祈り
あの時間が来た。
14時46分。
港にサイレンが響きわたった。
今、海は凪いでいる。10年前のあのときが嘘のように。
きっと、今、全国の港でサイレンが鳴っているんだろう。10年前の3月11日に、亡くなった人たちに哀悼の意を込めて。
広場にいた人たちは、いっせいに黙祷に入った。
オレは美咲の肩を抱いた。二人で目をつむる。
ああ。どうか。
あの日、亡くなった人たちが、安らかに眠っていますように。
父ちゃん。母ちゃん。真吾。
オレは紡いでいくよ。美咲と、お腹の子と一緒に、これからの人生を。20年先も、30年先も、ずっと紡いでいく。父ちゃんや母ちゃんがつないでくれた命の糸が、途切れないように。
たぶん、美咲とケンカすることもあるし、仕事だってこれからどうなるか分からない。分からないことだらけだし、つらいことや苦しいことも、きっといっぱいある。
でも、二人でなら乗り越えられる。オレたちは、そんな二人なんだ。
あの津波にあった二人だから、出会い、惹かれ、一緒になることになったんだ。
だから、天国から、これからのオレたちを見守ってくれよな。足を踏み外さないように。強い人間になれるように。
麻耶ちゃん、さっちゃん、今野、楢坂先生。みんな、みんな、仲良く天国で暮らしてますように。
生きたかったみんなの分も、私はこの子を大切に育てます。
きっと、隼人とはケンカすることもある。子育てに疲れることもある。
それでも、二人なら、きっと乗り越えられる。私たちは、そんな二人だから。
もし、あの日、地震がなくて津波が来なかったら。
私たちは東京で出会えなかったかもしれない。ここでずっと育って、別々の人生を歩んでいたかも。
たくさん傷ついてきた私たちが、巡り会って、補い合って、愛し合えた。それは奇跡だと思うんだ。
だから、どうか天国から見守っていてください。不器用な私が、ちゃんと親になれますように。強い人間になれますように。
今、ここにいる人たちが幸せになれますように。
高田のおじさんも、おばさんも、卓也もさくらちゃんも、太陽君も。
今、海を見ながら、祈っているすべての人たちが。
大切な人を亡くしたすべての人たちが。
大樹兄ちゃんも、あの日、新幹線の中でオレを慰めてくれたおじさんも、オレを励ましてくれた先生や友達も。
みんな、みんな、幸せになれますように。
もう、誰も、これ以上苦しみませんように。
この子が幸せになれますように。
この子が転んだときは、手を差し伸べられますように。
この子が悩んでいるときは、抱きしめてあげられますように。
この子が泣いているときは、笑わせてあげられますように。
この子が笑っているときは、私も笑顔で返せますように。
この子と、この子の未来をお守りください。
10年後、オレたちは、ここにこうしていられますように。
10年後、私たちは、ここにこうしていられますように。
ここで、またこうして、祈りを捧げられますように。
この祈りが、みんなに届きますように――。
サイレンは、たくさんの祈りを乗せて、空に深く吸い込まれていった。
【完】




