕ってはいなかったから」
「がーん」
「そういうところだよ」
淳也は、特別英智を慕っていたわけではないが、兄としてそれなりに尊敬をしていた。
性格にムラがあり、感情的な人物だったが、淳也には優しかった。
幼い頃とはいえ、ちょっとしつこいと思えるくらいは構われていた。
当時は、少しくすぐったさがあったが、今思うと、腹違いの兄千手への当てつけのように自分を可愛がっていたのではないかと思う。
もしかしたら英智も千手と仲良くしたかったのだ。
しかし、母が口汚く千手とその母を罵るので、せめて子供同士は仲良くするという選択肢がなかった。
淳也も千手のことは好きだった。
(――でも裏切った。自分だけ、関係ないと一抜けして)
最初の次期当主は英智だった。母は過剰なほど曲がった愛情を注ぎ、英智の性格を歪ませたと言ってもいい。
だが、英智が千手の魔眼によって停止してしばらくすると、見切りをつけたのか淳也を次期当主として持ち上げ出して、歪んだ感情を向けてきた。
今までまともに母親らしいことをされていないことはもちろん、構ってもらったこともない。
幼い頃から淳也を気にかけてくれたのは、英智と父の側近の森山田と、分家の人たち。そして千手と、使用人たちだ。
急な母親の変わりように驚くも、すぐに理解した。
――自分の駒になる当主が欲しいのだ、と。
ただ、幼い淳也には抵抗が難しかった。
人間関係を狭まれて、学校にも最低限しか行けない。
過酷な訓練をされて、千手を憎めと刷り込まれた。
そんな淳也がまともだったのは、気にかけてくれる人たちがいたからだ。
しかし、千手が消え、分家との交流を禁じられ、森山田も最低限の会話しかできない。
淳也は抵抗をやめて、母に従うことで被害を少なくしていた。
――そんな中、兄千手が楽しくやっていることを知った。




