陰キャは意外とダンスが上手い
秋の実りの季節が訪れた王都は、社交シーズンの後半。王国一大きな行事の一つ、建国祭が迫り人々の浮かれた雰囲気が学園にまで伝わって来ていた。
かく言う私も、今年は張り切っている。というのも、この国では成人する16歳から初めて夜会への参加が認められる。つまり、これがセロと2人で初めて夜会に参加する機会になるのだ。
未来の旦那様を存分に着飾って、周囲に自慢してやりますわよ。
張り切って準備した結果、私のセロは史上稀に見る最高傑作となった。
青白い頬と濃いクマはそのままに、普段目元を覆い隠している前髪をサラリと流し、顕になった紫眼は死んでいてとっても素敵。
もちろん私は私の性癖が歪んでいることを知っているけれど、そんな諸々も超える程の美貌を持つセロは、ちょっと髪を上げただけで女性陣からの熱い視線を総なめにしていた。
更には私のエスコートに張り切ってくれているようで、普段丸まってる猫背がぐぐっと伸びて背も高くなり、意外としっかりした体幹は寄りかかっても頼もしく支えてくれる。
お揃いで仕立てた黒と緑の衣装も彼の魅力を引き立てていて、一般的な女性目線で見ても完璧な美男子だった。
「あちらの眉目秀麗なお方はどちらのご令息ですの!?」
「アリスと一緒という事は……まさかあのセロ様!?」
「あの幽霊みたいなのがあんな超絶イケメンに化けるの!?なんてこと!騙されたわ!」
あちこちから聞こえる女子の悲鳴のなんて痛快な事でしょう。
皆様、ごめんなさいね。この男は私のものなの。誰にも渡さないわ。
「…………」
「あ、そうね。踊りに行きましょうか」
良い気になっていたところで、セロに手を引かれる。あんまりダンスは得意じゃないんだけど……セロが踊りたいならしょうがないわ。
フロアで向かい合い、小さなステップから。
自然なエスコートのおかげで、失敗もせずに身を任せられる。意外とダンス上手なセロの巧みなリードに乗りながら、こちらを見る女性陣から羨望の眼差しを浴びて私も満足よ。
踊りながらセロの死んだ目を見つめる。
美しい顔立ちも、白く滑らかな肌も、もちろん大好きだわ。だけど……
「………………」
繋いだ手にギュッと力が込められる。私の不安を見抜くように、気遣わしげなセロが視線で心配してくれる。
「ねぇ、セロ。約束よ。絶対に、私より先に死んだりしないでね」
「…………」
肯定を返してくれる彼を信じてはいるけれど、私の不安が消える事は、きっとない。
だってセロは、私が読んだ本の中で主人公を庇って命を落とすんですもの。
そんな結末を阻止したくて色んな事を変えて来た。彼が私の手を離すことは絶対にないと思えるけれど、私の手の届かないところに彼が行ってしまったら……
誰かの犠牲になって、危ない目にあったりしたら。私は何をしてしまうか自分でも分からないわ。
曲が終わり、ダンス終わりのお辞儀をすると。フロア中の視線がセロに集まっていた。
私の腰を引き寄せてくれるセロと一緒に、私達はダンスフロアから立ち去った。
「モヴィアンヌ。セシリオとはすっかり仲良しね」
途中で見つけたモヴィアンヌに声を掛けると、セシリオと腕を組んでいた彼女は振り向いてニッコリ微笑んだ。その顔は活き活きとしていて、この前までの悲壮感が消えている。
「あら、アリス!さっきのダンス、とても素敵だったわ!私もご主……セシリオ様と踊りたいんだけど、ご主人……セシリオ様は目立つのがお嫌いなの」
これはだいぶ躾けられてるわね。
何度もご主人様と言いそうになるモヴィアンヌと、その度に後ろ手で何かをしているらしいセシリオ。
だんだんモヴィアンヌの顔が赤くなってくるのは気付かないふりをした方が良さそうね。
「あ、あの、それじゃあ私達は行くわね。この後ご主人様が……あっ!」
とうとう最後まで言ってしまったモヴィアンヌに、セシリオは爽やかな笑みを向けた。
「モヴィアンヌ。人前では言うなとあれ程言っただろう?」
「ひっ、ごめんなさい!もうしないから、捨てないで下さい!」
縋るモヴィアンヌにセシリオは何かを囁いた。今夜はお仕置きだとか何とか聞こえたけれど、きっと気のせいよね。
何はともあれ、仲が良さそうで何よりよ。
「私達も行くわね」
もう聞いていなさそうだけれど、一応声を掛けてからセロと一緒にテラスへ向かう。
「アリス!」
次に声を掛けてきたのは、マリアンヌ。
「珍しいわね、1人なの?レオン様は?」
あの別荘での一件依頼、すっかり溺愛モードに入ったレオン。けれど、この場にいるマリアンヌは1人で所在なさげだった。
「それが……ほら、先日リンムランド王国との国境付近で諍いがあったでしょう?
今日はリンムランド王国の王女様がお越しなのよ。レオン様はそちらの対応にお忙しいみたいなの」
私達の別荘がある隣国のリンムランド王国は、最近何かとこの国にいちゃもんをつけてくる。
この前の国境付近での諍いだってそう。向こうの言い分は、こっちの国の盗賊だか山賊だかが物資馬車を襲って多額の損害を被ったとかで賠償金を要求してくる始末。
更には今日この夜会に出席している王女エカトリーナは、もうすぐ王太女になる予定の権力者で、表向きは清廉潔白な淑女として持て囃されてるけれど、実は超がつくほどの面食いで性悪。レオンが捕まってるのは必然ね。
「心配する事ないわ。向こうの言い分は筋が通っていないですもの。それに例えエカトリーナ王女が言い寄っても、レオン様が愛しているのはマリアンヌだけなのでしょう?」
そう言うと、それまで曇っていたマリアンヌの表情が明るくなった。
「そうよね。みんなのお陰でやっと自信が持てるようになったんですもの。レオン様を信じるわ。
それにしても……セロ様、今日は凄い変わり様ですわね」
「………….」
セロを見上げて目を瞠るマリアンヌに、セロはどうもと言った感じ。珍しく学友程度の認識はあるのね。
「セロの顔を見たご令嬢方がビックリしてて爽快だったわ。私の未来の旦那様がこんなに美しいだなんて、誰も知らなかったのね」
ふふん、と鼻を鳴らせば、甘やかしモード中のセロが私の頭を撫でてくれる。そんな私達を見て、マリアンヌは苦笑を浮かべた。
「私もビックリしたわ。
……だってセロって、小説には全く出てこなかったでしょう?確か、ヒロインのアリスが黒猫を見て無口な幼馴染を思い出すシーンで名前だけ出てきたのよね。
なのにもうすっかり物語の主要人物よ。無言なのに存在感が半端ないんだから」
私にしか聞こえないようにそう呟いたマリアンヌ。
と、その時。喧騒を掻き分けるような声が響いた。
「おにぃ様!おねぇ様!ここにいらしたのね」
「あらエミリー。久しぶりね」
「…………」
黒髪に青紫の瞳を持った美少女が、銀髪の青年を引き連れてやってきた。
「紹介するわ、マリアンヌ。こちら、セロの従妹のエミリーよ。エミリー、こちらは私達の学友のマリアンヌよ」
「初めまして。マリアンヌ・ラ・メンヌルフォンと申します。セロ様とアリスとは親しくさせて頂いておりますわ」
丁寧に頭を下げたマリアンヌに、エミリーはニコリと微笑んで手を叩いた。
「まあ、おにぃ様に学友がいらっしゃるなんて嬉しいわ!おねぇ様以外も認識できるようになったのね!
初めまして。私はリンムランド王国メイヨール伯爵の娘、エミリー・メイヨールです」
「……え?」
エミリーの名前を聞いて、マリアンヌは動きを止めた。
「ア、アリス……」
そして困惑したようにこちらを見遣る彼女に、私は堂々と胸を張る。
「マリアンヌ。私は学友としてあなたを紹介したわ。何を聞こうと何を信じようとあなたの勝手だけれど。
エミリーは私とセロの大切な家族なのよ?」
ハッとしたマリアンヌは、慌ててエミリーに頭を下げた。
「エミリー様、無礼な態度を取ってしまいましたわ。どうかお許し下さい」
「マリアンヌ様、どうぞお気になさらないで。私の名前はこのロムワール王国でも有名でしょう?
稀代の悪女と噂される女ですもの。戸惑って当然ですわ」
涼やかに微笑むエミリーは、彼女の噂を知る貴族たちに遠巻きにされてもなお、その背筋を伸ばしていた。
「そんな事より、おにぃ様。そんなふうにお顔を晒したりして。おにぃ様の美貌は災いの元になるから隠した方がいいとあれだけ申し上げましたのに。どうなっても知りませんわよ?」
「………………」
「はあ。おねぇ様に良い格好を見せたかったですって?相変わらずなんだから……
ああ、そうそう。おにぃ様とおねぇ様に紹介したい人がいるんですの」
そうしてエミリーは、先程から隣に立つ銀髪の美青年を引っ張った。
「私の恋人のニコラスですわ」
銀髪にアイスブルーの瞳、白い聖騎士の隊服に身を包んだその姿は、悪名高い悪女の横に並ぶにはあまりにも清らかで、あまりにも不釣り合いだった。




