変化
アクセスして頂きありがとうございます。
拙い文章ではありますが、精一杯表現させていただきます。
「降水確率90%らしいよ」
掃除機の音に混じって遠くの方で聞こえた。
なんで今かな、なんて思ったがとりあえず頷いといた。なんか満足そう。
私の片想いから始まった交際関係は、来週で2年になるそうだ。誕生日や記念日に無頓着な私とは違い、彼は事細かにカレンダーに記入し私に教えてくれる。
「来週で2年だよ。」「んで、同棲して1年!」「あいつらも付き合って2年!」
余計な情報付きで嬉しそうに教えてくれるから、カレンダー係に任命したのは先々週のことだったかな。
この関係に発展する前は私の方が好きだとしつこいぐらいに主張していた記憶があるが、今は彼の方が好きだと言ってくれる。いや、好きなんだろうなと自惚れてる。
「体調どお? これあげるから飲みなよ」
頭痛薬 そういえば頭が痛いような気もするが薬、かなり得意じゃない。飲まなくても良いなら飲みたくない。
「ねぇ、飲まないつもりでしょ!久しぶりに会えたのに私だけベットで寝てるよ、なんて許せないんだけど!飲め。」
彼女か、確かに最近仕事が忙しく一緒に住んでいるはずなのにお互いの顔を見たのは久しぶりだった。
クイックルワイパーを閉まって、手を洗って、プンプンしている彼の手をとって寝室に向かう。
「え、誘ってる?」
そんなアホなこと言ってる彼の手がこんなに大きかったことを再確認してキュンキュンしてる。薄くて、細くて長いが男の人らしい。
「珍しくてキュンキュンしちゃった、手。」
多汗症の私は幼い頃からずっと手がコンプレックスで、付き合い初めはそれだけが心配だった。
「気にしないのにな、俺。でも今繋いでくれたから帳消しね! ハグしよ!」
彼女か、でもいつも唐突に仕掛けてくるこのお願いが可愛くて、羨ましくて好きでたまらない。
分かってはいる。恋人において彼女に可愛げがある方がバランスが良い。
だから頑張ったのだ。毎日顔に気を遣い、髪に気を遣い、その日に出せる万全の状態で彼に会いアピールしていた。素直に好きだと主張していたはずなのに、
どこで間違えたのか今じゃ可愛さのかけらもない。でも、それでも、大好きだよと、愛してるよと、お願いだから離さないでと、額に口付けた。
いつ私を嫌いになるだろうか。この頼りない腕の中でこの手を握っていられるのはいつまでだろうか。
2年もあれば人は変わる。てか1週間あればちょっとは変われる。
彼の腕の中であんなことを考えていた罰だろうか、2年の記念日を迎える前にあの手は握れなくなっていた。
あの日のベットはそのままだし、お茶碗は捨てられないし、歯ブラシもそのまま。そんな状況が気持ち悪くて実家に帰ってきた。
交際期間は約2年とはいえ、立ち直るのにかなり時間がかかった。いや、まだ立ち直れてはいないかも知れない。この間なんかは彼が好きなお菓子やコーラを買い込み、好きだった煮物を3日連続で作り、吐いた。アホだと思う。それほど好きだった。 それでも毎日仕事はあって、それなりに忙しくて、友達がご飯に誘ってくれて、意外と充実していて。
また恋をする気にはならないけど、3年前に彼にアピールしてた時のように、全身に気を遣ってその日に出せる万全の状態で毎日を過ごし、最近は健康にも気を遣って、せっかく減った体重が増えないように頑張ってる。前を向こうと頑張ってる。
だからさ、また手を握ってくれないかな___
手と手を合わせながらそんな想いを巡らせる。小さな額に収まる満面の笑みを浮かべる彼の写真は付き合いたての時に私が撮った。
「あの子写真が嫌いでね、卒業アルバムもね、 ほら!この個人写真しかないのよ!」
一周忌でやってきた彼の実家はいつも醤油の香りがする。私が撮った彼の写真を見てウキウキしている彼のお母さんと、そんなお母さんを優しく見つめるお父さん。二人の雰囲気が彼そのもののような気がして泣きそう。
「だからね、、、、ありがとう。」
なんて涙ながらに言われたから、二人で抱き合って泣いた。
彼のお母さんが作る煮物は美味しい。彼の好物になる理由がわかる。箸が止まらない。
「あの子がいたら今日で3年目だったのね。見て、書いてるの。」
彼のカレンダーに書き込む癖はお母さん譲りだったらしい、可愛らしくて泣ける。
「私ね、あなたのこと娘のように大事に想ってるの。お父さんもね。だってね、こんなに可愛らしくて、礼儀正しくて、あの子のことをこんなに想ってくれて。」
やめてくれ、また泣いてしまう。彼にデメキンみたいだねって笑われる。
「だからね、幸せになってね。」
背の低い私をすっぽり包み込んでしまうほど背の高かった彼は、焼かれて仕舞えば猫より小さくなって帰ってきた。
彼を愛おしむのはご両親も同じ。小さくなった彼はまだこの家にいた。
「彼をハグさせてください。」
要は骨壷を抱くということ。我ながらトリッキーなお願いしたと思う。 二人とも最初はびっくりしていたが、止められはしなかった。
いつもは抱かれる側だったけど、今度は私が抱きしめている。こんな形で彼を抱くことになるとは思ってはいなかったが、彼の気持ちが少しは分かった。気がする。
小さくて、冷たくて、愛おしい。
3年あれば人は変わるけど、私は未だに薬は飲めないし、あなたと住んでいた部屋はあのまんまだし、お母さんの煮物も変わらず美味しいよ。少し体重は減ったけど、肌も荒れたけど、仕事は大変だけど、あなたのことは好きで、一番大好きで、愛おしいよ。 やっぱりハグはあなたの方が向いてるからさ、ハグしてよ。手を繋ごう。あのベットで、二人で小さくなって寝よう。 ね、何にも変わらなかったよ___
「また来てね。」
醤油の香りがする彼の実家を出る。
オレンジ色の空の遠くに黒い雲が見える。そういえば
「降水確率90%らしいですよ。」
切なくて切なくてずんだ餅が泣きながら描きました。
大切なものは沢山あっていいし、何でもいいと思うんです。
一番大事なのは、それを伝えたり表現したりすることだと思います。
“私”は表現できていたかな。
“彼“には伝わっていたかな。
読んでいただきありがとうございました。