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王子の苦悩  作者: 忍野木しか
最終章

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248/255

雪深い初夏の夜

 山田春雄は夜の教室で目を覚ました。

 視線の先には何もない。ただぼんやりと暗い天井。いいや、煤けた電球が夜に溶け込んでいる。明かりはなく、動きもない、薄いガラス球である。春雄は半開きの目でその電球を眺め続けた。

「先輩! 先輩! 起きてください!」

 少年の声が聞こえた。教室には他にも誰かいるらしい。それは気配で分かったが、“苦獰天”の仲間ではないだろうと思うと、どうにも興味が湧かなかった。春雄はやはり脱力したまま天井を見つめ続けた。

「ねぇ鴨川くんってば!」

 今度は女性の声である。

 そこで春雄はおやっと目を開いた。

「鴨川……?」

 聞き覚えのある名だった。

 それは恐らくライバルである“火龍炎”の総長──撃たれて血塗れとなった戦友の名前である。

 苛烈な記憶がゾワリと床下から這い上がってきた。

 居ても立っても居られなった春雄は飛び上がるようにして彼の名を叫んだ。

「新九郎ッ」

「おはよう」

「ぎゃあ!」

 春雄は本当に飛び上がった。ミイラ男が彼を待ち構えていたのだ。全身に巻かれた白い包帯。サラサラと歪なマッシュルームヘア。

 慌ただしく後ろに下がった春雄はさらに大きな何かを踏みつけた。「どわっ」と叫んだ春雄はすぐに体勢を立て直すと、軽量級ボクサーさながらのフットワークで壁際まで後退し、両拳を亀のように固く顔の前に構えた。

「な、んだよ……?」

「先輩!」

 むくりと起き上がる巨大な影。大男である。おかっぱ頭の少年と真面目そうなメガネの女が大男に近づく。腕を組んだミイラ男が教室の真ん中で一人うんうんと頷いている。

 春雄はヘナヘナと全身の力を抜いた。またも自分自身に呆れ果ててしまった。踏み付けたものの正体は鴨川新九郎であり、ミイラ男も見知った顔であった。

 いいや、待て、俺も撃たれたはずじゃ──。

 春雄は恐る恐る胸のあたりを押さえた。確かに撃たれたはずだった。しかし痛みはなく、血の滑りも感じない。ともかく落ち着こう。そう春雄は何度も深く呼吸する。そうして気を引き締めると「新九郎!」と声を張った。暴走族の元総長らしい低い声である。少年とメガネの女は驚いて振り返った。だが新九郎は顔を上げなかった。

「おい新九郎! 俺だ!」

 新九郎は俯きがちに少年の頭を撫でていた。春雄の声は届いているようだったが、チラチラと瞳を動かすのみで、返事をしようとはしない。再度「新九郎!」と声をかけるも無駄だった。その表情は春雄の知る“火龍炎”の総長のものではなかった。ひどく物憂げで、弱々しい。生真面目そうにも見える別人の顔である。

「いつまで座ってんだ! “火龍炎”の総長が情けねぇ面してんじゃねーぞ!」

 春雄は声を荒げた。少年を退かすと、新九郎の胸ぐらを乱暴に掴み上げる。無論、体格のある彼を持ち上げることは出来なかったが、新九郎はされるがままだった。

「やめてください!」

 そう叫んだのは新九郎を「先輩」と慕う少年である。小柄で俊敏そうな体を跳躍させ春雄の腕に飛びかかった。大人しげな見た目にも関わらずしっかりとした男のようだ。真面目そうなメガネ女もまた氷のように冷たい目を向けてくる。多少冷静さを取り戻した春雄はそれでも新九郎を離すことなく、何やら覇気のない彼をジッと睨み下ろした。

「どうしちまったんだ、まさかビビってんのか、お前ほどの男が」

 徐々に違和感を覚えた。暴走族である春雄にとって“火龍炎”の鴨川新九郎という総長は火も水も恐れない漢の中の漢、まさに龍のような存在だった。それでなくとも春雄は自身の心の弱さを嘆いてきたのである。そんな弱い自分がまだ立ち上がれるというのに、目の前のこの強い男がへこたれているという現実が、どうにも奇妙に思えた。

「お前……本当に鴨川新九郎か?」

 そこでやっと新九郎が反応を見せる。何かに怯えたような、現状を苦悩するような、そんな表情で瞳をキョロキョロと振り始める。全くもって春雄の知る大男には似つかわしくない仕草だった。

「おい新九郎、お前」

 ザワリ──。

 何かが耳元で揺れた。

 春雄は思わず首の後ろを払った。

 ザワリ──。

 いいや、耳元で靡いた。

 それは風に流れる長い髪の先が触れたような感覚だった。

 春雄はそっと顔を上げた。しかし教室の中である。風などはない。靡くようなものは見当たらない。

 ザワリ──。

 別に大きな音が立ったわけではなかった。激しい衝撃に見舞われたわけでもなかった。ただざわざわと何かがざわめく気配がする。春雄は新九郎を離すと辺りを見渡した。少年とメガネ女も不安げに肩を窄めている。それはまるで深い深い夜の森を彷徨っているような。気配ばかりが異様に重く感じた。

「嘆きだよ」

 長谷部幸平がそう呟いた。

「枯れた枝をゆすってるんだ」

「幸平……お前ら、マジで一体どうしちまった?」

「急いだ方がいい」

「俺が寝てる間に何があった? 他の奴らはどうなっちまった? そもそもお前らは何処から現れた?」

「夜明けが近い。ヤナギの夢が終わる。それは神の思し召しではない、偶然という名の運命でもない、どうしようもない現実なんだ」

 会話にならなかった。春雄は縋るようにして、この中では一番まともそうなメガネの女を見つめた。だが、メガネの女も侮蔑の表現で首を振るばかり。新九郎は項垂れたままである。どうにも状況は掴めないままだった。

「先輩! 起きてください! 一緒に部長を探しに行きましょう!」

 おかっぱ頭の少年がただ一人ハツラツと新九郎の周りを飛び回っている。「彼の役は小田信長さ」と幸平が言う。信長というより秀吉では、と春雄は思った。

 ザワリ、ザワリ、と暗闇の中を乾いた枝のざわめく音がする。

 春雄は焦燥感を強めていった。

「おい新九郎、いい加減に……」

「俺」

 やっと新九郎が顔を上げた。目は下を向いたまま、ひどく疲れ切った表情である。

「俺……鴨川新九郎じゃないかもしれない」

 唐突にそう言った。苦悩に満ちた声色だった。しかし意味が分からない。

「何だって?」

「俺はたぶん、新九郎じゃない」

「どういう意味だ?」

「別人なんだ。俺は違う人間だったんだ」

 春雄はまたメガネの女──宮田風花を振り返った。風花も意味が分からないといった表情で腰に手を当てている。別に話が難しかったわけではない。むしろ単純な話で──新九郎は新九郎ではないと──だからこそ意味が分からない。それを本人が言っているのである。

「俺は別人なんだ」

「先輩は先輩です! どれだけ不良になったって、金髪になったって、先輩は超自然現象研究部の副部長なんです!」

 小田信長は柔らかな髪の下で曇りない目を爛々と輝かせた。風花も慰めるように彼の顔を覗き込む。

「確かに鴨川くん、昔とは全然違うようだけど、それってあくまでも表面的な話でしょ? 鴨川くんは鴨川くんのままだよ」

「表面とか中身とか、そういう話じゃないんだ」

「だったらどういう話なの? てかもうその辛気臭い顔はやめて」

「もっと根本的な話なんだ。俺は鴨川新九郎じゃなかった。だって俺……俺の」

「うっおおおおおおおおおおっしゃあああああああああっ!」

 その時、突然、低い絶叫が夜の校舎に響き渡った。男たちの歓声である。何事かと春雄たちは飛び上がって、廊下を振り返った。

「やっとクソ冬を乗り越えたぞ、しゃあっ! もう怖いもんは何もねぇ!」

「俺たちは助かった、助かったんだ! これで玲華ちゃんを迎えに行ける!」

「まだ何も終わってないぞ。そろそろ投げた餌を手繰り寄せねば」

 歓声の中に聞き覚えのある声があった。それが新九郎と同じく部活の先輩のものであると気付いた信長は「田中先輩!」と廊下に駆け出していった。

「アイツらか」

 春雄もまた水口誠也の声を覚えていた。そして抑揚のない清水狂介の声も。

 風花が後輩である信長を追って廊下に飛び出ると、ミイラ男の格好をした幸平もゆったりと後に続いた。春雄もすぐに廊下に出たかったが、項垂れたままの新九郎の様子が気になり、しょうがなく彼の太い腕を掴んだ。ライバルである“火龍炎”の総長、喧嘩最強と呼ばれる漢の中の漢、そんな彼の情けない姿はもうこれ以上見たくなかった。

「おい新九郎、立てよ」

「あ、ああ……」

 新九郎は頷くも立ち上がらない。

「早く立てって、甘えんな、どうしたってんだよお前ほどの男が」

「俺……」

「お前は俺を倒した男だろうが!」

「それは……それは、たぶん……俺じゃない」

 春雄は目をひん剥いた。無理やり新九郎を立たせると、その頬を思いっきりぶん殴る。ボクサーの右フックである。新九郎の巨体が床に投げ出された。

「そいつは俺に対する侮辱か? ああっ? あの戦いは無かったってのか?」

「ち、違う……春雄くん、そういうわけじゃねぇ……!」

 すぐに腰を上げた新九郎は慌てたように春雄を睨んだ。ライバルの青い拳。その熱さに憂いが少しだけ飛んだ。

「じゃあ何だってんだよ! お前はさっきから何が言いたいんだ!」

「か、家族が違ったんだ」

「はあ?」

「思い出した。俺の母親……母さんが別の人だった」



 睦月花子は意識を朦朧とさせた。

 いったい何が起こったのか。皆は何処に消えたのか。

 ともかく立ちあがろうともがいた。しかし手足は急速に冷え固まったように痛みや寒さすらも感じない。辺りを見渡そうにも視界がぐるぐると安定しない。それでも横切る雪の弾と氷の剣は捉える。木造の壁を覆う真っ白な雪の絨毯を睨む。

 ふと、真っ赤な何かが視界の端に映った。花子は必死になってそれを見つめようとした。だが、それが彼女の吐いた血であることに気が付くと、すぐに興味を失った。またギョロギョロと視線のみを動かしていく。誰か近くにいないか。この際もう敵でもいい。誰か──。

 ほんの数秒である。すぐに身体に強い痛みが走ると、花子はゴホッと息を吐き出した。さらに痛みが強まっていき、寒さが身に染み込み始める。花子は頬を緩めた。やっと現状を理解したのだ。単に殴られた衝撃で身体が麻痺していただけらしい。それほどまでの力だった。それは彼女にとって初めての経験であり、花子は先ほどの優男に興味が湧いた。

「妖め」

 ハッとする。

 花子は顔を上げた。

 真面目そうな男の声がした。しかし周囲には誰もいない。彼女を取り囲むものは無情な白銀の結晶のみ──いいや、何かある。花子は吹雪の一点を凝視した。ただ白いばかりの雪化粧。その中に不自然な二つの黒い点が浮かんでいた。

「ア、アンタ」

 官帽を深く被った軍人がいた。雪の白に溶け込むように、来栖泰造は無表情に、吐く息すらも揺らさず、光を失った真っ暗な瞳でジッと正面を見据えていた。

「これは人の戦だ」

 遥か吹雪の奥から雷鳴のように銃声が轟いてくる。泰造は夜の影のようにひっそりと雪の中で歩みを進めた。そんな彼の足を花子は掴んだ。

「ま、待ちなさいっ……」

 ゴンッと花子の額に拳銃の柄が下ろされる。一瞬、視界に稲妻が走った花子だったが、それでも本能のままに泰造の足にしがみ付いた。

「待てっつの! あたしゃ人間よ!」

 泰造は無言で花子の顔を殴った。発砲しなかったのは彼女が目標ではなかったからだ。泰造の狙う先は吹雪の奥で暴れる二匹の獣である。死にかけの少女一人のために音は立てたくない。弾を無駄にしたくはない。しかしこの小柄な少女──確かに死にかけの体である──その細い腕に込められた力は尋常ではなかった。

「この国の人間だってば! あたしゃ、アンタと同じ日本人だから! つーかまだピッチピチのJKだっつーの!」

「妖め、離せ」

「私はアンタらの子孫よ! アンタらが必死に守ろうとしてるこの国の子供の子供の子供なのよ! 私たちは未来からやってきたの!」

「奇怪な女め」

 泰造はまた拳銃の柄で花子の頭を払った。だが、彼女の力は緩まない。それどころか増していく。つい先程まで死にかかっていたはずの彼女の肉体は今やごうごうと煮えたぎっているようだった。

「それをアンタねぇ、わざわざ未来を変えるために戦中の陰気な時代に来てやったってのに、いったい何よその態度は!」

 彼女の怒号に雪の嵐が勢いを緩める。

 やはり人間とは思えない。

 泰造はそれでも冷静だった。短剣を引き抜こうと腰に手を回した。だが、彼女の次の言葉に、顔色が変わった。

「そもそもアンタらが戦争に負けたのが悪いんでしょーが!」

 それまでの能面のような表情ではなかった。一瞬の内に現れたそれは怒りという感情では言い表せない。理性という名の皮が引き裂かれ、そうして本能という中身が剥き出しになったような、般若の形相だった。

「今、何と言った?」

「負けたのが悪いっつったのよ! いいえ、負けるのが悪いのね! 日本はこの戦争に負けるわ! アメ公にコテンパンにやられて、原爆落とされて、何十万人も死んで、そんで無様に降伏すんのよ! たく、なんて事してくれたのよこの負け犬が!」

 泰造の顔面から血の気が引いた。「貴様!」と叫ぼうとしたが声にならなかった。やがて表情のみ炎に噛み付く猛犬のような紅蓮となる。腕が震えナイフが掴めない。拳銃の狙いも定まらない。両の拳を握り締める余裕もない。だから泰造は両手を広げた。死にかけの少女に飛び掛かるのにもはや恥も外聞もなかった。

「はあん?」

 否、彼女は死にかけの少女などではない。

 超人と呼ばれる肉体を持つ女である。

 淀みを知らない精神を持つ女である。

 まさに鬼と呼ばれるような、鋼の心と体を持った、そんな普通の少女だった。

 無我夢中で突っ込んできた泰造を花子はまるで子供でもあやすかのように至極落ち着いた態度で雪の中に押さえ込んだ。或いは泰造が冷静であればもう少しまともな取っ組み合いとなったかもしれない。しかしただの無謀な突進で花子に敵うはずないのである。

「逆ギレってやつ? アンタも大概くだらない男ね」

「こ……の……」

 信じられない膂力だった。

 それも小柄な少女の細腕──いいや、やはりコレは妖の類だ。

 徐々に冷静さを取り戻していった泰造はそれゆえに先ほどの少女の言葉を反芻した。「日本が負ける」と。その罵倒だけは絶対に許すことが出来ない。そういう時代だった。

「妖が! 我が国が敗れると!」

「負けるわ! あと私は人間だって言ってるでしょ!」

「この非国民めッ!」

「アンタだって本当は分かってんじゃないの?」

 花子は少しだけ声を低くした。顔を近づけ、ジロリと、官帽の下に覗く彼の両眼を覗き込む。

「私って別に歴史には詳しくないけど、確か沖縄までボコボコにやられてんのよね?」

「……沖縄だと?」

「しかも日本中に爆弾落っことされてるし、もう実質負けてるんじゃないの?」

「ちょっと待て、なぜ貴様が沖縄の現状を知っている?」

「有名だからよ、女子供老人が自殺したって! あと硫黄島だっけ? 映画にもなってんだから!」

「硫黄島……」

 泰造は混乱した。大戦の末期である。沖縄の現状は悲惨の一言だった。そして硫黄島──しかしその事実は一般市民には知らされていない筈だった。

「ねぇアンタも兵隊なんでしょ?」

 花子は続けた。彼女もまた自分自身の言葉を反芻し、メラメラと燃え上がってくる怒りに声色を変えていった。

「今って戦争中よね? 皆んなが苦しんでるって時にアンタこそ一体こんなとこで何やってんの? 別に私が言えた話じゃないけど、ここって学校よね、ただの田舎町よね、なのにアンタ……まさか授業参観のつもり? 日本中に爆弾落っことされてるこんな時に、女子供が自ら命を絶ってるような状況で、もうすぐ日本が負けそうだってのに、ノコノコと夜の学校を訪れて、妖、妖、妖って……アンタまさか肝試しでもしてんの? はあん? こんな状況で? 日本が負けそうだってのに? 皆んなのこと放ったらかして? ねぇどうなのよ! アンタって軍人なのよね! 日本バカにしてんのは一体どっちよアンタッゴラッ!」

 ちょきん──と、舌足らずな少女の声が一粒の雪を裂いた。

 しかし花子は気にしない。

 泰造も振り返らない。

 二人は睨み合ったまま、それ以上は声を荒げることなく、氷点下の風にその身を晒し、されどマグマのような熱にその身を焦し、一秒も無駄にするまいと瞳を静止させながら、永遠の夜に視線を交差させ続けた。

「俺は」

 やがて泰造が口を開いた。

 それは長い長い時の果てのようで、またほんの数秒の暗転のようでもある。

「ただ月を」

 ばんっ──。

 舌足らずな少女の声が弾かれる。

 吹雪が向きを変えると、雪が白い大波のように荒れ狂い、花子たちに襲いかかった。

「一時休戦ね」

 花子はやれやれと雪を払った。

 もはや泰造を押さえつけてはいない。

 彼と共に立ち上がると吹雪の奥を睨んだ。

「お前は……」

 泰造は花子を見つめた。彼女の手足を見つめた。彼女の肌を見つめた。彼女の黒い髪を見つめた。その爛々と煌めく黒い瞳を見つめた。

「過去を変えなきゃいけないのよ。その為に先ずはこの吹雪から脱出しないと」

「お前は……我々の子孫だと言っていたな」

 泰造はまた能面のような表情で、官帽を深く被り、されど花子への敵意は無くしたように、そうボソリと呟いた。

「そうだけど?」

「やはり日本は……敗れるのか」

「何よ、やっと私の話を信じたわけ。てかやはりって、アンタも本当は分かってんじゃないの」

「妖の戯言など! ……ただ、そうだな、日本は敗れ、それで子孫はどうなる」

「復活するわ」

 花子はニヤリと口を広げた。

「負けっぱなしは趣味じゃないのよ、私たち」

 雪に覆われようとも髪が凍りつこうとも彼女の笑みは変わらなかった。

「そうか」

 その話を信じたわけではない。

 ただ泰造は冷えて感覚のなくなった手で拳銃を掴んだ。それを花子に向けることなく、遠くで唸り合う猛獣たちに目を細めた。

 雪深い初夏の夜の事である。

 

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