ヤンデレは今日も美味しい
「改めて考えてみると、おにぃ様って、おねぇ様には勿体無いくらいハイスペックよね」
大団円の中、祝賀ムードの二つの国を横目に。唐突にエミリーは私に喧嘩を売ってきた。
「美形なお顔は言うまでもないし、おねぇ様が喜ぶからって普段は猫背だけれど、姿勢を正せば背も高いし、専門家もお手上げの結界張っちゃうくらい魔法も上手だし、溺れてる私を助けてくれたり剣から庇ったりするくらい度胸もあって、小さい頃なんか雨に打たれて震えてる子猫を助けて献身的に世話してた事なんかもあったわ。
おねぇ様にさえ出逢わなければ、とっても穏やかで温かい家庭を築けたでしょうに。
……やっぱり、どう考えてもおねぇ様には勿体無いわ」
チッ
「ブラコン風情が勝手なこと言わないで頂戴」
この喧嘩は買ってもいい喧嘩よね。頭の中でゴングが鳴った。
「そもそも、セロの通訳が出来るのは私だけでいいのよ。どうしてあなたまでセロの言ってる事がわかるの?セロの従妹じゃなかったら消してるところよ?」
「何度も言わせないで!私はおにぃ様の妹なの!おねぇ様が出て来るまでは、私が唯一のおにぃ様の理解者だったのよ!」
「ハンッ、何が妹よ。今世ではたかだか従妹どまりじゃない。私はセロの彼女よ。婚約者よ。未来の嫁よ!
勝手な妄想で妙な幻想をセロに押し付けないで頂戴」
セロの手前、手は出さないけれど。私達の仲を否定するなんて。赦されるなら平手打ちして髪を引っ張ってやりたいわ。
「おにぃ様が幸せそうだからと思って口出しは避けてたけど、おねぇ様はちょっと自重した方がいいと思うわ。
世間ではおにぃ様がヤンデレ扱いされてるのよ。本当に心外だわ」
唇を尖らせるエミリーのその言葉で、私は思わず笑顔になってしまった。
「あら、セロがヤンデレですって?どうしましょう、凄く嬉しい事を聞いてしまったわ!それだけセロが私に夢中って事よね!?なんて可愛いの……きゅんきゅんしちゃうわ」
「もう。話を逸らさないで頂戴。おにぃ様がヤンデレなのは、そうした方がおねぇ様が喜ぶからよ。おにぃ様ったら、とことんおねぇ様に甘いんですもの。
本当のおにぃ様は優しくてもうちょっと温厚な人なのよ。なのに、おねぇ様が可愛いやら素敵やら言う事を全部やってのけるうちに過激な事を平気でやりだして、ヤンデレ扱いされるようになってしまったの。
真のヤンデレはおにぃ様ではなく、おにぃ様との仲を見せつける為に国まで滅ぼそうとしたおねぇ様だって言うのに……少しは周りから白い目で見られるおにぃ様の負担も考えてあげて欲しいものだわ」
やれやれと頭を振るエミリー。ちょっと何を言ってるかわからない。
「ヤンデレの何が悪いの?私はセロが好きなだけよ。心から愛しているだけ。
人が死のうが国が滅ぼうが関係ないわ。セロの為なら何だってしてみせるわよ。それが愛ってものですもの。当然でしょう?」
「はあ……。国を滅ぼすだなんて、本当に国を潰しかけたおねぇ様が言うとシャレにならないのよ……」
「だってシャレじゃないもの。心の底からの本気よ」
「…………。どうして皆、おねぇ様のこの重さに気付かないのかしら。こんな激重なヒロインが何処にいるっていうのよ」
「………………」
「セロ!私のこと、重いと思う?ヤンデレはお嫌い?」
「………………」
ちょっとだけ心配になって問い掛けると、私の手を取って首を横に振ってくれるセロ。大きな掌が私の心まで包んでくれるようだわ。
「そうよね?でしょう?ほら、セロは満足してくれているわ。他の誰でもなく私が良いんですって!」
「おにぃ様がこうじゃなかったら、おねぇ様みたいなヤバイ女は絶対に引き離すのに……もう。おにぃ様の幸せそうな顔を見たら仕方ないわね。私の負けよ。諦めるわ」
「当たり前よ。誰に何と言われようと、私達は絶対に離れないわ!」
ぎゅっとセロのローブを握ると、温かな懐に迎え入れてくれる私の未来の旦那様。優しい。好き。
「…………」
抱き着いたセロが、エミリーには見えない角度で三日月みたいに口角を上げた……気がしたけど、きっと気のせいよね。セロの表情筋は2ミリしか動かないんですもの。
そんな悪役みたいな嗤い方ができるなんて、私の好きが限界突破してしまうわ。
まさか、私がセロを捕まえているようで、私がセロに捕まっていただなんてそんな尊死展開……ある訳ないわよね。流石にね。そんなの想像しただけで妊娠してしまいそう。
何はともあれ、セロに対する私のこの想い……彼の為なら全てを犠牲にしたって構わないと本気で笑えるような、日々募っても募っても際限のない強大な愛を糧に。
私は私の中のジメジメ鬱々としたヤンデレを、日々立派に栽培中ですわ。
すくすくと育てた私のヤンデレは、今日も美味しい。
悪役令嬢に転生する系小説でざまぁされるヒロインに憑依した私の栽培するヤンデレは今日も美味しい 完