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喧嘩は買えない



 その日、話があると言うレオンに呼び出された私とセロは、王宮のサロンに来ていた。


 セロの好きなマカロンをはじめとして、お茶菓子が並ぶテーブルにはレオンとマリアンヌが着席していて私達を出迎えてくれた。


「突然すまない。……予め言っておくのだが、これは俺の意志ではないんだ。それだけは理解してほしい。俺は君達を友人だと思っているし、俺とマリアンヌの誤解を解いてくれた恩もあるわけで……」


「何が仰りたいのです?」


 長々と言い訳を並べるレオンにピシャリと言いのけると、レオンは心底不本意そうな顔をして一通の手紙を取り出した。マリアンヌもレオンが何をしたいのか知らないようで、不思議そうに手紙を見ている。


「セロ宛に、リンムランド王国のエカトリーナ王女から書状が届いた。内容は事前に王家に通達されている。

 父上……国王陛下は検討の余地があるとしている。

 だけど、本当に俺は止めたんだ。こんなのは横暴だと。しかし、最近リンムランド王国とは色々と問題が重なっていて……」


 この期に及んで長々と喋るレオンから手紙を引ったくり、中身を取り出して読み上げる。




【拝啓 セロ・シャロン伯爵令息様

(中略)

 先日の夜会の席で貴方様のお顔を拝見し、お恥ずかしながら一目で心を奪われてしまいました。しかしながら、本来はより麗しいはずのセロ様のご尊顔に蔓延る濃すぎるクマも、血色の悪さも、見ていると心が痛みますわ。

 セロ様の婚約者様はきっと、セロ様の健康に気を遣っていらっしゃらないのです。私はそんな非情な婚約者様とは違い、セロ様の綺麗なお顔をより美しく健康的にして差し上げます。


 ですからどうか、そんなダメ女な婚約者様とはお別れして私と結婚し、より健康的な夫婦生活を送りましょう。セロ様にとってはまたとない名誉なご提案だと思います。良いお返事が頂けると確信しておりますわ。今すぐにでも。お早いお返事をお待ちしております。 敬具】




 ピクピクっと、コメカミの辺りが騒ついた私の横で、セロは興味なさげにテーブルをガリガリしていた。


「これは……王女様は私に喧嘩を売っていらっしゃると捉えて宜しいのかしら?」


「アリス、落ち着いてくれ。無論、王家としてもこんな一方的な申し出を受けさせる気はない。ないのだが国の事情と言うものがあってだな……隣国との山積みの問題を解決するいい機会だから聞くだけ聞いてみてくれと父上が……

 もちろん!俺は2人の友人として、こんな手紙は今すぐ破棄すべきだと申し上げたのだが……正直、これでもうあの王女に言い寄られなくて済むぞと思ったりはしなくもなかったが……いや、やはり友人としてはこの手紙は燃やすべきだと思っている!

 とにかく喧嘩はダメだ。相手はゆくゆく女王になる予定の女人だ。ここは穏便に……」


「いいえ、レオン様。そういう訳には参りませんわ」


 ピシャリとテーブルを叩いた私の笑顔に、レオンは押し黙った。


「私はセロを心から愛しています。何にも代え難いほど。ですのでこの喧嘩、喜んで買わせて頂き……」


 ヒッと息を呑んだレオンのリアクションを他人事のように見つつ。私はテーブルの下で拳を握り締めて宣言した。


「……ませんわ」



「………………は?」


 呆けたレオンが間抜けな顔をする。息を潜めてことの成り行きを見守っていたマリアンヌも、同じように驚愕していた。


「子爵令嬢の私如きが、王女様に敵うはずありません。いずれ女王になる方の王配とあらば至上の名誉。セロにとっても、セロの家門にとっても、喜ばしいお話です。それ以上のものを、私はセロに差しあげる事ができません」


「………………」


 ガタン!と椅子を倒して立ち上がったのは、隣に座っていたセロ。さっきまでの興味なさげな様子とは一変して必死で何かを訴えてくるけれど、私はそれを無視した。


「ですからここは潔く身を引こうと思います」


「なっ!?」

「アリス!?」


 レオンとマリアンヌの悲鳴が響き、セロが私の手を掴む。


「………………」


「……セロ、私達。別れましょう」


「…………!!」


 崩れ落ちたセロが、首を横に振りながら私のドレスを掴んだ。私はそれを優しく払い除け、歯を食いしばって精一杯の笑顔を向ける。


「私のセロ。……いいえ。もう他人になるのね。セロ様、どうかお幸せになって」


「…………!…………!」


 泣きながら必死に首を横に振りまくるセロのあまりにも悲痛な姿に、知らず私の頬にも涙が伝う。


「ア、アリス、この手紙を持って来た俺が言うのもなんだが、もう少し冷静に考えて……」


「もう決意しましたわ」


 この惨状に顔を蒼白にして怯えまくった声で言うレオンの言葉を遮り、私は涙を拭いて立ち上がった。

 拭っても拭っても止まらない涙が伝う頬を無理矢理持ち上げて、最愛の人を見る。


「さようなら、セロ様。いつもあなた様の健康と幸福を祈っております。

 ……心より愛しておりました」


 深く礼をして、私は心を鬼にし、縋り付くセロを振り切って髑髏の指輪を引き抜きテーブルに置いた。尚も追い縋ろうとする彼を突き放し、床に倒れ絶望する彼から目を逸らす。


 いつもなら駆け寄って助け起こすけれど、私にはもうそんな余裕がない。そのまま一度も振り返らずに早足で部屋を出た。


「レオン様!あんまりです!お友達にあんな手紙を持ってくるなんて!人として最低です!」


「違うんだマリアンヌ!」


 バッチーーン


「痛っっ!!」


「もう、顔も見たくありません!!」


 別カップルの痴話喧嘩の声を聞きながら。そのまま私は無心で走った。想いを振り切るように。


 そうしないと、流れ落ちる涙を誰かに見られてしまいそうだったから。


 引き返して失意の中の彼を抱き締めてしまいそうだったから。


 嘘よ、これからもずっと一緒よと、口走ってしまいそうだったから。



 王宮の冷たい廊下が永遠のように長く感じられた。















 それから程なくして、新聞の一面に人々の関心を引く記事が掲載された。私と破局したセロが、エカトリーナ王女の婚約者になった……と。




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