メンヘラには鬼畜がお似合い
「はぁ……疲れたわね」
マリアンヌの部屋に戻り、寝支度を済ませて眠くなってベッドに入ろうとしたところで、ハッと飛び起きる。とてもとても大事なことを忘れてたわ!
このままじゃ大変なことになってしまう!
ネグリジェのまま急いで部屋を飛び出すと、廊下の奥から悲鳴が聞こえた。
「いやーー!けだもの!こっちに来ないでぇぇえ!!」
遅かったようね……
悲鳴のする部屋に押し入ると、見るも無惨な光景が広がっていた。
アリスの体に入ったモヴィアンヌが、セロを思いっっっきり拒絶していたのだ。
定着し過ぎて気にしてなかったけど、セロはよく私のベッドに夜這いしに来るのよね。いつも通り私のとこに来たセロがチューしようとしたところでモヴィアンヌが目を覚ましたのでしょうね。セロの癖を忘れていた私の責任だわ。
「……………………」
アリスの体に拒絶されたセロは、呆然と立ち尽くしていた。今まで私が彼を拒絶したことなんて、ただの一度もない。相当なショックだったでしょうね……
「嫌いよ嫌い!大嫌い!!二度と私に近付かないでっっ!!気持ち悪い!」
モヴィアンヌも驚いたのでしょうけれど、そこまで言う事ないんじゃ……あぁ、ほら。セロが泣き出しちゃったわ。綺麗な青白い頬に涙が伝って……なんて可哀想可愛いの。
大好きな私に嫌われてショックよね。傷ついたわよね。絶望よね。死にたいわよね。生きてる価値なんてないわよね。人生終わりよね。可哀想過ぎてこっちまで泣きそう。そして可愛い。
というか、本当にナイフを取り出したわ。そして首に当ててる。これ以上は本気でヤバい!
「セロ!」
慌てて呼び掛けると、凄い勢いで彼がこっちを見た。それはもう。首がもげるんじゃないかってくらいの勢いで。今の私はマリアンヌだけれど、マリアンヌな私とアリスなモヴィアンヌを交互に見て、セロは私の方に走って来た。
両手を広げると、迷子になってた子供みたいにガッシリと私に抱きついて来る。あぁ、なんて可愛いの!!
「セロ、私よ。わかる?」
私の胸の中でコクコク頷く愛しい人。
「可哀想に。ビックリしたでしょう?もう大丈夫。好きよ。大好きよ、私のセロ」
ぎゅううぅっと、私に抱き着く彼の力が強くなる。その体は小刻みに震えていて、可愛すぎて苦しくて天に召されてしまいそう。
「ほら、顔を見せて?首は大丈夫?血が出てるじゃない!……もう。酷いわ。私を置いて死のうとしたの?ずっと一緒にいるって約束したでしょう?」
そう諭すと、紫の瞳を涙で潤ませて見上げてくる私の彼ピ。可愛い。好き。
感情のままキスをしそうになったところで、再び部屋の扉が押し開けられる。
「……いったい何の騒ぎ……」
「…………」
「これはどういうことだ!?貴様!俺のマリアンヌから離れろっっ!」
側から見たら、セロと抱き合ってるのはマリアンヌな訳で。
5秒ほど固まって現状を理解しようとして爆発したらしいレオンが、セロに向かって剣を抜いた。
面倒くさいわね。気絶させてしまいましょうか。と思っていたところに、レオンの後ろから騒ぎを聞きつけたらしいモヴィアンヌ(中身はマリアンヌ)が現れる。
いい事を思い付いたわ。
「セロ!アリスというものがありながら、俺のマリアンヌに手を出したのか!?」
「…………」
濡れ衣うざい。アリス一筋。そんなふうに言ってくれるセロが可愛くて仕方ないけれど。
ここは、入れ替わりを存分に利用するところよね。
「レオン様はアリスがお好きなんでしょう?アリスとレオン様が結ばれるように、私は身を引きますわ……」
渾身の演技で涙声を作り、マリアンヌの口調を真似てみると。レオンは分かりやすいほど狼狽えた。
「な、何を言い出すんだ!?俺が好きなのは………………まさか、俺の態度をずっと誤解してたのか……!」
ようやっとすれ違いに気が付いたらしいレオンは、頭を抱えて叫んだ。
「違う!違うんだ、マリアンヌ!確かにアリスに妙な感情を抱きかけたことはあったが、あれは気の迷いなんだ。
俺が好きなのは……俺が生涯をかけて愛し抜きたいと思っているのはマリアンヌ、君だけだ」
レオンの後ろで本物のマリアンヌが息を呑む。その調子よ。
「信じられませんわ……私のどんなところが好きだと仰るのですか?」
「全てに決まってる!その情熱的な赤髪も、琥珀色の大きな瞳も、控えめで優しい性格も。何もかもが好きだ。俯いて考え込んでる横顔はいつまでも見ていられるし、俺を見上げる時に瞳が潤むのも大好きだ。
例えアリスが俺を好きになっても、俺が好きなのはマリアンヌだけだ!」
この恥ずかしいくらいの告白を聞いて、マリアンヌとモヴィアンヌが涙を流した。
マリアンヌは感動の涙、モヴィアンヌは悔し涙。勝敗は明らかだった。
「よく分かりましたわ。あなた達も充分でしょう?」
泣き暮れる2人に問い掛けると、2人とも泣きながら頷いた。
「マリアンヌ……?」
困惑したレオンに向き直り、私はずっと縋り付いているセロを抱き返す。
「レオン様。私はマリアンヌではありません。あなたのいうアリスです。セロが私以外の女に抱き着くわけないでしょう?
セロは私の事を見抜いて駆け寄って来たんですわ」
「な、いったい何が、どういう……?」
「面倒なので、先に元に戻りますわね。セロ、クリケットボールを貸して頂戴。
モヴィアンヌ、あなたもいいわね?その体に居座ったところで幸せになれないって解ったでしょう?」
セロからクリケットボールを受け取って、おずおずと近寄って来たマリアンヌと泣きながら勝手にしてと嘆くモヴィアンヌに向かって投げつける。ゴン、ガン、ゴン、と鈍い音の後、私達は元の体に戻った。
ちなみに戻った瞬間、さっきまでマリアンヌの体に抱き着いていたセロが私の体に抱き着き直してて可愛くてどうにかなるかと思った。
「レオン様……」
「マリアンヌ、なのか……?」
半信半疑なレオンに、マリアンヌが手を伸ばす。
「私、ずっと不安だったんです。レオン様が私を好きなはずないって。だから婚約破棄しなきゃって。
……でも、これからもお側にいていいんですよね?」
「当然だろう。ずっと一緒にいてくれなきゃ困る」
「嬉しい……」
「マリアンヌ、改めて言うが、愛してる。君だけだ」
「私も心から愛しております。レオン様……!」
すっかり盛り上がってるカップルの横で、モヴィアンヌは全てを諦めたようだった。
流石にもうどうしたって無理だって気付いたようね。何だか可哀想だわ。
「何なのよ!みんなして勝手に幸せになって!どうして私だけがこんなに惨めなの……!私が何したって言うのよ!そんな女の何処が私より良いって言うのよぉ!
私だって……私だって……幸せになりたいのにぃ」
おいおいと泣き崩れるモヴィアンヌを見て、私は一つ息を吐いた。
「モヴィアンヌ、あなたにはあなたに合ったお相手が現れるはずよ。いいえ、もしかしたらもう身近にいるかもしれない」
「え……」
藁にもすがる思いで私を見上げてきた彼女に、うっそりと微笑みかけて。私はレオンの背後に目を向けた。
「セシリオ卿。モヴィアンヌのこと、どうお思いになって?」
それまで気配を消して事の成り行きを見守っていたセシリオは、爽やかに微笑んだ。私の嗅覚が正しければ、この男は……
「流石アリス様。その慧眼には感服致します」
あくまで爽やかな彼は、爽やかな笑顔と優雅な仕草でモヴィアンヌに手を差し出した。
「私はこういうイタイ女を見ると調教……ゴホン、失礼。悲運な女性を目にするとお慰めしたくなる性癖でして。
モヴィアンヌ嬢。一目見た時から貴女のことが気になって頭から離れませんでした。どうか一度、私の手を取ってみませんか。後悔はさせません」
「え?……え?」
突然の告白に困惑するモヴィアンヌ。段々とその頬が赤く染まる。いい感じだわ。
「モヴィアンヌ。いいえ、アリス。逆行前のことを思い出してみて?他の人が離れて行く中、セシリオ卿だけはあなたに優しくしてくれたのではなくて?」
小声でモヴィアンヌにしか聞こえないように嘯くと、モヴィアンヌの目がハッと見開かれた。
まあ、これはただの憶測なのだけれど。外面が完璧なセシリオはきっと、周囲から見捨てられていく逆行前のヒロイン・アリスに対しても丁寧に接したはずよ。……表面上はね。
「そんな……でも……」
困惑しつつも満更でも無くなってきたらしいモヴィアンヌに、セシリオが最後の駄目押しをする。
「私の手を取って頂けたのなら、生涯貴女だけを愛し抜くと誓います」
あらあら、セシリオ、あなたってなんて悪い男なの。それ、モヴィアンヌが1番欲しい言葉じゃない。案の定、モヴィアンヌは顔を真っ赤にして泣き出しそうな程感激していた。
「モヴィアンヌ、愛されたかったのでしょう?彼を信じてみてはどう?きっとあなたの欲しかった幸せが手に入るわ」
かく言う私も、モヴィアンヌの両肩に手を置き耳元で囁き掛けた。俗に言う悪魔の囁きってやつをね。
「私……私……!」
そうしてモヴィアンヌは、セシリオに手を伸ばしたのだった。
おめでとう。私の勘が正しければ、セシリオは調教好きのドS鬼畜野郎よ。
哀れなモヴィアンヌ。存分に可愛がってもらいなさいね。