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計画は万全にしときたい



 コンコン


「アリス、今日も出て来ないのかい?」


 部屋に閉じ籠った私を心配して扉の前から声を掛けて下さるお父様。

 私は扉を開けずに小さく答えた。


「ごめんなさい、お父様。体調が優れませんの」


「……そうか。無理はしないでおくれ」








 コンコン


「アリス、シャロン伯爵と伯爵夫人が会いに来られたのだが……」


 翌日、再び扉の前に立つお父様。


「体調が優れないのでお断りして下さい」


「そ、そうか……仕方ないな」








 コンコン


「アリス、レオン王子が面会に……」


 更に数日後、扉を叩くお父様。


「体調が優れませんので」


「そ、そうか……」








 コンコンコン


「ア、アリス!国王陛下から使者が!!」


「体調が優れませんの」


「…………」








 コンコンコンコン


「アリス!隣国の国王陛下からも使者が!」


「体調が優れません」








 コンコンコンコンコン


「アリス頼む!国王陛下と隣国の国王陛下がいらっしゃってるんだ!」


 お父様の声は最早絶叫に変わり、娘の部屋の扉を壊さんばかりに叩いていた。








 国王が自ら出向いて来たなら、そろそろ良いかしら。


 私は怠い体を起こして簡素なドレスを纏う。そして鏡台に座り施したのは、この日の為に練習した、とっておきの地雷メイク。


 よろりと部屋から出た私は泣き腫らしたように見える青白い顔とボロボロの格好でさぞ同情を引く事でしょう。

 案の定、絶句したお父様が私の手を取り、駆け寄ってきたお母様が泣きながら私の髪を整えてくれ、使用人たちが痛ましい表情で私を心配そうに見ている。


 サロンに入ると、打ちのめされたような私の姿に、慇懃無礼な態度で座っていたリンムランド国王と、その横に座っていたロムワール国王は、同時に気まずそうに目を背けた。


「国王陛下、恐縮ですが娘はこの通り、すっかり衰弱しております。ここ数日は何も食しておりません。

 どうか手短にお願い致します」


 お父様がキッパリと告げれば、隣国の国王は突然、私に頭を下げた。


「我が国の王女がそなたとそなたの婚約者に働いた非道な行為、心してお詫び申し上げる。王女エカトリーナは廃嫡し死罪とする予定だ。無論、無理矢理取り付けたセロ・シャロン殿との婚約は白紙になっている。

 アリス嬢がそれでも不満だと言うのであれば、如何なる処罰も与える所存だ。だからどうか、セロ・シャロン殿を元に戻して頂けないだろうか。そしてクッセル湖畔に同行してもらいたい」


「……どういうことですの?」


 弱々しく聞けば、私の手を取ったお父様が答えて下さった。


「アリス。お前がセロ君と引き離され心に傷を負い、部屋に閉じ籠っている間、大変なことが起こったんだ。

 何から話せばいいやら……本当に色んなことがあり、このロムワール王国も、隣国のリンムランド王国も、今や滅亡の危機にある。

 二つの国を救えるのは、お前とセロ君だけなんだ」


 驚いたように目を見開けば、二人の国王とお父様がペラペラと説明を始めた。





 私が別れを告げたあの日から、私と同じように部屋に閉じ籠ったセロ。その間にエカトリーナ王女はセロの両親が婚約に同意したとする偽装文書を作成して勝手に婚約を結んだ。


 喋らないセロの生存確認の為、セロの両親がセロの部屋に押し入ると。椅子に座ったまま虚ろな目でピクリとも動かない息子を発見する。あまりにも反応がないので、愛する婚約者と引き離された絶望からとうとう自死してしまったのではないかと慌てたセロの両親は、すぐに医師を呼んだ。


 医師の診察の後、セロは死んではいないが生きてもいないと言う、驚愕の結果を告げられたシャロン伯爵夫妻。


 シャロン伯爵夫妻が私との婚約破棄を迫った王室に抗議を入れた直後、シャロン領でも異変が起きた。


 大量発生していたドラゴンが、更に大量発生し、他の魔物も次から次へと湧いて出て来たのだ。討伐が追い付かず、シャロン領を超えて他の領地にまで魔物が広がりロムワール王国は阿鼻叫喚の地獄と化した。


 原因調査の結果、シャロン領の渓谷にある、魔物が出入りする魔穴の結界が破られていた。この結界を施したのは当時14歳のセロ。そもそもドラゴンが大量発生した原因はこの魔穴で、時間と共に広がり魔物を増やしていたのだ。それを突き止めたセロが結界を施してから魔物数は減少していた。今回、セロが意識不明になった事で結界に綻びが生じて、脆くなった所を魔物が突き破ってしまった。


 破れた箇所から溜まっていた魔物が大量に飛び出してきて、この惨事を招いてしまったのだった。



 更に時を同じくして、隣国のリンムランド王国でも異変が起こる。クッセル湖から急に魔物が湧いて出て来たのだ。


 このクッセル湖、実は湖底の穴がシャロン領の渓谷と同じ魔穴に繋がっており、その真上にあった私達の別荘が結界の役割を果たしていたらしい。あの別荘には私とセロが強力な守護魔法を掛けていたので、それが偶然、魔穴を塞ぐ蓋のような役割を果たしていたと言うのだ。


 この別荘は、私とセロの共同名義。リンムランド王国では、不動産の共同名義には面倒な手続きが必要で、共同名義者の間には何かしらの誓約が必要だった。


 婚約者であった私達は婚約自体が誓約となり、通常よりも手続きが簡単になる。しかし、婚約破棄によってその誓約が破られた。


 共同名義者間の誓約が無くなると、共同名義は再申請が必要となり、不動産は再申請が受理されるまでリンムランド王国に一時的に差し押さえられる。リンムランド王国に差し押さえられたあの別荘は、守護魔法が解除され結界の効力を失い、魔穴が開いてしまったのだった。


 


 こうして二つの国は、私とセロの婚約破棄が原因で、魔物に覆い尽くされてしまったのだった。




 シャロン領の魔穴を塞ぐには、結界を張り直すか修復するかしかない。しかし、中途半端に残った結界は強力で、周囲で行う魔法は全て無効化されてしまう。なので新しい結界が張れず、修復しようにも結界魔法が難解すぎて専門家ですら構造が解らないらしい。

 つまり、どうにかするには結界を発動させたセロを起こして修復させるしかないのだそうだ。


 クッセル湖の魔穴については、あの別荘の真下にあるので別荘に保護魔法をかけ蓋をするのが1番早い。けれど、あの別荘は王国で一時的に差し押さえられており、凍結魔法が掛けられ地上からは誰も足を踏み入れる事ができない。この凍結魔法は湖の底までは届いておらず、魔物は出てこれるが人間は入り込めないという最悪の状況に陥っていた。


 差し押さえを解除するには、誓約破棄により離散した共同名義者が揃って再申請を行い面倒な手続きを経て共同名義を復活させるか、どちらか一方の所有にするか、誓約を新たに締結するしかない。


 いずれにしろ私とセロが揃って現地に赴かなければどうにもできないのだ。


 国王が二人揃って私の元を訪れ、頭を下げるのにはそう言った事情があった。







「私とセロの別荘が……そんな偶然があったんですね」


「あぁ、本当に偶然だが、二つの国は今までお前とセロ君によって護られていたんだ。

 アリス、お前が会いに行けばセロ君はきっと元に戻る。この国を救う為だ。何とかしてくれないか?」


 真剣な顔のお父様に、私は敢えて目を逸らして見せた。


「ですが……私はあの日、泣く泣くセロと別れたのです。今更どんな顔をして彼に会えばいいのか……」


 うぅっと、泣く真似をして両手で顔を覆うと、私達を引き離したエカトリーナの暴挙を見過ごした国王二人が気まずそうに汗を拭った。

 悪いことをしたとは思っているようね。


「エカトリーナ王女の事はもう気にしなくていい。それについても色々あってだな……」


 再び説明を始めたお父様は、その名前を口にするのも嫌だと言うような顔をしながら教えてくれた。






 魔物の大量発生の原因が解ると、人々は愛する婚約者同士を引き離して無理矢理割り込んだエカトリーナ王女へと怒りの目を向け始めた。

 王女がそんな暴挙に及ばなければ、国の平和は保たれていたのである。しかし、王女は清廉潔白な淑女として有名だったので、王女を擁護する声もあり王女はある程度守られていた。


 エミリーが、エカトリーナ王女を告発するまでは。


 セロの従妹であり、リンムランド王国の伯爵令嬢でもあるエミリー・メイヨールは、悪女として有名だった。

 恐喝、暴力、強奪は当たり前、欲しい物は何としても手に入れ、気に入らない人間は消し去る。誰もが眉を顰める悪女。


 しかし、エミリーの犯したと噂される悪行の数々は、実はエカトリーナがやらかした事であり、エミリーは王女の身代わりとなって罪を被り悪役令嬢を演じていただけだと言うのだ。


 エミリーが告発と共に提出した証拠はどれも言い逃れのできないもので、エカトリーナこそが真の悪女である事が明るみとなった。


 ちなみにエミリーが提出した証拠の中には、国境付近での諍いが自作自演であった事や、セロとの婚約が偽造文書によるものだという事を証明するものまであったそうだ。


 また、エミリー自身も恋人であるニコラスを王女の愛人として差し出すようエカトリーナに強要されたと証言し、悪女な上に好色な事が判明したエカトリーナを擁護する者は誰もいなくなった。


 こうして世論は、悪女エカトリーナが愛し合う二人を私利私欲の為に引き離した結果、この惨状を引き起こしたとしてエカトリーナの処刑を嘆願する声で溢れたのだった。



「もう誰も、お前とセロ君の仲を邪魔する者はいない。

 アリス、全てを元に戻そう。お前達が元に戻れば、二つの国の平和も元に戻る。誰もがそれを望んでいるんだ。

 辛いだろうが、セロ君に会いに行こう」


「…………わかりましたわ」


 私の言葉に、その場にいた誰もがホッと息を吐いた。


「ですが、こんな格好ではセロに会えません。準備して参りますので、お待ち頂けますか?」


「ああ。とびきり綺麗にしておいで」


 優しいお父様の目に見送られて、私は部屋へと戻った。

















「…………やったわ!計画通りよ」


「…………」


 部屋の扉を閉め、快哉を叫んだ私の声を聞いて。ベッドの下から幽霊のように這い出して来たのは、紛れもないセロ本人。


「セロ!全て上手くいったわ!」


「…………」


 2人で手を取り合い、微笑み合う。セロの表情筋は2ミリしか動かないけれど、痙攣のようなこの顔は微笑んでいるの。可愛らしいわよね。








 あの夜会の夜から、全ては計画通りだった。


 



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