脇役くんは人気が高い
陶器みたいに真っ白で青白い肌。不健康な目元のクマ。目は死んだ魚みたいに虚。それを覆い隠す長い前髪。全身真っ黒の服。その上から黒いローブ。フードまですっぽり被る徹底ぶり。……ヤダ。好き。
「…………」
伯爵から紹介されたセロ・シャロンは、想像以上に根暗だった。
作中では一度も言葉を発しず、全ての登場シーンで無言を貫き通した強者。小説で終始無言って、型破りにも程があると感心したものだ。
その逸話だけでもキュンキュンするのに、実物を目の前にするとめちゃくちゃ美形。前髪を持ち上げて覗き見た顔の作りが神がかってる。綺麗すぎるから前髪で隠す必要があるのねと、納得せざるを得ないくらいとにかく美形。作中では美形というだけで、こんなに私好みだなんて描写無かったから油断してたわ。
初対面で前髪をめくった私に動揺したのか、固まってしまった彼へ笑顔を向ける。
「はじめまして!」
手を差し出しても、彼は硬直したまま動かなかった。
「わたくしはアリスよ。セロさま、ごあいさつの握手をしてくださいますか?」
乱れた前髪の隙間から、ジッとこっちを見据える紫色が見えた。
黒髪に紫の瞳。ジメッとした空気。陰気な視線。無表情。どれも素敵すぎる。
そっと差し出された手が、私の手を握る。
嬉しくて思わず上がった口角はそのままに。思いの丈を彼にぶつけた。
「わたくし、あなたが好きになりましたわ!」
「…………」
見開かれた紫の瞳に微笑みかけると、彼の頬に赤みが差した。なにそれ可愛い。
ちなみに微笑ましく私達のやりとりを見ていたお父様が、私の言葉に血を吐いて卒倒したのは言うまでもない。
前世の私は、好きな色:黒、好きな場所:暗い所、好きな天気:霧、好きなタイプ:目が死んだ人、好きな映画:アダ○スファミリーだった人間なのだ。
セロ・シャロンは私にとって、まさに理想の男。(まだ8歳だけど)
この小説の中では出番のない脇役で、ヒロインの幼馴染だった彼。特にこの物語に絡む重要なキャラでは無かったけれど、魔法オタクで無口な陰キャという設定だけで私にとってはお気に入りキャラだった。
このテンプレだらけのありきたり小説の中で、全身真っ黒な彼だけが異彩を放っていて。私がこの小説を覚えていた理由の一つが、彼の存在だったのだ。
と言っても、本当に一言も喋らないし詳しい描写が無かったのでキャラの詳細がイマイチ掴めていなかった。こんなに素敵キャラだと知っていたらもっと推したのに!
つまり、私がこの世界に憑依した意味があるとするのなら、それはまさしく彼に会って愛を育む為だったのよ!と思うくらいには、彼の容姿も雰囲気も想像以上に好み過ぎた。
こんなに美味しそうな逸材を見つけたんですもの。彼に恋して夢中になるのは当然のことよね。
こうして私は、憑依した意義を彼に見出すことにして、彼に猛アピールしまくった。それはもう、両親が微笑ましいを通り越して恐ろしいと口にするまで徹底的に。
お父様が伯爵家に行く時は必ずついて行って、待っている間ずっとセロと過ごした。
一度も言葉を発しない彼だけど、不思議と雰囲気で意思疎通が取れる。
「セロさま、マカロンが好きなんですか?」
「…………」
彼が頷けば、マカロン作りを習得し。
「セロさま、晴れてきたので中に入りましょう」
「…………」
彼の苦手な日光が降り注げば彼を庇い。
「セロ、この前借りた本、とっても面白かったわ!今度一緒に図書館へ行きましょう?」
「…………」
彼と趣味を分かち合い。
「セロ、喉が渇いたの?あそこのカフェでお茶にしましょうか」
「…………」
彼の世話をとにかく焼きまくり。
「セロ、エミリーが私のことを『おねぇさま』って呼ぶのよ。おじ様はお小遣いをくださるし、おば様とは今度一緒にドレスを買いに行くお約束をしたわ」
「…………」
彼の家族に気に入られ。
「セロ、今日の夜市、楽しかったわね。あなたと来れて本当に良かった。大好きよ」
「…………//」
彼に愛を伝え続けた。
そんな月日が過ぎ去り、あっという間に14歳の冬。
種を撒くように出会い頭でインパクトを与え、畑を耕すようにその心に入り込み、水をあげるように愛情を注ぎ、キラキラと降り注ぐ日差しは日傘で遮り、外堀を固めまくって手塩にかけ大事に大事に育てた彼は、ますます私好みに成長していた。
更に青白くなった頬と更に濃くなった目の下のクマ。見ているだけでキュンキュンしちゃう。
ある霧の夜。彼に連れ出された中庭。
肺も凍るような冷たい空気、枯れた草木、朧げに見える月光。不気味な鳥の声。ジメジメした雰囲気。そのどれもが、うっとりするほど素敵な夜だった。
「セロ?私に話があるの?」
私は既に、彼の無言を通訳できるくらいの境地に達していた。
「…………」
コクリ。頷いた彼に向き合い、月明かりで青白く染まった彼の頬に手を伸ばす。
「なぁに?」
「…………」
霧に濡れ、僅かに凍った石畳の上に彼が跪く。驚いて息を呑んだ私に、彼が何かを差し出した。
「………………アリス」
初めて聞いた彼の声と共に渡されたのは、銀細工でできた髑髏の指輪。
「もしかして……求婚してくれているの?」
「…………//」
ハッとして問えば、彼は見える部分の肌を全て真っ赤にして頷いた。
「嬉しい!私も愛しているわ。結婚しましょう!」
勢いに任せて抱き着いた私を、思いの外逞しい腕で受け止めてくれたセロ。
「喋った……」
「そんな……あの子が喋った……?」
「今のは幻聴か?」
「お坊ちゃまが……お喋りになりましたぞ!」
「おにぃさまが喋ったですって!?」
「明日は槍が降るわ!!」
「天変地異の前触れだっっ」
物陰からこちらの様子を見ていた伯爵家の皆様が悲鳴を上げる中。暗闇で光った彼の紫色の瞳が愛おしくて堪らなかった。
「セロ、幸せになりましょうね」
「…………」
こうして私達は、婚約者になったのだった。
前作への評価、ブクマ、いいね、ありがとうございました!
今作もどうぞ宜しくお願い致します。