すれ違いは焦れったい
あー、焦れったい!
すれ違いラブコメは嫌いじゃないわ。
勘違いだらけの鈍感主人公×肝心な時に決まらないヒーロー。大いに結構なのだけれど、それがジレジレジレジレ続くとイライラするのよね。
学園に入学して目に入る機会が増えてしまえば、嫌でも気になってしまうのが悪役令嬢マリアンヌと王子レオンの恋の行方。
この2人は典型的なすれ違いジレ恋タイプ。鈍感と勘違いを拗らせたまま1巻で良い感じに終わって2巻で波乱、3巻でやっとくっつくくらいの焦れったいカップル。
小説で読む分にはまだ我慢できるけれど。クラスメイトとして見てるとイライラして仕方ない。
どう見てもマリアンヌはレオンが私を好きだと思ってるし、レオンはそんな事知らずにマリアンヌに鼻の下を伸ばしてる。それを見たマリアンヌがさらに誤解して身を引こうとし、レオンが更に勘違いするという負の悪循環。
幼い頃に親に決められた婚約者って事で、互いの気持ちを伝え合う機会が無かったんでしょうけど。
すれ違いまくってる2人にいい加減イライラしてきたわ。考えてみたら、私はもうこの小説のメインストーリーからは降りた気でいたけれど、マリアンヌが誤解し続ける限り2人の関係性に巻き込まれてバッドエンドを迎える可能性もあるのよね。
そんなのやってられないわ。私はセロとハッピーエンドを迎える予定なのよ。その為に色々と根回ししているというのに。そんな馬鹿げた理由で邪魔されちゃ溜まったもんじゃないわ。もうこの際、とっとと2人をくっつけましょう。
「…………」
色々と計画を立てつつ2人を見ていると、隣からなんとも私好みの負のオーラが漂って来た。
「あら、セロ。違うのよ。誤解しないで。別にレオン様に興味があるわけじゃなくて、あの焦れったい2人にイライラしてたの。あんなに分かりやすいのに両片思いだなんて見てられなくて。
ね?だからその呪殺用の魔方陣は完成させなくていいわ。わざわざ呪い殺さなくても、私が好きなのはあなただけよ」
「…………」
「そう。そのクリケットボールも仕舞っていいわ。そのナイフも危ないから元の場所に戻してね。それは毒薬?新作なの?綺麗な色ね。後で一緒に試しましょう」
「…………」
機嫌の良くなったセロは爪で机を引っ掻いてキーキーと不快音を奏でた。これ、たまに出る彼の鼻唄的な仕草。可愛い。
彼がこれをやると、周囲2メートルくらいにいた人がみんな耳を塞いで離れていくのよね。とっても便利。
「セロも手伝って頂戴。このままあの2人がジレジレジレジレしてるのを見るのは、私の精神衛生上よろしくないのよ。
盛大にくっつけてあげましょう?」
「………………」
脇役であるセロは、その死んだ魚の目で私を魅了して止まない。コクンと頷いて媚薬の調合方法を調べ始めたところなんて、キュート過ぎて眩暈がしちゃう。
結果的に言うと、私達の作戦は半分成功、半分失敗に終わった。
敗因は……そうね。セロお手製の媚薬が効き過ぎてしまったこと。
「むしろ悪化しちゃったかしら」
「……………………」
教室で顔を真っ赤にして背を向け合うマリアンヌとレオン。マリアンヌは切なげで、レオンは苦悩していた。
いい感じのスパイス程度になればと思ったんだけど……張り切ったセロがガチのやつを作ってしまって、色々と大変なことになっちゃったみたい。そりゃそうよね。私も試してみたけれど、凄かったですもの。
要は、ジレ恋両片思いカップルが、気持ちを伝え合う前に身体の関係を持ってしまう両片思いすれ違い拗らせカップルに昇格したということ。おめでとう。
やっぱり、余計に拗らせてしまった気がするのは気のせいじゃないのかしら。
「なんだか面倒くさくなってきたわ」
「……………………」
王道のテンプレ展開はそう簡単に崩せないということなのね。
マリアンヌは自分が誘惑したせいだと思い、潔く婚約破棄したいけれど想いは前より募ってしまって途方に暮れているし、レオンは結婚前に手を出して―――聞いた話によると結構な無茶をして王宮ではちょっとした騒ぎになったらしい―――マリアンヌに嫌われたと思ってるみたい。
「もう放っておいていいかしら」
「………………」
「そうよね、中途半端なお節介になってしまったのは悪かったけれど、ああなったのは当人同士の責任ですもの。私達は悪くないわよね?」
「………………」
「でもね、セロ。あの2人がくっつかないと、私達の今後に影響があるかもしれないの」
「………………」
「あぁ、そんなに大した事ではないのよ。だからその呪詛百科事典は仕舞ってね。
ただ不安要素は取り除きたいと思っただけなの」
「………………」
「そうね。もう少し別の方法を考えて、ダメそうだったら2人まとめて消してしまいましょう」
それにしても……本当に面倒だわ。これはくっつけようとして何かすると全部裏目に出るパターンよね。
近道しようとするのが駄目なら逆に、王道展開を創り出すのはどうかしら。
両片思いの2人が互いの想いに気付くきっかけの王道展開は……そうよ、ライバルだわ!ライバルが現れればいいのよ。
そこまで考えて、私は肩を落とした。この教室であの2人を見てきたクラスメイト達は、皆2人の両片思いに気付いていて間に入り込もうなんて、微塵も思わないわ。
かと言って私がライバルになってレオンに気があるフリをしてみる?どうなるかは目に見えてる。激昂したセロが学園ごとレオンを消し去るでしょうね。正真正銘のバッドエンドよ。何より私だって学業以外に色々とやる事があって暇じゃないのに、そこまで面倒見きれないわ。
誰か適役はいないかしら……そんな思いでクラスメイト達を見回していると、1人の令嬢が急に立ち上がってレオンの前に出た。
「レオン様、宜しければ2人きりでお話ししたいことがありますの。お時間頂けませんか?」
栗色の髪に平凡な茶色い瞳。整ってるけどちょっと地味な顔立ち。でも、これはいい展開じゃないかしら。彼女はえっと……なんて名前だったかしら。モブ子……モブ美……じゃなくて……
「あー、モヴィアンヌ嬢。ここでは駄目な話だろうか?」
「はい。是非、レオン様と2人でお話ししたいのです」
「そ、そうか。まぁ、ちょっとなら」
困惑しているレオンと、見かけによらず積極的なモブ子……じゃない、モヴィアンヌ。ナイスだわ!
婚約者がいるのに断り切れなくて他の令嬢についていくレオンは正直最低だと思うけど、今はこの展開に拍手を送りましょう。
案の定、不安そうな切なそうなマリアンヌ。これがいい刺激になって、早いとこくっついてね。
物語が進展しそうな気配に安堵の溜息を漏らした私の隣で、セロは机をガリガリしていた。これは不満の合図だ。周囲3メートルにいた人達が耳を塞いで逃げていく。
「セロ、ちゃんと構ってあげるからそんなに拗ねないで?ね?」
「………」
微笑みかけるとセロは鼻唄的な方のキーキーをやり始めた。私の好きピは本当に分かりやすい。可愛い。




