47 王宮には『アレ』が居ました (1)
王宮に向かう馬車は、フォルクマン老侯爵、商務省長官、そしてマリウス様と一緒です。馬車の中で、老侯爵に話し掛けられます。
「子爵、その右手・・・今は取り敢えずの応急処置だ。王宮でちゃんと診て貰う様手配する。
王宮では王太子殿下に報告の後、殿下次第だが・・・陛下との謁見を行う事になるだろう。」
刺された右手ごと剣を抜こうとしたのは無茶だと分かっていましたが、目の前にゲオルグ――母の仇の1人が居たのです。結果的に討ち果たせたので後悔は有りません。
それよりも、王宮でいよいよ『アレ』と対面かも知れません。
「・・・陛下、いや、アレと対峙するのは不安か?」
「不安といえば不安ですが・・・アレと対面して自分が正気で居られるかどうか、自信がありません。」
商務省長官の問いに今の思いを正直に答え、それに対して老侯爵と長官、マリウス様が引き攣ったのを感じます。
「・・・流石に王宮内で刃傷沙汰を起こして貰っても困るからな。対策を考える。」
老侯爵は暫く考えたあと、そう話しました。
王宮に入ってから、まず王宮医務室へ連れられます。フォルクマン侯爵と商務省長官、マリウス様はその間に別室で傷の手当と着替えをするようです。
医師の診察の結果・・・応急処置に問題は無かったのですが、やはりちゃんと手術をしないといけない、それでも右手を使えなくなる可能性はある、と宣告されました。
ただ時間はもう夕方です。今から手術は出来ないので、今は一旦応急処置のままとして貰いましたが、極力右手は動かさない様厳しく言われました。
医務室を出ると、老侯爵と商務省長官、マリウス様が待っていましたが・・・マリウス様が車椅子を押しています。
「マリウス君の発案でね。これなら肘掛があるから不必要に右手を動かさない様にできるし・・・アレと対面するのに、最敬礼などしたく無いだろう、とな。
君の使用人コンラート君を王宮内に連れていく理由にもなる。」
確かに、その通りです。アレを敬うなど有り得ません。
「皆様、御気遣い有難うございます。車椅子をコンラートが押すとしても、マリウス様はどうして?」
「コンラート君は、流石にアレとの謁見にずっと君に付き従っている訳にはいかない。・・・アレとの対面時に君を抑えて貰う為に、マリウス君について貰う。」
マリウス様はそれで、従者服を着ていらっしゃるのですか。
車椅子に乗り、右手を固定された後、皆様に連れられ王太子執務室に入ります。
第三騎士団長殿は、捕縛した宰相と軍務省長官の収監手続や、投降した《梟》の面々に対する尋問などやる事が多いため、別行動と伺いました。
執務室に入るなり、王太子殿下が老侯爵に詰め寄ります。
「大叔父上、宰相と軍務省長官を捕縛し収監したと連絡を受けましたが、どういう事ですか。それに子爵邸で何やら騒ぎが起きたとも聞きました。」
「落ち着けヴェンツェル。長くなるが説明する。だがその前に人払いだ。」
王太子殿下が人払いを掛けた後、老侯爵が説明を始めました。
尋問で私が明かした内容――アレとその周辺が学院生時代の母に対して行った仕打ちから、母が亡くなるまでの経緯。尋問の後で軍務省長官の手引きにより《梟》が子爵邸を襲撃した事。ゲオルグ――《梟》の頭領ジョルジュを討ち取り、《梟》が投降した事。宰相と軍務省長官の密談の現場を押さえ、二人を捕縛した事。
「父上のなさり様には頭が痛いが、ヘルミーナ殿の事も《梟》の事も、流石に公表する訳にはいかない。だがここまで酷い内容であれば・・・父には責任を取って貰わねばなるまい。」
貴族省長官は驚きますが・・・それは当然だと思います。
「差し当たっては奉仕団の調査と、投降した《梟》の尋問が優先か。そのルノーと言う少年は重要な証人として保護対象だな。
宰相デュッセルベルク侯爵と、軍務省長官バルヒェット法衣侯爵については、彼等の腹心達も事情聴取せねばなるまい。他の陛下の側近達も同様だ。
大叔父上、引き続き私の名代の権限を与える命令書を出します。宰相室と軍務省、陛下の側近達の調査をお願いします。」
「うむ、了解した。」
差し当たって、宰相室や軍務省幹部の調査は上位権限が必要でしょう。人選は妥当な線だと思います。
「何にせよ、陛下の動きは止めないといけない。
もう《梟》と言う自由の利く手足は無いが、まだ側近達や直属の近衛騎士団も居る。大叔父上には早急に、私の名代として動いて頂く必要がある。」
「奉仕団の調査を先にして証拠を固めてからでも遅くないのでは?」
商務省長官が、疑問を呈します。
「いや、父が《梟》の離反を知らない今の内に手を打った方が良い。父を追い詰める材料は揃ったと思う。そこで、今から陛下――いや、父に私室での緊急の会談を申し込む。大叔父上、商務省長官、子爵。宜しく頼む。」
殿下は執務室の外に待機している侍従を呼び、会談申込の使いを出されました。
使いを待っている間に、殿下が話し掛けてきます。
「ところで・・・子爵は何故車椅子に? 《梟》のせいで負傷したのか?」
「怪我は負いましたが、歩けない訳ではありません。これは怪我をした右手を固定する為と・・・最敬礼をしなくて済むように、との皆様の気遣いです。」
「・・・あのような仕打ちを受けて、敬える筈が無いな。
事実の公表はしないが、子爵の扱いについては別途考えさせて貰いたい。それと、いずれ王家として正式に謝罪をさせて頂きたい。」
それは・・・私を王族として扱うかどうかという事でしょう。アレの血を引いていて、母親は子爵とはいえ貴族です。ですが。
「公表はしないのでしょうが・・・私の希望としては。王族として扱って頂きたくはありません。
必ず、母のことを妾だと悪く言う方が出てきます。それは私には耐え難い事です。」
「分かった。子爵の希望は最大限考慮する。」
使いが帰ってきて、今から時間を空けると回答があったという事で、殿下と老侯爵、商務省長官、私とマリウス様、コンラートで向かいます。
王の執務室に到着し、控室に入った際に殿下が侍従に声を掛けます。侍従が中に入った後、入室許可が出ます。
マリウス様は私の怪我等の様子を見るための従者という設定ですから、ここから後は話すことは出来ません。コンラートは控室で待機となり、入室はマリウス様が車椅子を押してくれます。
王太子殿下、老侯爵、商務省長官に続いて中に入り・・・執務室の机で書類に向かう、肩まである金髪に碧眼、鍛えているのかガッシリした筋肉質の40歳代後半くらいの男性がいます。これが、アレですか。
「暫く待て。2~3の書類だけ片付けてから話をしよう。」
私達は執務室内の会議卓に着き、書類の処理が終わるまで待ちます。アレを真面に直視していると怒りが込み上げて来るばかりなので、私は顔を少し伏せて目を閉じて、静かにしています。
アレは何枚か書類を確認しサインして侍従に渡した後、部屋の侍従や護衛達を人払いします。
「で、何の用だ。ヴェンツェル。」
・・・何だか、アレの口調がいきなり変わっています。
こっちが素なのでしょう。
「リーベル伯爵の件です。父上にも事情聴取させて頂きたい事があるので来たのです。
まず、今回の捜査において、宰相と軍務省長官を拘束しました。」
「ほう。国政に当たる高級幹部職を二人も拘束するか。しかも二人は今回の捜査本部の一員では無かったか。どんな容疑だ。」
アレは動じていません。既に二人を切り捨てる積りなのでしょう。
「本日聞き取りをしていた子爵邸を襲い、老侯爵や商務省長官、第三騎士団長を殺害しようとした事。子爵を誘拐もしくは殺害しようとした事。その後、子爵家の領地を召し上げ、商会の乗っ取りを企図した事。
・・・それから、私を王太子から引き摺り下ろす算段を企てた事です。」
「ふむ、穏やかじゃないな。それで私に聞きたい事とは?」
「私を王太子から下ろすなど、父上の関与無しにはできません。事前に父上が関与していた事も仄めかしていました。
それで、父上は彼等とはどこまで話をしていたのです?」
「知らん。そんな話した事も無い。それは彼らが勝手にそう思っているか、嘘を付いているのではないか? 第一、私がそんな話を彼らにした証拠は何かあるのか?」
あくまで白を切り通すつもりの様ですね。
ですが証拠が無いのは事実です。
「ところで、そこにいる車椅子の君は誰かね。今は私的な場だ。直答を許す。」
ぬけぬけと、白々しい。
「・・・初めまして。ご存じの通り、リッペンクロック子爵当主イルムヒルトで御座います。怪我のため、これでご了承下さい。」
「おお、君があの商会を率いる商会長でもある、リッペンクロック子爵か。ご存じの通り、とは?」
私の事をよく知っている証拠を出せ、ということですか。
老侯爵に目配せをし、あの指輪とメッセージカードを提示して貰います。
「ヴィルフリート。これを子爵に送ったのはお前だろう。
メッセージカードの筆跡もお前だし、彫ってある王位の紋章を崩した意匠もお前の許可が無ければ職人も作れない。紋章の中に嵌め込まれた石は彼女の髪色だ。」
「・・・これは隠し立てすることは出来んか。
ああそうだ。私が伝手を使って彼女に送ったものだ。」
老侯爵の詰問にアレも素直に認めます。
「それよりどうだ、子爵。今度競馬場でも遊びに行かんか。」
「・・・冗談でも、あり得ません。反吐が出ます。」
「やれやれ、随分嫌われた物だ。」
誰が、貴方と遊びになど行きますか。
今すぐナイフを刺したい衝動を抑えるので一杯なのに。
「王家の予算ではないだろう。金の出所はどこだ。」
「安い宝石を内緒で売って作らせた。贈り物としては安物で申し訳ないが、気になった女性が居たらつい贈ってしまうのだ。そんなに目くじらを立てる事か?
それに、これがリーベル伯の捜査に関連することかね。」
老侯爵の指摘に、アレははぐらかします。
「ところがそうもいかないのですよ、父上。
・・・20年前、王妃が学院生で、父が学院の臨時講師を務めていた際に、言い寄っていた女性がいたそうですね。婚約者もいたその女性を、貴方と、当時は子爵嫡男だったエッグバルトが脅迫していたとね。
それが・・・子爵の母親、先代子爵ヘルミーナですね?」
王太子殿下がアレに一歩踏み込んだ発言をします。
「・・・学院長に聞いたのだろう。
青い髪の子爵令嬢に言い寄っていたのは事実だが、ただデートの誘いをしただけだよ。領地が近いと言うエッグバルトに紹介してもらっただけだ。
だが、脅迫とは頂けないな。そんな事実はない。」
「そんな言い訳は通りませんよ、父上。」
20年前の事にアレはまたもはぐらかしますが、王太子殿下は食い下がります。
懐から紙片を取り出し、アレに渡します。
アレはその紙片を開き・・・蒼褪めます。
「なっ・・・!」
「筆跡は父上の物でしょう。これのどこがデートの誘いですか?」
アレから紙片をむしり取った王太子殿下が、紙片を私達に回します。
紙片にはこう書いてありました。
―――
ヘルミーナへ
今晩大人しく、教員宿舎の私の部屋に来い。
さもないと婚約者がどうなるか分かっているな。
W
―――
筆跡は、私が指輪を貰った時のカードのものとよく似ています、王太子殿下はどこでこんな物を手に入れたのでしょう。
私が母から聞いた内容を裏付ける証拠に、アレを睨みつけます。
「ど・・・どこでこんなものを。偽造に決まっているだろう!」
アレは否定しますが、王太子殿下は冷めた表情でアレを見据えます。
「・・・リーベル伯爵の拘束を発表したことを切っ掛けに、ある者が私に面会を求めてきたのです。今日、大叔父上達が子爵邸で聴取している間に、私が面談して色々聞かせて貰いました。
その者の名はノーベル・ドナシアン。隣国の外交官を務める家名ですが、彼自身はわが国から亡命して養子に入ったそうです。
我が国にいた時の名は・・・ノルベルト・ハイメンダール――子爵の母君、先代子爵ヘルミーナ殿の最初の婚約者だった男ですよ。
彼から、他にも幾つか証拠品を預かっています。ご覧になりますか?」
王太子殿下の反論に 私を含めた全員に衝撃が走りました。
いつもお読み頂きありがとうございます。





