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王子の苦悩  作者: 忍野木しか
最終章

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251/255

改竄


 五人目のヤナギの霊として大野木紗夜が夜の校舎に君臨している事は明白だった。

 相変わらず見通すことの叶わない戦後の校舎を除き、戦中の校舎のほぼ全てが、白い雪の底に沈んでいた。

 それは四人目のヤナギの霊であった吉田真智子の記憶操作よりもさらに深く広大な、まさに夜の記憶全体を操るような、記憶の改竄であった──。



 三原麗奈は叫んだ。

 彼女は彼女の親友がまた冷たい水の底に沈みゆく現実を嘆いた。今や新たに育まれようとする友情すらも真っ白な幻想の風に消え去ろうとしていた。

 嫌だ。嫌だ。

「紗夜! 紗夜!」

 麗奈は半狂乱となって、極寒の風の吹き荒れる夜の廊下に飛び込もうとした。

「ま、待つんだ麗奈さん! 外に出れば死んでしまう!」

「おい竜司! お前も手伝え!」

 そんな彼女を二人の男が止めようとする。

 徳山吾郎は必死だった。吾郎にとっての三原麗奈は初恋の幼馴染であり、大野木紗夜もまた幼い頃からの友達だった。“苦獰天”の総長である野洲孝之助はといえば特に関わる義理もない立場であったが、それでも麗奈とは少なからぬ因縁があり、何よりも彼の熱血で潔癖な性格が、彼を傍観者として取り置くことを拒んだ。

「クソめんどくせぇ」

 “苦獰天”の特攻隊長の早瀬竜司もまた巻き込まれただけの被害者といえる。そして孝之助とは違い、強過ぎる責任感に燃え上がっているわけではなく、かと言って強過ぎる力に押し流されているわけでもない。彼は彼のやりたいように動いていた。そんな竜司の熱い想いの先には“苦獰天”の仲間でいて、時折コーヒーを淹れる寂しげな女の霊が現れ、そして最近出来た男友達の姿があった。

「おい竜司!」

 竜司は廊下に吹き荒れる吹雪を見上げた。そうして吹雪に飛び込もうと絶叫する麗奈を見下ろした。いかにも面倒臭げに頭を掻く。竜司は深く息を吐き出すと、ギロリと三白眼に瞳をひん剥き、二人の男の腕で泣き喚く麗奈の顔面に右の拳を入れた。

 ゴッ──。

 麗奈の体が真後ろに吹っ飛んだ。アッシュブラウンのショートヘアが乱れ、端正な鼻から血が吹き出す。裂かれたローズピンクの唇から血が滴り落ちた。

 孝之助と吾郎は唖然として固まってしまった。

「めんどくせぇんだよ、お前」

 麗奈はゆっくりと体を起こした。そうして鼻と口から流れ落ちる血を呆然と眺める。

「な、何をしているんだ君はッ!」

「おい竜司ッ! 貴様ッ!」

 少しの間の後、二人の男が激昂して髪を逆立てた。か弱き女性に手を上げた仲間に対して──。初恋の幼馴染を傷付けられた男して──。

「お前、吉田くんと入れ替わってたんだろ」

 孝之助と吾郎はあっと黙り込んでしまう。

 竜司は平然としていた。だが、その三白眼に込められた怒りは誰のものよりも激しかった。

「なぁモチヅキ」

 麗奈の瞳が空色に薄れていく。血みどろの唇にスーっと笑みが浮かび上がる。その表情は氷層を落ちゆく静水のように冷たい。

「女で良かったな。男ならとっくに全殺しだぜ」

「あー、何だっけあの雑魚チーム……“苦獰天”? あはははっ、あー、マジでキモい。あんだけ奴隷させられて許しちゃうとか、流石はマゾ以下の家畜だね、雑魚チームの特攻隊長だね。てかさァ、女だからって言い訳して、ほんとは殺す勇気がないだけの小物じゃん。あー、マジでウザ過ぎなんだけど。ヘタレ野郎がさァ、イキがってんじゃねーよ」

「テメェこそ紗夜ちゃん紗夜ちゃんって泣き喚いてただけの雑魚じゃねぇか。今さらイキってんじゃねぇぞ」

「友達を侮辱されて許しちゃう君の方が雑魚だから」

「俺のダチは皆んな強ぇんだよ。テメェのイカれたダチとは違ぇ」

「紗夜はイカれてない」

「イカれてんだよ。あの女はもう死んでんだ」

「紗夜は死んでない!」

「いいや、お前のダチはもう死んでる」

「……殺してやる」

「やってみろや!」

 竜司の瞳は燃え盛る炎の龍のようだった。

 対して麗奈の瞳は凍り付いた海のように静止している。

 限りなく透明に近い空色。

 覗き込めば何処までも沈んでいってしまいそう。

 されど竜司は視線を逸らさない。

 やってみろや──。

 そんな闘志で胸を焦がし、その真っ直ぐな三白眼を炎を焦がし、麗奈の瞳をジッと睨み続けた。

「ま、まぁまぁまぁまぁまぁ! まぁ二人とも! 今はそんなことしている場合じゃなかろう!」

 しばらく呆然と凍り付いていた吾郎が二人の間に割って入った。瞳を空色に薄めた幼馴染の怒りは言うまでもなく恐ろしい。そんな彼女を正面から睨みつける竜司も怖い。元来争いごとが嫌いな男である。しかしこの場に逃げ場はなく、何やら険しい表情の孝之助には声をかけづらく、仕方なく自ら動いたわけだった。が、吾郎はすぐに後悔した。気が付けば空色の瞳が吾郎に向けられていた。

「なーんて……はは、いやはや、困った困った、僕って奴は本当に……困った男だよ。ではそろそろお暇させてもらおうかな……」

「おいモチヅキ」

 純白の特攻服がバサリと音を立てる。

 孝之助の威厳ある声が上がると、今しかないと吾郎は大きく体をひねり、氷の矢のような彼女の視線から身を逸らした。

「貴様は巫女とやらなのだろう。日本に二十八人いるという」

「……二十八人?」

「ここを含め、この日本には青い海の深みが二十八ヶ所あるという。お前は本当に死後の青い海とやらの使いなのか」

「誰に聞いたの、そんな話」

 麗奈は乱暴に口元の血を拭った。そんな彼女に慌てた吾郎がオロオロとハンカチを差し出した。

「俺は先ほどまで戦前の日本にいたんだ。あれはおそらく大正時代、ここはまだ学校ではなく立派な武家屋敷だった」

「嘘つき」

「嘘など付くか! 俺はそこで瞳が空色の老婆のような少女に出会ったのだ! あのヤナギの木はその少女が植えたものなのだぞ!」

「ソイツの名前は?」

「名前は知らん。何故ならその少女はすぐに殺されてしまった。俺たちは逃げることしか出来なかった」

「何それ、素人の芝居以下じゃん」

「確かに俄かには信じられん話だ。だが貴様の例がある、そして俺たちは実際に奇妙な校舎を彷徨っている、何よりあの巫女の話には整合性があり、そして俺は巫女と吉田くんの体が入れ替わるのをハッキリと確認した。あの巫女……彼女は次の巫女に記憶を紡げないことをひどく残念がっていた」

 麗奈は僅かに視線を下げた。どうにも嘘をついているようには見えなかった。話の内容的に夢か幻のように思えなくもない。だが、それだと巫女の魂渡りの力と、さらには記憶を紡げるという事実を知っていたことが不可解となる。何より死後の青い海の話──瞳を覗き込めば彼の記憶を読むことも出来たが、それは膨大な精神の森に迷い込むようなものであり、かなりの気力と労力を要するため、この状況で試すのは躊躇われた。

「話を戻すぞモチヅキ、貴様の青い瞳だ、その力を使えばこの状況を打開できるのではないか」

「巫女の瞳は万能じゃない、吹雪を越えるなんて不可能」

「この吹雪は現実のものではないのだろう。貴様にも同じようなことが出来るはずだ」

「これは精神操作の一種、記憶の改竄だから。巫女の瞳は精神を覗き込むことが出来るけど、その精神を操ることは出来ない」

「記憶の改竄とはどういう意味だ? もしやこの吹雪は幻覚なのか?」

「幻覚じゃない、私たちは精神世界にいる、つまりはヤナギの記憶の中」

「つまり……つまり貴様の親友はヤナギの記憶を改竄することにより、精神世界そのものを操っているというわけか」

「あれれぇ、随分と素直じゃん? 君、本当にあの頭カチカチ野洲孝之助くん?」

「貴様との長い航海のおかげだ。くだらん常識に縛られている暇などないことに気が付いた」

「キモいから、君と航海なんてしたことないし、てか絶対にしたくないし」

 麗奈はうえっと舌を出しつつ、その瞳を紺碧の夏空に煌めかせた。

 ただの舞台役者としか考えていなかった者たちだった。その誰も彼もが麗奈の台本から飛び出して大空を羽ばたいていた。ともすればあの少年──麗奈が人質として利用した吉田障子もまた自らの意志で行動を起こしているかもしれない。それはいつかの麗奈が望んだことではあったが、今となっては大きな禍いが伴う危険性もあった。であるならば今すぐ動き出さなねばならない。

「なぁモチヅキ、その記憶の改竄とやらだが……」

「ねぇ野洲くん、私たちってまだビジネスパートナーだよね」

「何だって?」

「私たちって共犯だもんね」

 麗奈はそう言って、左の頬に薬指を当てた。

 そうして雪の夜空を舞うように、スッと足を前に滑らせた。

 時が急加速する──。

 轟音が降り注ぐ──。

「なっ……」

 突然、校舎が大炎に包まれた。

 孝之助は慌てて頭を伏せた。狼狽えたようにキョロキョロと辺りを見渡した。それでも彼は暴走集団“苦獰天”の総長、意志の強過ぎる男である。すぐにカッと目を見開くと、純白の特攻服をバサリとはためかせながら、炎の中で仁王立ちしてみせた。

「こ、これが記憶の改竄か!」

「違う。時間を前に進めただけ」

「……それは精神操作ではないのか?」

「記憶の中を歩いたの、私の目には道が見えてるから」

 木造の校舎が燃え盛る。焼夷弾の雨が降る。血と絶叫がぶつかり合う。炎と衝撃が混ざり合う。赤と赤の世界が広がっていく。

 空襲はまさに絶望の記憶だった。

 しかし麗奈は微かな疑念を抱いてしまった。いつかの髑髏男の戯言を思い出したのだ。

 いいか、麗奈、記憶など当てにはならない──。

 だが、そこに思考を傾けている暇など今はなかった。

「まぁいいや」

 麗奈は深く息を吐き出した。

 彼女の目的は小さな世界を守ることである。

 ならばこそ雪に沈もうとする親友をすぐにでも救い出さねばならない。

「その前に王子様を捕まえないとね」

 麗奈は微笑むと、左の頬に右手を添えたまま、空色の瞳をスッと細めた。



 睦月花子は大きく腕を振り上げた。

 降り頻る雪の雨。極寒の夜の校舎。

 彼女の細腕が白い暗闇に風穴を開ける。

「オラァ!」

 すでに数え切れないほどの壁を破壊してきた女である。それでも衰えぬ勢いのままに、花子はさらに壁を突き破ると、その巨大な破片を弾丸のような速度で放り投げた。

「邪魔をするなッ!」

 荻野新平の怒鳴り声が響き渡る。迫り来る白装束の優男の腕を避けた彼はサッと身を伏せた。花子の投げた壁の残骸は新平の頭を掠め、彼の足元の雪を弾き飛ばす。

「オラオラオラァ!」

 花子にはもはや新平を助太刀してやろうなどという気はさらさらなかった。一刻も早く邪魔者を殴り倒し、ともかく仲間と合流し、とっとと過去を変えてしまおうとイキリにイキリ立っていた。だが、そんな花子の無茶苦茶な攻撃に対しても、白装束の優男──園田宗則の穏やかな表情が強張ることはなかった。

「たく、何だっつーのよ、コイツ」

 花子は腕に青黒い血管を浮かばせた。撃たれた脇腹の血が赤く凍り付いている。だが、その目は好敵手を前にしたピッチャーのように生き生きとしている。雪深く寂しい夜の校舎だった。幾度とない戦闘は彼女のアドレナリンを向上させたが、それも何だかマンネリ化してきており、とかく退屈を覚えていた花子は新たな何かに挑戦したいとウズウズしていた。もちろん本来の目的を忘れたわけではない。が、その前に、超自然現象研究部のライバルである──部長の花子曰く──生徒会長の足田太志に何だか雰囲気のよく似た優男と純粋な力くらべがしたかった。

「コラァ荻野新平! ここは私が何とかするからアンタは先に行ってなさい!」

「お前が先に失せろッ!」

 ちょきん──。

 花子はチッと舌打ちをした。

 村田みどりの攻撃もまた止む気配がなかった。

 先ほどから何度か、この時代の特攻警察である来栖泰造の手によって、醜い顔をした彼女は血飛沫と共に絶命していた。だが、みどりは怨霊である。どれだけ殺そうとも既に死んだ身、ほんの僅かな乖離の後、何事もなかったかのように復活し、その鼻の詰まったような声を夜の校舎に響かすのだった。

 ばんっ──。

 花子はあっとバランスを崩した。別にみどりの攻撃に驚いたわけではない。それまで人間離れした動きを続けていた宗則が急に立ち止まったのだ。みどりの放った衝撃波が宗則を呑み込む。されど宗則は意に返さず、何やら困惑したように、血に汚れた銀の十字架をそっと掴んだ。

「今の声は……」

 その隙を新平が逃すはずもない。

 スミス&ウェッソンM29のマグナム弾が宗則の額と胸を撃ち抜いた。

 だが、やはり宗則は倒れない。

 新平はさらに数発の銃弾を撃ち放った。小野寺文久との戦闘と、そして吉田真智子との邂逅により、新平はすでにこの夜の校舎の特異性に気付いていた。そのため最も慣れ親しんだ拳銃の銃弾くらいであれば無限の補充が可能だった。ただそれ故に、この夜の校舎では相手を制圧するという行為が限りなく不可能に近いのではないかと、疑心暗鬼に陥ってしまう。そしてそれを体現するように、すでに数十発の銃弾を受けた宗則はされど不動の雪山のごとく、血塗れの痩せた体で穏やかに微笑んでいた。

「しつこいですね、貴方も」

「それはこっちのセリフよ!」

 二人の間に花子が割って入る。

 宗則の胸ぐらを掴むと、腕力頼みに彼の痩せた体を持ち上げ、一本背負い形で雪の中に放り投げた。雪飛沫が舞い上がる。確かな手応えを感じた花子はニヤリとした。

「どうよ!」

 だが、まさに投げ飛ばしたはずの宗則の姿が、すでにそこにはない。花子はハッとして腕を上げた。そうして済んでのところで宗則の鉄拳を防御した。その衝撃たるや──。防御した腕ごと吹っ飛ばされた花子の体が壁に叩き付けられる。それでも彼女の闘志が消えることはない。むしろ燃え上がる高揚感に花子は生き生きとした笑い声をあげた。

「やってくれんじゃない!」

「いやはや」

 宗則はまた困ったような表情をした。

「若いお嬢さん、生まれはいつです」

「はあん?」

 花子もまた戦闘体制のまま眉を捻った。

「平成だけど」

「平成とは」

「未来の日本よ、私はまだこの時代に生まれてないから」

「ふむ」

「なによ、まさかアンタも私のこと妖怪だとか言うんじゃないでしょうね?」

「いいえ、貴方はむしろ……」

 銃弾が鳴り響いた。

 しかしそれは宗則に向けられたものではなかった。

「クソッ、こんな時に」

 吹雪に沈んだ校舎の先である。

 ヒュウヒュウと凍える雪の底から多数の人影が現れた。

「何よあれ……ゾンビ?」

「みどりの兵隊だ」

 人影は一様に小柄だった。どうやら女生徒ばかりらしい。いいや、ちらほらと大人の姿も見える。ノロノロとした動きの割に吹雪に凍り付いている様子はなく、まるで雪をすり抜けるように、モンペ姿の彼女たちがこちらに迫ってきた。

「目、潰されてなくない? 本当にみどりの兵隊なの?」

 花子は首を傾げた。村田みどりが敵意を持って仕掛けてきたというのであれば当然蹴散らすべきであろう。だが、小柄で痩せ気味の彼女たちがモンペ服を身に纏った姿は何とも哀れで、流石の花子もむやみに飛び掛かるのは躊躇った。

 新平もまた微かな違和感を覚えた。目が潰されていない理由を考えたわけではない。モンペ姿の彼女たちは元々が死体であり、それゆえに視界を奪う必要がなかったのだろうと安易に想像がついた。しかし、どうにもその死体自体が妙だった。

 生徒たちは空襲で焼け死んだのでは──。

 宗則はといえば彼女たちを憐れむように十字を切っている。その様子を花子は横目で睨んだ。血まみれの優男はやはり随分と落ち着いた様子だった。そもそも初めからあまり敵意を感じない。それは魔女狩りである宗則の目的が彼らではなかったからだ。花子は何やら拍子抜けすると、ペッと血を吐き出し、迫り来る女生徒の影に目を細めながら、クイッと親指を教室の中に向けた。

「ねぇアンタ、偽足田何某、ちょっと私と腕相撲しな……」

 ふわっと風が吹いた。

 続いて辺りが暗くなった。

 さらに怪音が響き渡る。

 ダーンダーンという低い地鳴り──。

 ジャージャーという小石が雪崩れるような音──。

 やがて大炎が校舎を包み込む。

 それは唐突に訪れる夏の始まり、戦中の朝、街に降り掛かる空襲の悪夢だった。

「またか」

 花子はやれやれと肩を落とした。

 何もせずにいれば、やがて空襲のあったその日まで校舎の時間が進んでしまうのはすでに経験済みだった。大炎に包まれた校舎は花子といえど辟易してしまう。ただ極寒の風は鳴り止んだようで、そこだけは儲けだな、とあくまでも楽観的だった。

「てか、麗奈がいないと戻れないんだけど? どうすんのよねぇアンタ、コラッ新平!」

 新平はなおも違和感が拭い切れないのか、拳銃は前に構えたまま、炎に堕ちていく校舎をゆっくりと見渡した。その惨劇はこの学校が空襲の被害に遭ったことをありありと示していた。だが、みどりに操られる女生徒の死体には惨劇の痕が見られない。

 一体どういう事だ──。

 新平は肩に掛かった火の粉を払いながら、凍りかけていた手の動きを確かめつつ、防空壕のあったという東の校舎を振り返った。そうして愕然と目を見開く。一人の男の影が炎の先に揺らめいていた。

「お、お前……」

 それは肩の広い男だった。

 蛇のように抜け目ない男だった。

 虎のように獰猛な男だった。

 猿のように明敏な男だった。

 傲岸不遜。唯我独尊。不撓不屈。眉目秀麗。生命強幹。

 彼は生まれながらの王だった。

「小野寺文久……」

 王の両眼は潰されていた。

 それでも小野寺文久は悠然と胸を張り、傲慢なる笑みを血だらけの顔面に浮かべながら、ゆらりゆらりと炎の中に立ちはだかっていた。

 



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