45 子爵邸・戦いの結末 ※(別視点)
(軍務省長官視点)
「動きはどうだ。」
「はっ、表に残っていた連中は悠然と入って行きました。戦闘行為は終わったものと思われます。ただどう決着がついたかは、ここからでは。」
「わかった、もう少し動きがあるまで監視を継続せよ。」
手筈では、奴等が制圧すれば連絡を寄こす事になっている。暫く待ってみるか。
「長官、奴等から使者が来ました。」
お、うまく行ったかな。人数も邸の守備よりずっと多かったしな。
使者を私の下まで来させるが・・・あの男ではない。供の者に確認すると、確かに王都に連れて来た《梟》の連中のうちの1人だと言う。
「ゲオルグではないのか。まあいい、首尾はどうだ。」
「報告致します。我らで既にあの邸を制圧しました。
生き残りは捕らえていますが・・・言われていた老侯爵、商務省長官、第三騎士団長と思われる人物の死体が発見されました。
それから子爵は、頭があちらに運んでいる所です。」
死体を発見? 直接殺害したのではないのか。
「子爵の使用人や、商務省長官の家族はどうした。」
「非戦闘員は邸には居ませんでした。
制圧した後で調べた所、邸に隠し通路が見つかりました。通路の調査までは出来ていませんが、そこを通って事前に邸を抜け出している可能性が有ります。」
「なんだと?」
我々が来て、邸を遠くで囲んでからは誰も外に出ていない筈だ。私が途中で抜けてから、子爵の尋問中に既に逃がしていたのか?
念のため侯爵達の死体を確かめるか。死体が本物だったら、逃げた連中は後でどうとでもなる。
「まあいい。その侯爵等の死体を検分する。邸まで案内しろ。」
「了解しました。」
《梟》の使者の先導で一隊を率いて邸へ向かう。邸は外に瓦礫が散乱していたり、壁に穴が開いたり等、戦闘の激しさが伺えた。
まず隠し通路に案内させると、邸の玄関ホールの隅の床面に隠されていたようで、地下へ降りて奥へ続いている。通路の奥は暗く、どうなっているか分からない。
「奥はどうなっている。」
「邸の制圧で手一杯で、そこまでは手が回っていません。」
ちっ、使えない奴等め。
「この通路の調査を行え。連中の残党が潜んでいるかもしれん。くれぐれも慎重にな。」
「はっ。」
率いてきた隊の者に、一先ず通路奥の調査を命じておく。
ここへ連れて来た使者に尋ねる。
「それで、侯爵達の死体はどこだ。」
「こちらになります。」
そうして奥へ案内される。ホール奥の当主執務室には、第三騎士団員や長官の護衛と思われる者達がロープに縛られ、部屋の隅に集められていた。
更に奥、控室と思われる場所に案内された。
調度は机と椅子二つくらいでそれぞれ部屋の壁際に寄せられ、侯爵と商務省長官、第三騎士団長の服を着た首なし死体が3つ、綺麗に置かれていた。
いずれも背格好は3人に酷似しているが・・・。
「首はどうした。」
「・・・それが、見つかった時はこの状態でした。
執務室まで制圧し子爵を捕らえたのですが、3人は数人の供廻りと、こちらの部屋に立て籠もりました。暫く経って我々がこちらの部屋に踏み込むと、これらの死体を発見しました。供回りは、更に奥から玄関ホールへの隠し扉を通って地下通路へ逃げた様です。
捕らえた子爵は頭があの方の下へ運んでおります。」
3人が自害し、首を供回りが持ち去ったとも見える状況だが・・・。
子爵があの御方の所へ運ばれているなら、後でそちらを尋問すればいい。
「この控室の奥はどうなっている。」
「この奥は、客間や使用人の部屋が続いております。玄関ホールへの隠し通路はありましたが、他は隠し通路等は無く、誰も残っていませんでした。確認されますか?」
守っていた人員以外は誰も居ないか。
通路を通って脱出したか、あるいは通路奥に隠れて居るのか。長官の家族や、使用人の証人は捕らえねばならないが、3人が既に死んでいるなら後はどうとでもなる。
「いや、それは良い。後で隊に確認させれば良いだろう。
先ほどの地下と奥の隠し通路の他には、何かこの邸に隠されている部屋や通路などは無かったか。」
「いえ、他は特に無さそうです。」
であれば、今の所は邸の安全は確保されているな。
連れていた軍の者に命じる。
「宰相閣下が近くに来ている筈だ。お連れしてくれ。」
宰相閣下が来る前に通路の調査状況の報告を受けるが、通路は真っ暗な上に複雑に入り組んでおり、調査にはまだ時間が掛かるらしい。
暫くして、宰相閣下が邸に到着する。
「して首尾はどうだ。」
「はっ、こちらに。」
宰相閣下を奥の控室に案内し、3つの首なし死体を見せる。
この状態で見つかり、首は発見されていないこと。長官の家族や子爵邸の使用人は見つかっていない事、ホール地下に隠し通路が見つかり調査中であることを伝える。
「ふむ。どうしようか・・・長官、少し人払いを頼めるか? 念のため、部屋の出口は君の手勢で固めてくれ。」
それは、《梟》の連中に聞かせられない話があるという事か。
執務室側と客間側の両方の扉を閉め、暫く誰も入れない様、連れていた軍の配下に命じる。
「今回の邸での顛末だが・・・侯爵達はやはり、ここで賊に襲われて争った挙句に殺害されたとしようか。お誂え向きにここに死体がある。本物かどうかはどうでも良い。」
「良いのですか?」
「あの御方の名前で発表すればそれが真実になるのだ。後になって本物が現れても、偽者と見做して捕らえてしまえばよい。」
死体を本物と公表する事で、大義名分をこちらが得る訳か。
「成程・・・それで、逃げたと思われるバーデンフェルトの家族は見つけ次第捕らえておいて、それを餌におびき出してもよし、出て来なければ反逆罪なり何なり適当にでっち上げて処刑してしまえば良いですな。」
「そうだな。あとは、子爵はこのまま行方不明になって、時期を見て爵位没収と商会解体だな。商会は旨味が大きいからあの御方にも分け前が必要だが、私等の息の掛かった家で分け合うとしよう。」
ふふふ、と二人で利益を想像して笑い合う。拠点間物流は国に召し上げになるだろうが、シルク事業は宝の山だ。
「《梟》の連中はどうしますかね。頭領はあの御方のお気に入りですが、あまり大きい顔をさせておくのも・・・。」
「奉仕団の事が商務省中に知れ渡ってしまったからな。あそこは一度解体せざるを得まい。奉仕団の捜査のついでに《梟》の里の連中を人質に取って、奴等を使い潰せばいいのだ。
奴等は陛下直属の諜報組織の地位を欲しがっていたが、今の王家の影の組織も残さざるを得ない。
影の組織は侯爵が死ねば宙に浮くから、あの御方に見て貰えば良いだろう。王家の影が直属ではなかったから《梟》を重宝していたが、影が直属組織になれば《梟》にそこまで用はあるまい。」
・・・なんだ? 隣の執務室が騒がしい。
「どうした! 何があった!」
「・・・邸の生き残りの者達の引き渡しを《梟》達から受ける際、連中が少々暴れたので、取り押さえておりました。
もう大丈夫です。お騒がせしました。」
「そうか、分かった。」
扉の向こうからは、問題無いと報告がある。
程無く隣の部屋の騒ぎが収まったので、宰相と話を続ける。
「あと、王太子はどうします?」
「それな・・・やはりあの御方に動いて貰って、機を見て罪を着せて廃嫡にして頂く他あるまい。ツィツィーリエ殿下は王太子さえ外してしまえば味方はいない。脅せば何とかなるだろう。
エドゥアルト殿下はどこかで匿って再教育せねばなるまいが、どこが良いかな。」
「・・・遠いですが、バッケスホーフしかないのでは?」
「王妃の実家か・・・それしか無いか。それなら今回の懲罰で辺境送りという建前も付くな。」
彼を安全に匿える場所と言えば、あそこしかあるまい。
「第二王子が外に作ってしまった子供は、始末しますか。」
「最初はその積りだったが、あの御方が言うには、今となっては利用価値があるそうだ。あれが第二王子の不義だと知っているのは、王族の他は老侯爵、商務省長官と、あとは私とお前だけの筈だ。子爵も知っているかも知れんが、行方不明になるので問題ないだろう。
利用価値だが・・・王太子の不義ということにして、廃嫡の理由にするらしい。」
それは、つまり・・・。
「では商務省長官の方で匿っている女の方は、それまで私が面倒を見ろと・・・。」
「居場所は把握しているだろう? 軍で接収して、使用人共には引き続き面倒を見て貰えば、手間が省けるじゃないか。」
「・・・必要な手続きは、閣下にお願いしますよ。」
私に面倒な物を押し付けるのだ。手続きの方はやって貰わねば割に合わない。
「・・・仕方あるまい。
さて、私はこの案であの御方に奏上してくる。
長官の方は隠し通路の調査が終わって問題が無かったら、《梟》を上手く逃がして、王宮まで死体を運んでくれ。後の必要な処理は私がやる。
後は第三騎士団本部の接収だな。必要な権限関係の手続きも、私の方であの御方とやっておく。準備が出来たら使いを出そう。」
「了解しました。」
「そうは問屋が卸さんよ。宰相と軍務省長官を捕らえよ!」
見ると、控室の壁の一部が開いて、老侯爵と商務省長官が護衛達と出て来る。こんな所に隠し部屋が!
「なっ! も、者共出会え!」
続けて執務室側の扉が開くが、そちらからも第三騎士団長と配下の騎士たちが乱入して来る。反対側の扉から逃げようとしても扉が開かず、あっという間に宰相と私は捕らえられる。
三人共生きていて、今の会話を聞かれていた?
では・・・《梟》が我々を裏切って奴等に付いたのか!?
そんな馬鹿な! あり得ん! 一体どうなっているのだ!
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