テンプレ展開は恐ろしい
猫を助けようとして車に撥ねられ目の前が暗くなり、目が覚めたら天蓋付きのベッドに寝ていた。なんてお決まりの王道パターン。
はいはい、私は悪役令嬢で前世の知識を元にヒロインを出し抜いて無双しまくってハッピーエンド迎えるやつでしょ。やってやろうじゃないの。
前世で大好きだった悪役令嬢ものの小説。何万回と読んだお決まりの展開が頭に浮かんできて、こんな状況なのに直ぐに受け入れてしまえる程だった。悪役令嬢もの好きを舐めてはいけない。
前世の記憶はあるけど、この体の記憶はない。と言うことはこれは転生ではなく憑依系ね。
憑依って前の人格がどうなったのかいつも気になるのよね。前の人格もどこかに憑依したのかしら?それとも転生?
まぁ、それは置いておいて。ここはどの物語の世界かしら。悪役令嬢に憑依したからには、ヒロインをざまぁさせてやらないと。どうせなら陰湿系悪役令嬢がいいわ。熱血系悪役令嬢は私に向いてないのよね。なんて考え始めたまでは良かった。本当にここまでは良かったのだ。
なのに、考え始めて私はとても重大な事に気付いてしまった。
そもそも悪役令嬢転生・憑依ものって、前提としてヒロインがハッピーエンドを迎え悪役令嬢が断罪される小説なりゲームなりの知識がないと始まらないのだ。
ヒロインが無双して悪役令嬢を倒す、そしてヒーローと幸せになる。そんな純粋で単純な小説……読んだことない。乙女ゲームとか、やったことない。
ハッとして起き上がる。
おかしい。
ここは前世で読んだ物語の中の世界でヒロインやヒーロー、悪役令嬢がどうなるか把握した上で物語通りにならないよう画策し未来を変えなきゃいけないはずなのに!
そもそも悪役令嬢ものを読みすぎて、ヒロインがそのままハッピーエンドを迎える何の捻りもない普通の小説を読んだことがない!
じゃあ私は、知らない話の悪役令嬢に憑依してしまったということ?知らない物語の中でどう立ち回ればいいの?
途方に暮れて視線を下に向けると、ふわふわでキラキラなフリルたっぷりのネグリジェが目に入る。
白くてヒラヒラで正直言って、まったく趣味じゃない。悪役令嬢らしくもない。まるでキラキラ好きなヒロインのよう。
ちょっと待って。ヒロインのようですって?
手を見下ろしてみる。小さい紅葉みたいな手。どうやら私はまだ子供らしい。顔を触ってみる。ふにふにと柔らかくて気持ちいい。髪に触れてみる。サラサラふわふわとしたピンク色が耳から滑り落ちた。
「………………」
どう見ても指の間を滑るのは、ピンク色の髪。
「…………ヒィぃぃぃっ!!」
そのピンクを認知した瞬間。叫び出してしまった。ピンクの髪なんてヒロイン色じゃないのっっ!!
飛び起きてベッドから鏡の前へ駆け出した。鏡の中からはパッチリした緑色の瞳の愛らしい少女がこちらを見ていた。
「いやぁぁぁああ!!」
その可愛すぎる顔は、どこからどう見てもヒロイン顔だった。どうしたって悪役令嬢には見えない。
「お嬢様!どうされたのですか!?」
メイドが駆け付けるお決まりの展開はどうでもいいのよ!誰かこれは夢だと言って!!!
嫌よ、私はきゃっきゃウフフなキラキラヒロインがこの世で一番嫌いなのよ!だからヒロインをざまぁする悪役令嬢ものが大好きなのよ!こんなキャピキャピした顔で生きていけない!
こんなの、ゴキブリに生まれ変わる方が100倍マシよ!!!
死んで物語の中に入り込んだ事に気付いて絶望するのはテンプレだけれど!!型通りだけど!こんなのあんまりだわ!
「お嬢様!!どうぞお気を確かに!」
心配して駆け付けて来た執事や絶叫するメイドなんて気にしていられないくらい、私は全力で泣いた。泣き喚いた。




