33 裏をかかれ危機に陥りました
私は学院長室に行き今回の経緯を話しました。後からマリウス様も来られ、彼も今回に至るまでの事を学院長に話しました。
正式な決定は事を起こした彼女達からも話を聞いてから、という前置きですが、学院長から私に対するお咎めは有りませんでした。マリウス様の場合は、悪いのは事を起こした彼女達だとしましたが、婚約前に彼女達を放置していた事についてはお叱りを頂いていました。
マリウス様は今回の事が骨身に染みた様子です。今回の事はマリウス様が事前に適切な対応を取っていれば起きなかったかも知れない事態です。婚約者が決まってしまえば彼女達の矛先は婚約者に向かう事は想像できたでしょう。
謹慎前の事なので、これからマリウス様がどう変わったかは注視します。今回の事でマリウス様にも成長して頂きたいです。
マリウス様は講義を受けるために戻され、私は学院警備と指導室へ向かい事の顛末の詳細を証言しました。証言が終わった頃にはコンラートの迎えに来るよう第三騎士団から学院長を通じて要請があり、このため残りの講義を受ける事が出来ず学院を後にすることになりました。
第三騎士団を再訪すると、コンラートを迎える前に騎士団長の執務室へ通されました。第三騎士団長殿は応接の席を私に勧めます。
「子爵殿。コンラートの件ですが、貴女は彼が知っている内容を御存じですか?」
「私が彼に訊いた事は有りませんし、彼から話したこともありません。」
何となく想像はついていますしそれを匂わせた事もありますが、それは置いておきましょう。
「・・・彼は結局、今回の取り調べでは黙秘を通しました。ただ、証言をする為の条件を幾つか提示してきたのですが、その事で貴女に確認をしたい事がありましたので、こうしてお呼びしました。
彼の挙げた条件なのですが、高位の責任者と貴女が共に立ち会う事、それから貴女の邸宅でなら聞き取りに応じる、という事を求めています。
前者はまだ吝かでは無いのですが、貴女の邸宅で、と言うのが、その・・・。」
「家族を保護しているのに、それでも信用されていないのか、と騎士団内部でそういう不満が上がっているという事でしょうか。それで、私から説得して欲しいと。」
「・・・ええ、まあそうです。言いにくい話ですが。」
私の様な貴族家当主だと、そういう主張をしても不満はでないでしょう。でもコンラートは平民の一使用人の立場です。だから彼は私の名前を盾に使い、騎士団長殿はそれを収める為に私に説得を求めて来ましたか。
ここで、私は騎士団長殿に人払いを求めます。彼は右手で合図して副官や書記官等を下げ、2人で話をします。
「証人の保護の観点から、コンラートの家族を保護して頂いている事については感謝しています。ですが、それでもまだ彼は第三騎士団で証言する事で自分の身を守り切れると思っていないのでしょう。
彼から聞いた話では、前回の取り調べの際、夜に覆面をした巡回が度々現れ脅迫を受けたとの事です。」
騎士団長殿は難しい顔をしています。
「確かに、内偵は思う様に進んでいませんな・・・。」
「彼だけではありません。私もまた連中に安全を脅かされています。詳細を今話す事は出来ませんが、所蔵品引き取りの際にも連中の関与と思われる接触がありました。」
あの気持ち悪い指輪の一件を思い出すのもぞっとしますので、話を続ける事で意識を逸らしましょう。
「邸宅を引き渡して頂いた時点からでも、先日王都から護送頂いた時を合わせて実に4回、私と彼は連中に脅かされているのです。核心を易々と証言してしまうと自分の首を絞めてしまう事になりかねません。ですので私は彼に、いざという時は私の名前を盾に使って良いと申しました。
彼が証言しない事に不満があるようでしたら、彼の家族を私共で引き取っても構いません。」
「・・・コンラートの説得は無理なご様子ですな。
彼が子爵の立ち合いで邸宅での聞き取りを希望するのでしたら、その際に子爵も先日の黙秘事項について証言頂きたいと思います。
子爵の方では、証言頂くのに何か条件がありますか?」
私が『アレ』の事を証言できる条件、ですか・・・。
「・・・私が生まれる前の事は、私は母や祖父から話に聞いた内容しかありません。実際に何が起きたか調べて頂いた上での聞き取りなら、証言出来る事はあると思います。調べて頂く過程で、私が黙秘している相手が誰かという事は、事前に把握して頂きたいです。
後は・・・実際にそこまで把握されてから、ご相談させて下さい。」
前回の様な状況での尋問では、私は話す方が危険だと感じました。当時の事実関係をある程度把握して頂かないとこちらも話せません。
「・・・子爵の御母堂様の事については、王太子殿下の方で伝手を頼って調べておられるようです。そちらの調査結果が出てからという事ですな。殿下と相談してみます。
コンラートの御家族については問題ありません。御家族の周りは私の身内だけで固めていますし、場所を知っているのは彼等と私だけです。貴女も彼も脅かされているという事でしたら、彼の御家族に護衛を割いてしまうと却って危険でしょう。引き続き私共で保護させて頂きます。」
コンラートの御家族を騎士団側で責任を持って預かって頂けるなら、その方が私は有難いです。騎士団長殿の言う様に護衛の手を割くのは厳しいですし、使用人ではないご家族を邸宅で匿うのも機密保持上難しいです。
「では、今日の所は彼を引き取って頂けますか。王都の内部で狙われないとも限らないので、邸宅までまた部隊を付けても良いですが、如何しましょうか。」
「ご提案は有難いですが、物々しい集団が第三騎士団から邸宅まで移動するとまた耳目を集めてしまいそうで、学院生活への影響も出そうです。騎士団長殿には内偵を進めて、安心できる第三騎士団にして頂ければと思います。
比較的治安の良い場所を通って戻りますが、充分に気を付けます。」
コンラートを迎え、第三騎士団本部から邸宅に戻ります。
「当主様、有難うございます。御迷惑をお掛けします。」
「構いません。貴方も私も、連中に何度も命や安全を脅かされているのです。それに私も尋問に対して黙秘している内容があります。私の証言と合わせて邸宅で聞き取りして頂くよう騎士団長殿に掛け合いました。
しばらく掛かるかも知れませんが、それ迄邸宅から出ない様にお願いします。」
私の母の過去の事を調べるのは大変だと思うので、聞き取りまではしばらく掛かると思います。
「了解致しました。あと、家族の事は・・・。」
「正直言うと当家の護衛では手が足りないので、引き続き第三騎士団にて保護をお願いしています。騎士団内部にも秘密にして騎士団長殿の身内だけで固めているそうです。騎士団長殿はまだ信用できるので、一先ずは安心かと思います。」
「そうですか・・・。家族の事は、手を尽くして下さる当主様を信用してお預けします。」
彼の中では第三騎士団を信用できないのでしょう、無理からぬ事です。
馬車は第三騎士団本部を離れ王都内の馬車道を進みますが、途中で何故か馬車が止まります。
「当主様、ここら辺りは平民街でも治安の良い場所の筈なのですが、前方に破落戸が10人程で道を塞いでいます。如何しましょう。」
御者が状況を報告します。覗くと100m位前方に破落戸達が待ち構えているのが見えます。気になって馬車の後方を確認すると、後方にも10人程の破落戸が現れこちらも道を塞いでいます。
「まずいですね・・・、只の破落戸なら良いのですが、連中だとしたら数が多いです。貴方は中に入って下さい。」
御者席の後ろの扉を開け、御者を中に入れて扉を閉め内から閂を掛けます。
コンラートと御者には、私が馬車から出たら窓も扉も全部閉めて、中から鍵を掛けるようお願いし、扉の外へ出ます。
護衛に私の周りを囲んでもらい、破落戸達に叫びます。
「私たちを子爵家の馬車と知っての狼藉か、道を空けなさい!」
破落戸達からの返答は無く、前後の破落戸達が一斉にこちらへ向かってきます。私は馬車の扉を背に立ち周囲を護衛が囲みます。馬車は丈夫に作っている特別製で、少々衝撃が加わっても壊れないようになっているので、これでしばらく凌ぎましょう。
破落戸達は統制の取れた動きで私達を取り囲みますが、一部は馬車の裏側に回ったようです。裏側で馬車を何かで殴りつける音がします。
そのまま暫く取り囲む破落戸達と睨み合っていると、不意に私の傍に馬車の屋根から誰かが降りてきて、私の首に腕を回して捕らえ、もう片方の手で刃物を突き付けます。
「全員動くな。嬢ちゃんも刃物を捨てな。」
「ぐっ、その声はゲオルグ・・・!」
私に刃物を突き付ける男はゲオルグでした。先ほどの馬車を殴る音は彼が屋根を伝って来るのを隠す陽動だったのでしょう。
私は隠していた袖から出し手に持っていたナイフを下に落とします。護衛達は囲まれている状況で私を人質に取られ、何もできないでいます。
「俺の要求は一つだ。馬車の中の男を渡せ。
でなければこいつらを一人ずつ殺した後で、お前を殺す。」
「くっ・・・。」
絶体絶命の状況です。下手に時間を稼げば護衛達が殺されてしまいます。かといってコンラートを引き渡す訳には行きません。
「さあ、どうする?
巡回はまだ当分来ねえが、余り悠長に時間を掛けると人死にが出るぜ。」
・・・一か八か、やってみるしかありません。
袖口に忍ばせていた、学院で御令嬢達を撃退した時に使った仕込み棒の先を手で折り、袖口をゲオルグの顔の方に向けます。途端に煙が周りに充満し視界を奪います。
「うおっ!ゲホッ、ゲホッ・・・」
その隙に足元に落としたナイフを足で掬って手に持ち、ゲオルグのナイフを突きつける腕に突き立てます。
「ぐあぁぁぁっ!ゲホッ、き、貴様ぁ!ゲホッ、ゲホッ!」
ゲオルグがナイフを落とし、首に回された腕が緩んだので抜け出します。振り返ってナイフを胴に刺そうとすると目の前に彼の膝が飛んできます。
慌てて両腕で顔を覆いますが、膝が当たって吹き飛ばされてしまいます。吹き飛んだ先は護衛の1人だったので自分の無事を叫びます。
「私は無事です!総員、安全確保!」
「全員退け!」
同時にゲオルグが逃げるよう指示する声も聞こえます。
念のためその場で待機し警戒します。煙幕が晴れるとゲオルグや破落戸達は姿を消していました。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・全員、無事ですか?」
「私達は大丈夫です。当主様の方こそ、御怪我は有りませんか?」
護衛達に大事が無くて良かったです。
「膝蹴りを防いだ腕がちょっと痺れますが、それ位です。」
扉の前で馬車の中に呼びかけると、コンラートが中から鍵を開けました。
「私の方は大丈夫です。当主様も無事で良かったです。」
全員の無事が確認できたので今度は馬車の損傷を確認しました。馬車も曳いていた馬も問題無さそうでしたので、再び用意を整えて馬車を走らせ、無事邸宅に帰りました。
邸宅に帰ってから、第三騎士団本部と侯爵家、学院に手紙を出しました。第三騎士団と侯爵家には、第三騎士団から邸宅に帰る途中で再度襲撃に遭った事を、学院には少なくとも数日間休ませて頂く事をそれぞれ連絡しました。
賭けが上手く行きましたが、今回は危ない所でした。ここまで執拗に狙ってくると、コンラートはこれ以上外出させずに邸の中で守った方が良さそうです。
ゲオルグに一矢報いたと言っても腕をナイフで刺した程度で、彼にとっては大した怪我でもないでしょう。何度もコンラートの拉致に失敗した彼らは、次は総力を挙げて来るかも知れません。 こちらの戦力はハンベルトと護衛達だけで、人数も、恐らく実力も劣ります。総力を挙げられると耐えきれないでしょう。
ハンベルトを執務室に呼び、人払いをします。
「お嬢。俺に用か?」
「ハンベルト、貴方には領地へ使いに出て欲しいのです。」
「領地に使い? それは俺でないと駄目な用なのか?」
「貴方でないと頼めない事です。
師匠達に伝えてくれるかしら。・・・《梟が舞い降りた》と。」
「よく分からんが、それをハル爺さん達に伝える為だけなのか?手紙とかじゃ駄目なのか?」
「後の事は師匠達からハンベルトに指示が出ますよ。多分。」
「・・・なんか嫌な予感がするんだが。まあハル爺さん達の居場所はお嬢と俺しか知らないから、俺が行くのはしょうがないか。
急いだ方が良いか?」
「ええ、急ぎでお願いします。」
「じゃあ早速用意して明日の朝出発しよう。お嬢も気を付けろ。」
ハンベルトが退出して行きます。
帰りは苦労するかもしれませんが、帰ったら彼に謝りましょう。
これからゲオルグ達と本気でやり合わなければなりません。
ハンベルトが戻って来るまでの間邸宅をどう守るか、何度も打合せや練習を重ねる旨、オリヴァーやロッティ、護衛達と話しました。
いつもお読み頂きありがとうございます。