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王子の苦悩  作者: 忍野木しか
第一章
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円卓会議


 暗い過去の教室で、迷い込んだ生徒たちによる緊急会議が進められていた。

 机を囲むようにして置かれた六つの椅子。見つめ合う六人の男女。床で目を瞑る鴨川新九郎の寝息が夜の校舎を流れていく。

 三原麗奈の不安げな表情。麗奈の手をギュッと握り締めていた姫宮玲華が大きな欠伸をすると、その長い黒髪を見つめていた睦月花子は声を低くした。

「で、どういう事よ?」

「そういう事でーす」

「だから、どういう事なのよ!」

 一重まぶたを線のように細めた睦月花子は太ももに左肘をつくと、正面に座っていた姫宮玲華の顔をギロリと睨み上げた。その右腕は焼失してしまっており、花子の隣に座っていた小田信長は不安げに眉を顰めている。麗奈と玲華の左右に腰掛けた徳山吾郎と田中太郎は、怒れる花子から二人を守ろうと顔を硬らせており、参加者の差を無くす為に行われるという円卓会議において、その席順には明確な差が表れていた。

 先ほどから三原麗奈の表情には落ち着きがない。キョロキョロと泣きそうな顔で辺りを見渡したかと思えば、気が抜けたかのように眉を下げ、玲華の手を強く握り返したかと思えば、玲華に不満があるかのようにその手を強く振り払った。

 田中太郎は木剣を手放さなかった。麗奈の右隣に腰掛けていた太郎は、万が一に備えて、いつでも木剣を突き立てられるよう構えをとっていたのだ。無論、彼女を守る為である。

 うわっ、という大声に驚く六人の生徒たち。はっと目を覚ました鴨川新九郎は勢いよく体を起こすと、舞い散る火の粉を払うかのような仕草で腕を振り始めた。

「おはよう、眠れる森の新九郎。アンタ、後で覚えときなさいよ」

「あれ、部長、ここは……?」

「教室よ、コイツが言うには過去の夢の中の、ね」

 そう言った花子は玲華に向かって親指を下げた。にっこりと微笑んだ玲華は特に気にした様子もなく、新九郎に向かって首を傾げてみせる。

「おはよう、新九郎くん。起きて早々悪いんだけど、秀吉くんと一緒に副会長さんを探しに行ってくれないかな?」

「はぁ……、えっと……、フクカイチョウサン?」

 体育館で炎に巻き込まれた後の記憶が曖昧だった。訳が分からず花子と玲華を交互に見つめた新九郎は、窓に近い椅子に座る親友の太郎に首を傾げた。

「田中くん、これはいったい……?」

「悪い新九郎、後で説明するから、今は玲華さんの言う事を聞いてくれ」

 木剣を握る太郎は先ほどから玲華に順従だった。花子の不満げな表情。早く帰らせてくれ、と生徒会書記の徳山吾郎は腕を組んで貧乏ゆすりを続けた。



 それは十数分前の出来事である。

 睦月花子の存在を完全に無視して教室に足を踏み入れた姫宮玲華は、困惑した表情の三原麗奈に向かって両腕を広げた。それが花子の怒りを爆発されるトリガーとなったのは言うまでもない。元々、姫宮玲華に対してかなりの鬱憤を溜めていたのである。鬼の如き咆哮を上げた花子は教室に飛び込むと、机を薙ぎ倒しながら玲華と麗奈に腕を伸ばした。止めようと間に入った太郎は羽虫が如く叩き飛ばされ、訳が分からず戸惑うばかりだった徳山吾郎と小田信長は、花子に対して道を譲ることしか出来なかった。

 流石の玲華も素手で花子には敵わない。左手で首を絞められた玲華はそのまま空中に持ち上げられると、苦しそうな呻き声を上げた。勝ち誇ったような花子の高笑い。これは不味いぞ、と三人の男たちが花子に向かって飛びかかる。

 あわや惨劇に、という事態を収めたのは三原麗奈だった。

 苦しそうに足をバタつかせる玲華を見上げた麗奈は、鋭い悲鳴を上げて花子に飛び掛かった。素人のタックルである。軽くいなそうと右手を広げた花子は驚愕してしまう。麗奈の体に触れた箇所から肉が黒く焦げて炭となり、崩れ落ちていったのだ。

 慌てて麗奈の腹を蹴り上げた花子の足先から赤い炎が巻き上がった。普通ならば失神するほどの衝撃と痛みである。だが、そのショックが花子の怒りを鎮めて彼女を冷静にさせた。玲華を離した花子は、みぞうちを抑えて蹲った麗奈を見下ろすと、焼失した腕と燃え盛る足に舌打ちをした。太郎他二人は呆然と立ち竦むことしか出来ない。

 床で咳き込んだ玲華が何かを呟くと、ひとりでに宙を舞った太郎の木剣が玲華の手に収まる。床を這った玲華は腹を押さえる麗奈の顔を上げさせると、木剣を彼女の目の前で見せびらかすように振ってから、自分の手首の皮膚を切り裂いた。

 噴き出す赤い鮮血。花子の唖然とした表情。顔に降り掛かる血に目を丸くした麗奈は、ふっと白目を剥くと、意識を失ってしまった。麗奈の失神と共に花子の足の炎が消えると、暗い教室に静寂が訪れる。

「会議しましょうか」

 咳き込みながら顔を上げた玲華は、細い舌で手首の血を舐めるとニッコリと微笑んだ。

 十数分前の出来事である。



 首を傾げて立ち上がった新九郎は、体の節々に走る痛みに困惑しながらも、真剣な表情の太郎に頷いた。

「分かったよ、こんな状況だし、君たちの言う事を聞くとするよ」

「ありがとう新九郎、事情は必ず後で説明する。だから急いでくれ」

「ああ、副会長さんを探せばいいんだね? やぁ、のぶくん、本当に無事で良かった」

「先輩! 先輩こそ、無事で何よりです!」

 不安げな表情を消した信長はパッと明るく目を見開く。背の高い新九郎はグッと背筋を伸ばすと、立ち上がった信長に頷いた。

「じゃあ、のぶくん、行こうか。ところで、副会長さんってもしかして宮田さんの事かい?」

「そうです!」

「なんで彼女がここに?」

「さぁ、なんででしょうか……?」

 廊下に出た二人を見送る五人。生徒会メンバーの吾郎は別として、田中太郎か睦月花子にも副会長の捜索に乗り出して欲しい玲華だったが、一応顔見知りの二人は頑として動かなかった。

「で、どういう事なのよ?」

 五人となったテーブルで、右腕の無い花子は黒く焦げた足を組んだ。その痛々しい傷跡から吾郎は思わず目を背けてしまう。

「君、さっきから質問が曖昧過ぎ。もっと具体的に言ってくれなきゃ分かんないんですけど」

 玲華の手のひらと手首の赤黒い切り傷に、太郎は深い罪悪感を覚えた。

「相変わらずクソ生意気なガキね。たく、そのモブ女が吉田何某だってのはどういう事なのよ?」

「だから、そういう事だってば」

「はあんっ?」

 黒く焦げた足を高く振り上げた花子は、椅子に腰掛けたまま、ダンッと力強く床を踏みつけた。その音に麗奈はビクリと肩を震わせる。麗奈の細い手をギュッと握り締めた玲華は、彼女の隣に座る田中太郎に冷たい視線を送った。

「君さ、憂炎くんだっけ? 君が王子を殺そうとしたからこんな事になったんだけど?」

「あ、いや、その……」

「あの時、助けてあげない方が良かったのかな?」

 額の汗を拭った太郎はおずおずと視線を下げた。ペッと吐き出された花子の唾が玲華の足元に落ちる。

「姫宮玲華、アンタ何様? 言っとくけど、うちの優炎の判断は別に間違ってなんか無かったわ。その化け物、モブ女か男か知んないけど、今まで何人も人殺してんでしょ? こんな訳分かんない所に私たちを引き込んで殺そうとしておいて、自分は殺さないでくれだなんて甘い考えは持たない事ね」

「ねぇ……もし次、王子に手を出そうとする奴がいたらさ、その前にそいつを殺すから、覚悟しておいてよね」

「やってみなさいよ、今、ここで」

 花子と玲華が立ち上がると、慌てて立ち上がった太郎は二人を止めようと腕を広げた。その時、ずっと無言だった麗奈が口を開いた。

「あの……」

 ピタリと動きを止める三人。生徒会書記の吾郎はなんとかこの猛獣の檻から抜け出せないかと脱出路を探した。

「その……」

 オドオドと暗い教室の向こうを見つめた麗奈は、開いた口を閉じて目を瞑ると肩を落とした。

 顔を見合わせる四人。取り敢えず椅子に座り直した彼らは会議を進めることにした。

「どういう事かはもういいわ、モブ女がどうなろうと知ったこっちゃないし。それよりも、まぁ色々と聞きたいことはあるけれど、取り敢えず、ここからどうやって脱出すんのよ?」

「それはもう簡単だよ、王子が外に出れば夢は終わるからね」

「はあ、何よそれ? 理科室は?」

「理科室?」

「理科室に戻らなきゃ、現実世界に戻れないんじゃなかったの? 憂炎、どういう事よ?」

「いや、俺はその、この世界が崩壊すると思ったから……」

「へぇ、確かに夢が無くなっちゃうんなら、元いた場所が一番現実に近くなるかもね。でも、そこからは確率だよ」

 木剣を握りしめたまま、太郎は下を向いてしまう。花子はまた足を組んだ。

「じゃあ、もういいわ、早く副会長見つけ出して外に出るわよ。つーか、夢が終わるんなら、別に副会長見つけ出さなくてもいいんじゃないのかしら?」

「ダメなんだよね、それが。王子と一緒の場所にいないと、時代がズレちゃうんだよ」

「面倒くさいわね」

 はぁっと花子は深く息を吐くり無言で腕を組んでいた吾郎は何かを思案するように顎に手を当てた。

「姫宮くん、それで、麗奈さんはどうなるのかね?」

「どうなるって?」

「にわかには信じがたい話ばかりだが、確かに麗奈さんの様子はおかしい。仮に全てが本当だったとして、彼女の人格やらはどうなるんだ?」

「三原麗奈がどんな人だったかは知らないけれど、彼女はもういないと考えた方がいいよ」

「な、なんだとっ!」

「あのさ、戻るのがちょっと怖いんだよね、あたし」

「どういう意味かね、ちゃんと説明しないか!」

 激しい怒りに吾郎のメガネがズレる。チラリと窓の外を見た玲華はため息をついた。

「あなた達、色々と荒らし回ってくれたでしょ? だから、少なからず未来の世界に影響が出てると思うんだよ」

「未来の世界?」

「ここから未来の世界の話、つまり元いた時代なんだけどさ……。ああ、いったいどうなってしまっているのでしょう」

 玲華の声色が変わる。

 吾郎は恐々とメガネの位置を直した。

 

 

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