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ラブコメとは勘違い





 私はマリアンヌ・ラ・メンヌルフォン。侯爵令嬢。この国の王子、レオン様の婚約者。……なのだけれど、実は私は前世で読んだ本の中の悪役令嬢だった。


 8歳の時、レオン様との婚約が成立する瞬間に前世の記憶を思い出して自分が悪役令嬢に転生していると気付いてから8年。



 ずっと不安で堪らなかった。今は私の事を大切にしてくれているレオン様だけど……小説のヒロインであるアリスが現れた途端、彼女の元へ行ってしまうんじゃないかって。


 だから本当は、そうなる前に婚約を破棄して貰おうとした。そうするべきだったのに……未来の断罪を避ける為にも、彼の元から逃げるべきだったのに。

 私が彼に想いを寄せてしまったから。彼の優しさに甘えてしまったから。

 今日この日まで、私達は仲の良い婚約者同士として過ごしてしまった。


 そんな私の罪深さを嘲笑うかのように、小説の通りに現れたヒロイン。アリス・オルレアン。


 艶やかなピンク色の髪の毛と、エメラルドみたいに綺麗な緑な瞳。愛らしい顔立ち。悪役令嬢の私に勝ち目なんてないじゃない。





 入学式の日。レオン様が誰もいない教室でアリスに声を掛けていたのを見てしまった。

 怖くてすぐにその場から逃げ出したけど、いくら仲が良くても私達は政略上の関係でしかないもの。


 やっぱりヒロインには敵わないんだわ。


 あの日は絶望して泣いた。今度こそ別れなくちゃ。このままじゃ2人の仲を邪魔して断罪される本物の悪役令嬢になってしまう。その前に逃げ出さなきゃ。何度もそう思ったけれど、どうしてもレオン様と別れたくない。



 そして私は今、今日こそはと覚悟を決めてレオン様と話をするため、学園の中庭にあるベンチへ彼と向かっていた。


 のだけれど、ベンチには先客がいた。



 そこに居たのは……見間違えるわけがない。艶やかなピンクの髪、この小説のヒロインであるアリスと、なぜだか彼女と婚約している脇役のセロ。



 しかも2人はベンチで抱き合って、あ、あ、あ、熱いキスを……!?



 咄嗟に手で顔を覆う。人様のキスを見るなんて、私ったらなんてハレンチなの!


 しばらく羞恥で動けないでいたけれど、ハッと気付いた。好意を抱いていたアリスが他の男とキスしてるのを目撃して、レオン様はどう思ってらっしゃるの……?


 まさか、傷ついてらっしゃる……?


 ひどく心が痛んで、泣きそうになりながら恐る恐るレオン様を見た。指の隙間から覗き見た途端、彼と目が合う。


「うっ……」


 急に口を押さえて苦しそうなレオン様。きっと私の顔を見て理想と現実の違いに吐き気を催したのよ。


 涙が出そう……


 私はアリスみたいに可愛くないもの。自分の婚約者がこんな女で、レオン様はきっと失望したの。原作の小説でもそうだったもの。


 

 アリスというヒロインの存在に、改めて心から打ちのめされてしまった。







-----------------------







 なんだあれは。

 

 愛しの婚約者であるマリアンヌが俺と歩きたいと言うのでドキドキしながら一緒に散歩していれば。


 まるで見せ付けるかのようにキスをする2人組。幼い頃から何かと縁があるアリスと、彼女の婚約者セロ。


 正直言って、あの婚約者はヤバい。アリスにキスをしながら、さっきから蛇のような目で俺を睨んでる。


 産声すら上げなかったらしいと囁かれるほど無口過ぎて有名な男だが、声に出さずとも『俺の女に手を出したら殺す』と、その目が物語っていた。


 入学式の日、アリスと話していたのを見られてから、やたらと目を付けられてしまった。


 初対面でいきなり窒息の魔法を掛けられ殺されかけるわ、呪いの手紙を夜な夜な送り付けてくるわ、正直怖過ぎる。しかも奴の仕業だと匂わせておいて明確な証拠は残さない。なんて奴だ。ああいうのを敵に回すと厄介なので、今後絶対にアリスと2人で話したりはしない。


 アリスのことは偶然の連続と一時的に感じた妙な感覚に変な気を起こしそうになったが、全部気のせいだ。気の迷いだ。俺には愛するマリアンヌがいる。アリスに言われて目が覚めた。俺が大切にすべきはマリアンヌのみ。アリスの顔がいくら可愛くとも、アリスの背後にいるのは魔王だ。手を出したら死ぬ。世にも酷たらしい方法で殺される。それは間違いない。


 隣を見るとマリアンヌが頬を染めて両手で顔を隠していた。あの2人のキス場面に驚いたのだろう。アリスとは違った系統の美しい顔立ち。燃えるような赤髪に、琥珀色の瞳。

 シャイで素直でウブで可愛い俺の婚約者。恥じらう姿が愛らし過ぎて眩暈がしそうだ。


 指の隙間から涙目でこっちを見上げるマリアンヌと目が合った。


「うっ……」


 危ない。可愛くて吐くかと思った。思わず口元に手をやると、マリアンヌの目が更に潤む。可愛い。照れてるのか。好きだ。


 そうしているうちに、いつの間にかベンチは無人になっていた。アリスとセロの背中が遠くに見える。2人のトレードマークの相合日傘。蛇やら蜘蛛やら蝙蝠やら不気味な柄の真っ黒なそれを、今日はセロが持ってアリスの肩を抱いていた。


 アリスがどこまであの男の本性に気付いているのか知らないが、アレは世に言うヤンデレだろう。あの執着具合はシャレにならない。マジでハンパない。少しでもアリスが離れようとすれば両手両足を折って監禁くらいしてのけるだろうな。もしくは世界を滅ぼすか。いずれにしろタチが悪い。



 あいつはアリス命の危ない奴だ。俺はまだ死にたくない。もう二度とあの2人には近寄らないと心に誓った。


 


「そろそろ行こうか、マリアンヌ。今のは見なかった事にしよう」


 その細い手を取って微笑み掛ければ、どうした訳だか悲痛な顔で見上げてくるマリアンヌ。


「……見なかった事に?……そこまでショックを受けられたのですか……?」


 小さな呟きは聞き取れなかったが、今にも泣き出しそうなその瞳に吸い込まれてしまいそうだ。ともすれば悲壮なくらいの同情を俺に向けているようにも見えるがこれは……


 ……まさか、キスしてほしいのだろうか。


 ゴクリ。喉が鳴る。俺達にはまだ早いと思っていたのだが、あの2人の強烈なのを目撃した後だ。正直、興味が無いわけがない。


 その滑らかな肌に指を滑らせ、薔薇色に染まった頬を撫でてみる。ピクリと動いただけのマリアンヌは、抵抗しない。


 そのまま勢いで顔を近づけた時だった。



 ガンッと音がして、側頭部に激痛が走る。


「うっっ!!」

「レオン様!?」


 痛む側頭部を押さえれば、俗に言うタンコブが。

 コロコロと転がったのは、髑髏マークの黒いクリケットボール……シャロン領名産のドラゴン革を使用したオルレアン製……


 そうか。キスを見るのもダメだったのか。


「レオン様〜!!」


 愛しいマリアンヌの声を聞きながら、俺は意識を手放した。






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