32 御令嬢達に拉致されました ※(後半 マリウス視点)
学院生活はそれから暫くの間、平穏に過ごしました。同じクラスのヴィーラント伯爵令嬢からは時折睨みつけるような視線を感じますが、今のところそれ以上の実害はありません。
何かあった時の仕込みは学院長に相談し、一度実演した上で了承を貰いました。
特務部隊側が例の連中の潜伏者を炙り出し摘発するのに時間が掛かっており、コンラートの聞き取りの件は、私が学院に通い始めて8日後となりました。
学院への登校が遅れる事を学院長へ連絡し、当日私はコンラートと第三騎士団本部へと向かいます。
「当主様、本日の聞き取りですが、その・・・。」
馬車の中で話しかけられますが、何だかコンラートの歯切れが悪いです。
「どうされました? 何か懸念があるのですか。」
「懸念と申しますか、その、私の知る内容を今回証言して良い物かどうか、考えあぐねております。」
特務部隊が聞き取りを担当するにせよ、自分の証言をここで話すべきかどうか悩んでいる様子です。
「今回の聞き取りは正式な要請に基づくものですが、話してしまっても身の安全が保たれるかどうか分からない。でも話さないと拘束されてしまうのではないか、あるいは家族を盾に証言を迫られるのではないか。コンラートはそういう懸念を持っているのでしょう?」
「・・・ええ、その通りです。」
家族と自身の身の安全を危惧しているのでしょう。そう考えても当然です。あの連中が特務部隊の中に潜んでいないという確証はありませんし。
「そういう事でしたら、コンラートが持っている懸念を、聞き取りの相手に話してみれば良いのです。」
「えっ!?」
「今回の聞き取りは、あくまで第三騎士団と私の都合で決まった事です。ご家族の保護はコンラートから伺って第三騎士団にお願いしましたが、それ以上の意見を誰も貴方に聞いていないでしょう?
コンラートが何をもって安心して証言できるか、第三騎士団にぶつけてみればいいのです。」
どうすれば彼が安心して証言できるかなど、彼以外誰も分かりません。私もその証言内容を知らないのです。
「しかし、私は元従爵位家とはいえ平民です。私がその様な事を言って大丈夫なのですか?」
なるほど、証言を強要され、結局身の安全が脅かされる可能性を心配しているのですか。でもその心配は要りません。
「今の貴方は子爵家の保護下にあるのです。強要されそうになったら、私や家の名前を盾に使って頂いて構いません。自分が安心して証言できる為の条件を第三騎士団に突きつけて差し上げなさい。」
「・・・当主様は御迷惑ではないのですか?」
「契約したばかりの貴方を街道の真中で放り出したどなたかと一緒にしないで下さい。自分の使用人一人守れずに何が貴族ですか。
第三騎士団から何か言われても別に懲罰が課される訳ではありませんし、何かあったら私が責任を持ちます。安心して対処してください。」
度を越して笠に着るようですと後で懲罰対象にしますが、彼の人格ではそのような事はしないでしょう。
「有難うございます。では私の思うところを騎士団にぶつけてみます。」
良かった、コンラートの表情から険しさが取れました。
コンラートを第三騎士団本部で騎士団長本人に送り届けてから学院に向かいます。中途半端な時間になるので皆様は講義中の時間です。ですから本日はマリウス様のお出迎えはありません。
切りの良い時間になるまで調べ物をしようかと思い図書館へ向かっていると、物陰から3人の御令嬢が現れ、行く手を塞ぎます。気づくと後ろも2人の御令嬢に塞がれています。
全員見覚えのない御令嬢方は私を睨みながら詰め寄ってきます。
「皆様がどちら様か分かりませんが、講義の最中にこのような場所で屯しているなど、褒められた物ではありませんね、」
「御黙りなさい、リッペンクロック子爵令嬢。あるお方がお待ちです。着いて来なさい。」
顔を貸せとか着いて来いとか、よくよく絡まれますね。
「貴女の言う様に今は講義中ですから、ここで声を上げた所で誰も来ませんよ。学院内の見回りも今はこの辺りにはいません。大人しく着いて来るのが身の為です。」
「そのあるお方とは?」
「黙って着いて来れば分かります。」
埒が明きませんね。この御令嬢達から逃げる手もありますが、逃げた所でまた違う日に同じような目に合うだけです。
黒幕も分かりませんし、一旦は大人しく着いて行きましょう。
5人は私を取り囲んだまま課外活動棟へと入って行きます。ここは講義時間には誰も居ない筈ですから、こうした秘密裡の会合には持ってこいなのでしょう。
2階に上がり、棟の角にある部屋へと連れられます。部屋の扉には裁縫部と書かれたプレートがあります。
部屋には3人の御令嬢が奥に、扉の脇に2人の御令嬢がいました。扉の脇の方々も見覚えが無いですが、奥の3人のうち2人は先日私に絡んできたヴィーラント伯爵令嬢とハイルマン伯爵令嬢です。
部屋に入ると、扉の脇の2人は扉の前に立ち出口を塞ぎます。取り囲んでいた5人は一旦私から少し離れます。
恐らく奥の3人が私に何かを迫り、言う事を聞かなければ私を取り押さえ危害を加えようという魂胆なのでしょうか。
「リッペンクロック子爵令嬢、貴女に幾つか聞きたいことがあります。」
「こういう風に連れて来られて、名乗りもされずに質問されても何も話しませんが、聞くだけは聞きましょう。」
元より、まともに話が通じる相手だとは思っていません。そうでなければ、こんな真似はしない筈です。
「ゲルトルーデ様になんて無礼な!」
「子爵令嬢の分際で生意気ですわ!」
「口を慎みなさい!」
周りの御令嬢達が口々に文句を言います。この御令嬢方、奥の御令嬢の太鼓持ちでしょうか。
「・・・田舎者の子爵令嬢は私を知らないこともあるでしょう。マウリッツ侯爵家のゲルトルーデです。
早速お聞きしますが、貴女、新学期前の休み中にマリウス様と学院にいらしたそうね。その時に『フラウ・フェオドラ』の仕立を着ていたようですけど、たかが子爵令嬢の貴女がどんな手を使ってあの店に仕立てさせているのかしら?」
色々と突っ込み所があるのですが、マリウス様が厄介だと仰っていた筆頭の方ですか。
「マリウス様が名前呼びをお許しになっている御令嬢が私以外に居るとは聞いたことがありません。まあそれは、今は置いておきましょう。
どんな手と言われましても、調べればわかる話です。貴女の御父様に聞けば御存じだと思いますよ?」
マリウス様の事は後回しです。
御令嬢の教育には失敗している様ですが、侯爵家当主であれば私や商会の事くらいは御存じでしょう。
「ですから、それを教えなさいと言っているのです。」
「ここは学院、知らない事を学ぶ場です。調べるという貴女の学習機会を奪うつもりは御座いません。
尤も、後ろにいらっしゃるヴィーラント伯爵令嬢とハイルマン伯爵令嬢に先日御忠告させて頂いた事は、調べてもいないご様子ですけれど。」
「ああ言えばこう言う! 本当、口だけは達者の様ですね。」
「ゲルトルーデ様への口の利き方がなっていませんわ!」
自分で調べないし、調べても自分に都合の良い風にしか解釈しないのでしょう。だからパーティーでの騒動も知らなければ、私の事も知らないのだと思います。
しかし周りの御令嬢が煩いですね。
「・・・ふん、まあいいわ。それよりリッペンクロック子爵令嬢、貴女がお持ちの『フラウ・フェオドラ』の仕立の枠を私に譲りなさい。」
・・・は? 何を仰っています?
それに確か、マウリッツ侯爵当主夫妻は顧客名簿にあったはずですが。
「マウリッツ侯爵様ご夫妻の様な方であれば、あの店の顧客ではないのですか?」
「・・・私だけ断られたのです。だから貴女の分を譲れと言っているのです。」
・・・そういえば奥のお三方、制服風の仕立着を着てらっしゃいますね。なんとなく読めました。
「もしかして、あの店で学院の制服風の仕立を注文なさったのですか? それは断られて当然です。」
「どうしてよ!」
あの店のデザインポリシーを私が作り、強化したのがフェオドラです。彼女の様な御令嬢向けの制服風の仕立など、断って当たり前です。
「あの仕立屋は『働く女性をもっと輝かせる』事をデザインポリシーの中心に置いています。侯爵様夫妻はともかく、単なる無位無官の御令嬢が着飾りたいだけの仕立を、あの店が請ける訳がありません。」
「私は侯爵令嬢よ!? 高々伯爵令嬢上がりのデザイナーがどうして言う事を聞かないのよ!」
そういう爵位を鼻に掛けて威張り散らす態度も理由の一端でしょう。
「・・・マリウス様が貴女方を只々厄介だと仰っていた理由がよく分かりました。貴女方は家の爵位を鼻に掛けるだけで、人の話を聞かないし自分の都合の良い様にしか解釈しない。
マリウス様の話を全く聞かず、何度断られてもあの方にアプローチし続けたそうですね。マリウス様は迷惑だと仰っていましたよ。」
「煩い!
大体侯爵家嫡男のマリウス様が、何で子爵令嬢如きに婿入りする事になっているの!一体どんな手を使ってマリウス様を誑し込んだの!」
「何を言っているのですか。正式にバーデンフェルト侯爵家から申し入れがあって成立した家同士の契約です。それこそマリウス様と侯爵家に対する侮辱でしょう。」
貴族家にとって婚約は家と家の契約です。それを男女の色恋にすり替えている彼女達の頭の中は一体どうなっているのですか。
これが、マリウス様がお花畑と称された所以ですか。
「もういい! 貴女達、この生意気な子爵令嬢を取り押さえて!髪を切り刻んで顔も傷だらけにすれば、マリウス様もこの女に愛想を尽かすでしょう!
私がこの女の顔を切り刻むから、ロスヴィータは体を、イレーネは髪を滅茶苦茶に切り刻んでしまいなさい!」
マウリッツ侯爵令嬢達3人は鋏を取り出し、周りの5人の令嬢は飛び掛かってきて私を取り押さえようとしています。
ここは、仕込みの出番ですね。
懐から30㎝程の棒を取り出し、先端が折れる様に一方の端を床に打ち付けます。折れた先端から紫色の煙がもうもうと上がり、あっという間に部屋全体を覆います。
私は口を布で覆い、彼女達が咳き込む中扉の方へ向かいます。扉の前の御令嬢達も咳き込んでいるので軽く引き倒して扉の前から彼女達をどけて、扉から外に出ます。
出たらすぐ扉を閉め、廊下に幾つか転がっている椅子で扉を押さえつけて扉が中から開かない様にします。しばらく扉を叩く音が聞こえましたが、ぐっと扉を押さえていると諦めたのか音がしなくなり、部屋の中から窓を開ける音がしました。煙を外に逃がして落ち着こうとされた様です。
再び扉を叩いたり押し開けたりしようとする音が聞こえますが、私が扉を押さえて逃がしません。そのうち、階下から学院の警備員が何人もやって来ます。
「何があった!」
「大勢の御令嬢にここに連れて来られて危害を加えられそうになりましたので、煙を出して部屋から逃げて、外から扉を閉めて逃がさないようにしています。」
警備に事情を説明し、扉を押さえていた椅子を外すと、警備員達が部屋になだれ込み御令嬢達を取り押さえていきます。
その時マリウス様も駆けつけて来ました。
「イルミ!大丈夫か!」
「私は大丈夫です。話していた仕込みが上手く行きました。」
あの棒は辺境の戦場で煙幕として使われている物の改良版です。戦場で使われる物は力で折って煙を出しますが、元々男の人の力で折るよう作られていました。それを私の力でも折れるよう先端部分を弱くし、また吸っても害が無く、かつ色が目立つよう中の煙を換えていました。
「良かった・・・。迎えに行けなくてごめん。紫の煙が上がっているのを見て仕込みを使ったんだと思ったけど、無事かどうか心配したよ。」
「有難うございます。マリューこそ、講義を抜け出して来て大丈夫なのですか?」
「先生には事情を話してきたから大丈夫。」
中にいる御令嬢達が取り押さえられていますが、全員が連れていかれるまではもう少し時間が掛かりそうです。
「私は一足先に学院長様の所に行って事情を説明してきますので、マリューには彼女達の後始末をお願いできますか?」
「・・・わかった。これは僕の責任でもあるしね。」
意図は伝わったようです。
「ではマリュー、彼女達の事は宜しくお願いします。」
マリウス様に挨拶して、私は警備の方と一緒に学院長室へ向かいました。
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(マリウス視点)
イルミを見送って、僕はこの騒動を起こした彼女達と話をする為に部屋に入った。全員取り押さえられているけど、今はまだ増援が来るのを待っている状況だ。
これは僕が蒔いてしまった種でもある。僕が始末をつけないといけない。
「君たちは一体何を考えてこんな事をしたのかな。」
「マ、マリウス様。これは違うのです。これはあの女が・・・。」
「あの女が悪いのです!」
「マリウス様、私は何も・・・」
マウリッツ侯爵令嬢、ハイルマン伯爵令嬢、ヴィーラント伯爵令嬢は言い逃れや言い訳を始める。
「そんな言い訳が今さら通用するとでも思うのか?
僕・・・私は君達に名前呼びを許した事は無いが、それは本題ではない。
ハイルマン伯爵令嬢、ヴィーラント伯爵令嬢。先日彼女を連れ出そうとしたのもこんな事をする為だったのかな。彼女の忠告通り貴族名鑑を確認していれば、こんな事態にはならなかったと思うけどね。」
「貴族名鑑を確認して何になるのです。あの子爵令嬢ごとき・・・」
やはり確認しようとすらしなかったか。
「そもそも、彼女の事は先の卒業パーティーで大きな騒動になったんだけど、それも知らなかったか。
パーティーで殿下が姉上に糾弾された事くらいは皆も知っているだろう。」
皆が頷く。
あの殿下が糾弾され、婚約白紙になった経緯くらいは知っていたか。
「その騒動の引き金は去年度々起きていた、ある3年生への学院内での襲撃事件だ。私の婚約者は事情があって身を隠していて、パーティーも隠れるようにして参加していたが、第二王子がその襲撃事件の犯人だと勘違いして彼女を皆の前で糾弾した。
詳細は言わないが、彼女は自らの身の潔白を証明するため・・・自らが子爵家当主であることを、明らかにせざるを得なくなったんだ。」
「・・・え?」
「あの女が、当主・・・それって!」
「まさか・・・」
「彼女は8歳で家族全員を失ったリッペンクロック子爵家唯一の生き残りだ。その時からずっと子爵家当主を務めている。だから彼女は君達に貴族名鑑くらいは確認しろと忠告したんだ。
君達もやっと事態が掴めたか。君達は、貴族家当主を拉致監禁し害しようとした罪に問われることになるだろう。」
「そ、そんな・・・」
「私達は別に、そんな事を意図したのではありません!」
「マ、マリウス様、お願いです!どうか、御取り成しを!」
彼女が単なる子爵令嬢であっても大きな罪になるが、人も見ていないからバレないし、何かあっても家の力で有耶無耶にできると考えたんだろう。
彼女達は、ここまでの事をしないまでも、今までもそうして下位貴族家の御令嬢を排除してきた可能性が有るという事だ。
「彼女が子爵令嬢だったら何をしても問題無かったとでも言うのか? 今まで君達は陰で何人の下位貴族家の御令嬢達を害してきたのか、調べれば色々出てきそうだ。
それにこの部屋にいる連れは、君達の従爵位家の御令嬢達だろう。君達は彼女達まで犯罪行為に巻き込んでいる。それぞれ家の方にも処罰が下るだろう。」
「そんな、私達はただ、マリウス様をお慕いしていて。
マリウス様には相応しく無いお方にはご遠慮してもらおうと、お話しただけです。それをこんな大事にして処罰だなんて、あの女は横暴ではありませんか。
大体、侯爵家嫡男のマリウス様が子爵家に婿入りだなんて、何かあの女が・・・」
マウリッツ侯爵令嬢がまだ言い訳をするが、皆まで言わせない。
「お慕いしていたから私に媚を売って取り入り、私に近づいてくる御令嬢達を排除しようと? 家の爵位を笠に着た君達のそんな行為が、横暴では無いとでも言う積りか!
今までに何度も言ったが、貴族家同士の婚約は家と家の契約事項だ。お慕いしているだとか、そんな次元でしか話が出来ない御令嬢と婚約する気はない。
大体、今回の婚約は侯爵家の方から申し入れたものだ。最初は弟を立てる予定だったが、彼女を学院で守るために私の方から婿入りを家に提案した。だからこれは私の意志でもある。」
「自ら申し出たなんて・・・」
「侯爵家嫡男なのに・・・」
「まさか、そんな・・・」
「私と婚約して、どこかの恋愛小説の様な幸せな恋愛になるのを夢見たのだろう。」
3人共が驚いて私を見る。図星だったのだろう。
「私を慕っていると言ってくれたが、本当に慕っているならもっと相手の事を調べ、何を望んでいるかを相手に訊いたりするものだ。
だが君達は私や彼女の事を調べもせず、私に尋ねる事も無かった。君達の頭の中の思い込みだけで突き進んだ。だから君達の夢には私の人格は無く、唯々自分を見て大事にしてくれる婚約者様という姿しかない筈だ。
つまりそれは妄想という物だ。私は君達の妄想に付きあう気は無い。」
彼女達の目には涙が浮かび始める。
「いい加減妄想の世界に浸るのを止めて現実を見ろ。君達は領地貴族家の出だろう。
君達の生活は領民や使用人達、多くの従爵位家の方々の働きによって支えられている。私達貴族家が婚約や結婚で他家と結びつくのは彼らの生活をより豊かにする為だ。だが君達はどうだ。領民達や使用人達、従爵位家の方々のために何かしているか?
彼女は君達とは違う。当主として常に領民達の為に身を粉にして働いている。『フラウ・フェオドラ』を始めとしたシルク事業や物流事業を、彼女が立ち上げ発展させてきたのも、元はといえば領民達を豊かにするためだ。」
彼女達は『フラウ・フェオドラ』の名を持ち出した途端目を見開いた。あれか、あの仕立に憧れていたりした口か。それで僕が学院長室に案内した時にフェオドラの仕立を着ていたイルミに嫉妬したのだろうか。
彼女達の制服は仕立服だ。マウリッツ侯爵令嬢あたりは『フラウ・フェオドラ』に制服の仕立を依頼したかも知れない。だが無位無官の学院生が着飾る為だけの制服の仕立など、あの店が請けるはずがない。
「この際はっきり言っておく。例え婚約者の彼女と結婚まで至らなくても、妄想に塗れた君達を選ぶ事は絶対に有り得ない。
さらばだ。・・・君達にはもう会う事はないだろう。」
僕は踵を返した。後ろから彼女達のすすり泣きや号泣の声が聞こえるが、そのまま歩みを止めず部屋を後にした。
僕が彼女達に引導を渡したのは、ある意味彼女達への温情だ。イルミが自ら引導を渡すと、子爵家当主による処罰としてもっと厳格な処罰を下すことになるだろう。
しかしそれ以上に、これはイルミから僕への叱責だ。
婚約前に僕が彼女達の妄想を断っていればこんな事態にはならなかった。それを怠って、彼女達が面倒になった僕が逃げ回っていたことまでイルミはお見通しなのだろう。
僕が口で貴族の責任を彼女達に幾ら言っても、彼女達が聞かなかったのは当然だろう。僕がそれを実践出来ていなかったのだから。今ならそれがよく分かる。
事を起こした彼女達に同情はしない。だが呵責が無い訳では無い。
彼女達がこれから受ける罰は、僕の罪でもある。単にイルミに迷惑を押し付けただけでは無い。僕が必要な事を成さなかったが為に彼女達が暴挙に及び、彼女達や彼女達に従う御令嬢達、彼女達の家も罪に問われる事になるだろう。
事の重大さは僕もよく噛み締めなければいけない。貴族家の負う責任は重い。
イルミはこの重さを当然の事と受け止めているし、隣に立つなら当然の事として相手にも求めてくる。
今更ながら痛感した重圧に足取りが重くなるが、イルミの隣に立つ為の絶対条件だと自分を叱咤しながら学院長室へ向かった。
いつもお読み頂きありがとうございます。