40 子爵邸で再尋問を受けました (3)
※ 一部、凄惨な場面を想起させる描写があります。ご注意下さい。
私はまず、どの様にエーベルトと暗号をやり取りしたのかを話します。
「父・・・エーベルトは、膝の上に置いた手を見ておくよう目線で私に指示しました。この場では円卓がありますので、右手を卓の上に置かせて頂きます。
まずはこのようにエーベルトは話しました。
『そうか。これから出来るだけ話そう。いいか。』
・・・お分かりになりましたでしょうか。」
「・・・指の動きで、読む文字と読まない文字を指示していたのか。指を置いた時だけ読んで、指を上げた時は読まない、そういう事か。」
他の方は分からなかった様ですが。
簡単な暗号とはいえ、商務省長官は1度で見破りますか。
「ええ、そうです。今の動きだと・・・
『そうか。これ(から)で(きるだけ)話そう。いいか。』
つまり、これで話そう、と暗号の読み方を私に提示したのです。」
「成程。それで子爵は頷く事で読み方を理解した事を示し、エーベルトは本題に入った訳だ。」
「あの短いやり取りで、そこまで・・・。私は気付かなかった。」
あの場で見抜けなかった第三騎士団長が悄然としています。父エーベルトも、あの短い間によくこんな暗号を思いついたものだと思います。
「それで、本題の部分はこうです。
『私はあの後、式で兄にしこ(たまの)ま(さ)れ酩酊した(状態で夜を迎えて、侍女の)ア(ンナ)に(薬を飲まされても酩酊)が(直らずに、)恐らくそのまま事に及んだらしい。そのまま、気付いたらヘルミーナは子爵領に帰った後だった。(何か無礼をしなかったか気になっていたが、彼女はもう)墓の下だ。誰にもわからぬ。』
詳しい意味は、最後まで種明かししてから話しましょう。」
「・・・ちょっと待て、子爵。それはつまり・・・」
フォルクマン侯爵が唖然としていますが、話は後です。強引に話を続けます。
「最後の部分は・・・余り暗号は無かったのです。
『私が謝りたかったのは、彼女と貴女の両方だ。私の不甲斐なさで、彼女と貴女の両方を傷つけてしまった。貴女を助けようと努めていた理由は、貴女の母や貴女への負い目からでしかない。碌でもない(が)父親から、助ける方法はもう少し他にあったのかもしれない。』
これ以上、エーベルトと交わした暗号は有りません。」
執務室を沈黙が流れます。
エーベルトと交わした秘密の会話の内容を、皆様の頭の中で整理する時間が必要でしょう。
「・・・子爵、確認させてくれ。
つまりは、結婚式の場でエーベルトは兄エッグバルトに酒か薬かを仕込まれて酩酊してしまい、兄が事に及んだ・・・。エーベルトが目覚めた時には、ヘルミーナ殿は帰った後だった・・・。
つまり、子爵の父親は・・・。」
商務省長官が暗号の内容を確認しますが、私は首を横に振ります。
「いえ、エーベルトとの暗号の会話で明らかになった事は、結婚式の際にエーベルトがエッグバルトに何かを仕込まれて酩酊し、母と夜を共にしていない事だけです。 またこの前の会話で、『あの日以来、ヘルミーナや義父母にも会う事も無かった』と彼は証言しています。
つまり、エーベルトが私の実の父親ではない事が明らかになっただけです。エーベルトが私の父をエッグバルトだと思っていたのは、単に彼の類推に過ぎません。」
エーベルトは恐らくと言ったのです。
確かめた訳でも、確たる証拠を掴んでいた訳でも無いのです。
「墓の下だ、誰にもわからぬ、と言うのは?」
「恐らく、私の父親の事は墓の下まで持って行く、と言う意味で言ったのでしょう。」
ここで、フォルクマン侯爵が発言します。
「最初の証言の際にも子爵は話していなかったと思うが、そもそもエーベルトとヘルミーナの婚姻を持ち掛けたのは誰だ?」
「それは・・・エッグバルトです。
当時から子爵領は苦境に立たされていました。母が卒業した頃に領地に作物の病気が発生したのですが、アレや王妃様に目を付けられた事は尾を引いていて、他家に援助を断られ続けていたのです。
心労で祖父が体調を崩し母が子爵を継いだ頃、エッグバルトが、資金援助と引き換えに末弟エーベルトの婿入りを持ち掛けてきました。領地の立て直しにどうしても資金が必要だった母は、了承せざるを得ませんでした。」
「・・・エーベルトの証言からすると、エッグバルトはエーベルトを虐待し、自分の良いように使える駒として活用していた。だからヘルミーナと婚姻させ、エーベルトを裏で操れば子爵家の乗っ取りは出来ただろう。
そこをわざわざエーベルトに仕込んで酩酊させた理由が分からん。」
そうです。エッグバルト自身にその様な事をする動機は無い筈なのです。
ここで何かに気付いた商務省長官が蒼い顔で発言します。
「フォルクマン侯爵、邪推かも知れませんが・・・子爵は御母堂の結婚式を17年前と証言していました。陛下が王妃様の生家、バッケスホーフ辺境侯領へ向けて巡幸していたのは、その時期では無かったですか!?」
「あやつはドロテーアが学院卒業後すぐに結婚して、王位継承後すぐに巡幸には出ていたが・・・計算してみると確かに17年前だ・・・!」
やはりそうでしたか。
「子爵! 貴女は何か、ヘルミーナ殿に聞いていないか!」
「・・・母や祖父から聞いた全て、お話し致しましょう。」
話す前に一息ついて、気分を落ち着かせます。話し始めたらどこまで平静で居られるか・・・自信がありません。
「結婚式の後、母は控室で着替えてから伯爵が用意した別荘に移動し、夜までは別荘の貴賓室で過ごしていました。正直な所、そのまま帰りたかったそうですが、伯爵の資金援助はどうしても必要で、仕方なく留まっていました。
エーベルトの到着が遅れると夕方に連絡が入り、エーベルトが来る迄の間に母と祖父母の分の食事が供されました。この食事に何か仕込まれていたらしく、食べた後で母も祖父母も眠ってしまいました。
祖父母の方は翌朝になって目が覚めました。二人一緒にはされていましたが、目覚めると別の部屋だったようです。部屋には鍵が掛かっており外には出られませんでした。
何かあれば、扉の外に使用人が控えているので用事を言いつけるようメモが置いてあり、使用人を通じて食事は都度提供されましたが・・・丸2日、軟禁状態でした。
領地から連れて来ていた使用人達もまた、別荘の別の部屋で丸2日軟禁されていました。」
・・・動悸が激しくなります。やはり落ち着いて話すのは難しいです。
「母の方は・・・その日の夜、貴賓室で目が覚めました。ただし、祖父母の姿は部屋には無く、服は夜着に着替えさせられていて・・・四肢は寝台にロープで括り付けられた状態でした。
暫くして部屋の扉が開き、現れたのは・・・夜着を着た、アレだったのです。
そのまま丸2日以上・・・。」
悔しさ、やるせなさに顔は沈み、両拳を握りしめます。
どうして、母はこんな目に遭わなければならなかったのか・・・!
「別荘に連れて来られて3日目の朝、気を失っていた母が目覚めると、漸く四肢の拘束は解かれ、アレの姿は無く、部屋に母の着替えが置いてあるだけでした。
着替えて外に出てみると別荘には伯爵の使用人の姿はありませんでした。母は祖父母や領地の使用人達と合流し、食事を採ってから領地へ帰りました。
しかし帰って数か月後、母の妊娠が発覚し・・・母は、私を産みました。」
暫くの間、部屋を沈黙が流れます。
沈黙を破ったのは、フォルクマン侯爵でした。
「道理で・・・。
以前子爵領で会った時から、貴女の容貌が誰かに似ていると思っていたが・・・今日の聴取の直前に思い出したのだ。
亡くなったエルメリンデ王太后の幼い頃に顔立ちがよく似ている。」
・・・数年前にお亡くなりになった、先王妃殿下。
「そのヘルミーナ殿から聞いた話が真実だと、子爵に確信させる事はあったのだろうか。」
そのフォルクマン侯爵の言葉に、オリヴァーに取ってきて貰った・・・包装紙に包まれた小さな箱を取り出し、侯爵に差し出します。
「中をご確認頂けますか。」
フォルクマン侯爵は包装を解き、箱を開け・・・中にある小さな金の指輪を見ます。
「これは?」
「母に贈られてきた実物では無いのですが・・・それと瓜二つの指輪が、メッセージカードと共に、毎年母に届けられて来ました。
その度に、母は・・・精神に異常を来し・・・邸で暴れたのです。」
「色々聞きたいのだが・・・これはヘルミーナ殿に贈られてきた実物では無い?」
箱に添えられていたメッセージカードを取り出し、これも侯爵に渡します。
「母へ贈られた現物は全て、都度火にくべて処分しました。今は存在しません。
お渡ししたその指輪は、私が子爵家の所蔵品選別の為に第三騎士団にお伺いした際に、押収品の中に混ざって置かれていました。その時は無視したのですが、後で所蔵品として届け出た物品に交じって邸に届けられました。
母に贈られた物との違いは、石がもう少し薄い青色、母の髪色だった事くらいです。」
渡したのは、気持ち悪いからと保管庫行きになった、あの指輪です。
第三騎士団長は、そんな事があった事を知らなかったのでしょう。驚きに目を見張っています。
「貴女の髪色に合わせた石を、王家の紋章を崩した模様で囲んでいる・・・執着を感じさせる意匠だな。それにカードに書かれたメッセージの筆跡は、確かにあやつの物だ。
あと気になるのは・・・精神に異常を来した?」
「・・・あの事以来、母は少しずつ精神を病んでいきました。
時折虚ろになって周りに何も反応しなくなったり、ある時は叫びながら物を投げつけ暴れたり・・・。最初は2~3カ月に1度位でしたが、指輪が届くと必ず発症してしまい、そのうち段々発症する頻度が増えていき・・・。」
段々壊れていく母を見るのは・・・とても辛かった。
「指輪をヘルミーナ殿に見せない様に処分できなかったのか?」
「普通に送られてくる物は気を付けていたのです。しかし指輪については、私や祖父母、使用人の誰も気づかず、いつの間にか母が目に付く場所に置いてあるのです。
それはもう、どうしようもなく・・・。」
母の寝室で寝ずの番もした事があるのですが、ちょっとの隙に、必ず母の目の付く場所に置いてあったのです。
「異常を来している間の事は、母は自分では全く覚えていませんでした。そうして意識が段々途切れ始めた母は、自らの異常が怖くなり・・・まだ意識がはっきりしている内にと、全てを私に話しました。
・・・私が4歳の時です。その時から、私は、大人に成らざるを得ませんでした。」
私は、誰にも話さずに心の奥底に留めていた事を、ほぼ出し切りました。そのせいで・・・。
「8年前・・・その時にはもう、母の意識が戻る時の方が少なくなっていました。領地経営や、傭兵団と交渉などとてもできる状態では無く・・・表に出せない程、母は病んでいました。静養地に向かったのは、もう母を静かに過ごさせてあげたかったのです。
ですがその途中、ゲオルグ達が私達を襲いました。
連中は私を人質に取り・・・ゲオルグは母に、またアレの所に来る様に脅迫しました。ですが母は既に正気では無く・・・奇声を上げてゲオルグに飛び掛かりました。不意を突かれたゲオルグと母は揉みあいになり・・・そこから後は、以前話した通りです。」
・・・私はもう、同じく心の奥底に押し留めていたこれを止められません。
「私の事は、まだ良いのです・・・ですが、ですが・・・。
私利私欲で母を苛み人生を狂わせ、そして結果的に命を奪ったアレ! アレに便乗し母や祖父母、領地の皆を苛み翻弄したリーベル伯エッグバルト! 直接母の命を奪ったゲオルグ! そしてアレを放置し、今日の事態を招いた王妃様以下全ての方々!
私は・・・私はぁぁぁぁぁ!!」
両拳で何度も円卓を力一杯叩きながら、目の前にいる王族・・・フォルクマン侯爵を、憎悪を込めて睨みつけます。
私の源泉は、領地の皆様の幸せを願う心などではなく・・・それは、母を苛み壊し死なせた、アレとそれを取り巻く全てに対する深い憎悪。
何があってもアレの息の根を止める・・・そんな憎悪を糧に、私は生きてきたのです。
いつもお読み頂きありがとうございます。