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設定の盛り過ぎはよくない



 私とセロは毎年、社交シーズンが終わる冬になるとシャロン領で過ごしていた。

 シャロン領は隣国のリンムランド王国との国境が近くて、セロの親戚もリンムランド王国にいることから私達もたまに隣国を訪れたことがあった。


 そんなリンムランド王国の避暑地として有名なクッセル湖畔に買った別荘は、なかなか立派な屋敷で、私とセロの共同名義になっている。


 不動産の共同名義はリンムランド王国では少し厄介な手続きが必要なのだけれど……その辺は上手くやらせて頂いたわ。だってどうしても共同にしたかったんですもの。


 


 私とセロの招待に三者三様のリアクションを見せつつ(マリアンヌは喜び、レオンは困惑し、モヴィアンヌは警戒してたわ)。

 3人とも断る選択肢はないようで、夏季休暇をこの面子で過ごす計画を立てていると。レオンが申し訳なさそうに切り出した。



「流石にこれでも王子なのだ。護衛なしでの旅行は許可されなかった。……側近を1人連れて行っても構わないだろうか?」


 気まずそうなレオンの後ろから、青髪の青年が頭を下げた。


「彼はセシリオ・ダントルだ。侍従としても護衛としても有能な男で、私達の一学年上になる。平民出身ではあるが、騎士の叙任を受けており任務に極めて忠実な男だ。決して邪魔にはならないと私が保証しよう」


 紹介されたセシリオは丁寧な物腰で居住まいを正し、レオンの後ろで私達の答えを待っている。原作にも出てきたけれど、終始完璧な『ザ・側近』って感じの男だったのよね。


 こうして対面しても原作で出てきた通りの好青年。……なのだけれど。この男、何だか匂うわ。私の勘が告げている。彼は普通の好青年ではない。だって柔らかく微笑んでいるのに目が笑ってないもの。


 まあ、面白いから良いでしょう。セロに確認だけとると、途轍もなくどうでも良さそうだったので改めてレオンとセシリオに向き直った。


「勿論いいですわ。セシリオ卿、どうぞ宜しくお願い致します」


「恐れ入ります、アリス様」


 見事なくらいニコリと爽やかな笑顔。何一つ申し分の無い所作。なかなかやるわね。








 そんなわけで迎えた学園の夏季休暇。

 私達は、幻想的な霧が絶えず立ち込めるクッセル湖畔の別荘に集ったのだった。


 旅行はいいわね。三角関係が盛り上がるわ。


「レオン様、こちらの席が空いてましてよ?」


「ああ、いや。モヴィアンヌ嬢。申し訳ないが俺はマリアンヌの隣に……」


「いいえ、レオン様。私にお気遣い頂かなくても結構ですわ。どうぞお好きな席へお座りになってくだざいませ……」


「しかし、マリアンヌ……」


「ほら、レオン様!こちらへ!」



 ディナーの席で面白いやりとりを続ける3人を眺めながら楽しんでいると、隣のセロから今夜の予定を聞かれる。


「少し女性陣と遊んでから寝る予定よ」


「………………」


「うふふ。たまにはいいじゃない。明日は一緒に過ごしましょう?ね?拗ねないで、セロ」


「…………」


 優しいセロが何でも私の好きにしていいと言ってくれたので、さてさてどう料理してあげましょうかとマリアンヌとモヴィアンヌを見る。


「そうそう、ディナーの後は自由時間なのだけれど。折角だから、マリアンヌとモヴィアンヌと3人でお茶がしたいわ。いかがかしら?」


 テーブルの向こうで見事な愛憎劇を繰り広げていた2人に向かって提案すると、2人とも動きを止めて互いを見遣った。


「……いいですわ」


「私も、是非伺います」



 


 食事後の、女子会と銘打ち男子を追い出したティールーム。


 熱々のお茶も一瞬で冷めるような、冷え切った2人の空気。なんて居心地の好い空間かしら。


「そんなに警戒しないで頂戴。私はただ、あなた達の仲裁役をして差し上げようと思っただけですわ。純粋な親切心ですから。この場で言いたいことがあるなら、存分に口になさって結構よ」


 改めてこの席の主旨を告げると、おずおずと先に口を開いたのはマリアンヌだった。


「あの、モヴィアンヌ。……あなたはレオン様のことが好きなの?」


 そこにすかさずモヴィアンヌがテーブルを叩く。


「好きかですって!?勿論よ!というか、あの方は私のものよ。アンタなんかに渡すもんですか!」


「でもレオン様は……」


 チラチラと私を見るマリアンヌは、この期に及んでレオンが私を好きだと思ってるのね。


「誰が何と言おうとレオン様は……レオンは私だけのものよ。今度こそ取り戻してみせるんだからっ!」


 髪を振り乱して叫ぶモヴィアンヌ。その言葉を聞いて、マリアンヌは首を傾げた。


「取り戻してみせる……って?」


「それは……っ」


 言い淀むモヴィアンヌに、私は助け舟を出してあげる事にした。


「実は私、2人の秘密を存じ上げてるのよ」


 パッと2人が私を見る。紅茶を啜り一息ついたところで、私は改めて2人を交互に見た。


「マリアンヌ。あなたは転生者でしょう?」


「……!!」


 驚きに口を塞いだマリアンヌと、状況が掴み切れていないらしいモヴィアンヌ。


「そして言うまでもなく、モヴィアンヌ。あなたは本物の"アリス・オルレアン"だわ」


「えぇっ!?」


 立ち上がったマリアンヌの見開かれた瞳がモヴィアンヌへと向けられる。理解したようね。勘違いだらけのマリアンヌだけれど、頭は悪くないのよね。


「ちょっと待って。転生者ってなに?私が本物のアリスなのは勿論間違いないけれど、じゃあマリアンヌもマリアンヌじゃないって事?」


 まずは頭を抱えて取り乱すモヴィアンヌから説明してあげましょうか。


「逆行する前のあなたの人生は本の中の話だったの。その本を読んだ前世のマリアンヌは転生してこの世界に生まれ変わり、前世で読んだ本の記憶を思い出したのよ。

 そうして自分がヒロインと王子の仲を邪魔する悪役令嬢だと気付いて身を引こうとしてたってわけ」


「本……前世?意味がわからないわ!」


「あら。でもあなただって、逆行と憑依を体験してるじゃない。だから何があったって不思議じゃないでしょ?」


「……そんな……」


 絶句するモヴィアンヌから、マリアンヌへと視線を移す。


「で、マリアンヌ。あなたはもう理解してると思うけど。私はアリスの体に憑依した憑依者よ。そして原作の内容も知ってるわ。だけど私はレオン様には興味ないの。だからその辺りは気にしないで頂戴。

 本物のアリスの魂はこのモヴィアンヌの体に憑依してて、物語が終わった後の世界線から逆行して戻ってきた後に憑依してしまったそうよ」


 まあ私が知ってる原作はあなたが転生した後の話なんだけれどね。それを言うと余計にややこしくなるので割愛させて頂くわ。


「じゃあ、本当のヒロインはモヴィアンヌ……あなたなの?」


 絶望したように呟くマリアンヌの向かいで、モヴィアンヌも悔しげに唇を噛む。


「そうだったらどんなに良かったでしょうね。……でも今の私のこの体は、病弱で死ぬはずだったモヴィアンヌのものよ。アリスのように可愛くもないし、マリアンヌのように美しくもない。

 実際にレオンは今の私に見向きもしないわ。それどころか邪魔者扱いよ。本当に嫌だわ。どうして私がこんな目に……」


 メンヘラのどうして私が……攻撃が始まる予感がしたので、私は急いで空気を変える為に手を叩いた。



「私にいい方法がありますわ。こういう時は、頭をぶつけ合ってみるのが定石でしてよ」


 令嬢2人がポカンと口を開けた間抜けな顔で私を見る。


「頭を……え?」


「何を言ってるの?やっぱりアンタ、どっかおかしいんじゃない?」


「要するに、私達みんな設定が盛られすぎててややこしいのよ。ここは一度リセットをしてみるべきだと思うの。こういう時頭をぶつけてみたら意外と色んなことが変わるものよ。

 例えば3人の体が入れ替わったりとか……ね。

 そうすればモヴィアンヌはアリスの体に戻れるかもしれないし、マリアンヌは悪役令嬢じゃなくなるかもしれない。全て丸く収まるかもしれないわ。試してみる価値はあると思うんだけど、どうかしら?」


「どうって言われても……」


「あの、アリス。あなたはいいの?もし本当に入れ替わったりしたら。あなたは今の体ではなくなってしまうのよ?」


 私の心配をしてくれるマリアンヌに、私は笑顔で答えた。


「私はいいのよ。私の望みは、セロと幸せになる事ですもの。セロは私の外見が変わったって私の事を愛してくれるわ。それに私、このピンクの髪が好きじゃないのよね」


「でも……」


 そうして私は、まだ何やら言い淀む2人を無視してあのクリケットボールを取り出した。


「えいっ」


 ゴン、ガン、ゴン、と3連発の鈍い音を響かせてクリケットボールが床に転がる。



「きゃっ!」

「痛いっ!」

「うぅ……」


「……」

「……」

「……」


「嘘でしょう!?」



 目の前に火花が散り、目を開けると……意外にも、入れ替わりに成功してしまっていた。


 ちょっと試してみただけなのに……なんて恐ろしいの、あのクリケットボール。チートアイテムじゃないの……




 私はマリアンヌに。マリアンヌはモヴィアンヌに。モヴィアンヌは元のアリスの体に。それぞれ中身が入れ替わっていた。


「まさか本当に変わるだなんて……」


 モヴィアンヌ(中身はマリアンヌ)が驚きながら自分の手を見下ろす。その横で上機嫌なアリス(中身は元アリスのモヴィアンヌ)は小躍りする勢いだった。


「私の!私の体よ!やっと戻ってきたわ!」


「今日は遅いから取り敢えずもう寝ましょう。今後のことは明日話し合いましょうね。えっと部屋は……それぞれの体の部屋に戻った方が良いわよね」


 こうして衝撃の女子会は幕を閉じた。


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