36 いよいよ覚悟が必要か ※(別視点)
(王太子視点)
私は王宮内の執務室で、一連の報告を商務省長官、第三騎士団長から受けた。
「・・・『アルヴァント』の線で、個別の取引伝票まで調べずに、よくこの取引の流れを見つけられたな。
私も会計報告書類を見たが、普通これは気付かないだろう。」
「娘の王子妃教育の経験と勘の良さに賭けた部分はあります。まさか大当たりを引いてしまい、娘を危険に晒したのは悔やまれますが・・・。」
長官の傍にまで間者が居るのは想像できなかった。第三騎士団と言い、どこまで連中は入り込んでいるのだ。
「怪我があるとはいえ、アレクシア嬢が無事で本当に良かった。
害しようとした間者の行方は掴めたか。」
「それが、実家も現住所も両方共もぬけの殻でした。経歴も詐称。入省時の推薦人共々行方を晦ませています。仕事以外の交友関係も掴めません。」
「・・・厄介だな。
奉仕団と、取引を経由する商会の調査はどうなっている。」
「第三騎士団の方で当たってみましたが、商会はいずれもダミーでした。届出された商会の場所は治安の良い所では無く、踏み込んでも商会の形跡は有りませんでした。
奉仕団は非営利団体として届出されており実態が掴めません。本拠はリーベル伯爵領として届出されていますが、伯爵家との繋がりが無く今まで捜査対象に挙がっていませんでした。
商会も奉仕団も、いずれも設立が20年前とありますので、その頃から徐々に王都にも入り込んでいるかもしれません。」
商会がダミーなら、まだ打つ手はある。
「長官、これでワインの卸先の大商会に踏み込めるな。」
「プラーム商会経由の取引実態と、実際の納入先を商会担当者に吐かせますよ。
・・・ただ、1点確認させてください。」
何だろう? 特に確認すべき点があるのか?
「商会との商談の場で、例のワインが『さる高位の御方』のお目に止まる事があり、ご好評頂いたと担当者に匂わされたと娘に聞いています。
捜査の結果、その『さる高位の御方』の事が出た場合、どうしますか。」
・・・これは、大叔父上の言う覚悟に繋がる話だな。
第三騎士団長の顔も引き攣っている。彼も予想外だったか。
「構わん。私が責任を持つ。洗い浚い吐かせろ。」
「了解しました。お任せを。」
侯爵が不敵に笑う。アレクシア嬢の事もある、侯爵は手加減しないだろう。
「第三騎士団長。内偵は進んでいるか。」
「進めてはいますが、怪しい人物に行き当たった途端に相手が行方を晦ましてしまい、検挙が難しいですね。
動かせそうな人員は増えてきているのは良いのですが、小隊や中隊の指揮官クラスが何人か消えてしまって、直ぐには運用が難しいです。」
土竜叩きだな。時間が掛かり過ぎる。
「やはり、本丸らしい奉仕団を調べたいな。
ただ奉仕団の本拠がリーベル伯爵領である以上、もう一度兵を伯爵領に差し向けねばなるまい。だが第二王都大隊を戻したばかりだ。少々準備に時間が掛かる。
差し当たっては大商会の調査と、子爵の御母堂の件だな。」
「子爵の御母堂の調査は進んでいるのですか?」
「何せ昔の事だ、調査は大叔父上に依頼した。調査を終えて近々王都に戻って来ると聞いている。戻ってきたら子爵ともう一人の証人の聞き取りを再開しよう。」
「あの御方ですか・・・。
ただ子爵は今、邸を出られる状況にありません。子爵邸に赴く必要がありますが、殿下が直接行かれますと差し障りがあると思います。」
「分かっている。大叔父上に私の名代としてお願いする。」
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(??? 視点)
俺はアイツに会って報告する必要があった。
いつもの様に秘密の路から王宮に潜入し、奥で『アルヴァント』を飲んで寛いでいやがったアイツと面会する。あの使用人を始末しないと面倒な事になる癖に、呑気な奴だ。だが今日の報告で目も覚めるだろう。
「ん?今日は表情が硬いな。いつもの感じはどうした。」
「・・・奉仕会の事が勘付かれた。」
「なんだと! どういう事だ!」
奉仕会の事がバレると、俺たちの里や此奴の裏金、ワインの裏取引などが表に出てしまう。事の重大さに酔いが醒めたのか、ワインを置いて真剣な表情に戻る。
「・・・そのワインだ。商務省に入ったばかりの侯爵の娘が、そのワインの線でダミー商会を経由して奉仕会まで行く取引の流れを見つけやがった。急いで始末しようとしたが取り逃がした。」
相手は小娘一人、攫って皆で頂いてから始末しようと考えた部下が悪いとは思わない。とっとと始末すべきだったというのは結果論だ。
だが最近嬢ちゃんといい小娘といい、女に手酷い反撃を食ってしまっている。どうもこの所失敗続きだ。
「あの妙に勘の鋭い小娘か! エドゥアルトの事といい忌々しい!
で、あの小娘の逃げた先は?」
「・・・バーデンフェルトの邸に帰ると思って網を張っていたんだが、思惑が外れて例の邸に逃げ込んだ。」
「リッペンクロックの所か。
あそこはお前も勝手知った場所だろう、何故さっさと入り込んで始末しない。」
「無茶言うな! 使用人は領地の人間で固めていて入り込めんし、中身も作り替えられている可能性が高い。出来るならとっくにあの使用人を始末している!
それに小娘が逃げ込んでから、既に侯爵が接触した。今更小娘一人始末してもどうにもならん。」
侯爵に知れたら、そこから商務省総出で調査されるだろう。使用人や小娘の始末どころの話では無くなっている。
「それで、リッペンクロックの娘はどうしている。」
「ちょっと脅し過ぎたせいか邸から一歩も出ねえ。攫ってお前に届けるのも難しい。」
「前回攫ってくればよかったのに。」
「使用人の始末を優先しろと言ったのはお前だろう!
ともかく、このままでは俺達もお前も共倒れだ。どうする。」
「・・・クソ爺も昔の話を掘り返そうとしてやがるし、どうせなら一網打尽にするか。」
「何?」
「あの娘が邸から出てこないなら、クソ爺や侯爵共があの邸に集まって取調べをするはずだ。そこを叩いて、クソ爺も侯爵も全員始末するんだよ。
あの長官共の中には俺に内通してる奴も居るし、そいつに手引きさせてやる。
そうすりゃ、クソ爺の飼い犬も始末できるし、晴れてお前たちの念願が叶うだろう。できれば、あの娘だけ残して攫ってくれれば、俺の望みも叶うんだがな。」
「・・・それは総力戦になるな。犠牲が大きそうだ。
だが、捜査の責任者は王太子だろう。お前の言うクソ爺じゃなくて王太子が行くんじゃないのか。」
「王太子が未婚の一子爵の所に行くか、馬鹿。絶対クソ爺が代わりに行く筈だ。
俺の案が嫌なら、お前たちは俺を捨てて全部引き払って国を出て行けばいい。そうなったらどの道俺は終わりだが、命を取られる訳じゃない。」
「20年かけてここまで来たんだ。今更全部捨てて逃げるなど、里の皆が許さん。・・・皆と相談するが、お前の言う方法しかないだろうな。
嬢ちゃんを攫って来れるかは保証できん。勢い余って殺してしまうかも知れんが、そこは了解してくれ。」
「事が公になる前にクソ爺と侯爵共を始末できれば、後は何とかなる。
あの娘の事は俺の我儘だ。前の時も俺は怒らなかったじゃないか。気にするな。」
「怒らなかっただけで、随分恨みがましく言われたがな。
・・・まあいい。やれるだけはやってみる。」
今度の事は里の皆の命運がかかっている。生き延びる事だけ考えるなら全部捨てて国を出るのが良いんだろうが、またそんな目に遭うのはもう嫌だ。それは皆も同じだろう。それにうまく行けば、俺たちの念願も叶う。
俺は皆を説得するため、挨拶もそこそこに王宮を出て行った。
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