37 領地でお会いした御老人と再会しました
アレクシア様を保護して数日、領地からハンベルトが戻って来ました――目論見通り、師匠達を連れて。
「お嬢!こうなる事が分かってただろう!」
「ええ、あの言葉を伝えたら師匠達が来てくれると思っていました。黙っていて御免なさい。
でも先に言ってしまうとハンベルトは領地に行ってくれなかったでしょう? だから口止めされていたのです。」
「まあ怒るなハンベルト。儂等が黙ってるように言ったんだ。お前さんのお陰で王都まで来れたんだ。感謝してるぞ。」
「何が感謝してるぞ、だ。
俺が一番下の弟子だからって俺に旅の手配を全部させて、道中もやれ食事が不味いだの、宿が汚いだの、文句ばっかり言ってたじゃないか!」
師匠達――ハルトヴィン老と、兄弟子のテオバルト、デニス、姉弟子のレオニーの4人です。ハルトヴィン老は私の大怪我の後に偶然出会い、リハビリを手伝ってくれました。治った後に伏してお願いし、彼を師と仰いで体術等を教えて頂いたのです。
ハンベルトも私と一緒に弟子入りしました。弟子の格としては私とハンベルトは同格で一番下です。
彼らには、私のリーベル伯爵との諍いには手を貸さないと言われていて、私もそれは納得していましたが、ある時漏らしてしまったゲオルグの話には食い付いてきました。彼等もゲオルグ達と何か因縁がある様で、もし連中と対峙する事が有ったら呼べと言われていたのです。
「そうそう、一寸内密の話がある。人払いを頼めるか。」
好々爺といった雰囲気だった普段の師匠が、一転して真剣な表情をしています。
只事では無さそうで、ハンベルトと兄姉弟子たちを除いて人払いを掛けます。
「・・・あの連中の事だ。あいつらは別の国での勢力争いに負けて、この国に流れてきた裏の者らしい。あの集団は《梟》と言われている。
昔奴らに煮え湯を飲まされた経験があってな。奴らと遣り合えるならお前さんに手を貸そうと思って来た。」
「師匠達に手を貸して貰えるのは有難いです。しかし、元々手を貸さないと言っていた師匠がそこまで言うなんて、一体何があったのですか?」
「詳しくは言えんが・・・儂の跡を継ぐはずだった息子を殺された。奴らは息子の仇なのだ。こいつらにとっても兄弟子の仇でもある。」
師匠や兄姉弟子達の決意は固そうです。
「・・・師匠達の動機は分かりました。」
「ただ、イルムヒルトも子爵としての立場があろう。師匠や兄弟子と呼んでいたら周りの使用人達も儂等の事を訝しむ。
だからな、少なくともここに居る間は儂等の事を名前で呼んで、部下として扱き使え。やって欲しい事があれば命令しろ。」
師匠達を・・・部下として?
兄姉弟子達に目を向けると、彼等も頷きます。
「・・・分かりました。
そこまで言って頂けるなら、師匠・・・ハルトヴィン達には、この邸の事をまず理解して欲しいです。ハンベルト、各部屋を回って、例の仕掛けの数々を案内してあげて。その上で、どうやって守るか皆で相談しましょう。」
「うむ、了解した。お前たちは先にハンベルトについて行って聞いておいてくれ。
儂はまだイルムヒルト・・・当主様と話がある。」
師匠はそう言って、ハンベルトや兄姉弟子達を下がらせます。
「なあ、イルムヒルト。分かっていると思うが連中は手強い。このままではお前さんはともかく、ハンベルトは危ないぞ。
あいつは腕が立つし、周りの状況を瞬時に判断できる頭もある。戦場での対人戦の経験だってある。だが何が何でもやるという覚悟がハンベルトには無い。いざという時に及び腰になってしまう。そんな生半可では連中には立ち向かえん。」
「では、彼を外せと?」
「いや・・・覚悟が備われば、ハンベルトはもっと化ける。
その覚悟を持たせられるのは、お前さんだけだ。」
私が、ハンベルトに覚悟を?
「ハンベルトが何故お前さんに付いて来ているか、分かっているか? 前にハンベルトに聞いた事がある。あれはお前さんが心配で堪らないんだよ。
あいつが言うには、お前さんは貴族家当主として頑張っちゃいるが、年相応の女の子らしい表情を見たことが無い、放っておくと壊れそうで心配なんだと。それに発破をかけて生き返らせてくれた恩もあるってな。」
「あの口の悪いハンベルトが、私を心配?」
「やっぱり気付いて無かったか。あれがお前さんを揶揄うのも、年相応の表情を引っ張り出すためだと言ってたぞ。
まあ、これは儂が言った事は内緒にしてくれ。後でハンベルトに怒られる。」
「・・・年相応の女の子らしくないと言われれば、確かにその通りです。人より早く大人に成らないといけなかったから・・・。」
「その理由を、あいつに話してやれ。」
「え!? でも『アレ』の話をして、ハンベルトを巻き込んではいけないと・・・。」
「これだけ巻き込んでおいて、この期に及んで何を言ってやがる。
それで怖気づいてしまう様な奴なら外せばいいが、ハンベルトなら大丈夫だろう。そんな事でどうにかなる柔な精神はしちゃいない。
それに口は悪いが、口が軽い訳ではない。他に吹聴する事もないだろう。」
「・・・考えておきます。」
「余り時間は無いぞ。
じゃあ、儂もこの邸の中身を調べておくか。宜しくな、当主様。」
師匠が執務室を出て行きました。
ハンベルトに今更改まって『アレ』の話をするのも何だか違う気がします。どうしたものか。しばし考えていました。
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数日後、とうとう来ました――王太子からの書状。
封を開けて確認すると、やはり内容は私とコンラートに対する聞き取り調査の件です。場所はこの邸で、日付は明後日。
今回流石に王太子殿下はこの邸にはいらっしゃいません。王太子殿下の名代として来られるのは・・・フォルクマン侯爵? 誰でしょう?
他は貴族省長官、商務省長官、軍務省長官、そして第三騎士団長。宰相閣下は来られませんか。
現時点で一番堅牢な場所は、私の執務室です。連中に現在進行形で狙われているので、当日は執務室の配置を変えて聞き取り調査を行って頂きましょうか。
アレクシア様の体調は回復傾向で、徐々に歩行訓練を始めています。ただまだ歩くと首や肩に響くとの事で、移動する場合はパウリーネ様が車椅子を押してくださいます。
「アレクシア様、私の聞き取り当日の事ですが、体調的にはその頃にはお帰り頂けると思うのですが。」
「その事なのですが・・・私も同席させて頂けませんか。
私も当事者となりました。自分が何に巻き込まれたのか、聞かせて頂きたいと思っています。マリウスもまた当事者です。弟も同席させて頂きたいと言っていました。」
同席させてしまうと、アレクシア様やマリウス様に『アレ』にまつわる醜い話を聞かせる事になってしまいます。
「最終的には名代のフォルクマン侯爵?が決める事です。ただ、かなり醜い話が出て来る事も想定できます。もし興味本位でしたら・・・」
「いえ、単なる興味本位ではありません。
私ももう単なる貴族の令嬢ではいられません。当主を継ぐかどうかは父の判断だと思いますが、今までは私もその覚悟が足りませんでした。ですが今回の事で、自分の覚悟の足りなさを自覚しました。
イルムヒルト様と今後本音で語り合える家族として向き合う為にも、貴女が今まで一体何と戦って来たのか、何が有っても受け止める覚悟は出来ています。
どうか・・・宜しくお願いします。」
真っ直ぐに私を見つめます。私に領主実務を教えて欲しいと請うた時以上に決意の固い目をしています。もう、これは何を言っても動かないですね。
「・・・そこまで仰るのでしたら、私としては了解です。マリウス様には別途お聞きします。
ただ繰り返しますが、最終的には名代のフォルクマン侯爵が決める事です。」
「勿論です。有難うございます、イルムヒルト様。」
マリウス様にも、覚悟の程を確認しました。
「イルミが何と今まで戦って来たのか、私も知りたい。知らなければ、イルミを何から守れば良いのか分からない。それを受け止めてこそ、初めてイルミの隣に立つ資格があるだろう。私にその機会を頂きたい。」
「単なる興味本位では無さそうですね。
・・・今まで私が誰にも話せなかった内容です。マリューの想像を超える醜い話が出て来るかも知れません。それでも構わないと仰るのでしたら、私としては了解です。
あと、最終的には名代のフォルクマン侯爵が決める事です。侯爵が駄目だと言えば駄目ですので、そこはご了承下さい。」
「わかった。有難う。」
聞き取り当日、数台の馬車がそれぞれ護衛を伴って邸にやって来ました。
私は邸の玄関で彼らを出迎えます。
貴族省長官、商務省長官、軍務省長官、そして第三騎士団長・・・最後に、背筋の通った身形の良いご老人がいらっしゃいます。あの方は・・・!
「出迎え有難う、子爵。先立って領地でお会いした際は、名乗りを上げず申し訳なかった。
私がフォルクマン侯爵だ。といってもこの爵位は隠居後の物だ。
・・・隠居前はバーデン大公だったと言えば、私が分かるかな。」
やはり、あの母の墓参に来て頂いたご老人です。
先のバーデン大公・・・先王の弟君でいらっしゃいましたか。
「王族の方にこう申し上げるのは、失礼ながら・・・。
王族の方を邸に招き入れるなど、私にとっては言語道断ですが――先だって母の小さい頃の話を聞かせて頂き、花を手向けて下さった、貴方様であれば――ようこそ、お越し下さいました、フォルクマン侯爵。
長官方も、第三騎士団長殿も、ようこそお越し下さいました。
どうぞ、こちらへ。」
フォルクマン侯爵はじめ皆様を、執務室へと御案内します。
とうとうこの時が来ました。
いつもお読み頂きありがとうございます。