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35 また1人邸で守る人が増えました

 私とコンラートが第三騎士団本部からの帰り道で襲われた後、私は暫く学院をお休みする事にしました。私が学院に行く事で護衛の人数を割って、私の不在中に邸が狙われても困ります。

 侯爵様と第三騎士団長殿、マリウス様には事情を説明する手紙を出しました。侯爵様と第三騎士団長殿からは、コンラートの聞き取りの手続きを調整して連絡する旨、御連絡を頂きました。


 マリウス様は翌日に直接お見舞いにいらっしゃいました。


「イルミ、また襲われたそうだけど大丈夫?」


 前回は正直危ない所でしたと前置きし、顛末を説明しました。


「総勢で最低でも60人以上居るってイルミが言っていたし、第三騎士団とか他にも潜伏している仲間がいるかも知れないね。総力を挙げられたら10人20人程度では難しいか・・・。

 ここに来る前に父上とも話したけど、侯爵家も今は手一杯で、第三騎士団に巡回を増やして貰うのもまだ難しいらしい。他に信用できそうな所を探してみると言っていたよ。」


 侯爵家は、別宅の警護がありますからね。

 第三騎士団も誰が信用できるのかまだ内偵中なので、信用できない連中が巡回してきても困るのです。


「私も領地の伝手を頼っている所ですし、商会の伝手も使っています。この邸で守りに徹している分にはまだ良いのですが、とても今は学院に通える状態ではありません。」


 昼もそうですが、今一番怖いのが夜襲です。

 無理を言って物流部門から人を貸して貰って何とか昼番・夜番を回している状態です。


「学院の方は、例の御令嬢達は素直に取調べに応じているらしい。

 今までも爵位を盾に脅していた事はあったけど、私の事を諦めたら手を出さなかったらしくて、今まで怪我したとか退学したとかいう話は出てこなかった様だよ。

 今はそれぞれの家の方に連絡を出して、返信を待っている状態らしい。」


「今まで大きな被害が無かったのなら良かったです。

 ・・・どうしたのですか、急に自分の事を『私』って言いだしたりして。」


 謹慎前までは、もう少し口調も子供っぽかったというか・・・。


「今回の事で、自分の甘さが身に染みたよ。彼女達の妄想を事前に食い止めていればこんな暴挙は無かった。不都合をイルミに押し付けてしまう形になってしまって、申し訳なかった。

 自分の事を僕と呼んでいたのも、無意識だったけど半分子供気分だったんだろう。もっと自分は貴族の大人として責任感を持たなくちゃいけない。そう思って自分を僕と呼ぶのは止めた。」


 マリウス様もご自分の甘さを自覚され、変わろうとされている様です。


「今回の事はあくまで彼女達の暴走で、悪いのは彼女達です。ですがマリウス様に後始末を頼んだ意図は通じていたようで安心しました。

 他の貴族は知りませんが、私の隣に立って頂けるのであれば、自分にどれだけの人の命と生活が懸かっているのか、自覚をして頂きたく思っていました。マリューにその自覚が芽生え始めている事は嬉しく思います。」


「・・・まだ私を見放してなくて安心した。」


 マリウス様は明らかにほっとした様子です。私との婚約が解消されるかと思っていたという事ですか? 解消されてもまだ引く手数多でしょうに、どうして・・・。

 そこで、パウリーネ様が言っていた事を思い出しました。いけません、顔が赤くなります。話題を変えましょう。


「暫く休む理由としては、立て続けにこういう事になった心理的ショックで寝込んでいる、と学院には伝えて貰えますか。学院長にはある程度お話し頂いても構いません。

 あと、カロリーナ様達はこちらにお見舞いに来ようとなさると思いますが、くれぐれも護衛の手配を忘れない様伝えて頂けると有難いです。」


「学院長には話を通しておくよ。ウォルドルフ伯爵令嬢達には・・・そうだね、彼女達も巻き込まれては大変だ。騎士団本部からの帰り道の事は掻い摘んで説明しておいても良いかな。」


 そうした方が、危険性が伝わり易そうですので。頷いておきます。

 それなら彼女達も気を付けるでしょう。



 その翌日、カロリーナ様がジルヴィア様、ミリアン様を伴ってお見舞いに来て下さいました。先日の件は、彼女達もマウリッツ侯爵令嬢はいつかやりかねないと思っていたそうです。マリウス様がちゃんと清算しておけばこうはならなかったのですが、とカロリーナ様もマリウス様に釘を刺したそうです。

 彼女達曰く、マウリッツ侯爵令嬢達は恐らく退学になるでしょう、従爵位家の御令嬢達は残ったとしても針の筵ですので自主的に退学するかも知れません、との事です。

 一段落したらそれぞれの家から私の所に謝罪に来るだろう、慰謝料をたっぷり請求すれば良いと言われましたが、そこは相手の家の態度次第です。


 マリウス様も3日に1度は見舞いに来られます。そんなに頻繁に来られなくてもと言いますと、心理的ショックで寝込んでいる婚約者を見舞いに来ているのだからこれ位は当然だと返されました。そういう理由で休んでいるので仕方ないですね。

 それならせめて、有名パティシエのケーキを毎回買ってくるのは・・・私の元気付け名目ですか。領地にはこのような物は無いので、毎度有難く、美味しく頂いていますけれども。



 邸に引き籠って7日目の夕方、侯爵様から先触れが来ました。至急話したい事があるので、夜にこちらに来るそうです。

 夜になり辺りも暗くなってから侯爵様が来られましたが、何やら憔悴していらっしゃいます。

 私の執務室にお通しし、人払いを掛けます。


「一体どうされたのですか、こんな急に。」


「・・・アレクシアが行方不明だ。娘を捜すのに子爵の手を借りたい。」


 え!?


「それは構いませんが、一体どういう状況だったのですか?」


「娘には省内で調べ物をさせていたのだが、必要な資料が省内でも大分離れた場所にあったので、護衛も兼ねて先任の補佐官を付けていた。

 しかし中々戻って来ないので夕方に使いを出してみると、資料室に争った跡があり、資料室の外の廊下に娘の物と思われる靴が落ちていた。またその場所に近い省の裏門の一つで、門番が1人殺されているのが見つかった。」


 それは、状況的には拉致されたようにも見えます。


「他の門番はその現場を見なかったのですか?」


「それが・・・人の出入りの少ない裏門だった為に元々2人しか門番が居ない所に、1人が持ち場を離れていたらしい。だから少なくとも門より内側に目撃者は居なかった。」


「それは困りましたね。まずはその付近を配送していた担当が居ないか、商会の物流部門に聞いてみる所から始めましょう。侯爵様はその離れの場所近辺で勤務していた方が居ないかどうかを・・・」


「それはもう省内で聞き込みを始めている。追って報告が上がるはずだ。」



 その時、部屋の外から声が掛かります。


「当主様、会談中の所申し訳ありません。只今商会の物流部門から緊急の使いが参りました。お通しして宜しいでしょうか。」


 丁度、物流部門に依頼する事ができましたので、こちらに通して貰います。


「商会長、王都内の配送の一隊から緊急連絡が入りました。商務省近辺を配送中、省の裏門から走って来た女性を一人保護したとの事です。女性は気を失っておられますし、裸足で走って来たので足に怪我をしていますが、命に別状は有りません。

 スカーフの色から商務省の省員だと思いますが、見た感じ服が上等でしたのでどこかの貴族家の御令嬢の可能性が有ります。どうしたものか商会長のご判断を頂きたく思います。」


 思わず侯爵様と顔を見合わせます。それはもしかして。


「まずはこの邸宅へその女性を連れてきて貰えますか。その時に事情を聴きたいので、現場に居合わせた責任者の方も一緒に来て頂くよう手配をお願いします。」


「了解しました。そのように。」


 商会の使いを帰し、コンラートを呼びます。


「コンラート、商会が貴族の御令嬢らしき女性を保護したので、ここに連れてきて貰います。その女性に客間と、身の回りの世話をする侍女の差配をお願いします。」


「了解しました。すぐに手配します。」


 コンラートを下げると、侯爵様から提案を受けます。


「あれが例の証人か・・・。

 それはともかく、保護されたのはアレクシアかもしれない。その女性の面通しと、事情を聴く際に立合わせて貰えるか。」


「それは勿論お願い致します。」



 後程運ばれた御令嬢は、やはりアレクシア様でした。気を失ったままの彼女を客間のベッドに寝かせた後、パウリーネ様と侯爵家お抱えのお医者様を侯爵様に手配頂き、執務室に戻って事情を聴きます。

 配送隊の隊長によると、裏門の近くを通りかかった時にアレクシア様が裸足で逃げてきて、取り敢えず匿った後に裏門から現れた男は「スパイ容疑の女が逃げた」と言い、行方を尋ねてきたそうです。ただ、アレクシア様の御様子が顔に殴られた様な跡が有ったり裸足だったりと只事では無く、男の方が怪しかったので、彼らはアレクシア様を匿い、男はどこかへ去って行ったそうです。

 侯爵様はその男の面体を確認すると、どこか覚えがあったのか、隊長を帰した後アレクシア様の事を私に託し、商務省に戻って行かれました。


 その後パウリーネ様と共にお越し頂いたお医者様にて、アレクシア様の傷や御顔の殴られた様な跡は残らないよう適切に処置頂きました。御体も大丈夫だそうで一安心です。

 パウリーネ様はアレクシア様が御心配の様ですので、気が付くまで付いて見て頂けるよう手配しました。



 アレクシア様の意識が回復したのは翌朝早くの事です。パウリーネ様に付けていた侍女から連絡を受け、彼女達の居る客間へ向かいます。


「アレクシア様、御体は大丈夫ですか?」


「イルムヒルト様・・・有難うございます。

 殴られたせいか頭がクラクラしますし、首から肩にかけてまだ痛みがありまして、正直な所、まだ起き上がれそうにありません。」


 男性に思い切り殴られたのでしょう。外傷は無くても、あちこち体に影響が出ていてもおかしくありません。


「アレクシア様の御気が付かれて良かったです。

 御体については、元気になるまでこちらでゆっくり休んで下さい。パウリーネ様も付いておいでです。侯爵様には気が付かれた事を御連絡致しますね。

 侯爵家の使用人の方々には及ばないかも知れませんが、侍女も何人か付けております。遠慮なく御申しつけ下さい。」


「・・・有難うございます。お言葉に甘えて、暫く御厄介になります。」


 その後アレクシア様の希望で軽めの食事を手配し、侯爵様へ連絡するため一度下がりました。



 侯爵様にアレクシア様の御容態を御連絡をし、再度医者を伴ってお越しになられました。

 外傷はともかく首筋や肩が響いて痛む様ですが、医者の診察の結果では骨が折れたりはしていない様で、安静にしていれば1~2週間すれば治るだろうとの事で、一先ず皆で安心しました。


 お医者様が帰られた後、アレクシア様に事情を確認しました。私は退席しようと思いましたが、侯爵様が私も聞いておいた方が良いというので同席しました。

 アレクシア様が調査していたのは『アルヴァント』という希少ワインの取引相手だそうです。製造元から卸されるのは王都でも有名な大商会ですが、そこから幾つかの商会を経て、一部はリッペンクロック子爵家、残りは恐らくリーベル伯爵領にある『プレトリウス奉仕会』という非営利慈善団体に行きついた事。そこまでをミヒャエル補佐官に話したら彼に襲い掛かられ、何とか逃げ延びて、裏門の外で護衛を連れた荷馬車の一隊に匿われた事を聞きました。


「すまない、アレクシア。仕事振りから信頼していたミヒャエルをお前の護衛がてら付けたが、まさかアイツが商務省に紛れ込んだ間者だと思わなかった。せめてもう1人付けていれば・・・。」


「いえ、私も油断していたのです。まさかこの様な事になるとは・・・。」


 幾ら侯爵様の御嬢様でも、国政の仕事場でぞろぞろ護衛を引き連れて歩くわけには行きません。商務省に連中が入り込んでいると気付かなければ不可抗力だったのでしょう。


「侯爵様、そのミヒャエルという男、恐らくは私やコンラートと同じ・・・『アレ』の関係でしょう。」


「恐らくそうだろう。

 ミヒャエルの入省時の書類から当たってみたが、経歴は虚偽だったし、王都にある筈の生家や現住所を調べてみると、全てもぬけの殻だった。入省時に彼の経歴を証明した他省の者も当たったが、少し前に退職していて行方も掴めなかった。」


 入省のための経歴審査すら偽れるという訳ですか。各省庁にも根を張っているとなればかなり厄介です。


「・・・ワイン取引で名の挙がったプラーム商会といい、プレトリウス奉仕会といい、資料によると設立は20年前でした。その頃から根を張っているかも知れません。」


 20年前――母がまだ学院に通っていて、『アレ』が接触してきた頃。


「プラーム商会や奉仕会の事は、後日アレクシアが元気になってから正式に聞き取りをするかも知れん。それまでは他言無用で頼む。こちらでも調べてみる。」


「「「了解しました。」」」



 そこに、マリウス様がお見舞いに来られた事をコンラートが知らせに来ましたので、この客間にお通しして貰います。


「姉上! 大丈夫ですか!」


「マリウス。まだ体が痛くて動けませんが、ひとまず大丈夫です。」


 ここは、暫く侯爵様の御家族だけにしておきましょう。

 私は静かに退室します。



 ひとまずアレクシア様は御無事です。

 ただ、今この邸には連中が狙う全て――コンラート、アレクシア様、そして私が揃っています。

 ・・・今この瞬間に連中が現れたらどうやって皆を守るか、考えあぐねていました。


いつもお読み頂きありがとうございます。

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