38 子爵邸で再尋問を受けました (1)
皆様を邸の当主執務室に案内します。
ここに円卓を設置し皆様の座席を用意しました。また、部屋の隅にアレクシア様とマリウス様の席を用意しています。
そこに居た御二人の姿に、フォルクマン侯爵と商務省長官が驚きます。
「どうして、お前たちがここに!」
「私はまだ怪我で歩けませんので、着席のまま失礼致します。
我々も事件の当事者として何があったかを知りたいと思い、子爵にお願いし許可を得た上でここに居ります。我々は口を挟みませんので、フォルクマン侯爵におかれましては、どうか拝聴する許可を頂きたく思います。」
「私も当事者の1人として、また子爵の婚約者として全てを受け止める覚悟でおります。申し訳ありませんが、同席の御許可の程宜しくお願い致します。」
アレクシア様は車椅子に着席のまま、マリウス様は立位でそれぞれ礼をし、フォルクマン侯爵に同席の許可を求めます。
「内容が内容だけに、口外は許されん。途中退席しようものなら切って捨てられる事もある。それを覚悟の上だろうな。」
「元より覚悟しております。それに動きたくとも動けません。」
「勿論覚悟の上です。」
フォルクマン侯爵は厳しい目で御二人を詰問しますが、御二人は動じません。
「・・・アレクシア嬢はともかく、マリウス君も一応当事者だからな。発言を求められぬ限り一切の発言を禁じる。邪魔をせず黙って見ていろ。」
フォルクマン侯爵の許可に、この瞬間から発言を禁じられた二人は黙礼を返します。
「さて、今回の聴取だが、まずは当時この邸宅で伯爵に仕えていたコンラート君の証言から入ろうか。」
全員が着席し聴取が開始されます。フォルクマン侯爵の開始宣言に合わせて、コンラートを入室させます。
「コンラートです。皆様、本日は宜しくお願い致します。」
「諸々の都合上子爵邸での聴取となったが、この場の証言は重要な捜査の一環だ。君には見たままの事を証言して頂く。偽証は大きな罪になるので心得ておくようにな。」
「畏まりました。私の見たまま聞いたままを証言させて頂きます。」
フォルクマン侯爵がコンラートに釘を刺します。
「早速だが、君に確認したいのは、この王都の子爵邸が造り変えられる前、リーベル伯爵がこの邸を使っていた頃の話だ。
伯爵自身はここの邸を年に数回、極短い期間でしか利用していなかったが、彼以外に頻繁にこの邸を訪れ、接待を受けていた人物がいる。
それについては間違いないかね。」
コンラートへの尋問は、フォルクマン侯爵ではなく第三騎士団長殿が行う様です。
「はい。ここの邸に度々訪れる方は居られました。」
「その人物はどのくらいの頻度でここに来ていた?」
「時期によって、2週と空けずいらっしゃる事もあれば、来ない場合は数か月間が空くことはありました。来た時も数時間で帰られる事もあれば、大体は1~2日、長い時は1週間ほど滞在されることがありました。
いつ来られるか、どの位滞在するかは上級使用人達も事前に知らなかったようで、我々はいつ来るか分からない方々の為に邸を整えておりました。」
本当に、ふらっと来てふらっと帰る感じだったのでしょう。
・・・私も急に予定を変えたりするので、余り人の事は言えないのですが。
「その人物が来た時に、この邸で何をしていたかは知っているか?」
「直接応対していたのは上級使用人の方々だったので詳しい事は分かりませんが、時々客人達を招いて会談をしている様子は有りました。」
「客人達はどんな感じの人物達だった?」
「何度かお見掛けした事は有りますが、貴族の方ではなく、風体は商人とその護衛と言う感じでしたが、護衛の方々が割と特徴的な外見の方々でしたので覚えています。」
「特徴的な外見?」
「・・・余り見かけない赤髪で頬に大きな傷のある男性ですとか、見たことも無い様な大男ですとか、覆面を被った女性とか・・・。何かしら目立つ外見的な特徴のある護衛達だったのは覚えています。」
赤い髪に、頬に大きな傷・・・やはりゲオルグ達も出入していたのですね。
「他の客人は?」
「他には、私は存じ上げません。」
専ら、ゲオルグ達との連絡拠点に使っていたという事でしょうか。
「その客人達と何を話していたかは分かるか?」
「そのお方に直接応対されていたのは上級使用人の方々でしたので、会談の内容だけでなく、普段のその客人の言動も存じ上げません。
その客人との会談は決まって人払いされていた様ですので、上級使用人の方々も御存じ無いかと思います。」
これらの証言からは、邸に来ていた人物から更に別の貴族への繋がりは、彼の証言からは分からないですね。
「では、その人物に直接応対していないという事だが、君はその人物の顔や風体は見たか?」
一番肝心な質問です。
不安を感じたコンラートは私の方に視線を向けますが、私はしっかりと頷きます。大丈夫です、何かあっても私が責任を持ちますよ。
「その方が来ると雇われた他の下級使用人達は遠ざけられたのですが、私は見習いですが執事という職業柄、どうしても近くで侍る必要がありました。
上級使用人の方々には『客人の顔は見てはいけない、見ても忘れろ』と指示されていましたが・・・一度だけ、はっきり見てしまいました。
・・・長い金髪、碧眼の特徴的な・・・40歳前後の、男性でした。」
「そ、それはまさか・・・。」
「馬鹿な!」
金髪、碧眼・・・王家の血筋に現れる外見的特徴です。そして40歳前後の男性。その特徴を兼ね備える人物は、私の知る限りこの国には1人しか居ません。
それは・・・。
「君はその人物が、誰か分かっているのか?」
「・・・公の場で直接拝見した事も、肖像画等を見たこともありません。その人物が直接名乗った事も、類推される会話を聞いた事もありません。
単に外見的特徴からの想像ですが――国王陛下、その人ではないかと。」
執務室を静寂が包みます。
フォルクマン侯爵は目を閉じて腕を組み、静かに聞いています。商務省長官は真っ直ぐにコンラートを見つめています。
一方、貴族院長官、軍務省長官、第三騎士団長殿は驚きに目を見開き、口が半開きになっています。
傍聴しているアレクシア様は目を閉じ静かに受け止めていますが、マリウス様は目を見開き両拳を握りしめ、驚いた様子です。
「・・・お、お前は、国王陛下がこの事件に関わっていると言うのか! 誰かにそれを言わされているのではないのか!」
「最初に宣誓した通り、見たまま聞いたままを証言しております。事実としては、私が見た人物は金髪碧眼の40歳前後の男性だと言うだけです。
私の認識を訊かれたので国王陛下かもしれない、と述べたまででございます。何か問題がありましたでしょうか。」
軍務省長官がコンラートに詰め寄りますが彼はそれを受け流します。
「しかし、国王陛下を一使用人の分際で告発しようと・・・」
「黙り給え、軍務省長官。」
尚も言い募る軍務省長官をフォルクマン侯爵が一喝します。
「今はその人物の外見的特徴が明らかになっただけだ。その人物が誰かという客観的証拠は無い。騒ぐな、みっともない。」
さすがに先のバーデン大公です。長官を威圧し黙らせます。
フォルクマン侯爵がコンラートに話し掛けます。
「コンラート君、と言ったか。その人物が誰か、とりあえず置いておこう。
その人物がもし目の前に現れたら、君が邸で見た人物だと言い切れるか?」
「はい、それは出来ます。」
「ふむ。一度見ただけとは言え、あやふやな記憶では無いようだな。
子爵、彼は重要な証人だ。脅威が去るまでは引き続き彼の保護を頼む。」
「彼は当家の使用人ですので、引き続き責任を持ちます。」
フォルクマン侯爵がコンラートを引き続き保護すべき証人と認定しました。ここでコンラートの出番は終わりでしょう。
コンラートを下がらせ、10分休憩を入れてから、聴取が再開しました。
今度は私の番です。
「子爵、前回の聴取で貴女が黙秘を貫いた故、貴女の御母堂の事を知る為、御母堂の学院時代を知る方々に話を伺ってきた。その話をしながら、貴女に幾つか確認したい事を質問しよう。まずはその様に進める。
貴女の生まれる前の話だ。貴女が御母堂や御祖父から聞いた事で構わないので、質問に答えて貰いたい。」
フォルクマン侯爵に頷いて、提案された話の進め方を了承します。
「では早速始めようか。
貴女の御母堂、当時のリッペンクロック子爵令嬢ヘルミーナが学院に入学したのが20年前。当時の婚約者、ハイメンダール男爵家次男ノルベルトとは同年で、周りから見ても仲の良い良好な関係だったと聞いた。」
「ハイメンダール男爵?」
「君が長官に就任したのは15年前だろう。その前にこの貴族家は無くなっている。この話は後でしよう。」
聞き慣れない貴族家名に疑問を持った貴族省長官に、フォルクマン侯爵が補足します。
「話を戻す。ヘルミーナ達が学院に入学して、婚約者共々平穏に過ごしていた様だ。
しかし入学して半年した位か。ヘルミーナと婚約者ノルベルトに――学院の臨時講師をしていた当時のヴィルフリート王太子が、学院3年生だったリーベル子爵嫡男エッグバルトと共に接触を始めた。
間違いないか?」
「ええ、そう聞いています・・・向こうの方から言い寄られたと。」
侯爵と私以外の全員が凍り付きました。
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