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41 皆で事態に備えました

 フォルクマン侯爵を睨みつけながら、卓を何度も叩きつけていた両腕を、不意に止められます。


「ちょっと落ち着け、子爵。」


 見ると商務省長官とマリウス様が私の両側から腕を押さえています。長官が指差すので見ると、私の拳の小指側にうっすらと痣ができ始めていました。



「・・・子爵。貴女の私に対する怒り、憎しみは正当なものだ。

 あやつのヘルミーナ殿や貴女への度重なる所業を止められなかったのは私も責を負うものだ。知らなかったという事は言い訳にはならない。

 ・・・済まなかった。」


 フォルクマン侯爵が卓に手を着き、私に深く頭を下げ謝罪します。


「謝れば良いという問題ではない事は分かっている。いずれ、あやつやドロテーア達にきっちり落とし前を付けさせる。

 ひとまず、今暫くは、これで矛を収めて貰えないか。」


 頭を下げたままのフォルクマン侯爵を睨みつけますが、背中をマリウス様に撫でられ、段々落ち着いてきます。

 

「・・・元凶と、それを止めなかった方々に、責任を取って頂けると確約して頂けるなら、一先ずは。」


「わかった。儂がそこは何とかしよう。

 続ける前に手当てをした方がよかろう。それ迄は休憩としよう。」


 フォルクマン侯爵が休憩を宣言し、私はそのまま二人に連れられ、一旦退室します。



 控室でロッティの手当てを受けながら、侯爵様とアレクシア様、マリウス様と話をします。


「怒り、憎悪、殺意・・・最後の最後、私を突き動かしてきたのは、そんなドロドロとした暗い復讐の決意です。

 ・・・醜いものを見る事になると、言いましたでしょう。私も一皮剥けば所詮こんなものなのです。」


 自嘲気味に話しますが、アレクシア様が首を横に振ります。


「いいえ、イルムヒルト様。そんなに自分を卑下なさらないで下さい。醜いのは、陛下・・・いえ、あの方のほうです。

 ご自分でも、最後の最後と仰っているではありませんか。あの方の事をずっと心に秘めていらっしゃったのは、周りを巻き込まない為でしょう? あの方が関わらない所では、ずっと周りの皆の平穏を願っておいでではないですか。」


「少々酷な言い方になるかも知れんが・・・。

 私の想像だが、御母堂ヘルミーナ殿は優しすぎたのだろう、アレの理不尽に心が耐えられなかった。御祖父様は早々に御母堂に爵位継承した所を見ると、当主の責務を投げ出す事でしか心が耐えられなかった。

 そして子爵の場合は、強い憎悪を持つことでしか心が保てなかったのだろう。

 理不尽を強いたのはアレの方だ。誰が子爵を責めたりできる。」


 アレクシア様、侯爵様が、こんな憎悪に塗れた私を擁護して下さいます。


「イルミ。姉上も私も、全部受け止めると言ったよ。

 どれだけ憎悪や復讐心を持っていようと、それも含めてのイルミじゃないか。私達は全部受け止めて、それでも君の味方でいることに躊躇いは無いし、君と家族になりたいという気持ちに変わりはない。

 私達は君の事情を知った。もう一人で戦う必要は無いんだよ。」


 マリウス様の言葉に侯爵様、アレクシア様も頷きます。

 ・・・皆様の言葉が私の心を揺さぶります。


「・・・事は終わっていません。むしろこれからが正念場です。

 皆様の心添え、有難く思います。」


 まだ、何も終わっていないのです。

 今、この感情に流される訳には行きません。


―――◇――――◇――――◇――――◇――――◇――――◇――――◇―――


 手当を終えた私は、侯爵様達と執務室に戻ります。


「子爵から聞くべき事は聞いたと思う。

 捜査状況の共有と行こう。ここからはアレクシア嬢も発言を許可しよう。君の調べてくれた内容が含まれるからな。」


 フォルクマン侯爵が再開を宣言します。

 マリウス様の同席は引き続き認められましたが、発言は許可されませんでした。まだ学院生だからでしょう。


「商務省長官、ワインの取引調査はどうなっている。」


「例の大商会に踏み込んで担当者に確認した所、例のプラーム商会を通した取引開始の経緯は4年前、以前から取引のあったリーベル伯が客人を伴って来店し、その客人が例のワインを気に入ったからという事でした。

 取引は全て王都内のある倉庫へ納品していたと証言しました。

 プラーム商会に限らず、奉仕会に繋がるダミーの商会との取引を洗ってみましたが、全て納品先は同じ倉庫でした。

 そこで、第三騎士団にその倉庫の捜索を依頼しました。」


 商務省長官が、第三騎士団長に続きを促します。


「商務省長官の依頼に基づいて倉庫の捜索に向かったのですが・・・その倉庫には何も残されていませんでした。

 慌てて引き払ったのか、荷物が置かれていた様な痕跡や、事務所も使われていた痕跡があるのですが、捜索を事前に察知して引き上げたという印象です。

 念のため、プラーム商会や他のダミーの商会の住所も当たってみたのですが、そちらはどこも商会が置かれていた形跡は有りませんでした。」


「慌てて引き払ったか・・・。となると、急いで奉仕会の捜索に当たらねばならんな。」


 慌てて引き払った・・・という事は、この取引の流れが明るみに出る事がそれほど向こうにとって、致命的だったという事。となると・・・後は奉仕会を押さえれば、もうアレクシア様が狙われる事がないでしょう。

 でも、向こうが次に打つ手は何でしょうか・・・奉仕会の解散? でも、ダミー商会の取引ほどは、簡単に痕跡は消せないでしょう。

 ・・・あ!? 待って! まさか!


「商務省長官、ちょっと宜しいでしょうか。」


「どうした、子爵。」


「その捜査情報は、王太子殿下や、今日来られていない宰相閣下以外の関係者には共有されていますでしょうか。」


「王太子殿下と宰相閣下には報告済だが、他は・・・。」


 それはまずいです。


「相手は奉仕団の事が明るみに出ると致命的なのでしょう。商会の取引の痕跡を辿れないよう引き払ったのがその証拠です。

 ですが今回の事件の関係者は、王太子殿下と宰相閣下と軍務省長官以外、全員今ここに居ます。となると・・・連中はここを狙って襲撃する可能性が有ります。」


「む!・・・宰相は元々あやつの側近。軍務省長官を引き込んで、儂等を始末すれればヴェンツェルを押さえるのは容易い・・・あやつならそう考えてもおかしくないか!」


 フォルクマン侯爵が私の言いたかった事を補足します。

 そこに、扉の外から急報が届きます。


「騎士団長、近隣の貴族邸の空き家から火の手が上がっています。ここの人出を割いて消火に当たって良いか・・・」


「駄目だ、今ここの人手を割くわけにいかん! 使い番を近くの駐屯所に送って対処に当たらせろ!」


 第三騎士団長が要請を却下します。

 こちらの人員を分断しようとする連中の策の可能性が有ります。


「フォルクマン侯爵、商務省長官、第三騎士団長。最悪の可能性を考えて、ここの防衛策を話しませんか。」


「何か、手があるのか?」


 御三方を集めて、ここの邸の仕掛け等を説明します。


「・・・一体何を想定して・・・。

 しかし、この場合は都合がいいな。」


 ここで、また急使が扉の外で報告します。


「騎士団長。軍務省長官から連絡があり、先程王都外で正体不明の賊を捕らえたとの事。第三騎士団本部へ連行し引き渡すので立ち合いを求む、と来ています。」


「手が離せないので、本部の副団長が応対すると回答せよ。」


 急使は下がります。


「これはいよいよまずいな。軍務省長官は取り込まれたと見て良い。

 邸の外は放棄して我らの率いた人員を中に入れよう。子爵はここの図面を持ってきてくれ。」


 執務室の自分の机から図面を取り出し、円卓に広げます。

 取り出した図面には仕掛けもすべて記載されています。

 この図面を基に、どの仕掛けを動かしておき、どの様に人員配置するかを話し合いました。


「子爵は、各隊に護衛を一人ずつ配置して、皆に教えるよう伝えてくれ。それと、非戦闘員の避難指示を。」


「はい。」


「商務省長官、貴族院長官。君達はどうする。

 退避するなら今のうちだ。」


「私はここに残ります。私や家族は外へ出ても危険なのは変わりませんでしょう。」

「私は・・・避難したい。外も危険かもしれんが、何とか出てみよう。」


 貴族院長官はお連れの護衛達と出て行かれました。



 私は控室に駆け込み、控えていたコンラート、オリヴァー、ロッティに、アレクシア様の看病と付き添いの為留まっていたパウリーネ様を連れて、他の使用人達と共に所定の避難場所・・・当主執務室内の避難場所への避難を指示します。

 護衛達には一人一人の配置を示し、それぞれ第三騎士団や侯爵達の護衛の指示に従って邸の仕掛けを教え、特定の仕掛けを予め起動させるよう指示します。


 皆が控室から出た後で、控室に仕掛けていた隠し扉を開き、そこに居たハルトヴィンや兄姉弟子達、ハンベルトに話します。


()()()()()()()()()()。あなた方も宜しくお願いします。」


「ああ。儂とハンベルトがお前さんの護衛につく。

 こいつらは臨機応変に邸を動くぞ。目的の相手が違うからな。」


「ええ、宜しいように。」


 兄姉弟子達は、控室を出て行きます。

 ハルトヴィンとハンベルトは、控室に置いていた予備の剣の束を持って、私について執務室に戻ります。



 戻ってから、執務室の隅の床に仕掛けられた隠し扉を開きます。


「マリウス様。

 アレクシア様とパウリーネ様を連れてこの中へ避難して下さい。後から邸の使用人達もここに入ります。」


「イルミも入って!」


「いえ、邸の事を熟知していて、指揮を執る人間が必要です。

 私はここに残ります。」


「・・・姉上と母上は取り敢えず避難させる。」


 隠し扉の下は階段になっているので、車椅子では降りられません。アレクシア様を抱きかかえてマリウス様が降りていきます。

 程なくパウリーネ様と使用人達が現れたので、アレクシア様の車椅子も持って降りるよう指示します。それから、コンラートを呼び止めます。


「コンラート、全員避難したら下の扉を閉めて閂を中から掛けておいて下さい。保存食と水の備蓄は全員入っても3日分はあるでしょう。

 万一敵が雪崩れ込んで来たら、抵抗せず降伏するように。」


「心得ております。」


 この避難所には厠も造り、3日は立て籠もれるように準備していた場所ですが、最後の脱出経路までは作る時間がありませんでした。

 もう2か月あれば、そこまで用意できたのですが。


 ふと見ると、師匠・・・ハルトヴィン老がフォルクマン侯爵から話し掛けられていました。気にはなりましたが、直ぐにマリウス様が戻って来ました。


「マリュー! 貴方も下に入って下さい。」


「一人でも戦力が必要なんだろう?

 母上と姉上からも、上でイルミを守れって言われた。」


「・・・パウリーネ様とアレクシア様まで・・・。

 今回は、前のお披露目会の様には行きません。恐らく連中は全員の命を狙ってきます。それでも、残りますか?」


「下に居ても同じ事だよ。ここが破られて避難所に雪崩れ込まれたら、使用人達はともかく、母上や姉上、私の命は無いだろう。

 だったら私が残る方が、まだ分が良い筈だ。」


 ・・・決意は固そうですね。それにマリウス様の方が正しいようです。


「・・・仕方ありませんか。ハンベルト、マリウス様に剣を。

 コンラート、マリウス様は残られます。準備が出来たら扉を閉めなさい。下の事は宜しくお願いします。」


 マリウス様以外の避難が終わり、コンラートが扉を閉めます。


「イルミも剣は持たないの?」


「私の身長と腕力では普通の剣は扱えません。別の物を用意していますよ。」


 ハンベルトから武器を受け取りながら、マリウス様が訊いてきます。でも私の場合は剣を振るとそれ自体の重さで体が振り回されてしまいます。



 その時、邸の玄関の方向から、ズーンと地面に重く響く音が聞こえました。

 ・・・あの仕掛けの音ですか。

 程無く玄関の方から誰かが駆け込んでくる音が聞こえます。


「当主様、表玄関の外に100人近くの連中が現れました。指示通り例の仕掛けを起動しましたが、何人減ったかは分かりません。」


「有難う。持ち場に戻りなさい。」


「皆の者! いよいよだぞ! 気合を入れろ!」


 私は連絡に来た護衛を帰し、フォルクマン侯爵が全員の気を引き締めます。

 

 相手も恐らく、総力を集めて来たのでしょう。

 守りの仕掛けがあるとはいえ、私達の方が不利な状況。これからが正念場です。


いつもお読み頂きありがとうございます。

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王宮には『アレ』が居る 4巻 ハーパーコリンズ・ジャパン プティルブックスより 2025/2/21 発売となりました。

PTRX-18.jpg

― 新着の感想 ―
[一言]  前回だっかな軍務庁長官が途中退席したのは。  そこで怪しいと思ってたけど案の定。  しかしこの戦力で捌ききれるかなあ。  あー最高権力が敵で味方にチート無しだと凄く厄介!  現在館に残った…
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