08 私に足りなかったもの ※(アレクシア視点)
その後年内に更に3回、イルムヒルト様にご教授頂く機会を得ました。
お話を伺っていると平民の方々や貴族の男性相手には充分渡り合っておられますが、貴族の御夫人や御令嬢相手の、社交という腹の探り合いはどうも苦手な御様子。
普通は家庭教師から令嬢教育の中で学ぶ事が多いですが、イルムヒルト様の場合、令嬢教育は「受けている余裕が無かったので、切り捨てました」とのこと。
そこで社交のやり方は、私達の方から、実演を交えてお教えすることになりました。
「うわぁ・・・何て面倒くさい」
と呟いておられましたが、社交の場では必須なので覚えて頂かなくてはね。
メラニー様が度々襲われる件について解決の糸口が見えなかったので、ある時、詳細を伏せて起きた事を説明し、イルムヒルト様にご相談したところ
「害する事より、青い髪の女性に罪を着せる事が目的ではないでしょうか?」
と仰いました。
それを聞いて一瞬固まりました。
青い髪の女性で、かつメラニー様の関係者で・・・もしかして本当に狙われているのって、イルムヒルト様では無いの!?
でも、何故イルムヒルト様が狙われるのでしょう。
今までに聞いた、イルムヒルト様とメラニー様お二人の周辺情報を思い浮かべます――メラニー様か、彼女に連なる誰かによる家の乗っ取り、あるいは取り潰しが狙いでしょうか?
そうか、御本人は凄く立派に立ち回っていらっしゃいますが、傍から見ると、後ろ盾のない若い女性の当主で、しかも次の継承者が居られない。
御本人を御存じないと、与しやすそうな相手に見えそうです。
メラニー様の事と共にその事をお伝えすると、私の推測を肯定なさります。当事者と判明したので、自分でも調査し対応されたいとのこと。
ただ、メラニー様が向こう側かどうかに関わらず、恐らく危険はないからそのまま当面泳がせておいてほしいと頼まれました。
しかし、乗っ取りや取り潰しを画策されるとすれば、恐らく相手は近隣の有力な貴族家でしょう。そんな状況にお一人で立ち向かおうとされる彼女に、何か手助けできないでしょうか。
でも今の私には力もなく、適切な手立てが思いつきません。
何かあったらいつでも助力させてください、とお伝えするのが精一杯でした。
この所、殿下との交流は等閑で、贈り物も途絶えてしまいましたが、最近になって王妃様から「殿下から贈り物が贈られている様子が見られて、安堵しています」と言われました。
ですが、この1年以上、殿下より何かを頂いたことがありません。
これは殿下が別の女性に貢いでいるのか。
王妃様は単に勘違いしているのか。
それとも全てご存じの上で婚約者の切り替えを考えているのか。
私に何か瑕疵があったのか。
殿下をお慕いしているわけではないですが、何が起きているかわからない私は後ろ向きな考えに囚われ、不安の中自問自答していました。
学院へお招きした際、雑談の中で殿下との仲の事を聞かれた私は、イルムヒルト様が年下であることも忘れ、ついその事を零してしまいました。
そうしたら彼女は突如私の両肩を掴み、私の顔を睨みつけます。
えっ、何?
「アレクシア様は殿下の婚約者として、また周りの模範として人より沢山努力されている立派な方です。
そんな貴女が、どうして選んでくれるのを座って待っているのですか!」
目を丸くする私に彼女は続けます。
「私は母や祖父母が亡くなった時、状況が変わるのを待っていたのではありません。自分の望んだ未来をつかむために、行動することを選んだのです!
アレクシア様も。待つのではなくて自分で選びましょう。」
自分で、選ぶ・・・でも、殿下との婚約は王命です。私が選んだわけじゃない。
選ぶって、何を?
「相手が選べないなら、その相手を自分の思うとおりに転がせばいいんです。転がってくれるならいいし、そうでなければ躾ければいい。どうしようも無ければ証拠をそろえて婚約解消を申し出たっていいでしょう。」
「躾けるって、猟犬じゃあるまいし・・・。」
猟犬は生まれながらにして猟犬ではない。飼いならして、躾けて、人の指示に従わせて、初めて猟犬として使える。そんな話を聞いたことがあります。
でも、殿下を、躾ける?
「王族の義務も忘れて別の女に入れあげているなら、盛りのついた犬と一緒です。そうでなくても、どうせ碌でもないことをしているに決まっています。
言い逃れできないように調べあげて、証拠を叩きつけて大人しくさせましょう。
その後は、煮るなり焼くなり好きにすればいいんです。
座って待ってても何も変わりません。
さあ、アレクシア様はどうしたいですか!」
・・・私が、どう、したい?
それは・・・まずは殿下が何をしているか突き止めて、問い質したい。
本当に貢いでいたり、他の碌でもない事をしていたら、引っ叩いてやりたい。
でも、突き止めるにしても、どうやって調べていいかわからない。
わからないから、塞ぎ込んで、後ろ向きになっていた。
「・・・そうね、王命だからって、ちょっと受け身になり過ぎていたみたい。まずは、殿下が何をしているか、突き止めたい。」
「じゃあ、どうすれば突き止められるか、考えましょう。何も全部自分でする必要はないんです。」
・・・そうね。一人で抱えている必要はないわね。
一人で全部抱えているイルムヒルト様に言われたくなかったけど。
「まずはお父様に相談して、調査の手を借りられるか聞いてみましょう。駄目なら、独自で人を雇うか・・・。」
「そうです。まずは伝手でもなんでも、自分の使える手を順番に使っていけばいいんです。クリスティーナ様やカロリーナ様に手伝ってもらってもいいですし。」
気付けば先程までの陰鬱な気持ちは、もう何処かへ吹き飛んでしまいました。
イルムヒルト様は、凄いな――いや、違う。
凄いな、で止まっていたら、今までと何も変わらない。
私とイルムヒルト様との差は、能力とかじゃない。
――何が何でも自分で未来をつかみ取るという決意。
その上で、彼女は全部自分で決めて、実行しているんですね。
決意があって、自分で決めて、実行する。
私に欠けていたのは、これですか。
「ええ、そうね。もう大丈夫。あとは何とかしてみるわ。イルムヒルト様、ありがとうございます。」
「いえいえ、公の場ではないんですし、友達ですから。
そこは『ありがとう』でいいんですよ。」
イルムヒルト様からは、本当にいろんな事を学ばせて頂いてます。
私は彼女から貰っているばかりで、私からまだ何も返せていないです。そんな私を友達と言ってくれる彼女には、本当に感謝しています。
その後父の手も借りて調べていくと、殿下は買った贈り物をなんと質に流していると判明。ウェルナー様も同じことをしてお金を得ていました。
ではそのお金を二人で何処で使っているのでしょう。
それを探ろうとしている頃、イルムヒルト様から手紙が届きます。
護衛を連れた若い男性の二人連れが、よく競馬場で派手に散財している、との情報を知らされました。
なんというタイミング。
これを私に知らせるということは、その男性達が殿下の一行でほぼ間違いないと彼女は思っている、という事でしょうか。
とはいえ自分たちで競馬場に乗り込んで確かめるのは、殿下の婚約者として以前に女性としての醜聞になってしまいます。流石にそこまではできませんので、その男性一行についての調査はお父様にお願いしました。
そんな調査や、卒業試験、卒業後の準備等で慌ただしくしていれば、気づけばもう卒業パーティーの1カ月前。この頃には殿下の行動に対する調査報告が十分まとまりました。
「これで、殿下を叩きのめす武器ができただろう。卒業パーティーの後にでもやってやりなさい。」
「そのつもりです。この件、お父様はどうされますか?」
お父様はお父様で、王家に対する抗議をなさるはず。
「・・・アレクシアと殿下との婚約解消を、王家に捻じ込んでやる。」
聞こえてきた幻聴は、敢えて無視しましょう。
「え? そこまで行かないと思っていたのですが。
――やはり、まだあるのですか?」
クリスティーナ様とウェルナー様は侯爵家同士。同格の家同士の婚約なら、質流しと競馬場の件だけでも解消になるでしょう。
でも、私の場合は王命による婚約です。これだけでは婚約解消にならない可能性は充分あります。
「・・・言ってなかったが、実は殿下の遊びは競馬場だけで済まなくてな。」
「他にもありそう、というのは分かってました。質流しで得た金額と、散財した金額が釣り合っていませんでしたからね。ただ、お父様がそこから先に踏み込ませませんでしたわね。」
それが、婚約解消に繋がってもおかしくない場所。
――蝶々が沢山舞っている所かしら。
考えていることを読んだお父様に釘を刺されます。
「思いついても、レディの口にすることじゃないぞ。」
「・・・わかっています。私が殿下に叩きつけていいのは、ここまで、という事なのですね。」
「そうだ。あと、私が王家に婚約解消を捻じ込む理由はもう一つある。耳を貸せ。」
聞いた内容は驚愕のものでした。お父様、激怒されてますね。私も腹立たしいですが、怒る相手が違いますから、そこはお父様にお任せします。
そうして臨んだ卒業パーティーですが、まさかメラニー様の件で殿下がイルムヒルト様を糾弾なさるなど、あり得ません。
気になっていたメラニー様の件はひとまず黒幕が拘束されてよかったですが、殿下のせいで更なる窮地に陥らされました。何とかしなければいけません。お父様とも相談しましょう。
殿下がまとめて詮議すると仰ったので、後で別室でする予定だった質流しと競馬場の件を叩きつけてやりました。
殿下と結婚などしたら、後で苦労するのが目に見えています。
お父様。是非、婚約解消をもぎ取って来てくださいませ。
アレクシアは、いわば「いい子ちゃん」でした。
殿下より余程優秀なのですが、いささか気が弱く押しが弱い。
枠の中で何かを対応するのは上手いが、枠を破るほどの力は無い。
そんな評価を陰では受けてました。
師と仰いだ人物には大変素直になる彼女に絆され友人となった
主人公も、彼女の内面の弱さは気にしていました。
ですが、主人公にあって自分に無いものに気づいた彼女は
精神的に逞しく変わりつつあります。
ちなみに殿下の更なるやらかしと、侯爵が怒る理由は、後の話で。