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祈り ~10年前の、あの場所へ~  作者: 凪
第4章 灰色の街へ

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みんな、いなくなった。

 目の前で何が起きたのか、分からなかった。

 津波はゴウゴウと音を立てながら、父ちゃんと車を一瞬で呑み込んだ。

 黒い波はどんどん水かさを増していく。

 いつの間にか、オレは太ももまで水につかっていた。慌てて、さらによじ登る。見下ろすと、あたり一面海になっていた。さっきまで、そこは確かに陸地だったのに。

 まるでお湯が湯船からあふれるように、堤防から波がこぼれ落ちている。


 父ちゃんと車はどこに行ったんだろう。

 大丈夫だ。父ちゃんは漁師だったんだもん、泳ぎは得意だから、流されても大丈夫。電柱か何かにしがみついて、波が引くのを待ってる、きっと。

 母ちゃんも真吾も車の中にいるから、流されても大丈夫。

 きっと、みんな、助かってる。

 そうだよね、神様。

 そう言い聞かせても、絶望感が容赦なく襲ってくる。


 神様、お願い、みんなを助けて。

 父ちゃんと母ちゃんと真吾を助けて。

 もう、悪いことはしないから。絶対にしないから。母ちゃんをもっと手伝うから。父ちゃんの言うことも聞くから。真吾を泣かせたりしないから。

 どうかどうかどうかどうか。お願い、お願いだから、三人を助けて、神様!


 何度繰り返し、そう祈ったんだろう。

 気がつくと、波は引いていた。

 車も、父ちゃんの姿も、そこにはなかった。ぐるりと見回しても、どこにも見当たらない。

 オレは、電柱から降りて探そうとした。でも、父ちゃんは「絶対に離すな」って言っていた。

 きっと、このままつかまってれば、助けに来てくれる。

 いつの間にか、雪が降っていた。寒い。水につかっちゃったから、凍えそうに寒い。

 オレは震えながら、電柱にしがみついていた。


 どれぐらい時間が経ったんだろう。

 あたりは暗くなりかけていた。

 寒い。死にそうなほど、寒い。

 オレは電柱にしがみついたまま、ガタガタ震えていた。このまま凍え死ぬのかな。ぼんやりとそう思っていたとき、誰かに呼ばれた気がした。

「おーい、大丈夫かあ?」

 父ちゃん?

 一瞬、そう思った。

 でも、見下ろすと、見知らぬ茶髪のおじさんが、膝まで水につかりながらこっちを見上げていた。

「大丈夫かあ? 降りてこられっかあ?」


 それが高田のおじさんだった。

 オレはかじかんだ手と足でゆっくりと電柱から降りた。体が思うように動かない。途中からおじさんが体を支えてくれた。

「あんなとこで、よく頑張ったなあ」

 おじさんはオレを抱き上げて、近くに止めてある軽トラックに連れて行ってくれた。

 おじさんは、いったん避難所におばさんと一緒に逃げたんだけど、自分の子供を探しに来たんだって。

「でも、道路がふさがってて、学校に近づけねえんだ。無事だといいんだけどな」

 おじさんは運転しながら、ポツリポツリと話していた。


 避難所に戻ろうとしたとき、電柱に人がしがみついているのに気づいたのだという。

「最初、サルかと思ったけど、こんな時期に、こんな場所にサルなんているわけないし。人だって分かったときは、ビックリしたよ」

 オレは何も答えられなかったような気がする。おじさんが貸してくれた上着にくるまって、ひたすら震えていた。


 おじさんたちは高台にある公民館に避難していた。

 おばさんも茶髪で、うちの母ちゃんよりは小柄で若く見えた。

 おじさんが事情を話すと、おばさんは毛布をオレにふわりとかけてくれた。

「寒かったでしょ?」

 そういって、ストーブの前につれていってくれた。その前で暖をとっていたお年寄りたちは、黙ってオレを前に座らせてくれた。あったかいお茶をもらって、ようやく生き返った気がした。

 おじさんとおばさんで交互にオレの体をさすってくれた。あったまっても、さすってくれた。


 おじさんとおばさんの息子・卓也は先生と生徒全員で別の場所に避難し、助かったんだけど、その晩は連絡を取れずにいた。

「お父さんとお母さんは?」

 おばさんに聞かれて、オレは「車と一緒に流された」と短く答えた。それ以上、話せなかった。

 おばさんは黙って肩を抱いてくれた。おばさんの胸にそっと顔を寄せる。暖かい。オレは、それ以上何も考えたくなくて、じっと身をゆだねた。その夜は眠れなかった。



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