04 殿下の言い掛かりを覆しました
「殿下、そもそも危害を加えようとした犯人は 青い髪をして制服を着た女性、という事しか判明していません。そもそも顔を見た者がいません。それに珍しい髪色でも、鬘が無いわけではありません。
むしろ、犯人がそんな珍しい色の鬘を学院に持ち込んで犯行に及んだ可能性すらあります。その可能性を調べたことは?」
「い、一応、私とて、学院生の聞き取り調査は青い髪の女生徒に対してだけ、していたわけではない。目撃証言の他、その周辺の人、メラニー嬢や婚約者ヨーゼフの交友関係まで調べているのだ。
メラニー嬢に危害を加えるまでの動機を持つ者は調べた中では誰もいなかった。それも報告書は上げている。アレクシアも見ているだろう。
お前だけは調べられなかったが、動機がありそうなのはお前だけだ。」
殿下は引き攣りながらも返答してきます。
そう、最初だけは、殿下も真面目に調査してたみたいね。
「確かに私も、報告書は拝見しました。かなり初期の段階で、聞き取り調査はされております。
メラニー様に対する危害を加えそうな動機を持つ方は、報告書を拝見する限り、見つかっておりません。」
アレクシア様も殿下の証言を肯定します。
事件を追うために、まずは事実の洗い出しが必要ですね。殿下はこの段階で、既に思い込みで突っ走っているのでアウトです。
洗い出した結果、想定される動機を持つ人が見当たらないなら、次に事件の目的を疑うべきなのです。
これだけ何回も犯行があって、後ろ姿しか見られていないのは、青い髪の女性が犯人であると調査する側に刷り込むため。
つまり危害を加えること自体が目的ではなく、青い髪の女性が犯罪を犯していると仕立て上げるため、と考えられます。
それに、これだけメラニー様が執拗に狙われるのです。犯行側はメラニー様の行動予定を詳しく把握しているはず。ということは・・・
既にその方向で実際に捜査が進んでいて、もう大詰めの段階です。ですが、今はこれは言いません。殿下には後で厳しく抗議させてもらいます。
次に、動機ですね。
「どうにも殿下は、動機の話をしたいようなのでお聞きしますが、私にどのような動機があると仰いますか?」
「決まっておろう。メラニー嬢の父親エーベルト殿には、メラニー嬢とお前しか子供がいない。
だから義姉メラニー嬢がいなくなれば、リッペンクロック家の継承先はお前一人になる。跡目争いというやつだろう。」
「・・・つまり殿下は、現在のリッペンクロック家当主が父エーベルトであり、長子のメラニー義姉上が正嫡、妹の私が妾腹だと、そう仰られるわけですね。」
「うむ、そうなるな。」
殿下がそう勘違いしているだろうとは思っていましたが、自分で口にすると余計に腹が立ちます。ボルテージが更に上昇します。
「では、それを裏付ける明確な根拠をお示し頂けますか。」
「・・・ん?どういうことだ?」
その間の抜けた回答は何ですか。
「どういうことだ、ではないでしょう。貴族家の血統に関する認識についての発言です。殿下ともあろう方が、まさか証拠も無しに仰っている訳ではないでしょう。
何を見てそう判断されたのかをお聞きしているのです。」
裏付けもなく、憶測だけで貴族の血統について話をするな、と怒りを滲ませます。多分、私の眼は完全に据わっています。
殿下は言われた通り根拠について考えたのか、みるみる顔色が蒼白になっていきます。
考えてることが丸わかりの王族って一体。
「・・・エ、エ、エーベルト・リッペンクロック殿、この場に居られるか。私の認識が間違っていないことを、証言頂きたい。」
エーベルト・リッペンクロック――父をここで呼びますか。
思い込みだけで貴族の血統について発言してしまったことに今更ながら気づいて、後押しが欲しくて呼んだのでしょう。それがメラニー嬢の父親、現当主と思っている男の証言なら確実だと思った、といった所だと思われます。
言い逃れとか責任回避とか、変な所だけ頭が回りそうです。
ちなみに父とは会ったことはありません。
父が進み出て殿下へ証言します。
「エーベルト・リッペンクロックでございます。
イルムヒルトは私にとっては下の娘ですが、リッペンクロック家先代当主ヘルミーナとの唯一の子供になります。
ただ、イルムヒルトは7年前より行方不明でした。血縁者不在のため、私が現在当主代理として務めております。」
・・・あれ?ちょっと予想外です。
もし父が『あの男』側だったら、もっと当主面して出てきて私を扱き下ろすかと思いました。でも、私にとっては好都合です。
殿下は自分の認識が違う事に慌てます。
「・・・し、しかし、あのおん・・・イルムヒルト殿は7年以上も行方不明だったということだが、なら死亡扱いになっていないか?
じ、じゃあエーベルト殿が現当主ということで間違いあるまい。うん、これなら、メアリー嬢を排除して、返り咲くという動機が成り立つじゃないか。」
私を犯人扱いしていたのが引っ込みつかなくなったのか、結果から動機を無理矢理こじつけようとしていますが、そんなものは叩き潰します。
それに今になって慌てて私を名前呼びしてますが、もう遅いです。
「殿下。私は先ほど、明確な根拠をお示し下さい、と申し上げました。私の方からは、その反証として、明確なものをご提示します。しばしお待ちを。
侍従の方、申し訳ありませんが、会場の外にいる私の従者を、鞄を持ったままこの場に呼んできて頂けますか。」
侍従が一人礼をし、傍にいた若い使用人――おそらく学院生が会場外へと出ていきます。
程なく、使用人が私の従者ハンベルトを連れて戻ってきます。ハンベルトは、そのまま私の後ろに控えます。
ハンベルトは、私の書類鞄を預けている従者兼護衛です。元々は辺境で国防に従事していた兵士で、止むを得ない理由で退役した所を雇用しました。
「ハンベルト、青の封筒を出してください。」
「はっ」
短く返答したハンベルトから差し出された、大きめの青い封筒を受け取ります。これは私が自分で管理しないといけない書面なので、わざわざハンベルトを連れてきて貰ったのです。
「これは非常に重要な書面なので、御確認の後は必ず私に戻して頂けますでしょうか。」
侍従に託して、殿下にお渡し頂きます。
殿下は封筒を開け、中の書面をゆっくり取り出します。
「・・・貴族院発行の、貴族名鑑の年次記載証明?・・・。
発行日は――昨日? で、記載内容は・・・!
お、お前が、リッペンクロック家当主、だとっ・・・!」