05 事件の種明かしをしました
「お、お前が、リッペンクロック家、当主だとっ・・・!」
殿下が驚愕という顔で、私と書面を交互に見ます。
ウェルナー様、ヨーゼフ様も私を驚きの表情で見ています。
リッカルト様はまだのびてらっしゃるのかしら。
メラニー様は目を伏せておられます。
そもそも貴族家に対する当主とその血統は、貴族省という役所で厳重に管理され、貴族名鑑に登録されます。
この貴族名鑑の年次記載証明は、貴族名鑑へ記載される内容が正しいものであると貴族省が証明するもので、当主に対して発行され、有効期間は一年間です。
受取後、必ず当主の手で管理しないといけない書面の一つです。
この書類を直接発行され、所持していること自体が当主である証明に近いのです。
「現時点で私が当主だと示す、これ以上無い明確な根拠です。非常に重要な書面ですのでお戻し頂けますか。」
侍従を通じ書面を戻してもらい、封筒は再びハンベルトに預けます。
「殿下の憶測と決めつけが全て覆りましたこと、御理解頂けましたか?その上で、まだ私をお疑いでしょうか。」
殿下は呆然としています。
「・・・じゃあ、いったい誰が、どういう目的で・・・」
私に最初から説明しろと仰る?
顔に出てたのか、アレクシア様がここで声を上げます。
「イルムヒルト様、ここからは私が。
殿下、私が最初にイルムヒルト様をお招きしたときに、詳細を伏せたまま、この件を相談致しました。 殿下や私共でも情報が足りていませんでしたので、知恵を御貸し頂けないか、とお願いしたのです。」
「・・・」
黙る殿下を余所にアレクシア様が続けます。
「そうしましたら、ある可能性を御提示頂きました。
曰く、本気で危害を加える気なら一度くらい顔を見られてもおかしくない。何度も犯行があり、目撃者も多いのに 顔を全く見られないのは、そもそも犯行の目的が 危害を加えることそのものではない可能性が高い。
むしろ、何度も目撃されることで、その姿の人物が犯人だと目撃者に印象付けるためと思われる。 恐らく該当する人物に罪を着せる為でしょう、と。」
殿下は急に食い下がります。
「そ、そこまで聞いていたなら、どうして私に事前に伝えてくれなかったのだ!」
アレクシア様は心底呆れた顔をなさります。
「はぁ・・・一年前位からでしたかしら。
度々学院を抜け出しては王都に繰り出していらっしゃる。学院で会えば、忙しいからと挨拶程度しか会話せず、月例のお茶会も、紅茶を一口飲んで2分で退席なさる。
殿下のどこに、私の話を聞く耳がありまして?」
「ぐうっ・・・」
そうそう、殿下についても相談を受けていましたね。まあこの話は後にしましょう。
「それは後で話をさせて頂くとして。最初にイルムヒルト様にご相談差し上げた時は詳しい事情をお伝えしていませんでしたの。
ただ、具体的な状況に照らし合わせた時、罪を着せられそうな該当者が私には一人しか思いつきませんでした。そこでイルムヒルト様に、危害にあわれているのがメラニー様だとお伝えしたところ・・・。」
ここで、会場の入り口付近で何やら物音がします。「離せ!」と叫ぶ年配の男性の声も聞こえます。
うまくいって、『あの男』が確保されたのでしょうか。
だとしたら状況が大分改善します。
物音で話が途切れてしまいましたが。私がここから話を引き取りましょう。
「アレクシア様から具体的なお話をお伺いしましたら、正に私に罪を着せようかという内容でしたので、私の方でも調査させて頂きました。
犯行の頻度が多いので、実行犯、もしくはそれに通じる人が被害者の身近にいることを推測して。メラニー様に近い方数人の行動追跡を、私の方でさせて頂きました。
そうしましたら、『青い髪の女性物の鬘』を何度も業者から借りられている方が見つかりましてね。
しかも犯行日時の前日ないし前々日に借りられ、3日後に返却されるということが続いてましたので、学院長とも相談の上で、第三騎士団に告発させて頂きました。
なにせ、貴族家の当主に罪を着せようという内容ですから、学院内の揉め事で済ませるわけにもいきません。」
ここで一旦話を切り、第三騎士団長の方へ話を振ります。
「第三騎士団長殿、その後の状況は如何でしょう?お話し頂ける範囲で結構です。」
第三騎士団長は、傍で部下から報告を受けていたようですが、話を中断して発言します。
「はい、リッペンクロック家当主からの告発に基づいて裏付け調査をした所、メラニー・リッペンクロック嬢が学院に帯同するメイドの一人が、頻繁に青い髪の鬘を業者から借りていることが判明致しました。
メラニー嬢が学院で襲撃された時期とも符合するため、メイド本人に同道頂いて事情を訊いたところ、鬘を被り制服を着てメラニー嬢を襲撃する振りをしていたことを自供しました。
先ほど、会場の入り口でお騒がせしました。かのメイドが、指示を受けていた人物を自供しましたので、該当者、リーベル伯爵家当主エッグバルトを先程拘束しました。」
あ、『あの男』・・・リーベル伯が捕まった!!!
安堵のあまり、膝から崩れ落ちそうになります。
ハンベルトが横からさっと支えてくれます。安堵を噛み締めるのは後にしましょう。
ハンベルトに礼を言い、しっかり立ち直ります。
第三騎士団長は続けます。
「リッペンクロック家当主代理エーベルト殿、ご息女メラニー殿、およびエッゲリンク伯爵令息ヨーゼフ殿。
御三方には、当件に関して色々証言を聞かせて頂きたく。ご同道頂ければと思います。」
お伺いを立てている口調ですが、実質強制です。
「・・・了解した。」
「了解致しました。」
「メラニー、いいのか?・・・構わない、宜しくお願い致します。」
三人が第三騎士団と退出していきます。
「あ、そうそう、リッカルトは殿下にお返しします。そろそろ目が覚めますよ。」
最後に第三騎士団長が言い置いて、退出していきます。
「・・・何が一体、どうなっている・・・」
殿下は未だ状況についてこられていないようです。
リッカルト様は戻ってきましたが、状況がわからずウェルナー様が状況をご説明されています。
「・・・殿下が私に詰め寄った件についてこちらで既に調査し解決に動いており、先ほど真犯人が捕まったのです。」
「そ、そ、そうか。では解決して良かったということで・・・」
殿下は急ににこやかな表情になり、終わったことにして逃げようとしています。
そうは問屋が卸しません。
「まだ話は終わっておりません。殿下がまんまとあちらの思惑に引っかかって踊らされた事、自覚しておられますか。」
「そ、そんな事はない!」
殿下はムキになって否定します。
「殿下がしっかりしていれば、犯人側はこのような計画をそもそも立てなかったでしょう。
殿下は事件に対して憶測は立てましたが、その裏付けを何一つ取っておりません。存在証明にしても、私が学院にいるという思い込みのまま掌紋認証の履歴と照合することすら怠りました。
跡目争いだと憶測したことは兎も角、その時に貴族名鑑を見て事実を確認しておけば、私が当主であり、私がメラニー義姉上を害する理由がない事もお分かりになった筈です。違いますか?」
「・・・」
「お気づきではないようなのではっきり申し上げます。今回の事件、そもそも殿下がこんなに簡単に踊らされそうな人物だと思われたから、立てられた計画なのですよ。
リーベル伯は一体、どこでそれを知ったのでしょうね。」
「わ、私を愚弄するか!」
「「事実でしょう。」」
殿下の抗議を、私とアレクシア様が切って捨てます。
「この件の調査を口実に何度も王都に抜け出していらしたそうですね。王子教育も怠り気味ですし、婚約者との交流もおざなり。そこまで時間をかけて、一体何を王都でされていたのでしょうね。」
「・・・い、いや、調査はしていたのだが・・・。」
思ってもいない方向に話が進み始めたので、殿下は焦った表情です。
推測できる殿下側の今回の動機を明らかにしましょう。
「そうした行動が、王室の中で問題視されたのではないでしょうか。不味いと思った殿下は、この件を使って点数稼ぎしようとでも思いついたのではございません?」
「!!!」
殿下が引き攣ります。そうですか図星ですか。
「アレクシア様からご相談を受けてましてね。殿下が一体王都で何をしているか、ついでで構わないので調べて欲しいと。
見当違いの事をされて、別件の私どもの調査の妨げになっても困りますので、二つ返事で了承致しました。」
殿下が焦りの表情を見せます。
「そ、そ、それこそ、その話は、後程、別室で・・・」
「あら、婚約者の方々を交えて卒業パーティーが終わってから、殿下と側近の方々と別室でお話しする予定でございました・・・最初はね。」
「あ、ああ、その話は聞いている。それでいいじゃないか。」
「でも殿下がいきなりこの場で私を呼び出して、反論を許さず私の身に覚えのない罪を問い始め、挙句私の事を妾の子だとか、お前呼ばわりされましたでしょう。」
妾の子などと、私の事はともかく亡き母を侮辱したことは、許すわけには参りません。
「丁度、まとめて詮議する、と殿下も仰いましたし、折角なのでこの場をお借りして、殿下の話も詮議させて頂こうかと。
アレクシア様はそれで宜しくて?」
「ええ、イルムヒルト様。お気遣いありがとうございます。是非その様にお願い致します。」
ここで殿下が今更の質問をしてきます。
「さ、さっきから気になっていたんだが、アレクシアが子爵家のこいつに、妙に遜っているのは何なんだ?」
私の代わりにアレクシア様がお答えになります。
「殿下・・・侯爵家とはいえ、私はまだ未成年の無位無官の身。幾ら子爵家でも年下でも、当主として実務を司る方に敬意を表するのは当然のことです。
殿下とて、王族ですが無位無官なのは同じです。先程から子爵家当主に対して、随分と失礼ではありませんか。」
「私は王族だぞ、敬われて然るべき・・・」
アレクシア様が殿下を遮って反論します。
「王族だから無条件に敬われるべき、という考え方はお捨てください。
国のために大きな責任を背負われ、誠心誠意邁進する様な立派な王族の方なら敬われて然るべきですが、会場の皆様が殿下を立派と見ているかどうか、御自覚なさいませ。」
「!」
ここで漸く、会場にいる参加者達から冷たい目を浴びていることに気付いたようです。
アレクシア様と、ウェルナー様・リッカルト様の婚約者の方々も私のところに進み出てきます。アレクシア様がいい笑顔で殿下に詰め寄ります。
「殿下は話を逸らしたかったのでしょうけど、会場の皆様も、殿下が王都で何をされていたのか、気になりますでしょう。
殿下の仰った通り、ここでまとめて詮議致しましょう。」
「い、いや、だから、まとめて、というのは、その話ではなく・・・」
「いざ自分のことになったら逃げるのですか?前言をすぐ翻すような方は信用を失いますよ。殿下に、二言は、ありませんよね?」
蛇に睨まれた蛙に、最早逃げ場はありません。
ここからはアレクシア様達のターンです。私は一歩引いて見守りましょう。