39 子爵邸で再尋問を受けました (2)
「で、ですが当時王太子だった陛下は、王妃様・・・当時のバッケスホーフ辺境侯令嬢ドロテーア様と婚約中だった筈です。
それに貴女の御母堂ヘルミーナ様は跡取り娘で、婚約者だっていた。
何かの勘違いでは無かったのですか?」
貴族省長官が、当然の質問をしてきます。
私は今はそれには答えず、フォルクマン侯爵にお願いをします。
「フォルクマン侯爵、一つお願いがあります。
数々の事に起因する個人的感情から、私はかの人物を尊称では到底呼べません・・・。どうか不敬に問わないで頂けますでしょうか。
予め、別の呼称で発言する許可を頂きたく思います。」
「貴女が陛下と呼べない程の事情を、今回は話して頂けるという事かな。話しにくいのであれば、余程の蔑称ではない限りこの場では許可しよう。
して、何と呼ぶ。」
「・・・『アレ』と。」
「・・・くっくっくっ、あははははははは!」
突然、フォルクマン侯爵が笑い始めます。
「そうか、『アレ』か。人としてすら呼びたくはないと。子爵は余程嫌いと見える。
良いだろう。不敬には問わん。儂もこの場では『あやつ』と呼んでやる。」
何か彼の琴線に触れた様で、快諾して貰えたのは有難いです。
「して、あやつがヘルミーナ殿に言い寄ってきたのは本当なのか。エッグバルトが言い寄って来たとしてもおかしな事だぞ。」
アレは既に学院を卒業していました。一方年下の婚約者ドロテーア様・・・現在の王妃様は当時学院3年生。
婚約者の保護のため、ドロテーア様が学院に入学時から、アレは学院臨時講師に就いていたのです。
「母はアレが言い寄って来た時の事はよく覚えていました。
最初は母が1人の時を狙って、アレがエッグバルト氏を連れて接触してきました。その時にアレから・・・体の関係を迫られたそうです。」
今度はフォルクマン侯爵含め、場の全員が凍り付きました。
「そ、それこそ何かの間違いでは・・・。」
「母が覚えていた一言一句、そのまま言いましょうか。確か・・・
――お前が気に入った。今度教員寮の俺の部屋に来い。俺の部屋は外に声が漏れないようになっているから、何をしても外には分からん。
断ったらどうなるか、分かってるだろうな。――
・・・これでどう聞き間違うのでしょう。」
軍務省長官の発言に、私は母から聞いたアレの一言一句を晒し、長官は押し黙ります。
フォルクマン侯爵や他の長官方、第三騎士団長殿は流石に顔色を変えていませんが、アレクシア様は蒼白、マリウス様は真っ赤です。
「・・・どうなるか、という脅しの内容は分からんが、流石にそれはヘルミーナ殿も断っただろう。」
「勿論、母は断り、二人はその場は引き下がりました。
ただ何故アレがエッグバルト氏を連れていたのか。その時点では母には分からなかったのですが、婚約者と相談して理由が分かりました。
当時リーベル子爵家当主は病の床にあり、学院生だった嫡男エッグバルト氏が既に家の実権を握っていた様です。そしてハイメンダール男爵はリーベル子爵の領地に隣接した小領主家でした。当時、子爵領と伯爵領の間に位置していたのです。
・・・母が断ると、婚約者の家に圧力をかけるという脅しだったのです。」
卑劣なやり口に、全員が押し黙ります。
「当時エッグバルトは王太子の側近でも無かった筈だ。子爵家嫡男では王太子の側近にはなれん。ヘルミーナ殿は他の側近達に訴えたりはしなかったのだろうか。」
「側近達に訴えたのですが、側近筆頭・・・現在の宰相閣下からは話を信用して貰えず、逆に母が学院を辞めれば済む話だと返され、他の側近達もそれに同調したそうです。
また婚約者ドロテーア様からは娼婦だの女狐だのと罵られ、当時の学院長に訴えても相手が王族ですから及び腰で、相手にされなかったと言っていました。
その後、何度もアレが接触する度、当時の王妃様やお連れの御令嬢達からいじめを受け・・・入学当初にできた母や婚約者のそれぞれの友人達も、アレや王妃様を恐れて接触を避ける様になり、結局母は婚約者と二人、孤立無援になってしまいました。」
本来ならアレを諫める立場の方々が、面倒を避けたり、問題をすり替えて母を攻撃したり・・・誰もアレを諫めなかったのです。
「それはヘルミーナ殿の友人だったある御婦人からも聞いた。
王妃はヘルミーナ殿を庇うどころか寵を狙う女だと罵っていじめを行い、側近達は見て見ぬ振りをし、学院長や他の教師たちも傍観していた、とな。」
「そういえば、本日宰相閣下は?」
「手が離せない執務があるから、後で来ると言っていた。
この件は後で宰相に聞いてやる。」
宰相閣下は、この件の追及を避けるために来なかったのでしょうか。
閣下の事はフォルクマン侯爵にお任せしましょう。
「それで、あやつはその後もヘルミーナ殿と接触し、要求を繰り返したのか?」
「ええ、その通りです。
母も婚約者もアレの要求は突っぱねていたそうですが・・・。」
「ハイメンダール男爵家が爵位を返上し、学年末を迎えずして婚約者が退学した・・・結局男爵家は脅しに屈したのだな。その辺りも、ヘルミーナ殿から詳しく聞いているか?」
またもや皆が凍り付きました。
「母によると、婚約者の家は爵位を返上したというよりは・・・命を脅かされ夜逃げせざるを得ない所まで追い込まれたのです。その為婚約者の方も、退学届を寮の部屋に置いて逃げるしかなかったそうです。婚約者の方が夜逃げする前、母に全ての事情を伝えたと聞いています。
その話によると、婚約者の家で、当主と嫡男が朝起きたら首のすぐ横にナイフが突き立てられていて、爵位を返上しなければ命が無いという脅迫状が置かれている、といった状況が2週間続いたそうです。
そして悩んだ挙句、当主は家族を連れて夜逃げ同然に邸を引き払い、隣国へ逃亡しました。婚約者は涙ながらにその事情を母に話し、何度も謝りながら去って行ったそうです。」
母からこの話を聞いた時、何と酷い話かと憤りましたが、証拠が無く泣き寝入りするしかなかったと、母は諦めた様に話していました。第三騎士団から引き取った耳飾りは、その時に婚約者に貰ったそうです。
「その後、ハイメンダール男爵領はすぐにリーベル子爵領に統合され・・・リーベル子爵家は伯爵家に格上げ、あやつの側近にエッグバルトが取り立てられた。
出来過ぎた話だと思っていたが、あやつとエッグバルトが初めから繋がっていたのだな。枕元にナイフを突き立てられたというのも、あやつの指示で・・・ん?」
フォルクマン侯爵が急に何かを考え込んでいます。
「いや、この話は後にするか。・・・すまない、話を戻そう。
婚約者が居なくなっても、あやつは相変わらずヘルミーナ殿に要求を?」
「王妃が卒業し、アレが臨時講師を辞するまで要求は続いたそうです。
婚約者が居なくなってしまった事で他の問題も発生して、窮状を見かねた若手の教師達数人が母の面倒を見てくれたので、何とかアレの要求も躱せたそうです。」
「他の問題?」
商務省長官が尋ねてきます。
「アレにも当時の王妃様にも目を付けられた母には、次の婚約者に名乗りを上げる方は現れませんでした。ですから母が子爵家を継いだ際、自身で実務に当たる必要が出てきました。
ですが当時から法的には女性当主は認められていましたが、当時の学院の女子学生向けカリキュラムは淑女教育しかありませんでした。領地経営に関する講義を受けさせて欲しいと学院長に訴えたのですが、前例が無いと却下されました。
そうして途方に暮れていた母に手を差し伸べてくれましたのが、現在の学院長を含めた若手教師の有志達でした。
その教師たちは、男子生徒が講義を受けている教室の外に机と椅子を運んで、そこで母に講義を聞く機会を用意してくれたり、王妃様や他の生徒達からの様々な攻撃から母を守ってくれたりしてくれました。
他の女子生徒と同じ授業を受けず、かといって男子生徒と同じ試験を受けさせて貰えなかった母は、最低の成績を付けられました。ですが、教師たちの支えが無かったら当主に成れずに家が取り潰されたかもしれないと、母はその教師達には非常に感謝していました。」
アレクシア様は目を丸くしています。こんな話を聞いた事が無かったのでしょう。
「・・・女子生徒にも男子生徒と同じように領地経営や国政の教育を、という運動が起きたのは、学院入学直前に婚約者を病気で亡くしたある伯爵家の一人娘の御令嬢が発端だったと思っていた。だがそれは12~3年前の話だ。
恐らくその前に子爵の御母堂様の事があったから、その運動が身を結んだのだ。御母堂様には相当の苦労が有った事だろう。」
そう、女子学生のカリキュラムが変わり始めたのは、母の時よりもっと後なのです。母の苦しい状況がどれ程だったのか。
商務省長官も想像できないでしょう。沈痛な面持ちで話します。
「儂は考えを纏めたいことがある。この辺りで少し休憩を入れるか。」
フォルクマン侯爵の発言により、15分程休憩を入れる事になりました。
休憩の間に、オリヴァーにある物を取って来てもらう様依頼した後、アレクシア様とマリウス様の所に伺います。
「イルムヒルト様の王家への根強い不信感を薄々は感じていたのですが、まさか陛下と王妃様の、御母堂様へのあんな仕打ちがあったとは・・・。」
「およそ王族の振る舞いとは思えない。何なんだ一体。」
二人共、母へのアレの所業にはショックを受けている様ですが・・・。
バーデンフェルト侯爵様が後ろから近づいてくる気配を感じます。侯爵に聞かせるためにも、敢えてこのまま話を続けます。
「御二人共驚いている様ですが、まだこれは序の口です。これからもっと醜いものを見る事になります。
改めて訊きますが、それでも受け止める覚悟はありますか? もしそこまでの覚悟が持てないのでしたら・・・この休憩中に退室された方が良いでしょう。」
アレの所業はこんな物では済みません。
「そうだろうな。今までの話も酷いが、あれで終わる筈がない。
子爵の御家族が殺害されるずっと前に、子爵を一足飛びに大人にさせたものがある。それが何なのかは私もまだ分からないが・・・相当の覚悟を強いるものだっただろう。
それを、今まで普通に過ごしてきたお前たちが、本当に受け止め切れるか?」
侯爵様も御二人の覚悟を試しているようです。
「私は、逃げません。
家庭教師といい王子妃教育といい、私は学ぶ機会に恵まれて世の中を知った気になっていました。ですが、それは全て与えられたもので、ある意味蝶よ花よと育てられた御令嬢達と変わらなかったのです。
でも私はもう学院生ではなく一人の大人として、自分の足で歩き、何が有っても自分で責任を取る私で居たいのです。ですから・・・最後まで聞かせて頂きます。」
「僕・・・私は、自分の自分に対する甘さを認識しました。これから学院を出れば大人に成れると思っていました。でも私達貴族家の背負っている物はとても重いのだと、今回の事で初めて理解しました。
目の前に、その荷物を一人で背負って頑張っている人がいる。これが本当の貴族家らしさを体現する人がいる。その人の荷物を少しでも一緒に支えられる人になりたい。心からそう思っています。だから、私は逃げません。」
・・・今の御二人は、4歳の頃に全てを聞かされ、覚悟を決めざるを得なかった時の私のようです。大人に成ろうと足掻く御二人を、私は止める事などできません。
「そうか。それなら最後まで聞き逃すな。どれだけ辛い話でも泣くな。当事者でない私達に子爵に同情する資格は無い。それは覚えておけ。」
侯爵様が辛辣な事を仰いますが、正にその通りです。人から心配頂く気持ちは嬉しいですが、同情されても・・・。
「覚悟をお持ちでしたら、私からは何も言う事は有りません。では、また後程。」
オリヴァーから取ってきて貰った物を受け取り、再び着席します。
休憩時間は終わりましたが・・・軍務省長官の姿が有りません。
「軍務省長官は、急報が入ったのでその対応の為に退席した。正体不明の集団が王都の外に現れ対応するためらしい。」
正体不明の集団? あの連中でしょうか?
そうだとしたら何故今更王都の中ではなく、外に?
「今ここで、この場に居ない長官の事を詮索しても始まらん。取り敢えず聴取を先に進めよう。次はヘルミーナ殿の結婚式の件・・・いや、もっと言うとエーベルトとの会談の件、つまり結婚式の後のことだ。
前回の聴取の事は王太子から聞いた。
あのエーベルトとの会話の中で、暗号でやり取りした事は知っているが、具体的なエーベルトの会話の内容は何だったのか?
最早黙秘する理由は無いだろう。話してくれるな、子爵。」
私は、静かに頷きました。
いつもお読み頂きありがとうございます。





