46 一つの戦いに決着がつきました
時系列は、44話のジョルジュ視点の直後に遡ります。
ゲオルグの突然の乱入と、私が奴に壁ごと右手を刺され動けなくなった事で、何とか均衡していた執務室内の戦況が変わってしまいました。
ハンベルトがゲオルグとなんとか渡り合っていてくれていますが、私たちが牽制に入れなくなった老侯爵や長官達の方は分が悪くなっています。特にマリウス様の動きが良くありません。こちらを気にしている様で、集中力に欠けているのが見て取れます。
「マリュー! 私の事は良いから、自分達の事に集中して!」
「しっかりしろ、マリウス! 今すぐ子爵がどうこうなる状況じゃない!」
私と長官が大丈夫だと呼びかけて、マリウス様はひとまず立ち直りましたが、老侯爵は御年齢のせいか、そろそろ疲労の色が濃くなっています。
私は・・・私は、こんな所で何をしているのでしょう。
目の前に仇であるゲオルグが居るのです! 剣を刺されて壁に縫い付けられて動けないなら、無理やりにでも抜けばいい!
壁に刺された手を支点に体を持ち上げ、壁に両足を着けます。そして左手と刺された右手、両足の力も使って刺された短剣を無理やり引き抜きます。
「があああぁぁぁぁぁ!!!!!」
右手も刺された剣を掴み引っ張ります、より深く手に刺さってしまい激痛が走りますが気にしていられません。奴の仇を討つためです、右手の一本や二本!
「主、無茶だ!」
ハンベルトの止める声も聞こえますが、構いません。
ふと気づくともう一本の手が短剣に掛かり、一緒に剣を引っ張ってくれます。あともう少し!
「老いぼれ、邪魔だあああ!」
「ぐうっ・・・!!!」
呻き声が背後から聞こえます、これは、ハルトヴィン!?
「良いから、抜くぞ! ふん!!!」
「んんんんんんんん!!!!」
もうひと踏ん張り・・・抜けた!!
短剣を壁から抜いた途端、支えを無くした体が落下しますが、背後のハルトヴィンが抱えて床に降ろしてくれます。右手から短剣を抜きますが、右手の感覚はありません。
抜いた短剣はそのまま左手に構えてゲオルグに向かって走ります。
「ゲオルグぅぅぅぅ!!!!!」
「貴様らああああ!!!」
ゲオルグはハンベルトを右脚で蹴り飛ばそうとしますが、ハンベルトはその蹴りを受け止め、逆に脚を抱えて奴を足止めします。
「ちいぃぃぃ!!!」
ゲオルグは、今度は右手に持った剣をハンベルトに向けますが、それもハンベルトは手甲で防ぎます。
私が間合いを詰めた所に、ゲオルグが今度は掴まれた脚を支点に私に膝蹴りをしてきます。私が急制動を掛け膝蹴りを躱し、奴が体勢を崩した所に再び迫ります。
「くっそがぁぁぁぁ!!」
「あああああああ!!!!」
左手で殴り掛かってきますが、私はそれを額で受けつつ、左手の短剣に右手を添え、腰に溜めた構えのままゲオルグにぶつかり・・・短剣を深くゲオルグの脇腹に突き刺します。
「ぐああああああ!!!!!」
短剣は根本近くまで刺さり、血が大量に溢れ出します。構わず短剣を引き抜き、もう一度ゲオルグに・・・!
「御頭あああああ!!!」
「貴様、御頭を!!!」
そんな数人の声が背後から聞こえた途端、誰かに後ろから抱きすくめられ・・・直後に背中に鈍い衝撃と、ハルトヴィンの呻き声が・・・。
「ごふっ・・・!!」
「ハル爺! この、こいつ等!!!!!」
「ぐああっ!!」
「ぐっ!」
慌てて振り返ると、師匠・・・ハルトヴィンが私を庇って、ゲオルグの配下に斬られた様でした。斬り掛かった配下たちはハンベルトが倒しています。
「師匠!」
「わ・・・儂は、いいから・・・仇を討て・・・奴に、止めを・・・。」
その時、ピー――という甲高い音が聞こえました。見ると、ゲオルグが笛を鳴らしています。笛の音を聞いたゲオルグの配下達が動きを止めます。
「御頭・・・。」
「お前達、戦いは・・・終わりだ。・・・ルノーを・・・呼べ・・・。」
ゲオルグが息も絶え絶えに、配下達に戦闘を止めるよう指示します。配下達は狼狽えつつも、頭を垂れ、武器を置きます。一人が部屋を出て行きました。そのルノーとやらを呼びに行ったのでしょう。
私は倒れているゲオルグを見下ろし、一つだけ質問します。
「ゲオルグ・・・一つだけ。母の日記は?」
「・・・目を通した後・・・あいつが、要らないと言った・・・燃やした・・・。表に、出したく、なかったんだろう・・・満足、か?」
「・・・ええ。そこだけは感謝します。」
ゲオルグは虫の息で、既に目の焦点が合っていません。
声に出して返事をします。奴が日記を処分した事に、内心安堵しました。
「・・・止めを、さしてくれ・・・。」
ゲオルグが止めを刺すよう頼んできます。
短剣を彼の首に当て・・・喉を切り、出血でゲオルグは絶命します。
ハルトヴィンの方に屈みこみます。
今気づきましたが、師匠は右腕を切り落とされ、あちこち切り傷があり・・・先ほど私を庇って背中を斬られたのが深手です。
「師匠!」
「仇は、取れたようだな・・・。奴は、儂の仇でもあった。・・・有難う・・・。」
「師匠!」
「ハル爺!」
暫くハンベルトと二人で呼びかけましたが、師匠はほっとした顔で・・・そのまま、息を引き取ってしまいました。師匠・・・今まで、私を助けてくれて、有難うございました。心の中で祈りを捧げます。
気づくと、執務室内のゲオルグの手下達の武装を解除した老侯爵も師匠の前で跪いて黙祷を捧げています。
皆で暫く黙祷を捧げた後、部屋の外から誰かがやって来る気配に立ち上がります。
申し訳ないですが、弔っている時間も泣いている時間も今は有りません。
入り口を見ると、第三騎士団長殿が背の低い男性・・・いや、10歳前後の子供を連れて入って来ました。
「侯爵、外の連中も全員武装解除しました。この子が代表者の様です。」
「皆様、私は先代頭領の死亡により、《梟》の暫定頭領となりました、ルノーと申します。我々は皆様に投降致します。」
「・・・どういう事だ?」
話の読めない老侯爵は、ルノーと言う男の子に問いかけます。
「はい、先代頭領ジョルジュ――父はこちらの言葉でゲオルグと名乗っていましたが、自分が倒された時は皆様に投降するよう申し渡されておりました。
父は自分が亡くなれば今の依頼主とは直接渡り合う事はできず、良いように使い潰され、役に立たなくなれば全員討たれるだろうと言っていました。それであれば、里に残る非戦闘員達だけでも生かしたい、と投降を指示したのです。」
ゲオルグ・・・隣国の言葉ではジョルジュ、こちらの国の読み方ではゲオルグですか。奴が直接アレとやり取りしていたのでしょう。
「・・・ふむ。お前たちの処分はともかく、投降は構わん。だが今は依然として危ない状況だな。
お前達が、外の連中と取り決めた今後の段取りはどうなっている?」
「はい、事が成ればこちらから連絡して、軍務省長官が見分に来る事になっていました。そうでなければ向こうは暫く静観して、動きが無ければ軍が突入する事になっています。」
「・・・依然として、絶体絶命という訳か・・・。」
このまま黙って待っていても、軍が突入してきますか。
であれば・・・。
「ルノーさん、と言いましたね。
投降したからには、皆様はこちらの指示通りに動いて頂けますか?」
「はい、それは大丈夫です。不安があるようでしたら私を人質にして頂いても構いません。良いな、皆の者。」
投降した《梟》の面々は頷いていますので、指示には従ってくれるようです。
「何か、手はあるのか?」
「《梟》の方々が協力頂けるのであれば、彼らが邸を制圧した振りをして、こちらにノコノコやって来る軍務省長官を捕らえましょう。上手く行けば宰相閣下も来るかもしれません。」
フォルクマン侯爵、商務省長官、第三騎士団長殿の3人に私の案を説明します。
この戦闘でできた、3人に背格好の近い遺体の首を落として3人の服を着せ、奥の控室に安置します。また玄関ホールから続く、作っている途中だった脱出経路の扉を開け、ここからパウリーネ様達や使用人達が逃げた様に装います。
そして向こうに面識のある人間を《梟》から選んで、軍務省長官に邸を制圧した旨報告して貰い、軍務省長官を邸におびき寄せます。
邸には一人で来るはずが無いので、軍の一隊に地下通路を調査して貰って手数を減らしたうえで、軍務省長官を控室におびき寄せて捕らえます。
「それには《梟》が儂等を裏切らない事が絶対条件だが・・・。」
「それは多分大丈夫です。
ルノーさん、貴方がたは・・・宰相閣下や軍務省長官達からは、余り良く思われていないのではないですか?」
「それは・・・その通りでしょう。
直接あの方と繋がりのある父が居なくなれば、私達を使役するのはその二人でしょう。そうなれば、里の者達は人質に取られ、私達は使い潰され、いずれ討たれてしまう・・・生前父からその様に聞いています。
普通に生活している里の者達を助けて頂けるなら、協力させて頂きます。」
ルノーが配下の皆に聞かせるように回答します。
アレはともかく、その周りは余所者に大きい顔をされるのを好まないでしょう。アレに直接つながるジョルジュが居なくなれば、周りは排除の方向で動くはずです。
ジョルジュも予想していましたが、今となっては彼らの生き残りには私達に従う方が可能性が高い筈です。
その後、細かい点を3人と詰めて作戦案を固めます。
当主執務室も我々と《梟》で固めた方が良いという事で、第三騎士団の方々にはロープを掛けられ部屋の隅で捕らえられている振りをして貰う他、周辺の隠し部屋にも我々の生き残りを配置します。
「どうせ絶体絶命なのは変わらん。この手で行こう。
無事に乗り切れば、ルノー君の要望は出来るだけ考慮する。だが申し訳ないがルノー君は人質として私と居て貰う。君達の働き次第では処分の軽重も検討する。では皆頼むぞ!」
結果的に軍務省長官は宰相閣下を連れて来て、控室で密談を始めました。お陰で彼らの企みを把握し彼らを捕らえる事が出来ました。
彼等を捕らえ罪状を明らかにすることで、軍務省長官に従っていた軍の部隊もフォルクマン侯爵に従いました。隠居とは言え王族としての血筋と、一時的にですが王太子殿下の名代としての権限を持っていた事が大きいです。
軍に捕らえられていた貴族省長官も解放しました。
パウリーネ様とアレクシア様は侯爵邸に帰しました。
コンラートを除く使用人達には、邸の居住区域の後片付けをお願いします。
そうして軍を引き連れ。フォルクマン侯爵以下の皆と共に堂々と王宮に向かいます。
これで大きく盤面が変わりました。
いよいよ・・・アレとの対決です。
いつもお読み頂きありがとうございます。





